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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第七十一話「最強の戦士」

「それで、これはいったいどういうわけなのか説明してもらいましょうか?」

 シャンクスの目の前には、腕を腰に当ててで胸を逸らし、鬼のような威圧感を与えるベアトリクスがいた。

 彼女は、シャンクスが城から盗み出してきたのが魔術兵器には到底見えない一人の少女だったことに腹を立てていた。


「い、いや……これには事情が」

「はぁ。まったく……君には大事なガールフレンドが故郷にいるにもかかわらず、こんな大事な任務の途中で色欲に任せてこんな破廉恥なことを……」

 ベアトリクスは珍しく、本当に腹を立てているようだ。

 普段の彼女は冷静沈着で鉄面皮を崩さないような性格なだけに、シャンクスは狼狽した。

「違う! これには決してやましい目的があったわけではないし、エリッサは別にそういうんじゃないし……」

 二人は口論を続ける。


 その様子をためらいがちに伺っていたエリオーネは、耐え切れなくなって自分から申し出た。

「あの、やっぱり私城に戻りましょうか……」

 二人はパッと口論をやめ、彼女の方を向いた。

「いえ、あなたを責めているわけではありません。申し遅れました、私はベアトリクス。この色魔の保護者的な存在です」

「色魔って……」

 シャンクスは呆れながらも、「まあ、怖いけど悪い人じゃないから安心しな」と付け加えた。


 エリオーネは、泥棒になぜ保護者がいるのか疑問に思ったが、何も言わなかった。

「あなたがこの男に無理やりに連れてこられたように思ったのですが、もし合意の上なら、私は何も言いません」

 なぜか言い回しに含みがあるように思うが、エリオーネは反論はしなかった。


「ま、いいじゃんか、細かいことは。情報も集めなきゃいけないし、ついでに前夜祭の方を見に行こうぜ!」

 シャンクスはエリオーネの手を握って駆けだした。

 彼は女の子の手を引いては知るのに慣れているのか、手荒な印象はなく、優しく導いてくれた。

 単純にエリオーネの目が見えないからの行動だが、昔、兄と一緒に森を探検したときのことを思い出した。


 城を抜け出して、近隣の森を駆ける兄は、エリオーネが通りやすいようにいつも木々をかき分けてくれていた。

 そんな懐かしさをシャンクスの手から感じていた。


 あたりはもう夕暮れ時が近づき、街は前夜祭に向けて活気を増してゆく。



***


 

 王都に向かう馬車の乗客は二人しかいない。

 その二人は対称の角に座り、お互いの顔を見ようとはしていなかった。


 アイリーンは空いた座席に置いた棺桶のような人形入れを確かめつつ、目を合わせずに語り掛けた。

「本当に行くのね?」

 対称の席で腕を組み、体をローブで覆い隠した男。

 ゲヘナは視線を窓の外、地平線に沈み始めた夕日を眺めながら答えた。


「ああ。すべてを見極める。王都の奴らも、市民も、騎士団も。全てにおいて生きる価値があるのか、殺す価値があるのか、決めるのは俺だ」

 

