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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第七十四話「魔術の依り代」

 地下空間をさらに進むと、再び迷宮のような鉄壁の廊下に繋がっていた。

 一行はコツコツと足音を響かせながら廊下を進んでいた時、一枚の鉄扉の前にさしかかった。

 

「だ、誰かいるのかぁ……!? た、たすけてくれぃ……」


 その時、閉ざされた鋼鉄の真っ黒い扉の中から老人のうめき声が聞こえた。


「誰か中にいるのか?」

 ダルクは冷静に呼びかける。

「た、頼むぅ……閉じ込められているんだぁ」

 老人の声は嗄れ声で、かなり衰弱している様子だった。


「どうする?」

 イースは無機質に問うが、紅は「困ってるみたいだし、助けてあげようよ」と純粋に言う。

「シリウス、お前に任せるぜ」

 ダルクは振り向き、問うた。

 

 シリウス達の目的は、異世界転移魔術の研究所を探すことと魔術兵器の開発に関わっているエリオーネを探すことだ。 

 老人の素性は知れないが、そのどちらかに関わっている可能性は高い。 


「助けよう」

 シリウスが言うと、ダルクは「ま、そういうと思ったよ」と言い、魔導銃を取り出し扉に向かって発砲した。

 バキンという甲高い金属音と共に、扉の鍵が破壊され、開くようになる。

 ぎいい、という擦れる音と共に、扉が開かれる。


「た、たすかったぁ……」

「大丈夫か……って。お、お前は……」

 そこから現れた老人には、見覚えがあった。


 かつてローアン・バザーにおいて、盗賊団のリーダーであったジークを誘拐し、あまつさえその恋人リリィを人質に取り、傷つけた闇医者。

 ヴェッセルがそこに居た。


「何をしているんだ! こんなところで!」

 シリウスは吠える。

「うわああ、やめろぉ……わしは何も知らん。全部、あの白い男に脅されていたんだ」

 以前遭遇した時も痩せた老人ではあったが、今はその時よりもかなり酷い様相をしていた。

 頬はげっそりとこけ、骨が浮き出している。顔色は青紫であり、頭皮には胞子のような頭髪がわずかに残る程度となっていた。


「白い男……騎士団か」

 シリウスは、この場所で何かが行われていたことを悟る。

「違いねぇ、んで、どうする? コイツ。殺すか」

「待って、何か知ってるかもしれないよ」

 紅が止める。

 紅としては、情報を聞き出すこともそうだが、不必要な暴力は避けたかった。

「そうだ。騎士団が関わっているとなれば……魔術兵器の研究に関係していたかもしれない」 

 シリウスは、ヴェッセルから情報を聞き出すことにした。

 

 ダルクは、誰でもいいから縋りつこうとするヴェッセルを乱暴に蹴り飛ばし、床に打ち付けた。

 その後、仰向けに転がった老人の、両手足を縛り付け拘束する。


「何か有益な情報がなければ……始末するだけだ」

 シリウスは冷酷な声で脅す。

「ひぃぃぃ、わしは何も知らん。ただ、指示された通り、魔術の術式を施しただけだ……」

「施した? 何に」

 言い訳のように呟くヴェッセルの胸倉をシリウスは掴み上げる。


「依り代、じゃよ」

 ヴェッセルは力なく、呟く。


「この部屋の奥に、一人おる。もっとも、そやつは既に用済み、失敗作じゃがの」

 ヴェッセルは顎で、今しがた出てきた部屋を差す。

 そしてシリウスに放り捨てられ、ぐしゃりと落ちた。

 

「依り代、……? だが、一人といったな」

「それはつまり、人間ということか」

 ダルクの推理に、シリウスが言葉を継ぐ。

「助けに行かなきゃ!」

 紅が言い、一行は部屋の奥へ向かう。


 部屋は乱雑に物が散乱していた。

 薄暗い裸電球の明かりが、頼りなく辺りを照らしている。


 ジメジメと肺が悪くなりそうな空気に包まれた部屋は、魔術に関する書物が床上にばら撒かれ散乱しており、とても情報が得られる状況ではない。壁際には魔石から魔術を生成する培養器ような機械が並んでいる。

