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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第六章 最後の審判
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第六十九話「本当の冒険」

 大陸中心に横たわる中央平原は、起伏が無くなだらかな平地であり、地平線がよく見える。

 時折盛り上がった森林や林が並ぶほかは遮る物がなく、心地よい風が吹き抜ける。


 シリウスは橙国から王都へ伸びる道路を一人歩いていた。

 背中には鞘に収まった刀、『桜花』がある。

 これは橙国の姫、シズカから借りたもので、戦いが終わったら返しに行くものである。


「もうすぐ……だな」

 道中の旅商人から買ったローブで頭をすっぽりと覆い、口元をマフラーで隠していた。

 これまではあまり気にしなかったが、彼は重罪人。

 王都で顔をさらして歩くわけにはいかない。


(さすがに国民に顔をはっきりと覚えられてはいないだろうが……)

 シリウスはこれまで忘れかけていた罪の意識が、胸の内に重くのしかかってくるのを感じた。


 自分はここまで王都を目指すという目的のために頑張ってこれた。

 しかし王都に帰り、たった一人残した妹と会ってその後はどうすればいいのか、シリウスには分らなかった。


 もしも妹に拒否されれば、自分にはもう旅をつづける目的も意味もない。

 たとえ受け入れられたとしても、罪を犯した自分がそばにいることが本当に正解なのかもわからない。


 そして、今まで旅を共にしてきた紅は、王都に着いたらどうなるのだろうか。

 彼女は異世界から来て、帰る手段を探すために王都を目指している。

 その道中で様々な人の争いに巻き込まれたが、その旅も王都で終わる。


 様々な思いが胸の中で膨れ上がって、そして消えていった。

「今は……まだ、行くしかない」

 シリウスは思いを振り切るように、歩を進めた。王都はもう眼前に迫っている。

 王都の正面玄関ともいえる巨大な門は、すでに開かれていた。


***


 王都の正面門の前では、簡単な検問が行われていた。

 これはもう明日に迫った終戦二十周年記念式典のために、様々な来客があるからである。

 いくらお祭り騒ぎといっても、警備が手薄になるわけではない。

 さすがにシリウスがそのまま入れる状況ではなかった。


(裏から回れば入れるか……? いや、そっちも塞がれていたらまずいな)

