第六十一話 事態の混乱と糸口
その日の授業はすべて中止になった。全校集会が開かれ、生徒達は一度体育館に集合し、学院長の話を聞くこととなった。
まず最初に述べられたのは、今回の事件で生徒の怪我人は数名いたものの、死者はいなかったこと。原因は現在解明中だが、今後、このような事態が起きないためにも対策を施すこと。それから明日以降の授業は平常通りに行うということだった。
「なんだか釈然としませんね」
寮へ戻る帰り道、思案顔のメールルがつぶやいた。
「そうだね、結局なんであのオオカミの軍団が学院に入ってこれたのかも分からなかったし」
学院長が言うには「予期せぬ事故」とのことだったが、何のことだかさっぱりだった。
「今日はもうおとなしくしてるしかないんですねー」
マナは退屈そうにうつむいた。
すると、廊下をゆく三人の前に、一人の男がスッと現れた。紅とマナにはなじみのある顔だ。
イースは背中に大きな槍を担ぎながら紅たちに近づいてきた。
「大丈夫だったか?」
「うん、イースも無事みたいでよかった」
そのやり取りを見たメールルは目を丸くして紅に尋ねた。
「こちらは?」
「……俺はイース。この二人の付添だ。そんなことよりも大事な話がある。ちょっと来てくれ」
イースに引っ張られるようにして三人は人のいない空き教室へ入った。
「今回の事件、わかっていると思うが自然に起きた事ではない」
イースは扉をきっちりを閉め、三人にあらたまって告げた。
空き教室は通常の広さで、四人で使うには大きすぎる感じがした。
「待って、なにかわかったんですか?」
メールルの問いに、イースはうなずきながら、教壇の上に立った。なんだか教師みたいで面白かったが、紅は黙っていることにした。
「この学院の魔術障壁の強さは俺には分からないが、奴らそれぞれの個体の力は本当に取るに足らないようなものだ。あんなものはただの獣と変わらない。それにもかかわらず学院への侵入を許した。……あのオオカミ共は霊体だったんだ」
イースが言う霊体という意味が紅にはわからなかった。それを察したのか、メールルが補足する。
「霊体というのは、魔力によって生み出された使い魔のような存在ですね。基本的には人間が使役するのですが……」
「じゃあ、今回の出来事はやっぱり誰かが学院を襲ったっていうこと!?」
紅は驚いたが、イースは首を横に振った。
「しかし、それには奇妙な点がある。まず、オオカミが弱すぎだ、学院にダメージを与えるだけならもっと強い個体を一体にした方が効果的だ。そもそも魔術師が多くいる学院にあの程度では意味がない。それから術者がどこにもいない。霊体はあまり遠くまで使役できない、せめて学院内にいるはずだが……」
教室内に重苦しい空気が流れる。目に見えない脅威がすぐそこまで迫ってくるような錯覚に陥った。
「でも、学院の先生達がなんとかしてくれますよねっ」
マナの言葉に、一同はうなずいた。
「とにかく警戒を怠らないでくれ。……何が起こっているのかわからないからな」
イースはそう言い残すと、教室を後にした。
***
寮の共有ラウンジには、暇を持て余した生徒でごった返していた。今日一日は授業もなく、外出も厳禁なので、生徒は室内に閉じこもるしかないのである。
どこもかしこも満席なので紅とマナとメールルの三人は図書室へ行くことにした。本当なら、廊下に出ない方がいいのだが、あの人ごみでは落ち着いて話もできなかった。
図書室は、昨日迷い込んだ旧図書室とは違い、横に広い部屋だ。規律正しく並んだ本棚は、果てがかすむほど長く、深い森の中にいるようである。
紅たちのように寮から抜け出してきた生徒もちらほらいるが、フリースペースはかなり空いていた。三人は適当な座席を見つけて、座った。
「さて、どうしましょうか」
「どう、ってなにを?」
メールルは悩むように顔を俯けている。
