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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第五章 想いと友情
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第六十四話 天涯孤独と差し出す手のひら

 夜の学院に飛び出した紅達は、ある場所へ向かう。もちろんあの子に再び会うために。そして、その居場所はあそこだという確信もあった。

 夜の廊下は静まり返り、四人の足音だけが反響した。

 もし、教師たちと出くわせば寮に連れて帰らされるだろう。オオカミたちに出会えば、戦闘は避けられない。しかし、恐怖心を抱くものはいなかった。ただ、孤独な少女をせめて最後くらいは救ってあげたい。その一心で、学院の忘れ去られた場所、旧図書館を目指す。


 その扉は、重々しい黒色を反射させ、ぴったり閉じられていた。

 イースがまず、取っ手を引っ張り扉をあけ放つ。紅とメールルが先陣を切って旧図書館に歩を進める。中は相変わらずじめじめとした空気に、ほこりのような塵が舞っていた。

「アーネちゃん。居たら聞いてほしい。私たちは、あなたの味方よ! だから暴走をやめて!」

 紅は教室内に響き渡る大きな声で呼びかける。しかし、その答えはない。


 その時、目当ての人物とは別の足音が旧図書館の方へ近づいてきた。大人の足音が、おそらく数十名。学院中の教師たちが一団を組んで、アーネを掃討するためにやってきた。

「ここは私たちに任せて! 紅さんはあの子を見つけてください!」

 メールルとイースが扉をぴったりと閉め切り、押さえつける。扉の向こうからは、「開けなさい!」という怒号とともに、ノックするようなたたきつけるような音がする。

 それを背に、紅は高くそびえる本棚を見上げる。

 無限に広がりそうな高い本棚の上に、その姿はあった。


 真白な服をはためかせる幽玄な少女。アーネは感情のこもらない瞳で紅を見下ろしていた。

「お願い、降りてきて! また一緒にあそぼうよ!」

 紅の必至の訴えもむなしく、アーネは大きく腕を振り、真っ黒な魔力でできたオオカミの形をした式神を放つ。

 旧図書館内には、黒い波のようにオオカミが降り注ぐ。

「くっ、こっちも抑えきれないぞ!」

 イースとメールルは扉を抑えているが、教師たちは魔術を放って強引に扉を蹴散らそうとする。

 もう時間がない。悠長に構えている暇はないようだ。

「仕方ない……聞き分けのない子には灸をすえないとね」

 紅は炎の傘を発生させ、降り注ぐオオカミたちを焼き払う。

 

 その時、扉が魔術によって吹き飛ばされ、セシアを先頭に教師団が旧図書館の中に入ってきた。一同は驚きと怒りを顔に貼り付け、メールル達に「下がりなさい!」と怒鳴る。

「何をしてるんですか!? ここはあなたち子供が出る場面ではありません!」

 セシアは紅に向けて怒鳴るが、紅は食い下がる。

「何もわかってない大人たちこそ下がってください! アーネちゃんは私たちが助けます!」

 その言葉に、セシアは小さく、「できるものなら……私たちだってこんな手段に出たくありません」とつぶやいたのを、メールルは聞いた。しかし、教師たちは黙ってみてるわけにはいかない。杖を振り上げ、紅を拘束しようと魔術を飛ばす。


「させません! 私たちはあの子の友達です。友達の危機を救ってあげるのが本当の友情です」

 メールルは教師たちが飛ばす魔術をレジストし、紅を守る。

 マナはタロットカードを駆使し、呪文を唱え、教師たちの目くらましをする。イースは素早く動き回り、懐に飛び込んでは足払いで動きを止める。

 教師たちは相手が生徒や子供なので、うまく手出しができないでいる。


 その間に紅は、近くのはしごにつかまり、アーネがいる本棚の上へと登ろうとする。だが、上から降り注ぐ魔力の波があたりの本棚を蹴散らし、はしごは途中でへし折られる。

 もうすでにアーネには感情がないのか、うつろな目をして魔力を暴走させるのみである。

 紅は背中から床に落ち、一瞬息が詰まるが、まだ体は動かせる。

(……でも、どうしたら上に行ける……?)

