第八十三話「閃光の暴風」
「さあ……俺にみせてくれよォ! 閃光の力か、もしくはあの日の懺悔をなァ!」
イズは牙のような犬歯をむき出しにして叫んだ。
「あの日……?」
シャンクスはイズの言葉に、疑問を浮かべる。
そもそも、奴がベアトリクスに固執する理由はなんなのか。
「……彼は、タンザのことは、申し訳ないと思っています」
「ベアトリクス……?」
レイピアを下ろし、首を下げるベアトリクスを、シャンクスは見つめる。
「シャンクス。聞いてください。私の過去を。そして、記憶していてください。私がこの戦いで朽ち果てた後にも、タンザのことを知るものとして」
「どういうことだ!? ベアトリクス、この先に一緒に行くんだろ!」
まるで、遺言。
この戦いを捨て身で挑むような言葉に、シャンクスは驚きベアトリクスの手を握った。
「……私がまだ騎士団の人間だったころ、部隊を率いていくつもの任務をこなしていました」
叫ぶシャンクスに構わず、ベアトリクスは話を始める。
彼女が、騎士団を脱退するきっかけであり、イズとの因縁の話を。
「私たちの任務は、大戦後に混乱した世の中を、平和に保つことでした。私自身も、そのことを誇りに思いながら任務を行っていました」
ベアトリクスは、構わず滔々と語り始める。
「ある時、現在の中央市街にあたる場所において、市民の中で武力組織が結成されているという情報を受けます。私の部隊が、その組織の殲滅に向かいました」
「その時、イズはまだ私の部下です。そして、彼の同僚にタンザという男が居ました。仲間思いで、腕っぷしが強い、皆から愛される男でした。そして、イズの大親友でもありました」
「私は部下を率いて、市内に潜む武力組織を見つけだします。奴等は市民を人質にとる卑劣な手段を使ってきましたが、騎士団の力を持ってすればそれも出し抜くことが出来ました」
「けれど、その組織の狡猾さは私の想像を超えていました」
「助けたはずの市民もまた、その組織の人間だったのです。人質の救出と保護にあたったタンザは、毒を盛られてしまいました。専用の解毒薬でないと、解除することが出来ない毒状態に陥った彼を前に、組織のボスは私に取引を持ち掛けてきました。タンザ一人の毒を解除する代わりに、無関係な市民百人に毒を盛る」
「部下一人の命か、無関係な人間百人の命か」
「どちらか好きな方を選べとい言いました」
非常な選択に、シャンクスも言葉を失う。
ベアトリクスの目は、まるで未だにその答えを探すかのように、遠くを見つめる。
「私は、答えを出すことが出来ませんでした」
「そして、答えを出すことができないまま、タンザは毒により死亡しました。すべては、私の力不足です。その後、組織の壊滅には成功しましたが、ボスを含む幹部数名には逃げられることになります」
その話を、暴風の中で共に聞くイズが口をはさむ。
「迷いなく、タンザを救うべきだったんだァ。あいつはそこらへんの市民百人以上の価値がある人間だったぜェ。あいつの為に百人が犠牲になろうが、あいつは千人の命を救う働きをしたはずだ。実際、組織の幹部の顔をしっかりと見たのはタンザだった。だからこそ、何が何でもあいつを生かすべきだったんだ」
イズは、ベアトリクスの話に割り込み、自分の意見を言った。
そのことに、ベアトリクスは静かにうなずくのみだった。
「私は、部下を失ったことと、任務に失敗した責任から、騎士団を抜けることを選びました」
「答えを出すことすらできず、挙句の果てにその罪から逃げ出した、情けない人間。それが私なのです」
ベアトリクスは、シャンクスをまっすぐ見つめた。
それは、許しを請う顔ではない。
戦う決意をした、騎士の顔だった。
「だからこそ、私はもう逃げません。私の命はどうなってもいい。あなたひとりでも、エリオーネという少女を含めた二人でも。魔術兵器により平和を脅かされる沢山の人々の為にでも。多くの人を救うためなら、このひとつの命はなげうっても構いません」
「シャンクス! 後は任せました」
そう叫び、ベアトリクスは駆けだした。
刃物の暴風が吹き荒れる橋の上に。
「待てよ!? ベアトリクスーーー!」
シャンクスは追いつこうとするが、風の強さに前に進むことが出来なかった。
「来いよォ! 俺が正しい、力が正義だって証明してやるッ!」
イズは剣を構え、ベアトリクスに対峙する。
ベアトリクスは吹き荒れる斬撃をかいくぐり、橋の上を疾走する。
途中、何発も斬撃が体を襲おうとも。
決してその足は止めない。
すべては、シャンクスの道を開くために。
このイズという障害を打ち払うために。
橋の中央付近、イズの眼前に迫った時、ベアトリクスは跳躍した。
高く、遥か上空に体を打ち上げる。
「馬鹿かァ! 空に逃げ場はねぇぞ!」
その姿を、イズの大剣が待ち構える。
着地の隙を、地面から一突きするつもりだ。
「そうです。しかし、逃げ場がないのは、お互い様ですッ!」
ベアトリクスのレイピアが、まばゆく輝きを放つ。
上空を舞う彼女は閃光のように。
彼女のレイピアが放つは、稲妻のように。
「な、なんだとッ……!?」
「新たな力を身に着けたのは、貴方だけではないということです」
ベアトリクスは空中で、レイピアを振り下ろす。
