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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第五章 想いと友情
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第六十二話 幽玄な少女の遊戯

「あっ、お二人とも大丈夫でしたか?」

 職員室の扉をくぐると、不安そうなマナが待っていた。

 紅とメールルは図書室の奥、教員専用の蔵書室への扉の前で、セシアに見つかり、職員室にてこっぴどく叱られた。事情を知らなかったマナは驚いただろう。

「うあー……。あんなに怒らなくても……」

「しかたありません、状況が状況ですから……」

 職員室から出た二人は揃って肩を落とし、ゾンビのような足取りで寮に戻った。


「それにしても、どうしてあんなタイミングで先生が来たのかな?」

 寮の談話室に戻った紅達は、空いていたソファに腰かけた。

「確かに……やはり、あそこには何か情報があるのでは。それを参照するためにセシア先生が来たと考えるのが妥当ですね」

 しかし、その肝心な扉の向こうへ行くには特殊なカギのようなものがいるようだ。どのみち、二人はもうしばらく図書室へは近づけないだろう。

「やっぱり先生に任せておくのが一番なのでしょうか」

 マナはちょっと疲れ気味に言った。

 

「あっ、そうだ。ねぇ、この前の旧図書室は?」

 紅がポンと手を合わせた。

「はい、あそこなら過去の本もたくさんあるはず……いってみる価値はあるかと」

 メールルも賛成した。しかし、二人の脳裏には鬼のような形相のセシアが浮かぶ。もしもまた見つかるようなことがあれば、今回どころでは済まされないだろう。

「い、行くしか……」

「ありません、ね」

 二人は意を決して立ち上がった。


 時間はすでに夕暮れ、日が傾き始め、生徒たちもそろそろ混乱から立ち直り始めたころ、人気の少ない廊下を紅とメールル、マナは歩いていた。目指すは昨日の夜、偶然見つけた旧図書室だ。

「確か、こっちだよね」

 記憶をたどりながら、廊下を進む。

 そこにはつい最近見かけた重々しいドアがそびえたっていた。

 三人は恐る恐るドアを開けると、ギギィという音とともに視界が開けた。果てしなく高い天井に、塔のようにそびえる本棚。そこには人の気配はなく、埃っぽさと古紙の独特なにおいが立ち込めていた。

「とりあえず……大丈夫そうね」

 音をたてないように体を旧図書室へ滑り込ませ、三人は一息ついた。


 そこからは、砂漠から一片の宝石を捜し出すような作業である。本来は閲覧用に並べられたわけではないので、何の法則性もなく乱雑に本が積まれている。そのうえ、本棚が異様に高い。上の本を調べるだけでも梯子が必要だし、加えて文字も何やら古いのかかすれてて読みにくい。

 初めのうちは使命感に駆られて作業も苦ではなかったが、次第にこの行為の意味を考えてしまい、本を探る手が遅くなってきた。

「ふわ~。もうここにも手がかりはないのでしょうか」

 マナが眠そうな目をこすらせたとき、一冊の本を見つけた。

「あっ、これ昨日紅さんがあの子に読んであげた本ですよね」

古ぼけた表紙には見覚えがあった。ちょうど昨日、この旧図書室を発見したきっかけとなる少女、アーネが読みたがっていた本だ。

 内容はこの学園の来歴などが書かれている記録書のようなものだ。

「……やはり旧字体で私には読めないですね」

 メールルは首をかしげ、紅に本を手渡した。受け取った紅は、それをまじまじと見つめる。本来全く知らないはずの言語だが、紅には生まれてからずっと慣れ親しんできたかのように、意味を理解することができた。

「ちょっと調べてみよう」

 紅はおもむろにページをめくる。


 本の内容は簡単にまとめると、事実を羅列しているだけのものだった。おそらくこれはただの記録として、基本的に人の目に触れるようなものではないようだ。しかしその分収穫もあった。普通の図書室では知りえなかった情報がそこにはあった。

「魔術事故……今から五十年前ね」

「しかし、今回の出来事は事故ではありませんよね」

 学院に突如発生した黒いオオカミたちは何者かに使役されていた。偶発的なこととは考えにくい。

「ん……でも、この事故で人が亡くなってる。生徒、それも女の子」

 詳しく事件の内容を見てみる。当時、まだ開発されたばかりの魔術。学院側では細心の注意を払っていたつもりであったが、その事故は起きてしまった。

「転移……魔術?」

 紅が読み上げた言葉に、メールルが飛びつく。

「なんですって、転移魔術が五十年前に?」

「う、うん……。当時、開発されたばかりの転移魔術用の魔方陣を納めていた部屋に偶然入り込んでしまった女子生徒が、魔術の暴発に巻き込まれ……死亡した」

「そんな……」

 メールルは絶句する。

 彼女の父親は王都で転移魔術、そして異世界の研究を行ってる。五十年前ともなると、さすがに父は関与していないだろう。しかし、転移魔術は大変危険を伴う物なのだと、改めて実感した。

