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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第四章 力を求めて
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第五十二話 闇を駆ける者の招待

 辺りは不気味なくらい静まり返っていた。

 シズカに宿を連れ出され、窓から見つからないように脱出し、見回り兵を回避しながら夜の橙国を徘徊していた。はじめのうちは何度も兵士を見かけ、その度に道を変えていた。シリウスには、シズカがどこへ向かっているのか見当もつかなかった。

 だが、それも三十分ほどまでだった。

 気が付くと、あれだけいた兵士を一人も見つけることができなかった。

「シズカ……これはいったい?」

 何度も頭の中に浮かんだ疑問を、もう一度言葉にする。

 だが、シズカは振り返らず、歩を進めるだけだった。

 

 橙国の中心を縦断する大通りにも、人は誰もいなかった。等間隔で並ぶかがり火が、不気味さを一層際立てている。

 シズカは、通りが十字にぶつかる中心部でその足を止めた。

「シリウスさん、わたくしは謝らなければならないことがあります」

 シズカは背を向けたまま、顔を見せない。

「あなたを、危険に巻き込んでしまいます」

「それは構わないさ。ただ、これから何が起きる? 何の目的があるんだ?」

 シリウスは胸の奥で、一つの予想はあった。

 しかし、シズカはそれ以降、口を開くことはなかった。

 シリウスは不安を押し殺し、周囲に目をやる。かがり火と静まり返った国内。ふと、家屋の脇に何かを見つけた。それは間違いない、見回り兵士だった。シリウスは駆け寄り、様子を確かめた。兵士は気絶しているだけだった。

 その時だった。

「シリウスさん、伏せてください!」

 シズカの鋭い叫びが耳に入った。咄嗟の出来事だが、シリウスの体はこれまでの経験から、俊敏に動く。地面に伏せる格好で頭を下げると、一瞬前までは頭があった場所を、ナイフのような物が通り抜けた。地面に突き刺さったそれを見て、その飛んできた方向に目を向ける。

 屋根の上、先ほどまでは何もなかった場所に、奴はいた。

 気味の悪い鬼の形相をかたどった仮面。体にぴったりと張り付き、筋肉を浮かび上がらせるシノビ装束。そして体を深く落とした異形な構え。間違いない、辻切り犯だ。

 シリウスは目の前で倒れている兵士の腰に挿してあるカタナを抜き取った。それを手に、辻切り犯と向き合う。シズカは奴を睨んだまま動かない。

 その刹那、辻切り犯が跳んだ。一瞬のうちに視界の中から消え闇に溶け込む。シリウスは握ったカタナを構え直し、神経を集中させた。

 気による聴覚増強。

 かつて、敵に使われ危機に陥った技だ。


(静まり返った夜だ……雑音は少ない)

 シリウスの耳が、奴の足音をとらえた。近づいて来る。だが、シリウスはすでに力をカタナに集中させていた。

 刃が交錯し、激しい金属音が鳴り響く。闇を切り裂くように、国民全員が目を覚ますような音だった。

 辻切り犯と目が合う。仮面の隙間から覗く視線が、シリウスを射止める。体の芯がしびれるような緊張が走るが、神経を落ち着け、それを振り払う。

 修行の成果は確実に出ていた。

 一旦両者は距離を取る。だが、辻切り犯は再び闇に消えることはなかった。シリウスが音を聞き取る以上、奇策は通じない。正面から戦うほかない。辻切り犯は腰を低く落とした不気味な構えを崩さない。


 正面から、カタナが降りかかる。しかしシリウスはそれを容易くいなした。橙国に来て以来、カタナには慣れている。それに不気味な構えといえど、大陸を旅してきたシリウスには、さまざまな敵と戦った経験がある。さほど脅威にはなりえなかった。

 シリウスの反撃の一筋が辻切り犯の脇腹をかする。シリウスにはわからないが、すでに昨夜の戦闘で辻切り犯にはいくつもの傷があった。

 戦況はシリウスの優勢だった。致命傷はまだないが、勝敗が決するのは時間の問題だった。

 

 その時だった。辻切り犯は一旦距離を取った。そしてあの不気味な構えを崩した。腕をだらりと下し、姿勢をただす。

 シリウスはカタナを構えなおすが、その目の前にシズカが歩み出た。今まで傍観を貫いていた彼女がカタナも構えずに辻切り犯と相対した。

「危険だ! 下がれ、俺が戦う!」

 シリウスは警告したが、彼女は無視した。

「ご安心ください。シリウスさん。彼はわたくしを切ることができません。彼のルールに置いては」

「どういうことだ?」

 確かに、辻切り犯はカタナを構えてはいるが、降りかかるそぶりを見せない。

 シズカは感情のこもらない声で続ける。

「これまでの連続辻切り事件。無差別ではないかという意見もあるほど、被害者はバラバラでした。しかし、そこには歴然とした理由があったのです」

「歴然とした理由……?」

「はい。それは、王都にかかわった橙国の人間です。そうですね?」

 シズカは辻切り犯に呼びかけたが、返事はない。

「最初の被害者は商人でした。橙国有数の大規模な商売でしたが、国外、特に王都とつながりがありました。噂によれば、カタナなども大量に売りつけていたようです。しかし、その当時、国ではその事実を知りませんでした。

 第二の被害者は運送屋です。彼もまた、国外のパイプを担っていたのです。第三の被害者はこの国の要人でした。彼もまた、国には内密に王都と親交を深めていました。第四の被害者も同様にジャーナリストとして多くの情報をやり取りしていました。すべて、王都に関係が深い人間です」

 そこで、シズカは大きく息を吸って、呼吸を整えた。

「最後の被害者のアヤノ。彼女もまた、あの夜、用事出てかけていたのは王都でした。彼女は辻切りで疲弊した国内を慮り、周辺国家と友好を築こうとしていました。調べたところによると、国の要人の中でそのような動きを持つグループが存在しています。

