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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第七十五話「追手の男」

 時刻は夕暮れを過ぎ、もうじき日も落ちようという頃である。城下町は、前夜祭の最盛期を迎えていた。

 人々は踊り、酒を酌み交わし、たがいに笑いあう。

 通りには出店が立ち並び、祭りを彩る飾り付けが煌びやかに光っていた。


「なあ、何か食いたいものはあるかい」

 シャンクスは、人混みから少し外れたところで、手を引くエリオーネに向かって問いかける。

 エリオーネは両目を包帯で結び、完全に視界が無いため、シャンクスがずっと手を握り導いている。


「ええと、私、こういうところに来るのは初めてで……何があるかもわからないのです」

「ええ!? そうなのかい? じゃあ祭りのプロの俺が色々教えてやろうか。まずは、リンゴ飴だろ、それからソーダと焼きモロコシは欠かせないな……」

「食べ物ばかりじゃありませんか。女性にはもっとこう、風情のあるものを選びなさい」

 ベアトリクスは腕を組み、フンと息を吐いてたしなめる。


「んだよ、じゃあ他になにかいい提案はあるのかよ」

 反抗するように、シャンクスは問い返す。

「……ええと、射的、とか?」

 顎に指先を当て、小首をかしげてベアトリクスは言う。

 彼女も、正直なところ祭りに参加した経験は乏しい。


「んだよ、俺と同レベルじゃねえか! 何が風情だよ!」

 ベアトリクスは顔をそらし、シャンクスは爆笑する。

 その様子につられ、エリオーネもクスリと笑う。


「私、何でもいいですよ。何も知らないということは、何でも楽しめるということかもしれません」

「そっか。じゃあ、片っ端から行こうぜ」

 エリオーネにとっては、生まれて初めてに等しい祭りの宴だ。

 肉眼で見ることはできない。

 けれども、その空気の一端でも、楽しむことに罪はないのではないか。

 

 城を抜け出してどうなるのか、不安が無いわけではない。

 だがそれ以上にエリオーネは、自由に外の空気を吸うことができることに感動していた。


「私は任務の方を優先します。もう少し、城の周囲を調査します。シャンクス、エリオーネさんを連れ出すのも夕刻までとしなさい。夜までには、ちゃんとお部屋までお帰しするのですよ」

 相変わらず保護者のように言うベアトリクスに、二人は苦笑するのだった。


「じゃ、行こうぜ」

 シャンクスに手を引かれ、宴の中へ歩みを進める。



***


 初めての祭りは、未知との遭遇の連続だった。

 シャンクスが購入してくる食べ物は、とても甘かったり、とてもしょっぱかったり、城の中で出されるような完全に栄養を管理された食事とは全く違う。

 更には息を吹き込むと奇妙な音が鳴る玩具であったり、不思議な音楽が流れているテントなど、様々な催しがあった。


 この目で、その景色を見ることができないのが、本当に悔しい。

 けれどもエリオーネは、とても満足していた。


「楽しんでいるかい?」

「ええ。シャンクスさん、本当にありがとうございました」

「なあに。気にすんなって。……おっと、ちょっとこっちへ行こうか」

 シャンクスは、エリオーネの手を引き、頻繁に場所を変える。

 エリオーネは脱走の身であり、その包帯はかなり目立つ。

 頭にはフードを被せているが、それでも両目を隠している存在は奇妙に映るだろう。


(やっぱり……さっきから俺たちを付けている奴がいるな)


 シャンクスは、逃走には慣れている。

 人混みに一度紛れたり、テントの間の暗闇を縫って進めば、大抵の追手なら撒くことができるだろう。


(でもなんだ……この奇妙な感じ。ちょっと、ベアトリクスに追われている時にも似てる感覚だ)

 彼の故郷の街で、シャンクスを捕まえることができたのはベアトリクスだけだった。

 もちろん、今の追手は彼女ではない。


(ということは、ベアトリクス並みの腕前があるヤツってことか。これは早めに切り抜けねえとやべえかもな)

 ベアトリクスにはエリオーネを帰すようにと言われているが、シャンクスは彼女を再び捕らわれの身にするつもりはなかった。

 なんとか、彼女を自由なところへ連れていき、目を医者に見せて、自分自身は任務を達成する。

 普通に考えれば無理難題なことに、彼は挑んでいた。


 不穏な気配から逃げるように、彼らが進んだ先は城下町の中腹に位置する広場だった。城の外周を庭園のような場所が囲っている。ここは祭りの会場からは離れていて、灯りはなく人の気配もない。

 ここで、闇夜に紛れて一旦やり過ごすつもりだった。


「よう、お二人さん」


 しかし、そんなシャンクスの前に、一人の男がどこからともなく、現れた。

 闇から生まれてきたかのような、総髪にダークスーツを纏った中年の男性。


「なんだ、お前は。さっきからずっと俺たちを付けて来てるな」

 シャンクスは握ったエリオーネの手に力をこめる。

 彼女は、怯えたように少し身を固くした。


「まあなんだ、その子は俺たちにとっちゃ、ちょっとばかり特別でね。勝手にデートに連れ出されると困るんだ」

「……逃げるぞ、エリオーネ」

「え、ええ」

 目が見えない彼女は困惑ながらも、シャンクスの手を握る力を強めた。


 シャンクスは、エリオーネの手を引き男が居る方向と逆向きに走り出した。

 まだ十分に距離はある。

 男は両手をポケットに入れて動く素振りを見せない。


「遅い」


 しかし次の瞬間、ダークスーツの男はシャンクスの眼前に立っていた。

「はや……」

「すまんな、坊主。貴様にはここで死んでもらう」

 男の拳が、弾丸のように打ち出され、シャンクスの顎先を狙う。


 それを彼は身を翻すことで回避し、その体制からくるりと回転し、エリオーネとダンスをするかのように抱き寄せた。

 そのまま、彼女の体を抱きかかえ真後ろへ跳躍する。


「ほう。坊主、意外と動けるんだな」

「生憎、逃げることだけは得意なんでね。しかも、普段はオッサンよりももっと早い人に追っかけまわされてるんだ」

 シャンクスはエリオーネを抱きかかえたまま、体制を立て直す。


「……俺の名前は、ヴァージルだ。よく覚えておいてくれ」

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