 土地勘はあるものの、現在の王都がどんな状況なのかわからない以上、うかつに動くわけにはいかない。

 シリウスは正面門の前で身を固めていると、兵士の一人が彼に目を付けた。


「おい、そこのお前。王都に入るなら顔と名前を教えろ。武装があるなら預かるぞ」

 兵士は訝しい視線をシリウスに浴びせ、腰に携えた剣に手を添えながら近づいて来た。

 シリウスはどうしようか迷っていると、兵士は怪しみを増した。

「おい! なんとか言え! 怪しい奴だな……」

 兵士が眉間にしわをよせ、シリウスのローブに手を伸ばす。


 シリウスは、逃げるか倒すか、選択肢は二つしかない。


「おーい、待ってくれ。そいつはうちのサーカスの団員なんでね。しゃべれないんだ。悪いね」

 急に門の内側から軽薄そうな男が出てきた。

 まぎれもない、ダルク・ハットはなぜかシルクハットを頭に乗せてタキシード姿だった。

「ん? サーカス……入国証は?」

「はいここに」

 手品のようにダルクは懐から分厚い書類を突き出すと、兵士に押し付けた。

 兵士が目を細めて書類にかぶりついている間に、シリウスは早足で門をくぐり抜けた。


「悪いな。助かった」

「なぁに。これも仕事みたいなもんさ。どうだい、似合ってるだろ?」

 ダルクはおどけて手のひらを広げて見せた。シリウスは鼻で笑いながら「ああ、詐欺師にぴったりだ」と返した。


 ダルクは首をひねってシリウスの冗談を受け流し、「そんなことより」と話を変えた。


「お嬢さんがお待ちですぜ。まったく、レディを待たせる男は嫌われるぜ?」

 ダルクが指さす先、王都城下町の中心部にある広場のベンチで呑気に座って手を振っているのは、まぎれもない彼女だった。


「おーい! シリウスー! 無事だった?」


 紅はいつもと変わりのない笑顔でシリウスを呼んだ。

 その横にはマナとイースが立っていて、二人も変わりなく元気そうだった。


「ああ。そっちはちょっとくらい魔術が上達したか?」

「あはは……。上達とは言えないかもしれないけど、パワーアップはしたよ」

 紅の見た目は、確かにいつも通りだったが、どことなく雰囲気が成長したように感じた。

 たった三日間という短い間だったが、その中でも様々な経験をしたに違いない。シリウス自身もそうだからよくわかった。


「さて、感動の再会と行きたいところだが、あいにく時間もあまりないのでね。まずは作戦会議だ」

 ダルクはそういうと、一同を彼が取っている宿の部屋まで案内した。


***


 ダルクの部屋は質素なシングルルームだった。

 木造の壁に、同じく木造のテーブルとイスが一組置いてあるほかはベッドと窓しかない。


 そんな部屋に五人はやや狭く感じながらもテーブルを囲った。

 紅とマナはベッドに腰掛け、ダルクは何やら書類を抱えてイスに座り、シリウスとイースは腕を組んで壁にもたれた。


「じゃあ、順番に行くぜ」

 ダルクは用意していたセリフを読み上げるように、順序よく説明を始める。


「まず、マナちゃんの目的だったグラン・マチレアだが、まだ城で相談役として働いてるそうだ」

 マナがはるばる王都までやってきたのは、祖母のもとに帰るためだった。

 その理由は姉だったりドレッド・ノートだったりと色々あったが、彼女の旅もここで終わりだ。

「はい、祖母に会ってそれからはそこでお世話になるつもりです。でもみなさんのお役に立てるなら、その、いつでも言ってくださいね!」

 一同はうなずき、「もちろん! おばあさんにもよろしくね!」と紅は言った。


「そんで、次は紅ちゃんだな。王都の中で、確かに異世界転移魔術の研究は行われているようだ。しかしこれは極秘事項で外部には基本的に情報は出回っていないみたいだ。どうするかは最後にまとめて言うぜ」

 ダルクはそこで一息つき、一枚の紙を広げた。


「これは……王都の城の内部構造か」

 シリウスは、懐かしくさえ思うその城内の地図を見た。

 それは単純な構造だけが書かれたものだったが、幼少時代を過ごしたその城の情景が自然と思い出された。


「ああ。そして、シリウス。お前の目的と、俺たちの目的はほぼ一緒だ」

 ダルクとイース。そしてシリウス。三人の目的はもはや一致しているといっても過言ではなかった。


「俺たちは騎士団が開発しているといわれる魔術兵器を調査する。その実態はまだまだ謎だ。しかし、一つだけヒントがある……」

「……エリオーネがその兵器にかかわっている、か……」


「その可能性が高い。俺たちは彼女と接触し、保護する。王都側の名目としては行方不明になった彼女を見つけることなんだが、こればっかりは慎重にやらないといけねぇ。下手したら騎士団と王都の間にヒビが入る。そうなれば国は大混乱だろうな」

 ダルクの言葉に、シリウスは神妙にうなずく。


「だから俺たちはまず、城に侵入して中を探る必要がある。ここで一緒に紅ちゃんの異世界転移の方も探そう。幸い式典の準備中は城の外の方が忙しいから中の警備は手薄だ。そんで、侵入経路はこっちだ……」

 そこでダルクはまた新しい紙を取り出した。


 こちらも地図のようだが、先程の見取り図のようなものではなく、もっと入り組んだ線だった。

「これは城の水路図だ。城の外の川や海までつながってる。こいつを利用して地下から入ろう。地下には研究室や留置場なんかもある。それに、地図には何にも書いてないが、何やら隠してそうな部屋もあるな。とにかくここから探っていこう。作戦開始は今夜だ」


 ダルクの説明を聞きながら、シリウスは気持ちが高ぶってくるのを感じた。

 ついに訪れた王都。

 そして、心残りであった妹がすぐそこまで近づいている。シリウスは拳を握りなおして、精神を落ち着けた。


「これからが、本当の冒険だ」

 シリウスは自分に言い聞かせるように、つぶやいた。



***



「やぁーっと、ついたー!」

 シャンクスは両腕を広げて、退屈を発散した。

 シャンクスとベアトリクスは、はるばるワイルクレセントから馬車と徒歩で王都までやってきていた。


 二人は王都の正面門をくぐろうとすると、やたら不機嫌な声に呼び止められた。

 兵士はくしゃくしゃの書類を握りつぶしながら怒鳴ってきた。


「何者だ! 名をいえ!」

「……私たちはワイルクレセントの方から来ました。観光が目的です」

 ベアトリクスは兵士の横暴な態度に、密かに眉をしかめながらも丁寧に答えた。

 本当は観光ではないが、目的を隠すため、咄嗟に偽った。


「ふん……武器や危険物がないか確かめさせてもらう」

「あ、待って」

 シャンクスはダガーが没収されてしまってはまずいと思い、兵士に静止をかけた。

 兵士は不機嫌そうに腕を組んでシャンクスを見た。


「あー! あんなところでサーカス団が空中ブランコしながら喉に剣を通してるー!」


「なにー!? サーカス団だと!?」

 兵士は鬼の形相で振り返り、シャンクスの指さす明後日の方向に駈け出した。

 シャンクスはちょっと目をそらした間に通り抜けようと思っていただけに、兵士が過剰反応したのに驚いた。


「さ、行きましょう」

 至極冷静に、つかつか進むベアトリクスにも面くらいながら、シャンクスは門をくぐった。

「お、おう……。なんだ? サーカス団に親の仇でもいるのか……?」

 どことなく地元の兵士ダンを思い出しながら、シャンクスは歩を進めた。

 ついに訪れた王都。眼前にはそびえたつ城と、入り乱れる国民たちがいた。


「ま、とにかく。俺は俺の仕事をしないとな」

 腰に下げたダガーに手を添えて、シャンクスは気合を入れた。

 

 

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