 はしごから上っていては時間が足りない。その上、教師たちの足止めも長くは続かない。このまま立ち往生していれば、いずれ教師たちが強引にアーネを消滅させてしまう。

 

 その時、メールル達の足止めをかいくぐったセシアが紅の肩をつかんだ。

「下がっていなさい。もうあなたたちの手には負えません!」

「まだです、せめて、あの子のそばに行ければ……」

 セシアの手は鋭く肩に食い込み、紅はもがくように振りほどこうとする。しかし、大人の力はそう簡単には逃れられない。

 セシアが杖を振り上げ、狙いをすまし、アーネを魔術で撃ち落とそうとする。

「ダメーっ!」

 紅は杖を逸らそうとするが、届かない。

 セシアの杖先が魔力を込め、青白く光る。魔術は一発でアーネを貫こうとしていた。


「俺抜きで楽しそうにすんじゃねーぞぉ!」

 大声の叫びともに、本棚の陰からガイトが飛び出した。魔術でもなんでもない、ただの体当たりがセシアの肩に直撃し、発動した魔術は狙いがそれ、図書館の壁に大きな穴をあけた。

 突き飛ばされたセシアはその間に膝をつき、その隙に紅を引きはがす。

「ありがとう、助かったよ」

「ふん、状況はよくわかんねぇけど、手を貸すぜ」

 ガイトは悪戯っぽく笑った。

「おい、メールル! こっちに来い」

 ガイトは大きく手招きしてメールルを呼んだ。彼女は足止め用の水壁を作って教師たちを押し戻していたが、その場をイースに任せ駆けつけてきた。


「どうするのですか?」

「上に飛ぶには魔術を使うしかねぇ。でも俺は炎を出すぐらいしか能がねぇ。メールル。お前土系の魔術は使えるだろ?」

 ガイトは以外にも冷静に状況を判断する。

「ええ、まあ授業でやった程度なら」

「よし。この辺のガラクタで足場を作るぞ。そいつの上に紅が乗って下から俺らで飛ばすんだ。飛ばすには風系の魔術が必要だな」

 三人の足元にはアーネの魔力によって吹き飛ばされた本棚や本が散らばっている。

「でも、あんな上まで人を飛ばすには莫大な魔力が必要です。とても私たちだけじゃ無理ですよ!」

 メールルの判断は正しく、子供数人の魔力はたかが知れている。加えて、土系も風系も得意魔術ではない。基礎はできても大がかりな魔術は不可能に近い。

「それなら、私の魔力を二人に分けることってできないかな?」

 紅は、魔術はすべて炎しか使えないが、莫大な魔力を秘めている。それを二人に受け渡し、別の属性の魔術に変えてくれれば、この作戦は可能かもしれない。

「やってみる価値はありますね」

「ああ、それでいくぜ」

 

 三人はそれぞれの手をつなぎ、輪になる。

 精神を集中させ、体の魔力を一つに合わせる。すると、三人の輪の中心に、色鮮やかな光を放つ魔力の集合体ができた。三人の力を結集した魔力はやがて球体となって安定する。

「では、まずは私が」

 メールルがその魔力の球体に手をかざし、魔力を受け取る。鮮やかな光はメールルの体の中に吸い込まれ、巨大な魔力を付与する。

 そして、素早く呪文を詠唱し、あたりのガラクタから頑丈な足場を作る。人ひとり乗れそうな円形の足場を紅の下からせり出す。紅はそのうえにしゃがみ、飛ぶ準備に入る。

「次は俺だな」

 メールルはガイトにバトンタッチをする。手のひらから手のひらへ、巨大な魔力は体を通じてガイトに移る。

「でっかくいくぜ……!」

 ガイトは得意の無詠唱呪文で、風系と炎系の融合魔術を放つ。

 紅の乗った足場の下から、ジェットエンジンのように火柱が発生する。その力はぎりぎりまでエネルギーをため込み、バネのようにはじけ飛んだ。

 

