表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
78/100

第七十八話「謀反の時」

「馬鹿な!? 『最後の審判』だと……そのような禁術を……まさか、貴様。最初からそのつもりで……!?」

 その言葉に、大教皇イザードは眼球が飛び出さんばかりに驚愕する。


「ええ。もちろんです。もちろんですとも」

 アルタイルは、依然として不気味な笑みを浮かべたままだ。


「馬鹿げたことを言うな!? 剥奪だ、貴様はもう騎士団長ではない!」

 口角泡を飛ばす勢いで、大教皇イザードは叫んだ。

 その様子を待っていたかのように、アルタイルは両手を広げて歓迎する。

「結構です。ですが、そうなると大教皇様。貴方はもう私にとって排除すべき障害でしかない」

 そして、僅かずつ、魔力をその身に集中させる。


「自惚れるなよ、小僧。今ここで貴様を処刑する」


 イザードが腕を宙に差し出す。すると、どこからともなく節くれだった一本の杖が飛来する。

 それを握りしめると、一振りした。


 途端、イザードとアルタイルの間に水飛沫が吹き上がる。

 一瞬前まで何もなかった空間に、あっという間に水流が生まれ、巨大な津波を引き起こす。

 彼らの間にある円卓や柱をなぎ倒し、水の奔流はアルタイルに襲い掛かる。


 彼の姿は、巨大な津波に飲み込まれた。

 ともに水流に飲まれた物体は、押し流されてはるか後方の大聖堂の壁に激突した。


 しかし、アルタイルはその場を微動だにせず立ち続けている。

 彼の身の回りには、ベールのように青白い紋章を浮かべた魔力の壁を纏っていて、襲い掛かる水流を防いでいた。


「これは、ずいぶんな仕打ちですね」


 対するアルタイルは、手の先に魔力を集中させ、光る魔力弾を何発も発射する。

 弾丸のように飛ぶ魔力弾を、今度はイザードが杖を振り、辺りに散乱した瓦礫を操り、壁のように浮遊させ攻撃を防ぐ。

  

 イザードはそのまま、大きく杖を振り回すと、大聖堂に振動が走る。

 柱、壁、そしてステンドグラスまでもが振動し、一瞬のうちに瓦解した。

 しかし、その破片は降り注がない。爆破した瞬間を停止させたかのように、宙を漂っている。


「覚悟しろ。背教徒め」


 イザードの合図で、宙を浮遊していた瓦礫が、まるで一個の生命体であるかのようにうねり、アルタイルの元へ降り注ぐ。

 激しい打撃音と崩落の土埃を上げ、彼の姿はおろか、彼が立っていた場所は跡形も無く崩れ去る。


 しかし、アルタイルを包み込む魔力障壁は、傷ひとつ無かった。

 彼は悠然と歩み寄り、杖を構え座にすわるイザードのもとへ近づく。


「ば、馬鹿な……貴様の魔力を全力で放出したところで、この攻撃を防ぎきれるはずがない……」

「そうです。しかし、私はなぜ、騎士団長まで登り詰めることが出来たか、お忘れでしょうか」

 一歩、一歩。

 アルタイルは、悠然と、けれど確実に。

 その距離を詰めてゆく。


「まさか、貴様、自身までも悪……」

 その先の言葉を、イザードが発することはなかった。

 なぜなら、アルタイルの手のひらが、彼の口を掴み、封じ込めたからだ。


 アルタイルの手に、眩い光が集約する。

 それは、魔力の集約。

 

 やがて、放出された魔術の攻撃は、かつて大教皇としてこの聖地で最も魔力を有し、最強の魔術師であったはずの男の顔を破壊した。

 ダラリと、その胴体は崩れ落ちる。

 その様子を、アルタイルは感情の籠らない目で見降ろすのみであった。


 一瞬の静寂。


「やれやれ、ついにやってしまったんだね」


 戦闘の余韻がまだ、崩落した大聖堂に残る中、アルタイルに向けて少年のような甲高い声がかかる。


「まだいたのか。カース」

 アルタイルはその声の主を振り返りもせず、立ち続ける。

 その傍らには、老人の亡骸が転がっている。


 仮面をつけた男が、アルタイルの背後に立っている。

 騎士団九番の男。カースは黒いローブを身に纏い、その一部始終を見ておりそして一切の手だしはしなかった。


 そして今も、こうして傍観を続けている。


 パラパラと、崩落した大聖堂の壁が崩れ落ちる音が響く。

 これほどまでの大立ち回りを、遠くからそれを聞き駆け付ける足音が鳴る。


「な、なんだこりゃあ……」


 そこに、騒動を聞きつけた他の騎士団の面々が現れる。

 三人の人影が、この場にやってきた。

 戦闘狂のイズが、ゲヘナの拘束と収容を終え戻ってきたとことだった。


「戻って来てみれば、とんでもねぇ事になってやがるな、おい」

 王都でエリオーネを拘束して聖地まで連れてきた後、帰還したヴァージルも、その後に続く。


「……説明してくれるかしら。アルタイル」

 この場に現れた三人のうち、最後に来た女性、ウィルヘルミーナがアルタイルに問う。


「私は、私の使命の為に、邪魔な障害を排除したまでだ。私の悲願は、『最後の審判』をもう一度下すこと。その願いに、そしてこの所業に賛同できない者は、いつでも立ち去ってくれて構わん。もしも、歯向かうものがいれば、この場で挑戦を受けよう」

 不敵に笑うアルタイルに、一同は言葉を失った。

 

「いやいや、野心家だとは思っていたけど、まさかここまでのことをやってのけるとはね。ボクはもうついて行けないよ」

 最初に口を開いたのはカースだった。

 いつものように、少年のような声を響かせる。


「ふん、どこぞへ消え失せろ」

 アルタイルは至極、軽蔑したような口調で吐き捨てた。

「はいはい、そうさせてもらうよ」

 そういうと、カースの身はスッと霧散し、消えた。


「……俺は、ただ組織に属していればそれでよかったんだが。まあ、いい。まだ俺の力が必要ならば、俺は付き従うだけだ」

 ヴァージルはポケットから煙草を取り出し、火をつけた。

 そのまま、ぼうっと様子を眺める。


「……何が何だか、俺にはサッパリだぜ」

 ガシガシと頭を掻くイズは、どうしようか迷っている様子だった。

「お。そうだ。イズ、お前にニュースがある」

 そんなイズに向かって、ヴァージルはタバコの灰を落としながら言う。


「王都に、『閃光』が居たぜ」


 それを聞いた瞬間、イズの表情は変わる。

 獰猛な、獣のような表情に。


「……わりぃな。俺は、用事が出来た。アルタイル、お前のその『最後の審判』とやらが何だか知らねぇけど、俺はもう戻らない」

 そういうと、身を翻し、大聖堂を飛び出していった。


「アタシは『最後の審判』、見届けるわ。これもきっと、神の与えた使命なのかしらね」

 ウィルヘルミーナは諦観のような表情で、腕を組み息を吐いた。

 

 自由と平穏。

 その言葉からかけ離れたような惨状を前にしても、騎士団の面々は落ち着いていた。

 それは、アルタイルが言った『最後の審判』の行く末が気になるからかもしれない。

「そうか。好きにしろ」

 その様子に、アルタイルは笑みを浮かべたまま、ローブを翻して進みだした。


「さあ、処刑の時間だ。その前に、民へ、教えを説くとしよう」

 両手を広げ、天を仰ぐように。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