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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第八十二話「決戦の大橋」

 王都北部の荒野を一頭の馬が駆け抜ける。

 その背には、乳白色の鎧を身に纏った女性ベアトリクスと、その後ろには青いバンダナを頭に巻いた少年シャンクスが居る。

 二人は、言葉数も少なく、ただ北の聖地を目指す。


 さらわれた少女エリオーネは、彼らの任務の目標である魔術兵器であった。

 そして、シャンクスは一人の少女を魔の手から救い出すため。

 ベアトリクスは、自分自身の過去に決着をつけるため。

 それぞれの思いを胸に秘め、北へ向かう。


「見えてきたわ。あの橋を渡れば聖地はもうすぐよ」

 

 ベアトリクスが指さす先、大きな谷の上にかかる石橋があった。

 石橋の下は、底が見えないほど巨大な谷が横たわっている。底から吹き上がる風は、まるで異形の猛獣の唸り声であるかのようだった。


 馬車がゆうに往来できそうな、巨大で年期の入った石橋だった。

 かつて、聖地と王都を繋ぐために建造された、この大陸でもっとも歴史の深い建造物と言っても過言ではない。


「あれが、聖地か」

 シャンクスは、その石橋の向こう、吹雪と霧の中に幽玄とそびえる大聖堂を見つめる。

 一本の塔が立ち、その下には平たい神殿が広がっている。


 あそこに、エリオーネはとらえられている。

 出会ったばかりの少女であるが、悲劇の境遇から救い出したい思いは本物だった。


「ん? 橋の上、誰かいるぞ!」

 シャンクスは視線を橋の上に移動させたとき、橋のちょうど中腹に立つ、黒い人影を見つけた。


「あれは……」

 その姿を見つけたベアトリクスは言葉を失った。


 馬を橋の手前で止め、二人は馬を降りる。

 そして、ベアトリクスを先頭に橋を渡り始める。

 一歩一歩踏み出すたび、その人影の姿がより鮮明に見えてくる。

 

 黒い服装に、逆立った金髪。

 背には巨大な剣を構えた男。


「よお。久しぶりだな。ベアトリクス」

「イズ……」


 ベアトリクスとシャンクスの前に立ちはだかるのは、騎士団八番の男、イズだった。


 白が基調である騎士団の服装の中でも、黒い服装をするものは数名居る。

 その中でも、イズはその破天荒さから、他の面々からも一目置かれていた。


「戻ってくる気になったとはねェ。俺に殺される覚悟が出来たのかい」

「……私は、貴方に殺される気などないわ。ここを通してもらいます」


 挑発するイズに対しても、ベアトリクスは冷静に答えた。


「なあ、なんなんだあいつ。あれもベアトリクスの昔の仲間なのか?」

 シャンクスは二人のただならぬ雰囲気に、気圧されながらもダガーを握りしめた。

「ええ。でも、仲間とは言えないかしらね。私が騎士団の七番であったころ。私の支団に所属していた兵士よ」


 そう言われ、シャンクスは改めてイズを見る。

 目線が交錯すると、口を大きく開けてシャンクスを威嚇するように笑った。


「ああ。だが、今の俺は八番の騎士。つまり、あの頃のお前よりも強い」

 ベアトリクスの言葉に、イズは笑いながら応える。


 騎士団の番号を有する騎士は、それぞれ小部隊を持っている。

 そして、その中の兵士だった男。

 それが、今では番号を超えるほどの存在となっていた。


「悪いが、ここは通すつもりはねぇ。それに、お前も知っていると思うが、この橋以外に大聖堂に向かう道はない……つまり」

 イズは、言葉と共に、剣を引き抜く。

 身の丈もあろうかというその刀身に、妖しく光りが反射する。


「ここで、剣を交えるほか、ねぇってことよ。かかって来いよ、閃光」


 その言葉にベアトリクスはレイピアを抜き、構える。


「行きます。シャンクスは下がっていなさい」


 ベアトリクスの真剣な声に、シャンクスは反抗する暇もなかった。


 ベアトリクスは弾かれたように飛び出した。

 閃光の異名に違わぬスピードで、レイピアを構えてイズに向かって橋の上を疾走する。


 一方のイズは、巨大な剣を幾度も素振りをする。

 その剣風が、橋の上でうなりを上げる。


「ウオラァ! かかってこい!」

 ベアトリクスの細身のレイピアによる斬撃と、イズの大剣が交錯し、激しい撃鉄音を響かせる。

 その刹那、ベアトリクスの激しい連撃が繰り出される。

 目にも止まらない神速の斬撃には、実体のレイピアによる攻撃の他にも魔術を込めた斬撃波が織り交ざり、イズの大剣による防御をかいくぐる。

 

