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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第八十五話「北の聖地」

 馬車は、北へ向けて猛進していた。

 混乱する王都を脱出することに成功した紅たち一同は、馬車によって北の聖地を目指していた。


 王都グランアビィリアの北部は険しい山脈が連なっており、気温も一気に降下する。

 草木も減り、荒れた大地が目立つようになるが、遥か古来より整備された石造りの道路があり、馬車は比較的容易に進むことが出来る。


 ゴトゴトと振動に揺られながら、シリウスは窓の外を眺めていた。

 その横に腰かけた紅が話かける。

「エリオーネは大丈夫だよ。絶対。だって、グラン・マチレアさんも言ってたんだし」

「……ああ、そのことについては心配していない」

 あのババアの占いは、もはや予言だ、と付け足した。


「アルタイルの言っていた、市民の選別……。果たして、俺たちにそんな大それたことを企む奴と戦えるのだろうか」

 シリウスは不安心ではなく、得体の知れない強大な存在であるアルタイルを想像しながら言った。


「……大丈夫。私とシリウスならどんな苦難も敵も倒してきたんだもん。それに、ダルクさんやイースもいる」

 紅はそういい、馬車に同乗する二人の男を見やる。

 気障な笑みを返す男と、無言でうなずく青年。


「……そうだな。俺たちなら、絶対に負けない」


 エリオーネを助け出し、またみんなが笑って暮らせるように。

 シリウスは、その為だけに剣をふるうだけだと心に誓った。

 


***



 馬車は、山を突き抜けるトンネルをいくつも抜け、半日が過ぎた頃、一つの大きな橋の前にたどり着いた。

 底が見えなくなるほどの、巨大な谷。

 吹き上がる風は、恐ろしいうなり声のような音と共に寒風を巻き上げる。


 しかし、本来ならば、その谷の上にかかっているはずの石橋はそこにはなかった。

 崩落した橋の支柱のみが無残な姿を残すばかりであった。


「こりゃあ、してやられたのか……?」

 ダルクは橋の残骸を検分しながら呟く。

「でもこれじゃ、騎士団の連中も出入りが出来ない」

 イースは辺りを見回して言う。

 どこかに、別な道が無いか探しているのだ。


「……この橋以外で、北の聖地に向かう道はないはずだ」

 シリウスは記憶を呼び起こしながら言った。


 彼は幼いころ、父である国王クロードの公務に付き添って、北の聖地を訪れたことがある。

 また、国学を学ぶ一環として、周辺の地理については一通りの教育を受けている。


 この巨大な谷は、大陸を分断するほどの大きさで、ここにあったはずの巨大な石橋のみが唯一の連絡手段であったはずだ。


「でもどうしよう。エリオーネはこの谷の向こうに居るんだよね」

 紅は、谷の向こう、遥か向こうにそびえる神殿のような大聖堂を見上げながら言った。

 鋭く突き伸びた塔がある神殿の上、僅かに光が見える。


「……なんとか、渡る手段はないか」

 シリウスは腕を組み、必死に考えを巡らせた。

 ダルクも頭をかき、イースは周囲に目を凝らす。


「……あ」

 その時、紅は間抜けにも聞こえる声をこぼした。


「どうした?」

「一個だけ、考えが思いついた。けど……」

「なんでもいい! 試してみよう!」

 シリウスは紅の肩を強く握る。

「う、うん」

 けれど紅は釈然としない表情で一同に作戦を話す。


「前にね、魔術学院で似たような状況があって……」

 その時は、はるか上空に居る相手の側に近づくためにとった手段であった。

 その時の状況を、紅は三人に話す。


「……つまり」

「この馬車を使うしかない」

「後戻りは、出来ないな」

 ダルク、イース、そしてシリウスは言葉を繋いだ。


 後戻りはできない、しかしそんなことは今更のことだ。

 覚悟なら、もう既にできている。

 シリウスは馬車から馬を外し、野生に帰した。


 そして、橋の側に馬車を寄せる。

 四人は中に再び乗り込み、しっかりと車体にしがみつく。


「準備はいい?」

 紅の合図に、三人は頷く。


「いっけえええええ!」

 紅の魔力が、馬車の足元に集中する。

 そして、一気にそれが爆発する。


 吹き上がる円柱は火山の噴火のように。

 ため込まれたエネルギーが一瞬で爆発し、ジェットエンジンのように推進力を生み出す。

 馬車の底面は焼け焦げながらも、一気に上空へ吹き飛んだ。


 視界は一瞬で開け、陽の光が照らし出す空と、雄大な大地が入り混じる。


「うひょおおう!! こりゃすげえぜ!」

 ダルクは歓声を上げる。

「紅、大丈夫か!?」

 シリウスは馬車の柱をガッチリと掴みながら、片方の手で紅の手をしっかりと握る。

「うん! 上手くいったね!」

 暴風に遮られながらも、言葉を叫ぶ。


「でも……どうやって着地するんだ」

 風の中、イースの一言が一同を凍り付かせる。


「……そこまで考えてなかったーーー!?」

 紅の絶叫が、谷の上空に響き渡った。

 


***



「みんな……強くなったな」

 ダルクは言った。


 崩壊した馬車の残骸に、雪まみれの一同。

 紅の馬車ロケット作戦により、谷の向こう側へ渡ることに成功した一同は、山の尾根に降り積もった新雪の上に軟着陸した。

 

 シリウスは気を全身に集中させ、紅をかばいながら着地の衝撃を受け止めた。ダルクとイースは身のこなしで受け身を取り、何とかダメージを負うことなく着地に成功したのだった。


「あはは……」

「まあ、渡れたからよしだ」

 紅は照れたように笑い、イースは、作戦は成功と判断した。


「……ふっ。そうだな。紅となら、どんな障害だって乗り越えられる」

 シリウスはふとした笑みをこぼした。

 こうやって笑っていられるのも、いつまでか。

 決戦の時は近い。


 一同は改めて気持ちを引き締めなおし、眼前にそびえる巨大な神殿を見上げた。

 ここからは、徒歩でも、もう僅かの距離である。


「行くぜ。お姫様奪還作戦だ。勇者になる準備はできたかい?」

 

 ダルクは気障なセリフを吐き、歩みを踏み出した。

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