第六話 ギルドとウエイトレス
商業都市ローアン・バザーに着いた。
外壁の門をくぐったところで、貨物車から下ろしてもらい、おじさんは荷物を売りさばくため、路上バザーの方へ向かった。
お礼を言いながら手を振り、見えなくなると今度はシリウスも歩き始めた。
「まず、換金所に行くぞ」
街は通行人であふれ、荒野の土が砂埃となって巻き上がるほどだ。その誰もが背中に荷物をしょっていたり、はたまた鎧で身を固め、今から巨竜でも退治に行くのかと思わせる出で立ちだったりする。
その中ではぐれてしまわないように、シリウスは紅の手を引きながら街を横切る。
「換金って何かお金になるものある?」
シリウスは牢屋から抜け出してきた身だし、紅は異世界から迷い込んできた身だ。
ちぐはぐな二人組みは今、一文無しだった。
「ほら、こいつだよ」
手のひらを広げると、シリウスの指には少しくすんだ指輪がはめられていた。
確か山賊から奪ったものだ。
「それなりの金にはなるだろ」
「でもそれだけじゃあ旅は出来ないね」
アルバイトでもするのだろうか、とぼんやり考えていると、シリウスは灰色のレンガで出来た堅牢そうな建物に入っていった。
入り口には大きく、『王都直属ギルド』と書かれていた。
内部は簡単なつくりで、カウンター越しに人がなにやら査定しているようだった。さながら銀行の窓口のようなつくりになっている。待っている人は、それぞれ多種多様な品物を持っていた。
「俺はこいつを売ってくる。お前はその辺で待ってろ」
そういうとシリウスは人ごみに紛れてしまった。
取り残された紅は仕方なく休憩用のスペースに逃げ込み、壁に貼られたポスターを眺めていた。
「トレジャーハンター募集……ね」
まったく知らない文字、しかし、紅にはそれが長年親しんできた母国語のように分かる。奇妙な既視感にも似たもどかしさがあった。
ポスターには大きく『募集』の文字が躍り、下には詳しい募集要領がある。
「ふむふむ……?」
どうやら、このローアン・バザーの周りには幾つもの古代遺跡が点在しており、そこにはまだ見ぬお宝が眠っているようだ。それを掘り起こし、ここの王都直属ギルドに持ち込めば、物によっては高価買取してくれるらしい。
おそらくシリウスはこれを狙っているのだろう。
「お嬢さん、お一人かい?」
「えっ?」
急に声をかけられ、振り向くと、そこには見知らぬ男性が立っていた。
長身に短い逆立った金髪の男で、ハリウッド俳優に居ても違和感無いようなルックスの彼は、紳士的に微笑み、紅を見ている。
「あ、何か?」
「いや、どうして君みたいな人がこんな荒くれの集まる場所に一人でいるのかなぁって。まさに紅一点だ」
紅にそれを言うのは駄洒落みたいでおかしかった。
「えーっと、あっちの方に一緒に旅をしている人が居るんですけど」
紅が指差すと、男はさもショックを受けたような表情になり、オーバーリアクションで落ち込んだ。
「おぅ、まさか人妻だったなんて……俺はなんて罪な男なんだ……」
色々間違いがあるが、紅にはどうして良いのかわからなかった。
オロオロしていると、男は気を取り直していた。
「そんなことより俺とあそばないか? ……ゴフッ!」
男は鳩尾に拳を喰らっていた。
殴ったのは紅ではなく、シリウスでもない。どうやらこの男の連れのようで、褐色の肌に銀色がかった髪の少年が、男を引きずっていた。
「悪いな、お嬢ちゃん。連れがめーわくかけた」
その背中には物騒な槍があったが、特別凶暴な人には見えなかった。
そしてすぐに人ごみに消えてしまった。「see you again,my honey.」と聞こえたのはたぶん気のせいだろう。
その後すぐに、茶封筒を持ったシリウスが駆けつけてきた。
紅は、なんだか笑ってしまった。
とりあえず場所を移し、近くにあった喫茶店、『ドラゴンミスト』へとやってきた。
喫茶店は紅の世界のそれと大差は無く、丸いテーブルがいくつか並び、カウンターの向こうでは気のよさそうなオッサンがコーヒーを淹れていた。天井には、何の意味があるのかプロペラが回り、茶色っぽい照明は辺りを優しく照らしていた。
シリウス達のほかに、客はまばらにしか居なく、黒服の男達がテーブルの一角を占領していた。そのほかに、腰にサバイバルナイフを提げた若い女がカウンターに座っている。
「とりあえずこんなもんだろ」
シリウスは先ほど手に入れたお金で身なりを整えていた。インナーの上に革のジャケット、ジーパンのベルトには、中古の武器屋で購入した剣が収められている。長い髪は後ろで一つに縛ってある。
「それじゃあ、これからの作戦会議だ」
「トレジャーハンターをやるんでしょ?」
紅は自信満々に言うと、シリウスも驚いたように声をあげた。
「なんだ、知ってたのか。そうだ。これからお宝探しに行って一山当てるぞ」
今度は地図をテーブルの上に広げた。どうやらこの街の周辺を描いたものらしい。
「とりあえず、俺の勘だが、この辺りはあまり人が来てなくて宝が残ってるみたいだ……」
一連の情報をシリウスが喋り、喉が渇いたのかアイスコーヒーを注文した。
話はひと段落着いたので、紅は先ほどのギルドで遭遇した人物の話をすることにした。
「そういえば、さっきギルドで知らない人に声をかけられたんだけど、」
