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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第五章 想いと友情
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第六十話 忍び来る漆黒の襲撃

「ふわぁ~っ」

 紅は豪快に口を開けてあくびをした。その様子を見ていたメールルにもあくびが移り、しかしちゃんと手で隠して控えめに口を開けた。

 今は昼休み。昼食をとるために食堂へ来ていた。

 昨晩の決闘とその後の一騒動のせいで、ベッドに戻ったのは明け方だ。仮眠をとってすぐ授業に出たため、紅たちの眠気は最高潮に達していた。パンを口に運びながら昨日の、正確には今朝の事を考える。

「結局アーネちゃんはどこへ行ったんだろうね」

 授業の合間にセシアに尋ねてみたが、学院に女の子が迷い込んできたということはないようだ。ということはもう学院の外に出たのだろうか。

「この学院の生徒というわけでもなさそうでしたしね」

 メールルはスープを口へ運びながら言った。


 食堂は大勢の生徒達の喧騒に包まれていて、特にいつもと変わりはない。紅とメールルはのんびり昼食をとり、マナは隣の席で突っ伏して寝ていた。口数も少なめにただ咀嚼だけしていると、近くの席を陣取っている女子グループの会話が聞こえてきた。

「ねぇねぇ、知ってる?」

「えー、何さ?」

 女子たちは夢中でお喋りに興じている。

「夜の学院に出るらしいよ」

「出るって?」

「なんでもね、夜中に抜け出して男女が見たっていうのよ……」

「だから何さ?」

「そりゃもちろん……」

 紅は何気なく耳を傾けていた。眠い頭のままボーっとしていた時、食堂の扉が勢いよく開け放たれた。驚いて扉のほうへ視線を移す。

 にわかに騒然となる食堂に、黒い複数の影が飛び込んできた。

「何……? なんなの?」

 紅とメールルは立ち上がり、何が起こってるのかを確認しようとすると、どこからか大きな叫び声が上がった。

「オオカミだ!」

 誰の声かもわからないほどの喧騒に包まれ、悲鳴があちこちで上がる。紅もその姿をようやく目に収めた。真っ黒で大きいオオカミが数匹食堂に乱入していたのだ。目は赤く光り、鋭く尖る牙をむいて近くの生徒に襲いかかろうとしている。

「メールル、これはいったい……」

「おそらく、学院周辺の魔物が侵入したのでしょう。……しかし、警備は厳重なはずですが……。ともかく今は奴らをどうにかしないと」

 オオカミは見渡したところ五、六匹程度だ。しかし、中には生徒に噛みついているのもいる。噛みつかれた生徒は必死に振りほどき逃れようとする。周りの生徒の助けもあり、何とか逃れるが腕から流血している。

 生徒達は皆、壁のほうに退避しテーブルなどを盾にしている。オオカミは床に散らばった食べ物を食い漁ったりしていて、食堂の中央部分は人が引けている。

「よし、これなら……」

 紅は炎剣を発生させ、勢いよく飛ばす。直線軌道で炎剣は一匹のオオカミに突き刺さる。途端に爆発し吹き飛ばす。炎剣を食らったオオカミは床を転がり、灰のように霧散した。 

 その様子を見たメールルが素早く判断する。

「……奴らはおそらく魔力によって生まれたもののようです。普通の生物ではありません」

「なるほどね、このまま全部吹き飛ばしてやる!」

 オオカミたちは紅の存在に気付いたのか、残る全員がこちらを見て構える。流石に紅でも残る全員を相手するのは難しい。

「私も手伝います。魔術で動きを止めますのでその隙に紅さんが」

「了解」

 メールルが素早く詠唱すると、食堂の床に散らばっていた水やスープなどが勝手に動き始めた。それらはやがてひとつの大きな円形の魔方陣を描き出す。

「今です!」

 魔方陣の内側にいたオオカミたちの足元に、水があふれ出す。反射的に足を上げようとするが、粘度が高いのかネバついて簡単に持ち上がらない。戸惑うオオカミたちの顔面に炎剣が突き刺さる。

 食堂の中にいたオオカミたちはその数を減らし、残りは二匹になった。

 端に退避していた生徒達も安心したのか、紅たちを応援し始めるものまでいた。

「……呑気なものですね。自分たちも魔術が使えるなら自分の身ぐらい守ればいいのに」

 メールルを含め、魔術学院の生徒たちは日々魔術を習っているが、当然実戦を経験することなどない。この事態に対応できるメールルのほうが珍しいのだ。

 

 残った二匹のオオカミはメールルの魔方陣を逃れたが、すでに形勢は紅たちが圧倒的に有利だ。それでもオオカミは牙をむいて威嚇している。紅は炎剣を発生させると、狙いを定めた。

 その時、再び扉のほうからざわめきが起こった。

 黒い影が、今度は先ほどよりも多く、食堂に流れ込んできた。

「!? 紅さん、あれ!」

 メールルが叫びながら指差した先には、この喧騒の中で呑気にテーブルの上で寝ているマナと、今まさに襲い掛かろうとしているオオカミだった。

 紅は炎剣をそちらに向けるが、威力が強すぎてマナまで傷つけかねない。咄嗟に躊躇してしまったせいでオオカミがマナに跳びかかった。

 宙を舞うオオカミは、しかし空中で炎の玉に撃ち落され地面を転がった。


「ったく、なにやってんだか……」

 ガイトが肩で呼吸しながら、オオカミの影にまぎれて扉から入ってきた。おそらく別の場所から、いそいで食堂まで駆けつけたのだろう。体には致命傷でないにしても無数の傷があった。

