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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第四章 力を求めて
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第四十九話 闇夜に躍る白刃の光

 辺りは既に夜の帳が下り、国全体を静寂と闇が覆いつくしていた。開け放たれた窓からは、街道を照らすかがり火と、見回りをする兵士の姿が見える。

 吹き込んだ夜風を胸いっぱいに吸い込んで、シリウスは呼吸を整えた。橙国の片隅にある宿屋の二階。シリウスはベッドの上に座禅を組んで精神を統一させていた。

(まずは体を流れる力の本流を見極める……)

 昼間にガイドウとの特訓でつかんだ感覚を呼び覚ます。

 結局あの後は新兵全員で行う訓練があったため、個別訓練を行うことは出来なかった。こうして宿屋で一人、自主練習に励むしかない。

(力を自分の意識化におき、制御する)

 気の取得には、とにかく体でその感覚を覚えるほか無い。一刻も早く実戦で使えるようにしなくてはいけない。

(力を……呼び覚ます!)

 シリウスが目を見開き、右腕に集中する。ボッっと空気が爆発音に包まれ、うっすらと光が満ちる。だが、次第に揺れ動き、かすみ始める。シリウスが力を込めようとすると、完全に光が崩れてしまった。

「ふぅー。なんとか形にはなって来たが……」

 まだまだ満足のいく状態ではない。

 あと一日。どれくらい強くなれるだろうか。



***


 シズカは布団の中で身を翻した。結局日が暮れてもアヤノは帰ってこず、布団にもぐりこんだがどうにも眠れない。

「……今日は満月かしらね」

 雲が薄く延びるように夜空にかかっているせいでその姿は見えないが、ぼんやりと明かりが透けて見える。

 今も、この国のどこかに恐怖をもたらす辻きり犯がいるのだろうか。

「明日こそは、必ず」

 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、再び目を閉じた。

 今夜はよく眠れない。


「……大丈夫、わたくし達なら、絶対」

 祈るように手を組んで、眠りに着いた。



***



(ああ、すっかり遅くなってしまった……)

 アヤノは静寂に包まれた橙国内を一人疾走していた。風に吹かれた木々がざわめくように音を上げ、そこにまぎれるかのように静かに素早く街道をかける。腰に挿したカタナががちゃがちゃ音を立てる。

 用事で国外まで出ていたものの、話が意外にも長引き、移動するだけで時間がかかる橙国に帰る頃には既に日が落ちていた。

 暗闇に浮かぶ目印のようなかがり火を辿って、一直線に城を目指す。

(シズカ様はもう眠ってしまっただろうか)

 姫に内緒で国外に出るのも心苦しいが、それもやむをえない事情があるのだ。特に、国内が今みたいに不安な時ほど。

 月に照らされた城を見上げて、ふと思う。


「そういえば、見回りの者とは誰にも会わないな」

 辻きりが横行してから、夜間は必ず、三人一組の見回り部隊が国内をくまなく警備している。いくら走っているといえども、誰とも会わないのはおかしい。

(サボっているのか……? 確かに警備を見直す必要があるか)

 そう考えながら足を動かしていた時だった。

 何かにつまずき、転びそうになった。あわてて体勢を立て直す。

 暗い夜といえども、かがり火がともっていて、視界は十分だった。

 しかし、何故今まで気づかなかったのかと、己に問いかけたくなるような状況だった。

「大丈夫か!?」

 見回り兵であろう、橙国特有の軽装の鎧を纏った男が地面に倒れていた。一見すると外傷は無く、気絶しているものと思われる。

 気付けに軽く頬を叩いても、意識が戻る気配がない。仕方なく担いで城まで運ぼうかと思い、体勢を整えて、男を引き上げようとした時だった。そもそも、見回り兵は三人一組の部隊を組んでいるはずだった。

 街道の端、家々の角には二人、かがり火の隣に一人、街角に置かれた箱の隅には三人ほど。数え切れないほどの見回り兵が、そして全員が気絶していた。むしろこれほどの人数を殺すよりも、手加減が必要な気絶させるほうが難しいのではないか。

