第七話 遺跡とランプ
ゴトゴト揺れるバギーカーのような乗り物は砂煙をもうもうと上げ、荒野を真っ直ぐに横切っていた。
運転席には真っ黒に日焼けしたオッサンがドカッと座り、その後ろにシリウスと紅は座っている。
喫茶店を後にして、二人はさっそく周囲の遺跡から宝物を取りに行く『トレジャーハンター』で一儲けすることになり、街を出た。
ギルドから遺跡までの案内としてこの車に乗せられたわけだが、このギルド専属の運転手、どうも堅気には見えないような雰囲気があった。
何も無い荒野を走り抜ける中、紅はなんとなくシリウスに訪ねた。
「この車って何で動いているの?」
この世界にガソリンとかが存在しているのか少し気になっていた。
「こいつは魔鉱石かなんかだろ。生物じゃないのに魔力を持った鉱石のことだ。少量でも結構なエネルギーを生み出すはず……」
シリウスの答えに割り込むように、運転のオッサンがしゃがれ声を出した。
「まあな、坊主の言う通りだ。それでもこいつは年代物だから使える魔鉱石の量も少なくてな。補給が欠かせないんだ」
ふーん、と紅は頷き、運転席の背中の部分に挟まっていたチラシのような紙に目を向ける。
「盗賊に注意してください、だって」
チラシではなくギルドからの注意書のようで、最近『トレジャーハンター狩り』をする盗賊がいるとある。
遺跡から出てきて疲れているところを狙い、お宝を横取りするセコイ連中が出没中らしい。
「確かに、遺跡の中には古代人の造った罠があるらしいからな。横取りした方が楽かもしれないが……まさかこんな連中に好き勝手させてるようじゃ、ギルドも鼻で笑われるな」
シリウスはあきれたように呟いた。
「いいや、坊主。意外とそうでもねえぞ。盗賊自体は前々からちょろちょろしとったが、ギルドがちゃんと取り締まっとった。だが、最近になってやり手の盗賊団が現れ始めて、まだろくに対策が出来とらんのだ」
「やり手の盗賊団?」
シリウスが訝しげに聞き返す。
「ああ、たしか……『黒蠍盗賊団』とか名乗っておったらしいぞ」
黒サソリ盗賊団、聞いただけではいまいち強そうには思えない紅だった。
「まったく、最近はしょーもない犯罪者ばっかり増えおって。つまらんな」
運転手はとんでもないことをぼやいた。
「でも、凶悪犯罪者なんて居たら怖くないですか?」
紅は平和が一番と思いながら尋ねる。
「いいや、むしろゾクゾクするわい。たしか……何年か前に、殺人鬼の王子様が逮捕されて、『監獄島』にぶち込まれたことがあったか。あれは痛快だった」
声を荒げて楽しそうに言う運転手にあきれて紅はシリウスの方を見た。
しかしシリウスはむっとしながら黙りこくっていた。
(そっか、シリウスも罪を……でも、それは……)
紅はその様子を心配そうに眺める。
罪は罪。
犯罪者は犯罪者に変わりが無い。
おそらくシリウスの中では葛藤があるのだろう。
一人王都に残した妹。しかし、犯罪を犯した兄が今更やって来て、果たして喜ぶのだろうか。
その血塗られた手を再び握ってくれるのだろうか。
彼女にはもう新しい居場所があるかもしれない。
(俺は……本当に必要なのだろうか)
シリウスは眉間にシワを寄せて思い悩む。
「……シリウス、」
紅が言いかけた途端、バギーカーは急停止し「おし、着いたぞ」という運転手の声で遮られてしまった。
車を降りたシリウスはいつもどおりに戻っていた。
だから、紅は話の続きを、何も言えなかった。
「ちょっと待ってろ。お前らに渡すもんがある」
そう言って、運転手は車からゴソゴソと何か取り出した。
シリウスに突きつけられたそれは、一枚の地図とランプだった。
「ランプは結構丈夫だぞ。それから、その地図だが……」
紅は横から覗き込んだ。
遺跡の内部を記した地図で、所々に道が途切れ、空白になっているところがある。
「そこの空白はまだ誰も踏み入れてない場所だ。逆に地図があるのは誰かがもう入ってきた所だな。新しいお宝を見つけたいんなら空白のところを進めば良い。そんで帰ってきたら必ず書き足すこと。いいか?」
「ああ」
シリウスはランプと地図を受け取り、遺跡の方へ歩き出した。
