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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第八十八話「炎の獣」

 暗い。

 視界全体が真っ暗になっている。


(……し、シリウス……。私、頑張らないと……)

 遠くから聞こえるシリウスの叫びに、紅の意識は再び戻る。


 全身をヌルヌルとした粘液が覆っているのを感じる。


 あの毒虫の外見は蜘蛛の形をしているが、結局は魔術で生み出された使い魔である。

 蜘蛛の胴体内は壺のようになっており、飲み込んだ相手を溶解するための構造になっていた。


 溶解液が全身を覆い尽くす。

 しかし、紅の魔力のおかげでまだ溶け出してはいない。

 紅は戻った意識を集中させ、打開策を考える。


 シリウスに、もう二度と悲しい思いをさせたくない。

 そのために、強くならないと。

 そう決意したはずだと、紅は思い出す。

 そのためには、こんなところで負けるわけにはいかない。


 そして、エリオーネを救出して、全ての戦いを終わらせる。


(お願い……力を貸して!)

 紅は自身の身に宿った、アリーデの力に祈りを捧げる。

 その時、自身の胸の中で、ドクンと鼓動が跳ねた。


 次の瞬間、紅の胸にかかったペンダントが強い赤い光を放つ。

 輝きは炎のように燃え盛り、蜘蛛の体内に沢山の火の粉を飛び散らせた。

 無数の炎はやがて紅の身を包み、その溶解液を吹き飛ばしていった。


***


「アヒャヒャアアヒィ!! 次はお前たちを飲み込んでやれェィ!」

 グルードは狂喜乱舞のまま、シリウス達を指さした。


 のっそりと、紅を飲み込んだ巨大な毒蜘蛛がその無数の眼球をシリウス達に向ける。

 

「ぶった切ってやるッ!」

 それに応えるようにシリウスが刀に気を込め駆けだそうとした瞬間、それをイースが制する。


「待て、何だあれは」

 紅を丸呑みにした蜘蛛の胴体が明るく光り出す。


 それと同時に、無数の亀裂を蜘蛛の胴体に発生させ、やがて大量の火の粉をまき散らし爆散した。

 その火の粉は、床面に着地するなり、大きく燃え盛り無数シルエットを生み出す。


「あれは……オオカミ!?」

 イースはその姿を見て、驚愕する。


 以前、魔術学院で見たような無数の狼。 

 しかし、今のそれは炎の体を持つオオカミであった。


 オオカミ達は遠吠えのように炎の轟音を響かせ、辺り一面を占拠する毒虫たちを焼き尽くす。

 燃え滾るオオカミの軍勢は、一瞬にして襲い来る毒虫たちを一掃するのだった。


「な、なんだァ!?」

 グルードは驚愕に目を見開く。


 そして、腹を爆散した蜘蛛のなかから、炎剣を片手に持つ紅が降り立った。


「ゴメン、ちょっと寝ちゃってた」


 わずかにほほ笑みを湛える紅の姿に、シリウスは言葉を失う。

「な、んだよ……」

「私に、任せて」

 紅はシリウスに向かって、にっこりと笑った。


 そのまま紅は移動し、一振り、グルードの眼前で炎剣を振った。

 次の瞬間、その顔を覆っていた石膏の仮面が割れる。


 中から現れたのは、無数の皴が刻まれた老人の顔だった。

 ゲッソリとやせ細った老人の顔は、長年空気に触れていなかったせいか、不気味な赤ピンク色をしていた。

「あ、ああ……」

 グルードは、仮面を失ったことを両手を顔に這わせて確認する。

 

「あああああああああああああああああああ!?」

 

 叫びが、一同を包み込んだ。

 仮面を破壊した紅でさえ、その叫びには驚いていた。


 しかし、その絶叫も束の間、グルードは耳を抑えながらも、気を失い倒れた。

 一瞬にして、一同を静寂が包み込んだ。

 グルードは目を見開いたまま、硬直している。


「……死んだのか?」

 イースは警戒しながらも近づき、確認する。

「いや、気を失っただけだろう。見ろ、この仮面の内側。魔術が刻まれている」

 ダルクは割れて落ちた石膏の仮面を拾い上げる。


 その内側には、魔術刻印がびっしりと施されていた。

 

「きっと、これまで拷問してきた奴等の断末魔が耳から離れないんだろうぜ」

 ダルクは根拠はないが、そう断定した。

「……拷問を楽しむようになった者に、相応しい末路だ」

 シリウスはそういい、刀をしまって紅の元に向かった。


「シリウス、私勝ったよ!」

 紅は粘液を振り落としながら、ピースをして笑みを浮かべる。

「紅。よく頑張った。けど、心配させるのはもうこれっきりにしてくれ」

 シリウスは複雑な顔をして、応える。


「あはは……ごめん。でもね、ピンチの時に、シリウスの呼ぶ声が聞こえた気がしたんだ。そのおかげで、私は力を振り絞ることが出来た」

 そのおかげで、胸の中に秘めていた力が解放された気がしたのだ。

 

 魔術学院で出会った幽霊少女、アーネの力が、土壇場で助けてくれた気がしたのだった。

(きっと……そういうことだよね)

 紅は、心中で呟いた。


 グラン・マチレアが言い残した助言の通り、紅の胸の中には手を貸してくれる存在が居るのだった。

 

「そうか……でも、立派な戦いだった。熟練の魔術師相手に、互角以上の戦いだった」

 けれど勝利した紅をシリウスは讃えた。


「うんっ」

 

 紅はそれに頷き、先に進む。

 広間の先、アルタイルが待つであろう上層階へ。

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