 そして、今この瞬間、シリウスさんは、王都にかかわった人物として条件にあてはまるのです。しかし、わたくしは王都との直接の関係はない。ルールがあるのであれば、わたくしを殺せないのです」

「でも、目撃者として殺されてしまうかもしれないじゃないか」

「いいえ、これまで彼は見回り兵を全員気絶させています。これも、王都にかかわった人間だけを殺すというルールの下です」

「でも、なんでそんなことをしたんだ?」

 シリウスの疑問に、シズカはうなずく。


「それを今、ここで聞こうと思います。……聞かせてください。辻切り犯の方、いいえ。……キョウシさん」


 その言葉に、シリウスは身を固まらせた。

 聞き間違いでなければ、その人物は……。


 辻切り犯がそっと、仮面に手を伸ばす。

 月明かりに照らし出されたその素顔は、驚くほど蒼白で、しかし凍りつくような殺気を放っていた。

 キョウシは仮面をはずし、投げ捨てた。乾いた音が響いた。

「驚いたよ、シズカ。ここまで君ひとりで辿り着くなんてね。なぜ解った?」

「どうして……」

 声が漏れたのはシリウスだった。この状況で、シズカはじっと黙している。シリウスの位置からは、その顔は見えない。

「思い至ったのは今日の夕方です。それから調べまわり確信しました。きっかけはアヤノです。彼女の得意とする技術はカウンターです。しかも、彼女ほどの腕前になれば初見では完全に見破ることができません」

「しかし、それだけでボクに至るかな?」

「傷口です。あのカウンターはよく知るものなら実は簡単に打ち破ることができるのです。それは……キョウシさんが最初に打ち破ったのです。傷口を見れば、どんな切られ方をしたのかわかります」

 キョウシは一瞬、沈黙した。

「今日の昼に、あんな茶番を演じた後でこんな事を言うのは気が引けるけどね、ボクが一連の事件の犯人であることは間違いない。そして、その理由、最も大きな理由は、この橙国を守ることだ」

「それは間違いです。キョウシさん。いいえ、キョウシ。貴方はこの国を危機に陥れる犯罪者です」

 シズカの決然とした言葉に、キョウシは平生として続ける。

「犯罪者であることは認めよう。しかし、反逆者ではない。むしろ、これまでの被害者達のほうが、反逆者だ」

「王都、いえ、周辺国家との友好は当然あるべき国政です。むしろこれまでの閉鎖的政治のほうが古い考えだと思います」

「しかし、こんな話がある。王都は新魔術兵器を極秘に開発していると」

 その言葉はシリウスも聞いたことがあった。魔術学院も同じようにそのことを危惧していた。

「現在大陸一の力を持ち、周辺国家との大きな衝突もない今の王都が何のために兵器を開発するのか……ボクは大陸の完全支配に乗り出すのではないかと予想した」

 二十年前、ノーティスとの大戦に勝利した王都は、連合軍を組んだ橙国と西国ワイルクレセント王国と友好関係にある。事実上、大陸を支配しているのは王都だ。しかし、完全支配というのは、ほかに一切の国家が存在しない王都だけの大陸にするということだ。もちろん、戦争は必至である。


「では一層、友好関係を深めるべきではないのですか?」

 シズカの訴えも、キョウシは首を横に振る。

「今の橙国は、はっきり言って弱い。戦争はもちろん、国内に力と呼べるものが一切ないんだ。こんな状況では、こんな平和ボケした状況では、友好を結んだとしても、向こうにいいように事を進められ、やがて橙国の文化は薄くなり、自然に淘汰されていくだろう。事実上、橙国の消滅だ」

「そうなるとは限りません、あなたのやり方ではより一層国の危機を招きます」

「危機だ。危機こそが今の橙国に必要なんだ。事実、辻切りが横行してからは国内が緊張感に包まれた。兵士たちが訓練にいそしみ、ある種の敵と戦う心持だ。しかしそれでも、事はうまく運ばなかった。気を取得したのがよりにもよって王都の人間とはね」

「それは……ガイドウ師匠が正しいと思った人物に伝授したんだと思います」

「違うね。彼は判断を誤ったんだ。君は知らないと思うし、ボクも直接知るわけではないが、気は大戦で猛威を振るった。ある種の、人間兵器だ。魔術学院は参戦を最後まで拒んでいたが、橙国の兵士たちはいい様に駒にされ使い捨てられたんだ。つまり、そういう国と世界なんだよ」

「それでも……たとえこの先に何が起ころうとも、人々はやり直せると思います。国を守ることはわたくしも同感です、しかし、人の血が流れた上の平和に、どれほどの価値があると思いますか?」

 両者は一歩も譲らなかった。

 国を守るための戦い。キョウシは国を再び閉鎖的に強化し、文化や独立を固持しようとしている。今、王都と友好を結んでも支配されるだけ。戦争が起きれば、戦う力もない。

 シズカは国を導く立場の人間だ。すべては、彼女の判断にゆだねられた。


「満月が夜空に浮かぶ頃、答を持って城の屋上に来い。そこですべてを決しよう。それまでに……心を決めてくれ」

 キョウシは言い残すと、背を向けた。素早い動きで闇にまぎれる。もう目で追いかけることができなかった。残されたシリウスとシズカは顔を見合わせた。シズカの顔はひどく疲れ果てていた。

「行きましょう。すべてを、終わらせに」


更新が遅くてすいません。っていっつも言ってる気がします……

新生活ということで新しい環境に慣れない生活で疲れ果てております。ですが精いっぱい頑張ります。橙国編も盛り上がってきました

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