その剣先から放たれるは、白く輝く魔力の斬撃。
彼女が持つすべての力を剣撃に込めて、打ち出した。
これまで彼女が放った細かい斬撃とは違う。すさまじい破壊のエネルギーを持つ一撃に、イズは驚く。
「だが、無駄だァ!?」
イズは自身の大剣、更には吹き荒れていたカマイタチすべてを一か所に集約させ、そのベアトリクスの一撃を防御する。
そして、激しいエネルギー同士がぶつかり合う。
破壊音を轟かせて、お互いの魂をぶつけ合った一撃が爆発する。
反動で、ベアトリクスの体は再び宙を舞った。
しかし、その場に声が轟く。
「ハハハァ! 俺の勝ちだァ!」
イズは、ベアトリクスの一撃を耐え抜いていた。
すべてのカマイタチは消滅したが、彼自身がまだ剣を持ち橋の上に立ち続けていた。
大剣を構え、ひらりと舞い落ちてくるベアトリクスの体を両断しようとする。
「いいえ、私の狙いは、貴方ではありません。相打ちですよ」
ベアトリクスの一言が、イズの耳に届く。
「あん?」
その次の瞬間、ピシリとひび割れる音が聞こえた。
イズは思わず、足元を見る。
そこは、堅牢だったはずの石橋が、崩落の寸前の姿をしていた。
足元には幾多の亀裂が発生していた。
それを認識した時には、足元から崩れ落ちていた。
石橋は、崩落していた。
「おおおおお!?」
イズの、その身が落下する。
ベアトリクスは初めから、あの一撃でイズを撃破するつもりはなかった。
その足場を破壊してしまえば、深い谷底に落下する。
それだけでイズを倒すことが出来るかは分からないが、シャンクスのための道は開けることが出来る。
しかしそれは、ベアトリクス自身も深い谷底へ落下するということ。
これはすべてを賭けた、捨て身の一撃だったのだ。
崩落した後の橋を渡る手段は、彼が考えなければならないが。
ベアトリクスはシャンクスを信じてこの作戦に出た。
「相打ちなんで、たまるかよォ!」
それでも、イズはベアトリクスを殺す執念で、剣を振るう。
足元の瓦礫を蹴り、イズ自身は跳躍する。
すべての力を使い果たしたベアトリクスの舞う体を両断するために。
イズの最後の斬撃が繰り出される。両腕を振りかぶり、剣を構えた。
例え、その後は谷底に落ちようとも。
最後の一撃は食らわせる執念だった。
ベアトリクスはそれを見据え、けれど構わないという澄んだ表情をしていた。
「させねぇよ。ベアトリクスは俺と帰るんだ」
イズの手が、腕から両断され、振りかざした大剣はあらぬ方向へ吹き飛んでいった。
「なっ……!?」
イズの眼前には、ダガーによって彼の腕を切断したシャンクスの姿があった。
「シャンクス……なぜ、こんな」
その姿を、ベアトリクスは驚愕の眼差しで見つめる。
「決めたんだよ。俺は必ずハーバーサイドに帰るって。けれどそこには、やっぱりベアトリクスがいなきゃ嫌なんだ」
シャンクスはイズを蹴り、彼を崩落する橋と共に谷底へ突き落した。
同時に、ベアトリクスの体を抱き留め、反対側の岸へ跳躍する。
「クソガキがああああ!?」
イズの断末魔は、谷底へ消えていった。
しかし、ベアトリクスを抱いたシャンクスの跳躍は飛距離が伸びず、彼は片手で、対岸に位置する崩壊した橋の内部を走っていた鉄のワイヤーを掴むことしかできなかった。その体は谷底へ向かって垂れ下がる。
「私のことは捨てなさい……! あなた一人なら、登れるはず」
「嫌だ! 俺がベアトリクスを見捨てて助けに来たなんて、エリオーネに恥ずかしくて言えねぇよ。それに、エリッサに合わせる顔もねぇ」
シャンクスはカッコを付けて言うが、ミシミシとうなる腕に、限界を感じる。
橋の上は、まだ数メートル先。
眼下は、深い谷底。
既に、落下したイズも見えない。
「へへっ。落ちても、なんとかなっかなぁ」
シャンクスは額に汗を貯めながらも、自嘲気味に笑う。
「放しなさい、これは命令です!」
ベアトリクスが叫ぶ。
あの時できなかった決断。
選択肢は異なるが、二人で落ちるよりも、一人が助かる方が絶対に良い。
「俺、思ったんだ。一人の命か、百人の命か。それはさ、百一人の命を助ければいいって」
みんなが助かる手段が、やっぱりいいよとシャンクスは笑った。
その瞬間、彼の腕の力は抜け、二人の体は谷底へ落下する。
はずだった。
二人は、何者かの腕に抱かれ、未だに谷の上をぶら下がっていた。
その腕は、何やら武骨で不気味な腕だった。
「な、なんだこりゃあ? 人形?」
シャンクスはその腕の質感から、生身の人間ではない事を知る。
人形は操り人形らしく、その関節からは糸が垂れ下がり、はるか上空に繋がっていた。
その時、橋の上から声がかかった。
「大丈夫ー!? 今あげるからね!」
その言葉通り、二人は不気味な人形に抱きかかえられたままスルスルと崖の上に上った。
「ふう。間一髪だったね」
三角帽の女性が、二人を見下ろす。
その顔に、二人は見覚えが無かった。
クエスチョンマークを浮かべる二人は、「あ、ありがとうございました。あなたは?」と礼を言いながら女性を見上げた。
「私は、アイリーン。アイリーン・フォンレーゼよ。悪い人を見ると放っておけないけど、良い人も普通に助けるのよ」
女性は、快活に笑ってそういった。