「で、でも……今回のこととは無関係だよね?」

 マナがメールルの気を紛らわそうと声をかけた。メールルも平静を取り戻し気を取り直した。

 

「それじゃあ他には……」

 紅がページをめくろうとした瞬間、図書室に大きな物音がした。

 三人は飛び跳ねるようにビックリし、身を強張らせた。恐る恐る辺りを見回す。今にも本棚の影から鬼の形相をしたセシアが飛び出してくるのではないかと内心では恐怖に慄いていた。

 物音がしたのはちょうど三人がいる本棚の後ろ側。呼吸を殺して奥を覗きこむ。


 そこには、白くてふわふわした少女が居た。

「アーネ、ちゃん?」

 紅が呼び掛けると、幽玄な少女はこちらを振り向く。それは不思議な表情だった。本棚に囲まれて立つ少女は、風がないにもかかわらず、今にも吹き飛ばされてしまいそうなくらい儚げだった。目はうっとりとして、昨日とは打って変わった雰囲気である。


「あそびましょう……?」

 少女の口がわずかに動き、紅を見つめる。

 少女の豹変に戸惑う紅は、何も言うことができなかった。

 やがて、紅に背を向け軽やかな足取りで扉をくぐった。廊下に出たアーネを見失うと、再び埃くさい旧図書館のムッとする空気がぶり返したような気がした。

「いかなきゃ」

 紅は急ぎ足で少女の後を追う。マナとメールルも戸惑いながらそのあとをついてゆく。

 廊下に出ると、外はもうすでに日が落ちていた。廊下を照らすかがり火の等間隔な明かりの先に、白くて幽玄な少女が立っている。こちらを手招きしているかのように。

 三人は夢中で少女の姿を追いかけた。廊下の先を行くその影は白くて淡い、瞬きすると消えてしまいそうなほどだ。翻弄されるように学院内を駆け巡ると、一際大きい廊下に着いた。壁はごつごつした石造りで、かがり火以外の装飾はない。ここは普段生徒が立ち入らない特殊教室棟だ。

「あなたたちも……あそんでくれる?」

 アーネはうつろな目でこちらを誘う。ゾクリと背筋が凍るような思いだ。悪い胸騒ぎがする。しかし、紅は臆することもなく彼女に近づく。

「ねぇ、あなたはもしかすると……」

 そっと手を伸ばすように傍によろうとする。その時だった。

 メールルは視界の端に動くものをとらえた。


「危ないッ!!」

 瞬時、水弾のような魔術をメールルが放つ。紅に飛び掛かろうとしていた黒い影を打ち払った。その衝撃にあわてて紅は黒い影に向き直る。

 昼間、食堂を襲ったオオカミが地面を這っていた。

「大丈夫ですか!?」

 メールルがあわてて紅に駆け寄る。「うん、平気」と返す紅だが、表情は険しかった。そばに寄り添うマナが恐る恐るアーネを見る。


「あそんで……」

「えっ?」

 か細い少女の声。紅はうまく聞き取れなかった。

「おともだちといっしょに……」

 少女の肩がプルプル震え、視点が定まらないかのように、目玉をグルグル回す。幼い女の子のヒステリックは背徳的な危うさを感じさせた。



「あそびましょう?」



 少女がポツリといった一言。それがトリガーとなり、廊下の壁を突き破って一斉に黒い影がなだれ込む。大洪水のようにも見えるが、一体一体はすべて黒いオオカミだ。それが無限の大群をなして三人に迫りくる。

「いったん退きましょう! ここは危険すぎます!」

 こんな状況にも、メールルは冷静に叫んだ。

 紅とマナもそれに従い、アーネには背を向け、今来た廊下を引き返す。だが、全速力で走っても背後から黒い津波が押し寄せる。

「一体どうなっているのでしょう!?」

 マナが悲鳴のように尋ねるが、答えなど知るはずがない。

「ただ、一つ言えることは……アーネという少女は危険です」

 メールルが言い放った。

 紅は、そのことを頭では理解していたが、なぜか認めたくなかった。


 

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