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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第五章 想いと友情
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第五十九話 立ち上る幻想と朝日

 夜の教室は不思議な静寂に包まれていた。アーネと名乗る少女は物欲しそうな顔で紅を見上げていた。

「そっか、じゃあ何してあそぼうか」

「ちょっと、紅さん」

 メールルは警戒するような口調で紅に耳打ちした。

「この学院は初年度の学生は十二歳で入学します。この子は見たところ十歳程度ですし、下級生が夜の校舎をうろついているというのは……」

 夜の校舎をうろついているのは自分たちも同じだが。しかし、確かにこの状況にはそぐわない存在に見える。どことなく不思議な雰囲気を醸し出しているのも、なにか怪しい。

「でも、どうするの? 放っておくわけにもいかないし、先生に引き渡すにしても私たちまで咎められちゃうよ」

 アーネに対する処置について話し合っていると、少女は不安そうに顔をゆがめ、背を向けて走り出した。

「おい、待て!」

 ガイトが手を伸ばしたが、スルリとすり抜け、扉をくぐって廊下へ飛び出した。

「とりあえず追いかけましょう。放っておくわけにはいかないというのには賛成です」


***


 廊下の端に揺れる白いワンピースを追いかけると、紅たちは巨大な二枚扉の前にたどり着いた。厳然と立ちふさがる扉に、子供一人通れるような隙間があった。

「ここは何の教室なの?」

 紅はこの学院に詳しいであろうメールルとガイトに尋ねたが、二人は首をひねった。

「さて……なんだったでしょうか。ここの教室は授業では使いませんし……」

「ええとだな、昔来たことあるぞ、俺。確か……って入ってみりゃいいじゃねぇか」

 ガイトが乱暴に扉をあけ放つ。メールルが抗議するような声を上げようとするが、部屋の中の光景に圧倒され口をつぐむ。その後に続く紅とマナも感嘆の声をもらした。

 

 壁一面に本棚があった。それは高い塔のように積み上がり、一番上のほうはかすんで見えなくなるほどの高さにあった。むせ返るほどの古紙とインクのにおい。やや埃っぽいが不潔なほどではない。おそらく定期的に清掃されているのだろう。本の背表紙は分厚い刺繍が施されていて、隙間ないほどびっちりと並べられている。本自体が壁のようだ。

「ここは……図書室?」

「いいえ、こちらはおそらく旧図書室ですね。今は資料などの保管庫といったところでしょうか」

 歴史の長い学院では、たびたび内装工事がある。その中で増えすぎた図書を内蔵するために今の図書館は新設されたのだろう。

「それよりもガイト。ここは立ち入り禁止のはずでは? なぜあなたは来たことが?」

「ど、どうでもいいじゃねぇか。それよりもあのガキはどこだ?」

 メールルの追及から逃れるようにガイトは旧図書室の中を探し始めた。壁や柱のようにそびえ立つ本棚は隠れられそうなところがたくさんあった。

「はぁ……。確かにあの子を探すのが先ですね。入り口はここしかないようですし、中に隠れているのでしょう。私がここを見張っていますから手分けして探しましょう」


 紅は床にまで平積みされた古書を倒さない様に気を付けながら旧図書館の中を探した。天井の高さと比べ、部屋自体はそれほど広くない。おそらく先ほどの実習室程度の広さだ。だが、本棚が無数にそびえており、簡単には探し出すことができない。

「それにしてもあんなに高いところにある本をどうやって読むのかなぁ」

 首が折れそうなほどに高い本棚を見上げる。そこに梯子が付いているのを見つけた。なるほど、あれで登るのかと思い立ったとき、そこに白いフワフワの物体を見つけた。

 まぎれもない、幻想的な少女アーネだ。

「えっ!? みんなちょっと来て!」

 紅の呼び声にマナとメールルが駆け寄り、ガイトが床に置かれた本を蹴り飛ばしてやってきた。

「おい、落ちたらシャレになんないぞ!」

 アーネが居るのは床からおおよそ五、六メートルほどの高さだ。あの小さな体が落ちたら怪我では済まないかもしれない。

 そんな心配をしり目に、少女は必死に本棚をよじ登り、ある一段のところで止まった。

 本を取ろうとしているのだろう。

 片手を伸ばし、本の背表紙に指をかける。だが、びっちりと収納された本はそう簡単には引き抜くことができない。

 数ミリ本が引き出される。その様子をしたの四人は固唾をのんで見守っていた。今から追って梯子を上ればバランスが崩れてしまうかもしれない。

「あっ」

 紅の口から間抜けなほど自然と声が漏れた。

 少女が本を引き抜いた弾みで梯子から落ちてしまった。 

 宙を舞う少女の姿を見た一同の行動は迅速だった。

 