 ゲヘナは腕に力を込めて、魔力の具合を確かめる。

 彼の体には魔術刻印が直接刻まれていて、永遠に肉体から魔力を放出している。

 そのおかげで莫大な戦闘能力を得られる。だが、この状態に耐えうるのは選び抜かれた王家の血筋のみ。


 かつて、祖国を守るためにその身を悪魔と化し、地獄と呼ばれながらも命をかけて戦った。

 しかし、敗北した。

 その後は死ぬことも許されず、ただ惨めに吊るされているだけだった。


 今、再び大地に戻るが、そこに帰る場所はない。

 ならば自分は、なんのために戦えばいいのだろうか。

 復讐のため。新たな正義のため。守るべき誰かのため。

 ゲヘナはまだ知らない事が多すぎる。それを少しでも見極めるために、王都へ行く。

 すべてを決めるために。


「本当に、魔術兵器とやらを開発しているんだろうな」

 ゲヘナはアイリーンに問いかけた。

 彼女は、今朝滞在していた場所に届いた手紙を思い返しながらうなずいた。

「ええ、情報が確かなら本当よ」

 アイリーンは神妙にうなずく。


 今朝届いた手紙は、彼女の所属する組織グリフォンクローからのもので、内容は現在の情報をまとめたものだった。

 その中でも、一番目を引いたのは、王都が極秘に魔術兵器を開発しているというもの。


「まったく……世界征服でもおっぱじめるつもりか……?」

 ゲヘナは顔をしかめた。

 しかし、アイリーンには納得できない。


「王都はすでにこの大陸全土を征服しているといっても過言ではないわ。橙国や魔術学院など独立した勢力はあるけれど、今の王都と正面から戦う力はない。ワイルクレセントも王都の支援なしにはやっていけない。なぜ王都は魔術兵器なんかつくるのか」

「決まってる。つぶしたい相手がいるからだ」

「……でも、今のあなたは、残念ながら兵器を使うまでもないわ。王都が対抗しようとしているのは、もっと別の敵……?」

 ゲヘナは憎々しげに拳を握った。

 なんでもいい、かかってこい。

 しかし、そう思えるだけの自信は、すでに敗北の恐怖に塗りつぶされていた。



***


 

「……来たか」

 アルタイルは、一人つぶやく。


 ここは王都城壁の上、中央平原を一望できる展望台であり、敵の襲来を目視できる防御の要でもある。

 簡素な見晴台の上には、アルタイルのほかに二人の騎士が立っていた。


 髪を逆立て、黒色のローブを身にまとうイズは、退屈そうにあくびをしていた。

 そしてもう一人、騎士団十一番目の高位を授かる者、グレベインは静かに瞑想していた。

 

