第八十四話「終戦の宣誓」
その日の、朝日が昇った。
かつて、大陸を二分するほどの勢力がぶつかり合い、多くの血が流れた大戦。
そして、その悲しい日々に終わりを告げた日から、二十年の月日が経った。
本日が、終戦二十周年記念の当日。
王都の記念式典会場は賑わっていた。
前夜祭から続く宴は、その日の朝にも熱気が続いている。
シリウス、紅、ダルクは朝焼けに紛れて王都の城を脱出し、王都直属の諜報機関であるグリフォンクローの拠点でもあるカークスが営む酒場『クロウ・クローズ』に帰還していた。
そこには、王都の地下より救出したシリウスの育ての母、アリーデと救出を行ったイースもいる。
店主のカークスは不在であったが、一同は店内の窓から外の様子をうかがっていた。
「事前の段取りじゃ、この日の出とともに大教皇イザードによる開会宣言があるはずだ」
ダルクは、窓際にもたれかかり、朝日に目を細めながら言った。
「そこで、あの大戦の悪魔の処刑を行うことを述べる。そうすれば、大教皇が大戦を終結させた英雄となり、今後の王都の実権を握るというアピールにもなる」
「事実上の、騎士団による王都の征服か……」
シリウスは刀『桜花』の鞘を撫で、呟く。
「エリオーネを助けに急ごう! 北の聖地に!」
紅は気合を入れるかのように、ポンと両手で頬を叩いた。
「そうだな。イース、馬車の手配は済んだよな」
「ああ。もうすぐで迎えに来る」
イースはダルク達と合流した後、すぐに移動用の馬車を手配していた。
「皆さん、気をつけてください。アルタイルはどこまでも用意周到なはずです……」
アリーデは治癒の魔術を自身にかけつつ、一同に言った。
「けど、その前に、大教皇サマの演説を聞いておくのがいいかもな。何を言うのか気になる」
ダルクは窓の外、賑わいを見せる中央広場に目線を移す。
そこには、大教皇による開会宣言を一目見ようと詰めかけた大勢の市民たちが居た。
皆、一様に楽しそうな笑顔を浮かべている。
その裏で、大教皇イザードが率いる騎士団が魔術兵器を開発しているということは、誰も知らない。
その時、空に浮かび上がる一つの人影が現れた。
その演出に、中央広場の市民が沸き上がる。
グリフォンクローの酒場に潜んだ一同も、その様子を見ようと窓際に寄る。
魔術によって投影された白いローブ姿の男が、上空に現れた。
「アルタイル……!?」
その姿を認め、アリーデは驚愕の声を漏らす。
「あれが……」
紅はその姿を、しっかりと目に焼き付ける。
おそらく、事前に用意されていたであろう魔術によって、遥か北の聖地に居るはずのアルタイルの姿が王都の中央広場の上空に映し出されていた。
その声も、広場に轟く。
しかし、一同は疑問を抱く。
「大教皇イザードはどうした?」
シリウスが言ったとき、アルタイルの投影は口を開いた。
「王都の民よ。この度はお集まりいただき感謝する」
その人声に、広場は市民の大歓声に包まれる。
だが、その口から告げられたのは、衝撃の内容だった。
「大教皇イザードは死んだ。あの者は、我々騎士団の教えとは大きくかけ離れた、愚の骨頂といえる侵略的な考えに支配されたものであった」
その一言に、中央広場の空気が一変する。
ざわざわと、不安にささやく声が響き渡る。
「……なんだと……」
「こりゃあ、ヤバいことになりそうだな」
グリフォンクローの酒場に居る一同も、声を潜めながらもその空気を感じ取る。
しかし、アルタイルはそんなことをお構いなしに、演説を続ける。
「今日というこの日は、あの忌まわしき大戦から二十年という月日が経った、記念すべき日である。だが、その大戦が終わった後でも、人々の争いは絶えない。これまで、血が流れない日があっただろうか、各々、自身の心に問いかけてほしい」
アルタイルの言葉に、市民は混乱し始める。
「自由と平穏。騎士団の掲げる天命を、叶えるということは困難を極める。それは、今この場に居る善良なる市民の中にも、邪悪な心を秘めた者が潜んでいるからだ」