 そして、部屋の奥にはパーテーションで区切られた場所があった。

 そこには、手術台のような人が横たわることができる台の上に、大きな黒い布がかぶされていた。


「これが、依り代……」

 シリウスが、恐る恐るその布をめくりあげる。

「気を付けてね……」

 紅は息をのみ、その様子を見守った。


 黒い布がめくられる。

 そこには、一人の女性が黒いローブを身に纏い、横たわっていた。

 西洋風の顔立ちは、憔悴していながらも不思議と整っている。乱れた髪は、けれども艶を失ってはいなかった。


 そして、その女性の顔を見た時、シリウスは驚きのあまり、目を見開いた。

「なん……だと……母さん!?」

 シリウスは驚愕する。

 そこに横たわる美しい女性こそ、シリウスのもとから消えた女性であった。

「どうして……こんなところに。この人は、俺の育ての母、アリーデだ」

 しかし、驚くシリウスの他にも驚愕の表情を浮かべていたのは、紅だった。


「ウソ……。私、この人に会ったことがある」


 そう、それは紛れもない。

 紅が元の世界から、この世界へ来るきっかけとなった人物。

 紅の世界で、駅前の広場に突如出現した黒いローブの女性。

 そして、紅を異世界へ引き連れた女性が、今まさに目の前に横たわっていた。


「死んでるのか?」

 イースは、きわめて冷静な口調で問う。

「わ、分からない……」

 シリウスは触れるのをためらっている。

 確認するには、もう少し勇気が必要かもしれない。


 シリウス、もといヴァーリス王子の産みの母親は病気により他界している。その後、父である国王クロードが迎えた二人目の母親、つまりシリウスの育ての母親であり、エリオーネの実の母親が、このアリーデである。

 そのアリーデも急に行方をくらましており、それがきっかけとなり、その後の悲劇へと繋がってゆく。


 突然の再会に動揺するシリウスをよそにダルクは至極冷静に、そして慎重に、横たわる女性を調べた。

「いや、これは……。いわばスリープ状態だ。微量だが魔術の膜を感じる。おそらく、瀕死の状態で体を魔術により停止させている」

 ダルクは、顎に手を当て分析する。

「さっきのジイさんもかなりやられてただろ。その『依り代』とやらの為に施された魔術がどんなもんかは分からねぇが、それなりの期間はここに閉じ込められていただろう。体を治療することよりも、出来るだけ消費するエネルギーを抑えるために自身を仮死状態で保存しているんだ」

 ダルクは、魔術師ではないが数々の現場を目にしたことがある。

 過去の経験からなる知識を手繰り寄せ、そう結論付けた。


「紅ちゃん。触れてみてくれ。君の大きな魔力なら触れることがきっかけとなってスリープ状態が解けるだろう」

「大丈夫なの……?」

 紅は心配そうにダルクを見上げる。


「ああ、見たところ外傷はなさそうだ。俺たちが外へ救出して手当をすれば大丈夫だろう」

 ダルクの言葉に促され、紅は眠る女性の頬へ、恐る恐る触れる。

 指先が触れたその時、紅のペンダントが赤く光り、二人をまばゆく包み込んだ。

 

 そして、アリーデを包み込んでいた淡い魔力の膜が剥がされ、スリープ状態から解き放たれる。


「……あなたは」

 アリーデが目を覚ます。淡いグリーンの瞳は見るものを落ち着かせる優しさがあった。

 心配そうにのぞき込む紅と、アリーデは目が合う。


 一方のシリウスは、安堵の息をこぼす。

「母さん……」

「ヴァーリス? ……あなたなのね。あなたには本当に、つらい思いをさせました」

 アリーデは首を少しひねり、周囲の状況を確認する。

 紅、シリウス、そしてダルクとイース。一同の顔を確認する。


「感動の親子の再会を祝したいところだが、俺たちも都合がある。聞かせてくれないか。何がここで行われていたのか」

 ダルクはあくまでも、本来の目的を忘れてはいなかった。

 シリウスは抗議の声を上げようとするが、アリーデは身を起こしそれを制した。


「ええ、いいでしょう。ヴァーリスと仲間の皆様になら、お話ししようと思います。あまり時間もありません。世界に、恐ろしい危機が迫っています。騎士団長……アルタイルの恐ろしい計画が」

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