「なにぃ? お前にナンパか? アホな男も居たもんだな」
「ちょ、それひどくない!?」
「それで、結局なんだったんだ?」
「いや、よくわからなかったけど……」
「ふぅん。ま、気をつけろよ。この辺じゃ誘拐だって珍しくないからな」
治安が悪いこの街では、ある程度の犯罪など日常茶飯事だ。
元々一人の商人が始めた街だから治安維持よりも景気の良さを優先しているのだろう。
「それより、お前。そのペンダント……」
ちょうどシリウスが喋りかけた途端、「こ、コーヒーをお持ちしましたー」というウエイトレスの声に遮られてしまった。
そして、ウエイトレスがシリウスの前にコーヒーを置こうとした時。
コケた。何も無いところで。
「つめたっ!」
ウエイトレスが手に持っていたアイスコーヒーは、そのまま紅の膝に全部かかってしまう。制服のスカートがビシャビシャになってしまった。
「あう、す、すいません!」
慌ててウエイトレスはタオルを持ち出し、紅のひざを拭き始める。
しかし、そんなことで衣類は乾いたりはしない。
「あーどうしよう、着替えなんて持ってないよ……」
異世界に迷い込んでからずっと着ているこの制服しか手持ちが無い。
「買うか? つってももう金がほとんど無いけどな」
そんな事を言えば買いにくくなる事を承知でシリウスは言った。
彼は動じず、座ったままその状況を眺めている。
「あの……私の私服でよろしければ、お貸しで着ますけど……」
ウエイトレスは申し訳なさそうに提案した。
彼女は、ウエイトレスの制服である膝ぐらいの長さのスカートに、白いシャツとネクタイという質素な装いのツインテイルが印象的な女の子だ。
「え、本当!? じゃあお言葉に甘えて」
笑顔で紅は頷いた。
そのままウエイトレスに連れられ、店のカウンターの奥にある扉から従業員用の控え室に入った。
「すいません、本当に申し訳ありません!」
さっきからずっと頭を下げっぱなしのウエイトレスに圧倒されながらも、紅は手を振りながら言った。
「別にそんなに謝らないで良いよ。服を貸してくれるんだし」
「そ、そういってもらえるとうれしいです……」
まだ申し訳なさそうな顔で服を差し出してきた彼女に、紅は友達のように尋ねた。
「そういえば名前、なんていうの?」
「あ、私はリリィ・フランナって言います。リリィで結構ですよ」
「私は紅。よろしくね!」
自己紹介を終え、紅は服を着替えた。
こっちの世界の衣服も、元の世界とは大きく変わらない。
パーカーにカーゴパンツのような格好で、見たところリリィはあまりおしゃれにこだわらないようだ。
「紅さんは旅人か何かなんですか?」
紅の制服をクリーニング用の所に置きながら、リリィは何気なく尋ねた。
「うん、まあね。トレジャーハンターをやりに行くんだ」
「えっ、もしかして女戦士なんですか!?」
紅は異常な食いつきを見せるリリィにちょっと驚きながらも、ちゃんと訂正した。
「ううん、どちらかといえば魔術師? かな」
「ええっ! 本当ですか!? 魔術とか使えるんですか?」
「まぁ……」
正直、魔術なんて一度しか使ったことがないし、それも正攻法だったわけじゃない。
事実としては間違ってはいないが、実際とは違っていた。
「私、魔術師とか女戦士とかって憧れるんですよね~」
「そうなんだ。やっぱりかっこいいから?」
遠くを見るように呟くリリィに、自分のことを棚にあげて紅は聞いた。
「それもありますけど、やっぱりしっかりしてるじゃないですか。私、ドジばっかりして、お店やお客さんにも迷惑ばっかりかけて……今の店長は優しいから、どんなにドジをやってもクビにしないんです。なんだか申し訳なくて……あ、すみません! 愚痴を言うつもりじゃなかったんですけど」
「いいよ。むしろどんどん言いなさい! そういうときは俯くんじゃなくて吹っ切って前を見ないと」
別に人生の先輩というわけでもないのに、紅は胸を張って励ました。
「思い切ってリリィも魔術とかやってみたら?」
紅の誘いに、大げさに手を振りながらリリィは言った。
「いえいえっ、私に魔術なんて……それに、働かなきゃいけない理由があるんです」
「理由? 欲しい物とかあるの?」
「いえ……私の彼が、この前事故に遭ったらしくて、足が動かなくなってしまったんです。もしかしたら手術で治るかもしれないんですけど、その手術費が高額で。身寄りの無い彼にそんな大金は無いし、私ががんばってお金を稼がないとって思ったんです」
そう話すリリィを見ていると、なんだか日の当たらない木陰で懸命に咲いている一厘の花のような美しさと力強さを感じた。
ちょっと泣き目になりながら、紅はうんうんと頷き、「私にも出来ることがあったら言ってね」と言った。
「おーい、早くしろ。置いてくぞ」
ドア越しにシリウスの催促する声が聞こえた。
「あ、私もう行かなくちゃ。後で服取りに来るからね」
「はい、綺麗にしておきます」
紅はドアを開け、控え室から飛び出していった。
(なんだか……初めてあったはずなのに友達みたいな人だったなぁ)
仕事に打ち込んでいるリリィは交友関係がほとんど無い。
シリウスと走ってゆく彼女の後姿をみて、なんだかがんばれる気がしてきた。