 紅を乗せた足場は一直線に、アーネのいる果てしなく高い本棚の上層まで舞い上がった。

 しかし、アーネはそう簡単には近づかせてくれない。魔力の波が上から紅の体を押し返そうとする。

 勢いは拮抗し、一進一退の状況が続く。

 メールルとガイトは下から応援するしかない。

「お願い……届いて」

 紅は眼前に広がる魔力の波を炎の魔術で打消し、その先にいるアーネを見据える。

 だが、無情にも紅の勢いは低下し、徐々に押し戻され始める。

「くっ……」

 紅は魔力の波を押し返すのに精いっぱいで、落下を食い止められない。

 

 その時、急に下から押す力が加わった。紅は下の様子が見えなかったが、確かに押す力が増し、それまで一進一退を繰り返していた状況から、こちらが一気に優勢となる。

 その勢いのままに、紅の体は魔力の波を突き破り、アーネの元にたどり着いた。


「アーネちゃん!」

 紅は腕を広げて、少女を抱きしめる。

 しかし、少女は顔色を変えず、暴走する魔力は紅の体ごと飲み込んでしまう。紅の視界は真っ暗になり、やがて意識までも魔力の渦に飲み込まれてしまった。



***



「ここは……?」

 紅の意識が戻ると、あたり一面、真っ白な空間が広がっていた。何も映らない、壁も地平線もない、ただ真白な空間の中に、一人の少女が立っていた。

 幽玄に微笑む少女、アーネは紅を恐る恐る見つめていた。

「……」

「怖がらなくていいよ。ここはアーネちゃんの心の中? ……なのかな?」

 紅はよくわからなかったが、恐ろしい場所ではないとわかった。空っぽの箱のように、何もない場所で、現実ではないとハッキリしていた。


「わたし、死んだんだよね」

 ポツリと、アーネはつぶやいた。その声は、ヒステリックに歪んでも、魔力の渦にのまれて無感情でもない、ただの十代の少女のものだった。

「……うん、たぶんね」

「じゃあ、私は最後まで一人ぼっちだったんだ」

 アーネはうつむき、悲しそうに目を伏せる。

 紅は、かけるべき言葉がわからなかった。しかし、思ったことを言うしかないと思った。

「私もね、異世界に行ったんだ。アーネちゃんから見たら来たっていうべきだけど。私は無事、こっちの世界にこれて生きている。アーネちゃんはたぶん異世界に行けなくて死んじゃったんだろうってことになってる。今、こうして霊体になってるってことはそういうことなんだと思う」

 紅は、偶然悲劇に巻き込まれてしまった少女に、事実を告げる。

 アーネはうつむいたまま、静かに聞いていた。

「でも、たとえ体はなくなって死んだってことになってもね。私とアーネちゃんが出会ったことは事実なんだよ。アーネちゃんが生きていたころとは全く時間も世界も違う私と、メールルやマナやガイトと、知り合えたのは、事実だと思う」

 その言葉に、アーネは顔を上げた。

「……友達?」

「うん、まだ知り合って少しの間しかたってないけどさ。友達だよ。別に付き合いの長さとか、交わした言葉の数とかは関係ない。お互いのことを大切に思って、これからも一緒に居たいって思うだけで友達になれると思う。私はこっちの世界でも、たくさんの仲間や友達ができたと思う」

 アーネはじっと紅を見上げた。

 その眼には、純粋な感情が浮かんでいた。

「私も、一緒にいていい?」

「うん、もちろん!」

 

 その時、アーネの姿が揺らぎ始めた。その揺らぎに呼応するかのように、紅の胸元にあるネックレスの赤い宝石が煌めき始める。強い思い同士が結ばれる。

 かすみゆく少女は、消え入りそうな儚さとともに、頬を綻ばせ笑みを浮かべた。


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