 このグレベインという男は、現在の騎士団ではかなり若い部類にあたる。

 物静かな性格で会議の時にも発言は少ないが、その分実力主義者である。彼の背中にはサーフボードのように平たい巨大な剣が収まっている。


「団長。私に行かせてください」

 グレベインは地響きのような低い声で申し出た。


「この件は私が大教皇様から直々に申し付けられたものだ。責任は私が負うこととなる、それでも其方が行こうと言うのか?」

 アルタイルは試すように言った。

「はい。私は大戦を経験していない。あの悪魔のことは伝聞でしか知らない。しかし、我が同朋を幾人も亡き者にした罪は、この手で償わせたいのです」

 グレベインは、静かに激昂していた。その様を見たイズでさえも、驚き言葉を失っていた。

「よかろう。行ってこい」



***



「ちっ、頭下げてろ!」

 ゲヘナは肌に焼け付くほどの魔力の焦燥を感じ、怒号を飛ばした。


 アイリーンは驚きながらも棺桶のような入れ物を抱え防御の姿勢をとる。

 二人の乗った馬車の眼前に、大岩のようなものが降り注いだ。

 しかし、よく見ればそれは一人の大男であった。


「出てこい、悪魔よ。私がこの手で裁きを下そう」

 大男グレベインは王都の城壁を背後に、天に向かって大板のような剣をかざす。

 馬車からはゲヘナとアイリーンが降りてきた。

「ふん。手厚い歓迎ご苦労なこったな。だがここは通してもらうぜ」

 ゲヘナはすでに両手に魔力の渦を発生させ、真黒な魔力の剣を握っている。


 対峙する二人をアイリーンは交互に見る。

「気を付けて。騎士団の一人よ……。それもかなり高位みたい」

「はっ、関係ねぇ。どうせ全員殺すんだ」


 ゲヘナはアイリーンには目もくれず、勢いよく飛び込んだ。

 グレベインは大剣を構え迎え撃つ。平原に轟音が鳴り響く。


 ゲヘナの魔力の剣はグレベインの大剣に完全に防がれていた。

 鍔迫り合いの中、両者の視線が交錯する。


「その程度か……我ら騎士団の同朋の恨み、晴らさせてもらおう」

 グレベインは剣に力を籠め、ゲヘナを押し返した。

 その直後、彼自身の体がまばゆい光に包まれる。それと同時にグレベインの巨体は雲散霧消した。


「ちっ、鬱陶しい」

 ゲヘナは体勢を立て直し、グレベインの姿を探そうと視線を巡らせた瞬間、後頭部に激しい衝撃が走った。

 ゲヘナの体はそのまま前方に吹き飛び、大地を抉るように転がった。


「今のはほんの挨拶程度だったのだがな。貴様はその力に頼りすぎだ」


 グレベインは鎧についた土埃を払うかのように、大剣を振った。

 その足元には、大地にひれ伏したゲヘナがいた。

「ぐっ……うるせぇデカブツ。今ぶっ殺してやる……」

 ゲヘナは腕をついて立ち上がろうとするが、頭頂部にグレベインの足が降ってきた。

 再び、顔が土に埋まり、口の中は土と血が混ざった味がする。

 屈辱に顔をゆがめて力任せに立ち上がろうとするも、グレベインの体はびくともしなかった。


「ただ暴力的に魔力を振りまくだけでは、真の強者にはなりえない。貴様はただ国を守るという大義の裏でその力におぼれていたのだ」

 グレベインの重苦しい声がゲヘナの耳に響く。


「ぐっ……う、うるせぇ……!」

 ゲヘナは必至に抵抗するが、体に力が入らない。


「思い出せ。貴様が殺してきた命たちを。本当にそれは必要な殺生だったか?」

「黙れ! 全部大戦が悪いんだ……」

「考えろ。殺された人たちにも、大切な人々がいたのではないか?」

「そんなことっ……」

 ゲヘナの視界は土の中で真っ暗だった。頭上から響いてくるグレベインの声は、まるで自分の中にいる別の誰かの声のように、心に突き刺さった。


(そうさ……言われなくたって、そんなこと……)

 国を守れなかったヒーローは、いつしか悪魔と呼ばれていた。

 なぜこんなことになってしまったのか、今はもう誰にもわからない。

 そして、今もしぶとく生き残る自分は、これからどんな風に生きていけばいいのかもわからない。


 やり直すにはあまりにも色々な物を失い、作り直す為の手はあまりにも穢れていた。

 いっそ、もうこのまま力尽きた方がいいかもしれない。


「その足をどけなさい」


 ゲヘナを踏みつけるグレベインに、アイリーンは叫んだ。

 グレベインは、その時初めてアイリーンの存在を認識し、首を回して彼女を見た。


「何者だ。ここから立ち去れ。ほかに言うことはない」

「その足をどけろと言っているのよ。その人には、大切な役目があるんだから」

 アイリーンは大男にも臆せず叫ぶと、棺桶の中から戦闘人形を呼び出した。

 アイリーンの声によって反応する巨体の人形は、しかしグレベインと並び立つと背丈は同じくらいだった。


「抵抗するつもりか? 部外者には手を出さない主義だが、そちらがそのつもりならやむをえん」

 グレベインはのっそりと動き、大剣をゲヘナの背中に突き刺した。

 彼は声にならない悲鳴を上げ、ピクリとも動かなくなった。


「安心しろ。この男はこの程度では死なん」

「知ってるわ。でも、許しはしない」

 アイリーンもグレベインに劣らないぐらい激昂していた。


 グレベインは拳を握りしめた。

 アイリーンの指示により、戦闘人形は生命を持ったかのように動く。

 華麗な回し蹴りがグレベインの首筋を目掛けて襲い掛かる。しかし、その攻撃が彼に届く前に、再びグレベインの巨体が消失した。


「その程度の目くらましぐらい……」

 アイリーンはさらに人形に指示を出した。

 戦闘人形は頭を下にし、手を地面につけて、足を広げて駒のように回った。これなら全方向どこから現れても攻撃することができる。


 しかし、グレベインが現れたのはアイリーンの背後だった。

「なにっ!?」

 アイリーンが反応する前に、グレベインは彼女を後ろから羽交い絞めにし、首に腕を回した。


「残念だったな。対策をするのは結構だが、人形を相手するより術者をつぶしたほうが早い」

 アイリーンの足は宙に浮き、体が締め上げられ動くことができなくなった。

「少し眠っててもらおう……」

 グレベインはアイリーンを気絶させようとした。その時、頭上から声が響いた。


「その女を殺せ。グレベイン」


 その声の主、アルタイルは無慈悲な宣告をした。

 

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