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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第七十九話「始まりの背景」

「アルタイルは、神を作り出そうとしています」


 シリウスの母アリーデは、一行に向かって語り始める。

 暗い王都の地下研究所。

 依り代の魔術が施されていた実験室の施術台の上に腰かけたまま、アリーデは知り得るすべての情報を一同に話す。


「我々の故郷、北の聖地には古来より神に等しい存在を作り出す、禁断の魔術が存在します。それの多くは、時代と共に封印され、今では一部の文献に存在が示唆されているのみでした」

 アリーデの言葉に、シリウス、紅、ダルク、イースは静かに頷く。


「アルタイルは、若き頃より魔術開発の才に恵まれ、多くの魔術を生み出してきました。その多くは民に伝えられ、人々の暮らしを豊かにするものでした。そして、先の大戦で、悲しき宿命により生み出された悪魔に対抗できる唯一の術式、『天罰術式』を生み出し、その功績が認められ彼は騎士団長へと抜擢されます」


「しかし、その天罰術式は、古来より伝わる、天罰神を創造する術式の応用だったのです」


 天罰神とは、古来の時代に裁判の中で用いられた魔術だ。

 主な目的は、処刑。

 悪を働いた者を、破滅させる際に用いられていた。


 しかし、善悪を決めるのは天罰神ではなく、あくまで人間である。

 裁判の結果、悪と判定された者のみを攻撃対象として制約をかけることで、魔術の威力を数段上げることが出来る。

 逆に、攻撃対象ではない人間に対しては、まったくの無力であるといえる。


 アルタイルは、悪の対象をゲヘナただ一人に絞ることで、唯一対抗できる威力を持つ魔術、「天罰術式」を生み出すことに成功したのだった。

 

「彼は、『天罰神』を作り出そうとしています」

 アリーデは、アルタイルの目論見を看過していた。


「天罰神は、悪と認められたものに、無制限の破壊をもたらします。しかし、何をもってこの世の善と悪を判別するのでしょうか。祖国を守るために立ち上がった戦士も、敵対国から見れば悪魔と呼ばれる世の中ですが、一方では身を投げうってでも祖国を守ろうとした英雄なのです。彼はおそらく、彼だけの判断基準で世の中を裁こうとしているのです」

 その先に訪れるであろう、力によって支配された世界。

 それはまさしく、自由と平穏から最もかけ離れた世界であろう。


「そんなん、ただの独裁者だな。身勝手な正義を振りかざしたところで、人々の幸せは約束されない」

 ダルクは、その言葉を聞き耐えられず吐き捨てた。


「そうです。アルタイルは、止めなくてはなりません」

 アリーデは頷く。


「しかし天罰神は、実体化させるには莫大な魔力が必要です。一度にそれほどの魔力を生み出すのは、現在では不可能です。様々な非道な魔術が横行していた古代であったからこそ、生み出された存在なのです。

 だからこそ、アルタイルは仮の存在とも言える……さながら、羽化する前の蛹のような形で、天罰神を生み出そうとしているはずです。そして、それまでの期間には天罰神の赤子を納めておく、器。すなわち依り代が必要です。しかも依り代となるには、その者自体も膨大な魔力を有していなければ、とても天罰神の負荷には耐えることができません」

 ここからは、アリーデの予想も含まれている。

 しかし、シリウスたちには想像も及ばない魔術の深い世界に、ただ頷くことしかできなかった。


「私の血筋は、聖地で細々と続く使徒の家系でした。しかしながら、聖地でも、いえ、この世界の中でも有数の魔力を有していました。中でも、私の魔力は一族の歴代を見ても、最も大きいのではないかと言われるほどでした。ですが、私達はそれをひた隠しにしていたのです。大きすぎる魔力は、それだけで争いに巻き込まれてしまいますから。それでも、私の魔力の大きさを知るものもいます、例えば、血を分けた兄弟なんかは」

 その言葉に、一同は息をのむ。


「アルタイルは、私の弟です」


 アリーデは、申し訳ないとばかりに頭を下げた。

「アルタイルは、幼いころから私に対抗心を燃やしていました。彼自身の魔力は、一般に比べれば大きいものの、一族の中では並以下と言われていました。だから、彼はおのずと虐げられがちでした。また、私が彼をかばおうとすると、余計に怒りを募らせているようにも見えました」

 だからこそ、魔術の開発や研究に没頭していったのでしょう。と、彼女は付け足した。


「彼は、騎士団長となった後、おのれの野望の為に画策しているようでした。そして、天罰神の依り代として姉である私の魔力に目を付けました。そのために、私は身を守らねばならなくなったのです。

 そこに、先の国王クロード様との縁談をいただきました。私は、少し心苦しいのですが、自らの保身のために、王室に入ることを決めました。まだ幼い、一人娘、エリオーネが居ましたから」

