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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第一章 出会いと始まり
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第八話 ゴーレムと壺

 ランプを持ったシリウスは、岩石の巨人に勢い良く挑む。

 そのシリウスを、まるで地を這う虫を叩き潰すかのように岩石の巨人の拳が振り下ろされた。

 床が弾け飛び、砂煙が辺りを覆う。

 紅はその様子を壁に張り付いて見ていることしか出来なかった。


「シリウスッ!」

「こっちだ!」

 シリウスは巨人の足の間をくぐり、反対側に回っていた。


 身長四、五メートルもある岩石の巨人は、『ゴーレム』と呼ばれるいわば魔術師の操り人形だ。

 術者の魔力によって力を得た岩石は、術者が死んだ後も遺跡を守り続けていた。

 

(こいつには体外からの攻撃は意味が無い……ならば!)

 岩石で出来ているため、痛みどころか感情が無い。

 魔術によって形が構成されているため、その魔術のコアを破壊する必要がある。

 だが、一撃で中心のコアを破壊する必要は無い。岩石と岩石をつなぎ合わせている関節のような部分を攻撃しても、十分にダメージは期待できるはずだ。

 

 ゴーレムは、後ろに回ったシリウスを一瞬見失い、やや遅れて振り向こうとする。

 しかし、その緩慢な動作では遅すぎる。

「こいつでどうだ!」

 シリウスはゴーレムのちょうど膝辺り、岩と岩の隙間に剣を突き刺した。

 ザクリという小気味よい感触があったが、ゴーレムはピクリともしない。

 それどころか、膝を曲げて刺さった剣をへし折ろうとする。


「クソッ、効いてないのか?」

 慌てて剣を引き抜いたシリウスに、わずかな隙が生じてしまった。

 そして、その隙を狙うように放たれたゴーレムの、ハンマーのような拳の横薙ぎをまともに喰らってしまった。

「うぐっ!?」

 シリウスの体は一直線に壁に叩きつけられ、ズルズルとずり落ちる。

 その衝撃で、ランプと剣がシリウスの手から吹き飛んだ。意外にもランプは割れなかった。


「シリウス、大丈夫!?」

 駆け寄ろうとした紅の行く手を塞ぐように、ゴーレムが迫り来る。

 二人の間にランプが転がり、その巨大なシルエットを映し出す。

「私が……戦わないと、」

 シリウスはピクリとも動かない。

 早くゴーレムを倒してここから脱出しなくては、もしかしたらシリウスは大事に至るかもしれない。

 

 紅には、魔術の詳しい理論なんて分からない。

 しかし、今はその胸に熱い炎が灯ったかのように自信に満ちていた。

 今ならどんな敵だって戦ってやる。そんな気持ちだった。


 軽く息を吸い、まるで弓を引くように構える。

 紅はその手に炎剣を発生させる。

 そして、感覚のままに炎剣を発射する。


 緩慢な動作でゆっくりと近づいてくるゴーレムの顔面を目掛けて、真っ直ぐ、煌々と光る炎剣が突き刺さる。

 しかしその直前、ゴーレムの手のひらが振り払うかのように炎剣を薙いだ。

 それだけで、炎剣は吸い込まれるかのように消滅してしまった。

 鋼鉄のような毛皮を持つワイルドベアーを、バターを切るようにあっさりと切り裂いた紅の炎剣ならば、岩石の巨人といえどその腕を吹き飛ばすくらいの威力はあったはずだ。

 だが、ゴーレムには傷一つ無い。

 焦げてすらいなかった。


「どうして……? いや、ダメ。ここで諦めちゃ」

 続けざまに、紅の周りに三本の炎剣が発生する。

 紅の合図とともに、三本の矢のようにゴーレムに襲い掛かる炎剣は、またしても腕でガードされ、消滅してしまった。


 そうしているうちに、ゴーレムは徐々に距離を詰めて来る。

 元々壁際にいた紅はもうこれ以上、下がることが出来ない。


 足止めの為にも、絶え間なく炎剣を発生させては発射する。

 しかし、どれもダメージがあるようには見えない。

 それでもゴーレムは必ず防御の姿勢をとり、少しひるんでいる。

 なんとか時間稼ぎをして、打開策を見つけなくてはいけない。


 しかし、絶え間なく炎剣を放ったところで、紅にはそう簡単に打開策は見つからない。

 さらに、続けざまに炎剣を放ちすぎたせいで、紅の体力の尽きてきている。

 

 紅は肩で息をするようになり、体感的にはもう三本も発生させることが出来ないと悟る。

 たとえ一本に集中しても、最初の物より遥かに小さい。


(どうすれば……シリウス?)

