第八十一話「終結の地へ」
「そこが、エリオーネの部屋だ」
王都城内。真夜中の廊下を、三人は忍び足で歩いていた。
アリーデはまだ体力が不完全であるため、なるべく早く城外へ救出するためイースが連れ、侵入時と同じように水路を使って外に脱出した。
そこでグリフォンクローが手配した医者に見せるよう、動いている。
シリウスと紅、そしてダルクはそのまま城の内部へ潜入し、エリオーネの状況を確認するために彼女の居室までやってきていた。
城の外は終戦記念式典の前夜祭で騒がしく、城内で多少の物音があっても紛れてくれる。
そしてダルクが事前に入手した城内の地図、更には警備員の巡回ルートを駆使することで、すんなりと目的地までたどり着くことが出来た。
石造りの城内の廊下を進み、その部屋のドアの間に三人は立つ。
「入るぞ……」
シリウスは、緊張で汗の滲む手で、ドアを開いた。
しかし、そこは全くのもぬけの殻だった。
ただ、窓が大きく開け放たれていて、風が吹き込んでいるのみだった。
部屋には、綺麗に整ったベッドと、壁一面の本棚の他は、簡素なイスとテーブルがあるのみで生活感は一切感じられない。
「クソが……遅かったのか……?」
「しかし、彼女はどこへ連れてかれたんだ」
シリウスは部屋を見回し、何か痕跡がないかを探る。
一方のダルクは、顎に手を当て、状況を脳内で整理する。
「本当に、本がいっぱいだ」
紅は、その部屋に入った感想を口にする。
壁一面の本は、持ち主の姿を夢想させた。
この狭い部屋で、一心不乱に活字の世界を冒険する少女に、紅は少し胸が痛くなる。
その時だった。
背後から、忍び寄る足音と共に、しゃがれ声がかかった。
「おぬし達、しばしババの話を聞いていかんかね」
「ギャッ!? 出た!?」
紅が声を押し殺しながらも絶叫する。
同時に、男二人は武器を構える。
が、その声の主を見た時、シリウスは気の抜けた声を出した。
「な、ババァ、なんでこんな時に……現れやがったな」
シリウスは息を抜く。
その脱力した様子に、紅は現れた者が敵ではない事を悟る。
「こら、シリウス。ご年配の女性にそんな言い方だめでしょ」
一応、女性として紅はシリウスをたしなめておいた。
黒いローブに身の丈と同じほどの長さがある三角帽。
裾を引きずるほどの背丈は、紅の半分ほどであった。
ハンドボール大の水晶玉を片手に持ち、顔には深い皴が刻まれている、おおきなかぎ鼻が印象的な老婆だった。
「これは、グラン・マチレア婦人では」
その姿を認め、ダルクは尋ねる。
「ほう、色男の旦那。よくご存じね。いかにも、わしはグラン・マチレアだよ」
その名前は、紅も聞き覚えがあった。
たしか、マナの祖母であり、王都で相談役の占い師をしているはず。
「みなさん、先ほどぶりです!」
噂をすれば、そのマナが老婆の背後から明るい顔を出す。
「マナ! 無事おばあさんに会えたんだね!」
紅は、つい昨日に分かれたばかりだが、久々に会った気がするマナとハイタッチをして再会を祝した。
「んで、話っていうのはなんだ?」
シリウスはグラン・マチレアに話を促す。
シリウスは幼少期をこの城で過ごしていた。そして、何かにつけて悪戯など悪い事をすると、このグラン・マチレアに説教をされてきた。
その苦い経験から、この老婆との会話は苦手である。
早く会話を切り上げたい一心で、催促する。
「うむ。水晶玉がね、おぬし達がここにきていると教えてくれたものでの。わしが透視した、未来の話を少ししよう」
と言っても、その未来通りになるかはおぬしら次第じゃがの。と笑いながら付け足す。
「おぬし達は、今。巨大な闇の影に立ち向かおうとしておる。その影は、ひどく傲慢で身勝手な理由で多くの人を混乱の渦に引き込んできた。ここらが潮時、引導を渡す必要がある」
グラン・マチレアはそっと目を瞑り、予言めいた言葉を吐く。
「北だよ。おぬし達が行くべき場所は。占いが、そういっているね」
グラン・マチレアは、水晶玉を撫で、その中に渦巻く煙のようなものを眺めて言った。
「北と言えば、騎士団の総本山、聖地がある場所だな」
シリウスが、その言葉をかみしめる。
「まあ、俺もそうだろうと思ってたさ。エリオーネちゃんが連行されて、騎士団がその黒幕だっていうなら、向かう場所は一つだ」
ダルクも顎の手を移動させ、パチンと指を鳴らしてそういった。
「決まってる、奴らがすべての元凶なら、俺たちの目標はそこだ」
シリウスは、拳を握りしめ決意を固める。
「行こう! エリオーネはきっとそこにいるよ」
紅はその決意に従うように、頷いた。
「紅さん。私はきっと、戦闘にはお力添え出来ないでしょうから、この場で祈っていることしかできません。けれど、信じています。きっとすべてが上手くいくと」
マナは、少し涙ぐんだ表情で、紅の手を握る。
「うん。きっと大丈夫。だって、シリウスやダルクさんもいるんだし。絶対大丈夫だよ!」
紅は、逆にマナを励ますように言った。
「ふぉっふぉ。よいよい。では、そなたに一つ、助言をやろう」
グラン・マチレアは孫娘とのやり取りに目を細めながら言った。
「そなたが窮地に陥った時、きっと、手を貸してくれるものが居る。それは、おぬしの心の中にも、居るようじゃよ」
「心の、中」
「うむ。まあ、頑張りなさいよ」
そういうと、グラン・マチレアは腕を伸ばして紅の肩をポンポン叩いた。
それだけで、どこか安心させてもらえた。
「はい、頑張ります!」
紅は明るい顔で、頷いた。
「よし、じゃあ行くか。目指すは、北の聖地だ」
シリウスとダルク、それに続いて紅は部屋を出る。
振り返ると、マナは笑顔で手を振ってくれていた。
それに、紅も応える。
旅の終着点、北の聖地を目指して。