そこで、アルタイルは一旦言葉を切った。
「これより、民の選別を行う」
「善良なる市民は引き続きこの大地に残り、罪深い咎人は消滅する。そうすることで、真実の自由と平穏を勝ち取ることが出来るのだ。そう、これは『最後の審判』である」
アルタイルは言い放つ。
その言葉に、一同は言葉を失った。
彼が生み出そうとしている天罰神という存在。
そして、市民の選別を行うという言葉に。
アルタイルの野望は、世界を根幹から揺るがすほどの途轍もないものであると、一同は悟った。
「最後に、抵抗を見せるものは北の聖地まできたまえ。己が信じる正義こそが正しいと思うものは、私の前にきたまえ。そこで、正義を下す裁判を行おうではないか」
「タイムリミットは本日の日没までだ。そして、明日の日の出には、最後の審判を下そう」
その言葉を言い残し、アルタイルの投影は消滅した。
残された、日が昇る青空は、不気味なぐらいに空々しかった。
「……おい、急ぐぞ。きっと街は大混乱になる。その前に北へ向かうぞ」
「馬車は町はずれにある。行こう」
ダルクとイースの行動は早かった。
弾かれたように立ち上がると、装備を最終確認し出口へ向かった。
「ああ。もちろんだ。あいつの野望は、俺たちが止める」
シリウスも、その後に続く。
「うん。行こう」
紅が最後に、扉へ向かった。
「皆さん、そして、ヴァーリス。頼みましたよ、全ての、みんなの未来の為に」
アリーデは、一同を送り出した。
四人は、それに頷き、まぶしい扉の外へ踏み出した。
***
「な、なんだこの演説は……!?」
中央広場の上、王都の城から張り出したバルコニーに立つのは、白い鎧に身を包んだ騎士団一番の男、ジェイドである。
その傍らには、今まで上空にアルタイルの姿を映し出す魔術を行使していた、白いローブを身に纏った騎士団十番の女性、ステラシェイトが立っていた。
「これは間違いなく……アルタイルによる謀反ですね」
ステラシェイトはまだ若い女性である。金のブロンドヘアは短く耳のあたりで切りそろえられ、鼻の上には大きな丸眼鏡が乗っていた。
彼女は、多彩な魔術を行使することが出来、戦闘以外の任務を多くこなしている。
「今すぐ、北の聖地に向かいアルタイルを止めなければ!? 俺は以前から奴に関わる任務には疑問を抱いていたのだ!」
ジェイドは憤慨しながら、飛び出そうとする。
だが、それをステラシェイトが制止する。
「待ってください!? この状況で市民を放置しては危険です!? まずは王都の事態収拾に務めます!」
彼女の言う通り、先ほどのアルタイルの衝撃的な演説を聞いた市民たちは混乱し、またその騒動は過熱していた。
あるものは、アルタイルは敵対者であると見做し、武器を取りに走る。
またある者は、アルタイルを始めとする騎士団は正義の使者であり、信仰心のある自分は善良な市民に選ばれるという。
市民同士の言い争いは熱を帯び、暴力沙汰に発展しかけていた。
「人がこれほどまで集まった状態で、ショッキングな話をされれば、暴徒と化す可能性があります。私たちで彼らを鎮静化させねばなりません」
ステラシェイトはこの状況においても、冷静であった。
ジェイドは一瞬、彼女に対しても口を出しかけたが、思いとどまった。
「……そうだな。まずは、市民の安全が優先だ」
ジェイドは渋々だが、テラスから大声を上げ、市民に落ち着くよう促した。
そこに、ステラシェイトも魔術を使い、暴れようとする人々の動きを押さえつける。
この二人が、こうして王都に残ることはアルタイルの計画であった。
そして、二人はまさしくその計画通りに動いている。
騎士団の中でも平和的な考えが強く、アルタイルの計画『最後の審判』に反発するであろう者を、あらかじめ聖地から遠ざけていたのだった。
「それにしても、……最後の審判とはいったいなんなのだ……」
ジェイドは背筋に恐ろしさを感じながらも、眼前の市民の対応に務めた。