 その時、シリウスがわずかに動いた。

 どうやら怪我をしたわけではなく、衝撃による脳震とうで気絶していたようだ。


「おい、そっちは大丈夫か!?」

 フラフラになりながらも立ち上がったシリウスは、どうやらこの状況を理解したらしく、紅に向けて叫んだ。

「もう少し……持ちこたえてくれ」

 シリウスは動き出し、素早い動作でランプを拾った。

 ランプは落下の衝撃からか、弱弱しい光を点滅させている。


 するとゴーレムの標的が、シリウスに移った。

 ゴーレムの傍を移動していたシリウスを踏み潰すように、足が振り落とされる。

「危ないっ!」

 その直前に、紅は炎剣を足に向けて放った。 

 爆風とともに、ゴーレムの足が吹き飛んでいた。今度は打ち消されなかった。

「やった……!?」

 しかし、喜びも束の間だ。


 吹き飛んだゴーレムの足が、映像を逆再生するかのように元に戻り始めている。

 どうやら表面を破壊しただけで、魔術のコアを破壊することが出来なかったようだ。


 もう、紅の魔力も残り少ない。

 炎剣も、せいぜいあと一発が限界だ。

 絶望的状況だった。


「おい、こいつを撃ち抜け!!」


 シリウスは何かを、ゴーレムの顔面の前に投げた。

 いつの間にかランプは消えたのか、辺りはほぼ真っ暗になっていた。だが、一瞬キラリと光るものが見えた。

 もうこれしかない。

 シリウスの秘策が最後の望みだ。

 

 紅は全身の力を振り絞って、最後の炎剣を発射した。

 真っ直ぐの軌道を描き、シリウスの投げた物に激突する。

 途端、あたり一面を閃光が包んだ。

 カメラのフラッシュにも似た強烈な光が、薄暗闇になれた紅の目を焼くように照らした。

 思わず、紅はギュッと目を瞑る。

 

 同時に、轟音が響いた。

 壁が崩れるような、岩が崩れるような音が響くが、紅は目が開けられない。


「おい、大丈夫か?」

 シリウスに肩を揺すられ、ようやく目が慣れてくる。

 瞳を開けると、辺りは明るい。どうやら外の光が差しているようだった。


「うそ……すごい! でもどうして?」

 紅の目には、今まで自分達を苦しめてきたゴーレムが後ろ側の壁を突き破り、倒れている姿が飛び込んできた。

 ゴーレムは完全に停止してる。

 更に言えば、もはやただの岩石の塊みたいなものになっていたのだ。


 突き破られた壁の向こうはまた別の遺跡につながっていたらしく、そちらには天窓がついていて光が差し込んでいた。


「最後に投げたのはランプさ」

 シリウスが自慢げに言った。


「あのランプは魔鉱石を燃料に使ってる。厳密に言えば魔鉱石の魔力を光に変換してるんだ。そしてお前の炎剣もいわば、魔鉱石とは桁違いの魔力の塊みたいなもんだ。つまり、あのランプに魔術を当てれば強烈な光に変換されるって事だ」

 シリウスは、黒焦げになって転がっているランプの亡骸を拾った。

「でも、どうしてゴーレムが光に弱いって分かったの?」

「俺も分かるのに時間がかかったが、奴の行動を見れば一目瞭然さ。もともとゴーレムは頭が良くない。せいぜい『動くものを攻撃する』とか『音のする方を攻撃する』とか、その程度のことしか命令出来ないんだ。この密閉された空間じゃ、音は反響して場所が判断しづらい。そして奴は最初から光のある方にしか攻撃していなかったんだよ」

 言われてみれば、最初にランプを持っていたのはシリウスだった。

 シリウスがランプを落した後、ちょうど紅とゴーレムの間にランプがあった。どうやらゴーレムは、ランプを目掛けていたらしい。

 そしてゴーレムは、強烈な光で感覚器官となる魔術の効果が消えてしまったのだろう。


「あ、でもどうして私の魔術が消されちゃったのかな?」

 紅は、当初は自分の炎剣がまったく効果が無かったことを思い出す。

「それは……こいつのせいだろ」

 シリウスはゴーレムの頭だった部分を、乱暴に蹴り崩した。

 なんと、中から箱のようなものが出てきた。箱を開けると、中から出てきたのは幾重にも包帯で蓋をされた古びた壺だった。


「こいつは……やっぱりな。『吸炎之壺ウンディーネのみずがめ』だ。たとえどんな魔術でも、炎だったなら吸収してしまう、超レアアイテムみたいだぜ」

 紅の炎剣の威力は申し分なかったが、頭に仕込まれたこのアイテムのせいで無効化されていたのだ。足を破壊できたのは、おそらく頭から離れていたからだろう。


「さ、帰るぞ。ご丁寧に出口まで用意してもらったんだ」

「うんっ!」

 シリウスは疲れたように壺を抱えて、ゴーレムの亡骸をまたいで隣の遺跡に入っていった。

 後に続いて紅も、天窓からの光の差す方へ歩いていった。

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