第五十六話 異界でも変わらぬ勉強
「……で、あるからして、我々は魔術発動の際の詠唱を自分で発明するとともに……」
教室では、教壇に立つセシアが熱弁をふるっていた。魔術学院だけあって授業内容も魔術に関してである。この世界に来てから魔術を使えるようになった紅にとって、初めてのちゃんとした勉強なので気合が入っていたのだが、
(全く分からない!?)
なにせ独学どころか何一つの基礎知識すら持っていないのである。それでよく今まで炎剣を飛ばしてこれたものだ。
横目でマナを見やると、眉にしわを寄せてふんふん頷いているが、一応理解しているようだ。メールルはもちろん熱心にノートをとっている。その姿は紅の世界の女子高生と何ら変わりがない。
(うわー、どうしよう……)
先が思いやられる紅だった。
***
「それでは実習に移ります」
魔術学院の校庭は海風が吹き抜ける気持ちのいい草原だった。そこにサッカーゴールのようなカゴ状のものと的のような物が並んでいる。
生徒たちは列に並んでセシアの注意に耳を傾けている。どうやら今日の実習は風系統の魔術による物体飛翔と、土系統による地形変化の基礎らしい。紅はちょっと高校の理科を思い出した。
「それでは二人一組で行いましょう。紅さんとマナさんは私と練習します」
生徒たちは各々ペアを作り、実習を開始した。
紅とマナはセシアの指示に従って校庭のやや端よりで詳しい説明を受ける。
「それで、話によると紅さんは既に炎系の魔術が得意ということね。マナさんは呪文しかやったことがないみたいだから魔術は初めてね」
セシアがテキパキと道具を準備する。あらかじめ今日行う魔術実習の魔方陣が刻まれた杖と、安全用のローブを手渡される。そこで、耐え切れなくなった紅はついに告白した。
「あの……私魔術の事全然知らないんです」
「えっ、でも炎剣を無詠唱で飛ばせるって聞いたのだけれど」
「それも何かの偶然みたいなものなんです……」
恥ずかしさでうつむいた紅に、優しくセシアが呼びかける。
「それならこれから基礎から学べばいいわ。おそらく素質があるのでしょう」
ニッコリ微笑みかける。本当に生徒には優しい人だった。
「まず、魔術といっても大きく四つの属性に分かれます。炎、水、土、風。これは基本的な属性でこれを自在に組み合わせたりして独自の魔術を開発していきます。属性によって得意不得意がある人もいるわね。大体の魔術師は全部の基本を押さえて得意なものをより特化させるのが一般的よ」
「全部の属性が使えたほうがいいんですか?」
紅は今まで炎属性しか使ったことがない。それで不自由しなかったのも事実だ。
「そうね、今の時代に対人戦闘はないと考えていいけれど、様々な自然災害や状況に応じて『対抗呪文』が行えるのが大きなメリットね」
「レジスト?」
どこかで聞いたことのあるような言葉だが、思い出せなかった。
「そう、属性はそれぞれ対になっているのよ。炎と水、土と風。この組み合わせは互いを打ち消し合うの。例えば紅さんの放った炎に私が水の魔術を与えると、お互いが消去されるの。これが対抗呪文よ」
呪文の打消し。紅はようやく思い出した。ローアン・バザーで白い鎧の騎士が紅の炎剣打ち消したことがあった。
「あれ? でもそれじゃあ全部の魔術がつかえるなら全部レジストされちゃうってことですか?」
「そうでもないわ。レジストが成功するのは相手の魔術よりも自分の魔術のほうが力が上回っていた時だけよ。だから基本的には得意属性の魔術ぐらいでしか成功しないんだけどね」
「へー、でも面白そう! とりあえずやってみます!」
風系と土系は初めてだ。これで戦力が大きく増える。
紅は杖を握りしめ、魔力を込めた。すると、杖に刻まれた魔方陣が青白く光る。
「紅さん、ファイト!」
マナは手をパタパタ振って応援する。それにこたえるかのように、キリっと笑う。
「それじゃあ、まずはこのボールをあのゴールまで飛ばしてくれるかしら」
セシアが取り出したサッカーボールのような球に握った杖を思いっきり叩きつける。
ボコッっと音を立てて、ボールが転がった。
「ええと、魔術を発動させてくれるかしら……?」
セシアの笑顔が微妙に引きつっていた。
「わーっ、ごめんなさい!」
気を取り直して、再び杖に魔力を込める。
「いい? イメージを具現化するのよ。魔方陣は描かれているから発動は簡単なはずよ」
「はい!」
紅は頭の中でボールが風をまとい、空を飛ぶ様子をイメージした。そして、手に握った杖を思いっきり振った。
今度は魔術が発動した。爆音を響かせながら、炎の尾を引いてボールが宙を飛ぶ。
だが、ゴールにたどり着く前に燃え尽きてしまった。