 肩、腕、胴に細かい斬創がイズの体につく。

 しかし、イズはまったく意に介せず大剣を振りぬく。

 その攻撃をベアトリクスは身をかがめて回避し、距離をとるために一旦後方に飛んだ。


「効かねェぞ! この程度のかすり傷はァ!」

 イズは狂喜乱舞な笑みを浮かべて、なおも剣をブンブンと素振りする。


「イカれてやがる……」

 その様子に、シャンクスは恐怖した。

 イズの体は細かい斬創から流血しているにも拘らず、むしろ嬉々としているようだった。


「イズは、戦うことしか能がない男でした。その様子から、兵士として活躍することはできても、騎士団の番号を授かることは不可能だと思っていました」

 ベアトリクスはレイピアを構えなおし、イズに向き合う。


「時代は変わったんだよ。無能な番号持ちは要らねェ。戦う力が無けりゃ、守るものも守れねェだろうが」

 イズは剣を振り、再び剣風を作り出す。

 それは、耳を引き裂くような激しい風切り音を生み出す。


「なあ、あいつの素振り、なんかヤバくねぇか」

 シャンクスはその様子に、何か危険を察知する。

 明らかに普通ではない。

 血気盛んに滾っているにしても、無駄に剣を振りすぎている。


「……ええ。そうね。私が知るイズは、魔術も何も使うことが出来なかった。けれど、彼が大教皇から認められたということは」

 ベアトリクスは冷静にその様子を分析しながら、言葉を紡ぐ。

 だが、イズがそれに答えるかのように叫んだ。


「大技を身に着けたってことよォ! 行くぜェ! カマイタチ!」


 イズが大きく剣を振りかぶり、地面に打ち付けた。

 それを合図に、これまで剣の素振りによって生み出していた剣風が、魔力を帯びてエメラルドグリーンに光り出す。

 風の中に紛れる斬撃が、刃物のようなカマイタチへと変容する。


 イズの使用する剣に刻まれた魔術刻印。

 それは、剣を振ることによって、風を生み出す。

 その風は鋭利な流線形の刃物となって、ベアトリクスに向かって四方八方から襲い掛かる。


「ベアトリクス!」

 シャンクスは叫ぶが、ベアトリクスは落ち着いていた。

 彼女の異名通り、神速の移動によってカマイタチの連撃をかいくぐる。

 

 橋の上を縦横無尽に飛び回り、襲い掛かる斬撃を回避する。

「すげぇ。全部躱してる……!」

 シャンクはギリギリ目で追える姿を見て、ベアトリクスの無事を確認する。


「そんな程度で避けたつもりかァ!」

 だが、イズ自身がベアトリクスに追走し、大剣を振り落とす。

 ベアトリクスは疾走した状態から身を回転させ、橋の上を滑り回避する。

 だが、回避した先から襲い来るはカマイタチ。


 眼前に迫る斬撃に、ベアトリクスはレイピアを出して受け止める。

「くっ……」

 ベアトリクスの体は後方へ吹き飛び、橋の縁に激突する。

 そこに、再びイズの攻撃が繰り出される。


 眼前には、巨大な剣を振り上げたイズが立ちふさがった。


 地面を蹴り、身を投げ出す。

 すんでのところで転がり、落ちてくる剣の回避に成功するも、その先には再びカマイタチが襲い掛かる。

 しかも、徐々に襲い掛かるカマイタチの数は増えている。


「これは……!?」

「気づいたかァ? 俺が剣を振るたびに、このカマイタチは増えていく。それはお前が回避したさっきの斬撃も例外じゃねえ。さらに、今お前がチョロチョロ回避している間にも俺が剣を振れば、さらに増殖するんだァ!」


 イズがさらに剣を振り回し、カマイタチを増殖させる。

 その暴風は、まるで大嵐だ。

 

 斬撃の魔術が四方八方、視界を覆い尽くすほどの勢いで迫りくる。

 ベアトリクスは身を動かし回避を続けていたが、やがて逃げ場を失う。

 ついにその身にカマイタチによる斬撃が直撃した。


「ベアトリクス!?」

 シャンクスは斬撃により吹き飛んだベアトリクスの体を両腕で受け止めた。

「だ、大丈夫です。私の鎧による防御障壁によって、致命傷は免れました」

 ベアトリクスの体には、斬撃による裂傷はあるものの、まだ戦闘不能なほどではない。

 彼女の乳白色の鎧には、防御の魔術刻印が施されていて、攻撃を防御する効果がある。


「しかし、あのカマイタチ……恐ろしい力」

 ベアトリクスは改めて、イズの魔術を思い知る。

「どうすりゃいいんだ……」

 シャンクスはベアトリクスを抱き、橋の根元側まで後退する。

 カマイタチは恐ろしい唸り音を上げて、橋の上を渦巻いている。

 その中心で、イズは立ちふさがっていた。


「ヒャハハ! いい眺めだぜ……お前が恐怖に慄きながら跪く様がなァ!」


 イズは狂喜に満ちた表情で叫ぶ。


「……いいですか、シャンクス。イズは私を追ってここまで追撃に来ない。つまり、あのカマイタチは威力こそ凶悪であれ、効果範囲はそこまで広くないということです」

 ベアトリクスはイズの技を冷静に分析する。

「そうか……あいつが橋の上で俺たちを待っていたのも、橋を渡らないと先へは進めない。つまり、あの場所を動く必要がないようにするためか」

 シャンクスはベアトリクスの分析を理解する。


「そうです。私たちは橋を渡るしかない。すなわち、必ずイズのカマイタチの効果範囲に入るしかないのです。だから、彼は焦って橋の外までは追ってこない。私たちが挑みに来るのを待てばいいだけなのです」


「その通りだァ! だが、そうやって待っている間にも、俺のカマイタチは増えていく。どうしたって勝ち目はねぇ」

 イズが剣を振り回すたび、風が生まれ、それはエメラルドグリーンの刃物へと変容し、橋の上を舞う。

 それは刃物の暴風。

 それを突破するしか、先に進む道はない。

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