「今日のような出来事は、私が学院に入って以来ありえない事態です。……何か不吉なことが起きるんじゃないでしょうか」
「そうです、そうなる前にできることはないでしょうか」
マナの言葉に、しかしメールルは顔を曇らせる。
「本来なら先生方に一任すべきです。生徒が手を出すべきではありませんよね。でも……」
「なんだよ、お前らしくねぇな」
突然、三人の背後から声が聞こえた。
驚き、振り向くと、頭をガシガシかいているガイトが突っ立っていた。
「盗み聞きですか?」
「はっ、お前らの声がでかいんだっての。それよりも、こんなところで引き下がるのか? 言っとくけど、本当にやばい時って大体のことは隠蔽されるもんだぜ?」
学院の管理体制がどうなっているのか、紅にはわかりえないことだが、ある程度巨大な組織が不都合なことを隠すのはよくある話だ。
「でも、どうやって調べるの? 敵がいるのかもしれないよ」
「はん、そんなの片っ端からぶっとばして……」
「まずは過去に似たような事件がないか調べましょう。幸い、ここは図書室です」
メールルが、ガイトの言葉をさえぎって立ち上がった。
図書室には、小説や参考書など紅の世界にもなじみがあるジャンルの本に加えて、表紙が変色するほど古い魔導書や、本棚いっぱいを壁のように埋め尽くす分厚い辞書などがある。それらの本棚から離れたところに、魔術学院の年表や、近年の記録などが残されている。
メールルと紅は手分けして書物をあたり、マナは図書室にいる生徒に話を聞いていた。ガイトは気が付くとどこかへ行ってしまった。
「……ふむ、特に事件のようなこともないみたいだけど」
紅は手に取った数年前の学院誌をぱらぱらとめくり、つぶやいた。
「しかし、紅さん。よく見ると、そもそも事件らしい事件など全く書かれていないようですね」
「じゃあこの本にはそもそも異常があった出来事とかは全く書かれていないってこと?」
「そのようですね……各年の年表をみても……。当たり前と言えば、当たり前なのでしょうか」
いきなり手詰まりになってしまった。やはりガイトの言っていたようにとにかく動いた方がよかったのだろうか。しかし、メールルは思案顔のまま、そっと紅に耳打ちした。
「図書室の奥には、先生のみが立ち入りの許された蔵書室があります。そちらにもしかしたら……」
二人は周囲をうかがい、図書室の奥。人気の全くない冷たい廊下を歩いていた。図書室にはマナを残してきたが、少々本を拝借するだけなので、すぐに戻るつもりだ。
廊下はむき出しの土壁に、必要最低限の明かりしかともっておらず、コツコツと反響する足音が不気味さを際立たせていた。二人は息を殺し、肌寒い廊下の果てにある堅牢な扉の前にたどり着いた。
「さて、この扉のようですが……?」
「どうしたの?」
メールルは扉を開けようと手を伸ばしたが、その手は空中でぴったりと止まってしまった。
「ドアノブが……ありません」
堅牢な扉は、壁の一部であるかのように、ピクリともしない。押しても動かず、開けるための手段がおよそ見当たらなかった。
「なにか……特殊なカギがいるのかな」
考えてみれば、教師専用というからにはそれ相応のカギが必要に決まっている。二人は途方に暮れて、引き返そうかという言葉が喉まで来たとき、背後から鋭い声がかかった。
「そこの二人、なにしているの!?」
振り返ると、眉を逆立てたセシアがこちらに向かって走ってきた。
お久しぶり、本当にお久しぶりでございます。
今更になって、申し訳ないのですが、時間が取れるようになったので更新を再開します。
もしも、続きを待ち望んでいた人がいたならば、全身全霊で謝らせていただきたいと思います。
ですが、今後も精一杯頑張ります!
もしよろしければこれからもお付き合いいただき、みんなで『この小説は二年以上更新がありません。続きが更新されない恐れが~~』的なアレに歯向かいましょう。




