第七十八話「謀反の時」
「馬鹿な!? 『最後の審判』だと……そのような禁術を……まさか、貴様。最初からそのつもりで……!?」
その言葉に、大教皇イザードは眼球が飛び出さんばかりに驚愕する。
「ええ。もちろんです。もちろんですとも」
アルタイルは、依然として不気味な笑みを浮かべたままだ。
「馬鹿げたことを言うな!? 剥奪だ、貴様はもう騎士団長ではない!」
口角泡を飛ばす勢いで、大教皇イザードは叫んだ。
その様子を待っていたかのように、アルタイルは両手を広げて歓迎する。
「結構です。ですが、そうなると大教皇様。貴方はもう私にとって排除すべき障害でしかない」
そして、僅かずつ、魔力をその身に集中させる。
「自惚れるなよ、小僧。今ここで貴様を処刑する」
イザードが腕を宙に差し出す。すると、どこからともなく節くれだった一本の杖が飛来する。
それを握りしめると、一振りした。
途端、イザードとアルタイルの間に水飛沫が吹き上がる。
一瞬前まで何もなかった空間に、あっという間に水流が生まれ、巨大な津波を引き起こす。
彼らの間にある円卓や柱をなぎ倒し、水の奔流はアルタイルに襲い掛かる。
彼の姿は、巨大な津波に飲み込まれた。
ともに水流に飲まれた物体は、押し流されてはるか後方の大聖堂の壁に激突した。
しかし、アルタイルはその場を微動だにせず立ち続けている。
彼の身の回りには、ベールのように青白い紋章を浮かべた魔力の壁を纏っていて、襲い掛かる水流を防いでいた。
「これは、ずいぶんな仕打ちですね」
対するアルタイルは、手の先に魔力を集中させ、光る魔力弾を何発も発射する。
弾丸のように飛ぶ魔力弾を、今度はイザードが杖を振り、辺りに散乱した瓦礫を操り、壁のように浮遊させ攻撃を防ぐ。
イザードはそのまま、大きく杖を振り回すと、大聖堂に振動が走る。
柱、壁、そしてステンドグラスまでもが振動し、一瞬のうちに瓦解した。
しかし、その破片は降り注がない。爆破した瞬間を停止させたかのように、宙を漂っている。
「覚悟しろ。背教徒め」
イザードの合図で、宙を浮遊していた瓦礫が、まるで一個の生命体であるかのようにうねり、アルタイルの元へ降り注ぐ。
激しい打撃音と崩落の土埃を上げ、彼の姿はおろか、彼が立っていた場所は跡形も無く崩れ去る。
しかし、アルタイルを包み込む魔力障壁は、傷ひとつ無かった。
彼は悠然と歩み寄り、杖を構え座にすわるイザードのもとへ近づく。
「ば、馬鹿な……貴様の魔力を全力で放出したところで、この攻撃を防ぎきれるはずがない……」
「そうです。しかし、私はなぜ、騎士団長まで登り詰めることが出来たか、お忘れでしょうか」
一歩、一歩。
アルタイルは、悠然と、けれど確実に。
その距離を詰めてゆく。
「まさか、貴様、自身までも悪……」
その先の言葉を、イザードが発することはなかった。
なぜなら、アルタイルの手のひらが、彼の口を掴み、封じ込めたからだ。
アルタイルの手に、眩い光が集約する。
それは、魔力の集約。
やがて、放出された魔術の攻撃は、かつて大教皇としてこの聖地で最も魔力を有し、最強の魔術師であったはずの男の顔を破壊した。
ダラリと、その胴体は崩れ落ちる。
その様子を、アルタイルは感情の籠らない目で見降ろすのみであった。
一瞬の静寂。
「やれやれ、ついにやってしまったんだね」
戦闘の余韻がまだ、崩落した大聖堂に残る中、アルタイルに向けて少年のような甲高い声がかかる。
「まだいたのか。カース」
アルタイルはその声の主を振り返りもせず、立ち続ける。
その傍らには、老人の亡骸が転がっている。
仮面をつけた男が、アルタイルの背後に立っている。
騎士団九番の男。カースは黒いローブを身に纏い、その一部始終を見ておりそして一切の手だしはしなかった。
そして今も、こうして傍観を続けている。
パラパラと、崩落した大聖堂の壁が崩れ落ちる音が響く。
これほどまでの大立ち回りを、遠くからそれを聞き駆け付ける足音が鳴る。
「な、なんだこりゃあ……」
そこに、騒動を聞きつけた他の騎士団の面々が現れる。
三人の人影が、この場にやってきた。
戦闘狂のイズが、ゲヘナの拘束と収容を終え戻ってきたとことだった。
「戻って来てみれば、とんでもねぇ事になってやがるな、おい」
王都でエリオーネを拘束して聖地まで連れてきた後、帰還したヴァージルも、その後に続く。
「……説明してくれるかしら。アルタイル」
この場に現れた三人のうち、最後に来た女性、ウィルヘルミーナがアルタイルに問う。
「私は、私の使命の為に、邪魔な障害を排除したまでだ。私の悲願は、『最後の審判』をもう一度下すこと。その願いに、そしてこの所業に賛同できない者は、いつでも立ち去ってくれて構わん。もしも、歯向かうものがいれば、この場で挑戦を受けよう」
不敵に笑うアルタイルに、一同は言葉を失った。
「いやいや、野心家だとは思っていたけど、まさかここまでのことをやってのけるとはね。ボクはもうついて行けないよ」
最初に口を開いたのはカースだった。
いつものように、少年のような声を響かせる。
「ふん、どこぞへ消え失せろ」
アルタイルは至極、軽蔑したような口調で吐き捨てた。
「はいはい、そうさせてもらうよ」
そういうと、カースの身はスッと霧散し、消えた。
「……俺は、ただ組織に属していればそれでよかったんだが。まあ、いい。まだ俺の力が必要ならば、俺は付き従うだけだ」
ヴァージルはポケットから煙草を取り出し、火をつけた。
そのまま、ぼうっと様子を眺める。
「……何が何だか、俺にはサッパリだぜ」
ガシガシと頭を掻くイズは、どうしようか迷っている様子だった。
「お。そうだ。イズ、お前にニュースがある」
そんなイズに向かって、ヴァージルはタバコの灰を落としながら言う。
「王都に、『閃光』が居たぜ」
それを聞いた瞬間、イズの表情は変わる。
獰猛な、獣のような表情に。
「……わりぃな。俺は、用事が出来た。アルタイル、お前のその『最後の審判』とやらが何だか知らねぇけど、俺はもう戻らない」
そういうと、身を翻し、大聖堂を飛び出していった。
「アタシは『最後の審判』、見届けるわ。これもきっと、神の与えた使命なのかしらね」
ウィルヘルミーナは諦観のような表情で、腕を組み息を吐いた。
自由と平穏。
その言葉からかけ離れたような惨状を前にしても、騎士団の面々は落ち着いていた。
それは、アルタイルが言った『最後の審判』の行く末が気になるからかもしれない。
「そうか。好きにしろ」
その様子に、アルタイルは笑みを浮かべたまま、ローブを翻して進みだした。
「さあ、処刑の時間だ。その前に、民へ、教えを説くとしよう」
両手を広げ、天を仰ぐように。