「少々手荒になりますが……今はそれどころではありませんね」

 メールルは素早く魔術を詠唱すると、指で床に大きな円を描いた。そこからまるで間欠泉のように水があふれ出す。

 少女の体を支えるように水柱が立ち、落下速度を落とす。

「よし、受け止めるぞ!」

 炎では傷つけてしまうため、紅とガイトが下に並んで受け止めようと手を広げる。そこに、マナの放った風の呪文で柔らかく包み込む。


 ボスッっと音を立てて、少女は紅とガイトの腕の中に納まった。

「ふぅ……びっくりした」

 紅は受け止めた少女の顔を見る。初めは驚き目を見開いていたが、自分に何が起きたのか理解すると涙目になって紅に縋りついた。

「もう、あんな危ないところに行っちゃだめだよ」

 コクンと紅の胸の中でうなずいた。

 そしておずおずと、胸に抱いた本を差し出した。

「……よんで」



***



「えーっと、これは学院の伝記かな? やけに古いけど」

 紅はアーネから手渡された黴臭く分厚い本を一枚めくり中をざっと眺める。紅にとっては全く知らない文字のはずだが、なぜか意味を理解することができた。

 膝の上に座ったアーネの頭越しに中身を読む。

「開学二十周年記念祭の実行……」

 紅が読み始めると、アーネが勝手にページをめくりだす。どうやら読んでほしい部分があるようだ。

「ここを読めばいいのね。ええと、転移魔術事故による生徒の失踪……?」

 年表のように並んだ文字の中に、事故に関する記述があった。だが、紅には知らない単語があり、続きが読めなかった。

「ねぇ、メールル。このパンデモニウム・ホールってなんなの?」

 古書のページを見せながら、隣に座っていたメールルに尋ねた。その横にはうとうとしたマナと、完全に大の字になって眠っているガイトがいる。

「……パンデモニウム・ホールとは異世界転移の際に作られる異空間への入り口の事です。この空間を経由して異世界へ移動できるとされています」

「へー、そうなんだ」

 紅は再び本の続きを読もうとした時、メールルが声を上げた。

「それよりも、なぜ紅さんはその本を読めるのですか?」

「えっ、そういえばなんでかな……」

 紅は異世界の言葉を理解できる。当然日本語を喋っているわけではない。しかし、紅は無意識のうちに言葉を使い、理解できている。

「その本に使われている文字は旧字体なんです。今の学生でもそう簡単に読めるものではありません。まして異世界から来た紅さんが……」

 メールルは混乱したような口調で質問を続けようとした時、アーネが顔を上げた。

「いせかい?」

「う、うん。私異世界からきたみたいなの」

 子供相手に戯言のようなことを言うのも気が引けるが、紅は素直に認めた。

「すごい! お話しきかせて!」

 アーネはこれまでにない笑顔で紅にすがった。



「……それで、私は王都を目指して旅をしているのです」

「すごいすごい!」

 紅はこれまでの旅のあらすじを少女に話して聞かせた。アーネは大喜びで話に食いつき、紅もなんだか楽しくなって色々なことを話した。

「それじゃあさ、今度はアーネちゃんの話を聞かせてよ」

「わたし?」

 急に話を振られてきょとんとするアーネに、紅は優しく尋ねる。

「どうしてこんな時間にこんなところにいるの?」

 紅の質問に、アーネの瞳がキュッっとしまったような気がした。

「……もう行かなくちゃ」

「えっ?」

 不意にアーネは立ち上がり、紅たちを置いて駆け出した。

「待って!」

 アーネを追って立ち上がったが、すでに彼女は扉のところまで行ってしまっていた。

「……楽しかったよ。またいっぱいお話ししようね」

 そう言い残すとアーネは扉をくぐり、見えなくなってしまった。慌てて紅とメールル、マナは廊下に出たが、そこには少女の姿はなかった。

 窓の外には、明るい朝日が昇り始めていた。

 

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