遺跡はどうやら地下に広がっているようで、紅の世界でいう地下鉄の入り口みたいな縦穴が開いている。その周りには、確かに人工で作られたようなタイルが敷かれている。
中は天窓が無いのか、真っ暗闇が広がっていた。
「ねぇ、シリウス。さっき罠があるみたいなこと言ってたけどさ……化物とか出ないよね?」
この世界では魔力を持つ熊に出会い、あわや殺されかけた紅だった。
「さあな。コウモリぐらいはるだろ。さすがにこんな暗闇で生活している生物はろくに居ないだろうな」
「気ーつけろよー。帰るときは声かけてくれー」
車の横にテントを張りながら叫ぶ運転手の声が聞こえる。
「よし、じゃあ入るぞ」
シリウスはランプに火を灯し、遺跡の中に踏み込む。
確かに、言われてみればいくつか人が歩いたような痕跡がある。
階段を下りきると、一気に開けた部屋になった。
壁には縦横無尽に文字や絵画が刻まれ、紅はテレビでしか知らないがエジプトの遺跡を思い出していた。ということは、ここにあるお宝は古代人のミイラだろうか。と考え、身震いする。
「どうやら、空白のある道はこっちだな」
部屋は真っ直ぐ奥まで続いているが、どうやらそっち側にはもう人が入ったことがあるらしく、地図によれば横に逸れた小道があるようだ。
壁に沿ってランプで照らし、小道を探すとなにやら遺跡の壁に横穴が開いていた。
「……ここ、みたいだな」
明らかに、とりあえず掘ってみました。と言った風情の横穴は、遺跡の壁を強引に開き、どうやら別の遺跡につながっているらしい。
「入り口が埋まったとこもあるみたいだからな。向こう側はもうちょっとマシだと信じたいな」
言いながらシリウスは、成人男性なら普通に通れないような穴に身を押し込んでいく。
もともと小柄なシリウスは、剣をつっかからせながらも、どんどん奥に進んでいく。
それに従い、紅も後をついていく。
ほんの五メートルぐらい進むと、また別の小部屋に出た。シリウスの言ったとおり、入り口が埋まってしまった別の遺跡に通じていた。
「ふう、なんとかなったみたいだな」
さっきの大部屋よりは小さいが、確かに遺跡だった。
さらに奥の方へ進むと、狭い通路がありその奥にもまだ部屋はあるようだ。
「どこまで行けば良いの……?」
うす暗闇の中で紅は若干疲労気味だった。
その紅と同調するかのように、ランプも弱弱しく点滅した。
「おいおい、こいつも年代物の魔鉱石ランプか? しっかりしてくれよ」
シリウスがバシバシ叩くと、すぐに元に戻った。
運転手は結構丈夫と言っていたが、嘘だったようだ。
通路を抜けると、またもや広い空間へ出た。
床には二メートル四方のタイルのようなものが敷き詰められ、奥のほうにはなにやら巨大な岩のブロックのようなものが置かれている。
シリウスの後に続いて紅も広い空間に出た。
ちょうどシリウスと同じタイルに乗った途端、足元が少し沈んだ。
まるでスイッチを押したかのように。
直後、轟音と土埃をあげて巨大な岩石のシャッターが下りてきた。
それは、紅とシリウスが通ってきた通路をぴったりと遮断してしまった。
「くそっ、閉じ込められたのか!?」
岩石のシャッターは、このタイルに人が複数乗ると作動する仕掛けだったようだ。
「でも、奥にはまだ道があるはずだよ」
紅は落ち着いて言った。
それに促されてシリウスも、ランプで奥のほうを照らした……だが。
「……見事に行き止まりだな」
壁は虚しく、そこで終っていた。
つまり、この密閉空間に閉じ込められてしまったということだ。
この部屋の中には二人のほかに、巨大な岩石のブロックしかない。
「……どうしよう」
このままでは酸素が無くなり、窒息してしまう。
絶望にくれていたその時、部屋の中に、また岩をこするような轟音が響き始めた。
もしかしたら出口が開いたのかと期待を持った紅だったが。
「どうやら……更に絶望を見せたいらしいな……!」
部屋の真ん中に置いてあった岩石のブロックが勝手に動き始め、その姿を徐々に現し始める。
さながら子供の変形おもちゃのように、組みあがったそれは岩石の巨人だった。
まるで遺跡の守護者のように、それは立ちふさがる。
「とにかく、脱出はこいつを倒してからのようだな!」
シリウスは勇猛果敢に巨人に挑んだ。