 再び手のひらに炎弾を発生させ、あたりのオオカミを吹き飛ばす。魔術の速度ならガイトも紅に引けを取らない。

「ああ、ガイト。たまには役に立つんですね」

 メールルは、しかし口ではそう言いながらも安心したように顔をほころばせ、眠っているマナを退避させた。

 紅は再び食堂内部を見渡す。扉から乱入してくるオオカミの量は増えるばかりで、いくら撃退しても数が減らない。時折、襲い掛かってくるオオカミを炎の壁で迎撃しつつ、解決策を考える。

「やっぱり扉を閉めないと……」

 しかし扉を閉めるには両手がふさがってしまう。それも素早く閉めるには二人必要だ。とても紅たちだけでは不可能に近い。

 

 その時、食堂の床から土の槍が突き出した。それは一匹のオオカミの腹を突き破り、撃破した。見れば、その魔術を発動させたのは壁際に退避していた、見るからに気の弱そうな男子生徒の一人だった。

 その様子を見ていた人たちは驚いたように固まっていたが、やがて彼の行動に感化されたのか、壁際の生徒達も魔術で応戦するようになった。

「……ダメです、このままじゃ逆効果です!」

 メールルは悲しそうに声を上げた。紅は一瞬、メールルの言葉の意味がよくわからなかった。

 生徒達はそれぞれの得意な属性の魔術を放ち、オオカミを撃退する。しかし、この狭い食堂の内部で、一斉に違う属性の魔術が放たれれば、巻き起こるのは魔術の氾濫。

 あちこちでレジストや軌道をそらした魔術が誤爆していた。

「バカ! 雑魚は引っ込んでろよ!」

 ガイトが叫ぶが、場の収集はつかない。混沌とする食堂。紅はどうしていいのかもわからず茫然と成り行きを眺めるだけだった。

 今も扉からは獰猛なオオカミが流れ込んでくる。その流れを止めようとする生徒もいるがうまくいかないようだ。

 食堂の中はもはや収集の着かない状況になっている。紅も炎剣で戦うべきか、それともやめるべきか判断がつかない。


 その時、いきなり突風が食堂を突き抜けた。その勢いで生徒達は床に倒れ、魔術の氾濫は一旦止まる。そして扉が勢いよく閉まる。破裂音にも似た音に、オオカミを含め食堂にいた者たちは扉のほうに注目する。

「みなさん、杖を置いて。一歩も動いてはいけません」

 セシアを先頭に、教師団が杖を構えて立っていた。その姿に、生徒達から安堵の声が上がる。

 教師はセシアを含め四人だった。紅はほとんど知らない先生だったが、生徒達にはなじみがあるようだ。メールルも安心した様子で、「さ、あとは任せましょう」といった。

 そこからはあっけないもので、先生たちの杖先から迸る閃光が、容易くオオカミを消滅させる。また、壁際に退避していた怪我をした生徒の応急処置も、手分けして行われ素早く終える。

 混乱を極めていた食堂内はあっという間に片付き、事態は収束した。扉の外で、時折叩くようなひっかくような音が聞こえるが、魔術によるものかピッタリ閉ざされていて、開く心配はなさそうだ。


「みなさん、よく聞いてください。現在院内は魔物の襲撃を受けています。詳しいことは後の全校集会で話します。今は危機が去るまでここで待機していてください」

 その後、食堂にいた生徒の点呼をして、何やら通信機のような物で連絡を取っていた。

 生徒たちは食堂の、魔術によって元通りにされたテーブルの戻り、談笑を始めていた。

「なんだか……あっけないね」

 紅は既に元の調子に戻っている生徒を眺めてつぶやいた。

「そうですね。本来このような事態はあり得ないのですが。それでも先生方の魔術は素晴らしいですからね」

 そういいながらメールルも椅子に座った。

「ふわわ。なんだか怖かったですね」

 マナはまだ眠そうだった。


「ちっ、なにとぼけた事言ってやがる……。こんな事態普通じゃねぇだろ」

 ガイトだけはイライラしながら食堂を見回してる。

「でも無事すんだんだからいいんじゃないかな?」

 紅はなだめるように言うが、ジロリと睨まれた。

「そもそもあんな脳みそもないような化け物たちが学院に侵入できるかよ。ここは魔術を取り扱っている分、魔力に満ち溢れてる。それを食い物にする獣の対策として結界やら防御壁やらがいっぱいあるはずだ。あんな連中入ってこれるはずがないんだよ」

 紅はとある山中で出会ったナイトウォーカーを思い出す。確かに魔力を食べ物にする生物もいる。そしてこの魔術学院が対策を施していることも容易に想像できる。

 メールルはテーブルに肘をつきながら言った。

「それじゃあ、外部の魔術師による襲撃……?」

 その言葉を聞いて紅は背筋が寒くなった。

「いや、まだ外部とは限らねぇぞ」

「待って、内部の誰かがあのオオカミを呼んだっていうの!?」

 紅は声を最小限にして叫んだ。

 この魔術学院で、なにかが起こり始めているのは確かだった。

夏休みなのに更新しないとは何事か。


でも夏にPC使うと排熱がやばいよね……。

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