 それがちょうど、シリウス……ヴァーリス王子と出会う前の出来事だ。


「しかし、騎士団は大戦以降、王都のかなり中枢まで入り込んでいました。私はそこからさらに身を隠すため、王都の地下奥深く、異世界転移魔術の研究施設にかくまわれるようになりました。もちろん、クロード様の計らいです。ここには、当時まだ騎士団も深く介入できていませんでしたから」


 それこそが、シリウスの母の失踪の真相だった。

 つまり、国王クロードも承知の事実であったということである。


「でも事態は次第に悪くなり始めます。アルタイルは、私の居場所を突き止めるために、クロード様に呪術を施しました。クロード様もかなりの抵抗をしたようですが……徐々に精神が毒され、狂い始めたそうです」


 その頃の情景を、シリウスは思い出す。

 シリウスは勘違いをしていたのだ。

 母が居なくなり、狂ってしまったと思っていた父は、実はアルタイルによる精神的な攻撃と戦っていたのだ。


「私は、いざとなればこの研究所の魔術を用いて、異世界へ飛ぶことをクロード様と約束していました。私の魔力がこの世界から無くなれば、アルタイルは天罰神を作り出すことはできなくなります。もしもの時は、私が異世界へ行き私が持つ魔力をすべて別な世界へ封じ込めてしまえばいいと」


 アリーデはそこで、紅の事を見据える。


「私はアルタイルの間の手が、徐々に迫りつつあるのを言伝に聞きました。そして、クロード様までも彼の魔の手にかかり、ヴァーリスがその罪を着せられ、幽閉されたことを知ります。ついに私は決意をし、みずから異世界へ旅立ちました」


「激しい魔力断層の、別な世界へ向かう力のねじれのような時空の歪みに堪え抜いた時、私はもうろうとする意識の中で、異世界にたどり着いたことを知ります」


「そこで、私の持つ魔力のすべてを一つの結晶へ封じ込め、その世界の方に渡すつもりでいました。魔力の結晶化は成功し、私が生まれ持っていた強大な魔力はすべてその結晶に託されました。誰でもいいからこの結晶を渡してしまおうと。けれど、事はそううまくは行きませんでした。私の体が元の世界に引き戻されていることを感じ取りました。どうやら、魔力を有していなければ異世界に存在をつなぎとめることができないようです」


「私は瀕死の状態で、魔力を人に受け渡すことに成功しましたが、同時に受け渡した相手さえも、こちらの世界に引き込んでしまったのです」


「それが、あなたなのですね」

 説明するアリーデの紅を見るその眼は、謝っているようにも見えた。


「私は……雛沢紅といいます。この世界の、住人ではありません」

 紅は、改めてアリーデに自己紹介をした。

「そうですか。紅さん、あなたには本当に申し訳ない事をしたと思っています。こんな事態に巻き込んでしまって」

「いいえ、私は、むしろ良かったと思います。こうして、こちらの世界に来たのはなんでかなって思ってたけど、それはただ偶然通りがかっただけだったんですね」

 紅は、あの日の偶然を思い返す。

 駅前で、偶然通りがかったのが自分でなかったら。

 シリウス達に出会うことはなかった。


「私に任せください。アリーデさんの魔力を借りてる身として、その力を発揮します!」


「……ありがとうございます。紅さん。けれど、早くエリオーネを助け出さなければなりません。私は異世界からこちらへ戻ってきた後、この地下室でアルタイルに拘束されました。そして、私に力が残っていない事を知ると、彼はエリオーネを依り代として選択しました」

 その言葉に、シリウスは目をむく。


「なんだと……!? それじゃあ、まさか……!?」

「魔術兵器とは、天罰神の依り代ってことなのか……? じゃあ、破壊の試験と、現場で目撃されている少女っていうのは」

 シリウスは驚愕に言葉を失い、ダルクがその先を推理する。


「そうです。おそらく、エリオーネが天罰神の依り代として、術式は定着したのでしょう。おそらく、天罰術式の応用で、何かの条件を設定し、無制限の破壊を発動しているはずです。それは、あたかも兵器のようにみえるでしょう」

 アリーデは知らないが、エリオーネは『まばたき』を条件として設定されていた。

 視界に映るもののみを対象にすることで、破壊を発動させている。

 それはすなわち、少女が世界を純粋に見ることが出来なくなる、非道のやり方だった。


「時間はもうあまりないはずです。エリオーネに宿る天罰神がまだ幼子だとして、アルタイルはそれを羽化させるために悠長に待つとは思えません。なにか……特別なやり方で、その力を覚醒させるはずです」

 アリーデは鋭い言葉で、警鐘を鳴らす。


「……行こう。まずは城内のエリオーネの部屋を調べよう。まだ、そこに彼女の手がかりがあればの話だが」

「確認する価値はあるぜ。まずは足を動かさないと始まらねぇ」

「うん、進もう!」


 一同は決意を新たに、上階への道を探し、進むのであった。

  

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