「あー……」
風の魔術ではなく、炎の魔術で飛ばしてしまったようだ。
「それでは土系をやってみましょう」
セシアは今までの事はなかったかのように、新しい場所に移動した。今度や地面に円形の紋章が描かれており、地面に直接魔術を流し込むようだ。
「地面をせり上げるだけですから、魔術を流し込むだけで大丈夫よ」
「は、はい……頑張ります」
紅は肩を落としながら、それでも諦めずに構える。
魔力を流し込むと、青白い光を放つ。
「紅さん、がんばって!」
マナの応援を背に受け、地面が動き始める。
「もう少し魔力を!」
セシアが指示すると、紅が力を込める。地面が次第に揺れ始め、数センチ浮き始める。
「やった……」
喜んだ途端、地面が爆発した。
火柱が上がり、円形の地面が大空へ打ちあがった。
「…………」
茫然とする三人の前に、ボトリと土が降ってきた。
***
「はぁーあ。なんでうまくいかないんだろ……」
魔術学院の廊下、肩を落とす紅と一緒にメールルとマナが歩いていた。今は授業も終わった昼休みで、昼食をとりに学食へ向かっていた。
「はじめはそんなものですよ。私だって得意な属性以外の魔術を使えるようになるまでは時間がかかりましたし」
「うん……」
それでもマナがやってみると、威力は小さいがそれぞれ発動することができたのだった。その反面、威力は申し分ないが、紅は炎属性しか発動できなかった。
「さあ、昼食を食べて気を取り直しましょう。午後の授業は座学ですよ」
「座学かぁ……」
正直座学も苦手な紅だった。
学食は全校生徒が一斉にやってくるので、相当混雑していた。その中でも端のほうの比較的空いている席を選び、三人は座った。
すると、空からお盆がフワフワ漂ってきて、メールルは慣れた手つきでそれを受け取った。
「すごいです! これも魔術でやっているんですね」
マナは大喜びだったが、これもできそうにない紅は落ち込むばかりだった。
「それにしても、なぜ炎系はあんなに上手いんですか?」
メールルはパンをスープに浸しながら聞いた。
「それがね、私にもよくわからないの。異世界から来たって話したよね」
「はい、それも詳しく聞かせてください」
メールルの目が熱っぽくなり、身を乗り出してくる。
「なんかね……私の元といた世界で不思議な女の人を見つけて……そこから吸い込まれて……襲われそうになった炎の剣が……」
たどたどしく説明する紅を、メールルは微笑ましく見ていた。
「〝吸い込まれた″とは?」
もうずいぶん前の出来事だったが、次第に状況を鮮明に思い出した。
「そうだ! ネックレスをもらったんだった!」
紅が胸元に手を突っ込み、中の物を引っ張りだす。そこには、あの日もらった赤色に輝く宝石が埋め込まれたネックレスがあった。
「それは……何か大きな魔力を感じます」
「わたしもそう思います!」
二人は食い入るように宝石を眺めた。
紅がこの世界にやってきてからずっと肌身離さず身に着けていた。不思議な温かみを帯びていた。
***
「学院長、報告します」
セシアは学院長室で、椅子に腰かけ外を眺めている学院長に向けて告げる。
「魔術に関しては炎属性に大きく偏っているようです。むしろそれ以外は全くと言っていいほど発動することができないようです」
「ふむ」
その一言だけで、続けてよいという意味だ。
「しかし、炎属性に関しては学院を修了した魔術師よりも強力であるかもしれません。なにより、すべて無詠唱で行うことと、魔力が無尽蔵といってもいいほどあります。いったい何者なんですか?」
セシアの純粋な疑問に、先に学院長室に居た医務室のマーティンが手を挙げた。
「僕からも聞かせてほしい。僕が最初見たときは正体不明の毒におかされていた。しかし、検査術式を巡らせてみると、魔術抗体がまるで炎のように盛んに毒を焼き尽くしていた。あれはなんなんだ?」
二人の疑問を、じっくりと内側で熟考している。沈黙ののち、学院長は口を開いた。
「異世界……やはり実在するようじゃな」
「異世界、ですか」
「にわかにはしんじられないね」
二人の反応を、院長は眺めた。
「それと……話を聞くなら出てきておくれ。盗み聞きされると話づらいわい」
その言葉を聞いた途端、セシアとマーティンが杖を構えて振り返った。院長室の角から、一人の少年が姿を現した。
「気づかれていたか……。武器はない、杖を下してくれ」
イースは渋々両手を上げて歩み出た。
一か月空いてしまいました、申し訳ないです。
ついったーを始めてみました。@yasiti0sinyaで検索したら見つかるかもしれません。生存してますのでどうぞよろしくお願いします。