「……とにかく、城に戻らなければ」

 これほどの人数を一人では運べそうに無い。そして、次の狙いはもしかしたら……。


 再びアヤノは走り始めた。今度は先ほどよりも速い速度で。

 一刻も早く城に戻り、安否を確かめなくてはいけない。アヤノの背筋には忍び寄るような焦りがジリジリと湧き起こる。まるで、もう二度と会えないかのような錯覚に陥る。

 自分が不用意に外出したばかりに、大切な人たちがもう手遅れになっていたら。もしそうなってしまったら悔やんでも悔やみきれない。

 自分を叱咤するように激しく足を動かし、城を目指す。決して遠くないはずの距離が今は永遠のように感じた。通いなれた道が、今は見知らぬ世界に感じた。


 肩で息をしながら、アヤノはようやく城の正面門にたどり着いた。

 ここに来るまでに、幾人もの兵士が倒れていた。当然、正面門の前の警備兵もいない。夜間は施錠されているので、そう簡単に門は開かない。焦る気持ちと震える指先で、アヤノは鍵を開けようとした。

 その時、正面門を照らしていたかがり火が突然切り落とされた。

 アヤノはあわてて振り向いたが、そこには地面に落ちてくすぶる火の粉しかない。

 じっと目を凝らすと、また一つ、また一つとかがり火が消えてゆく。暗闇の中で何者かが動いているのは感じるが、その姿は見えない。

 

 気絶する兵士、夜間の犯行、掴めぬ正体。アヤノの頭の中で、もうその答えは出ていた。

 辻きり犯だ。そして、憎むべき殺人鬼はすぐ傍に潜んでいる。

 アヤノは掌にじわりと汗が滲むのを感じた。カタナの柄にかけた手が震えるのが分かる。

 辺りを照らすかがり火はもう既に無い。ぼんやりとした暗闇がアヤノを包む。かろうじて視界が保たれるのは月のおかげだろう。


 咄嗟にカタナを抜刀した。闇を切り裂いた瞬間、金属が弾ける音がしてアヤノの足元に金属片が落ちた。おそらく何らかの暗器だろう。辻きり犯が投げたに違いない。ほとんど直勘でカタナを抜いたが、もしかしたらこれだけで命を落としていたかもしれない。

 カタナを握りなおし、辺りに神経を集中させる。

 アヤノも、シズカやキョウシとともに幼き頃からガイドウによる剣術の指導を受けてきた。シズカは儀式用の演舞が中心だったので内容は違うが、キョウシとはいつも切磋琢磨してきた。いまでは、時折国内で開かれる武道大会では女性でありながら常に上位まで進む。国内ではトップクラスの強さといって過言ではない。

 だからといって、この戦闘を切り抜けられる自身は無かった。

(とにかく、私一人ではどうしようもない。一旦城の中に入る事ができれば……)

 だが、そう簡単に城に入ることが出来ない。門は背後にあるが、開くためには鍵を外し、さらに扉を押し上げる必要がある。普段は男性の門番がいるが、今は気絶している。この隙に背後を刺されればそれで終いである。

(シズカ様が時折使う秘密の進入口がいくつかあるが……辻きり犯にその存在を知られるのはよくない)

 逡巡の後、アヤノはカタナを握り締め、門から一歩踏み出した。

 逃げることは出来ない。真っ向勝負しかない。

(すみません、シズカ様。もしかしたら私はもう……。いいえ、絶対に帰還します)

 士気を奮い立たせ、真っ直ぐ暗闇を見据えた。

 次第に目がなれ、周囲の様子がおぼろげに見えてくる。

 音に反応して振り向くと、門の上、かわら張りの屋の上に人影が見えた。


 満月を背後に、その姿が浮かび上がる。

 その姿は真っ黒な装束に覆われていた。シノビ装束にも似た、体をぴったりと覆う布は肉体の筋肉を浮かび上がらせ、異形に細いような錯覚を与える。さらに、無駄な装飾品を一切廃し、闇に溶け込むために一点の曇りも無い黒。そして素顔を隠すように、鬼の形相をかたどった仮面。最も奇異なのはその姿勢だった。足を深く折り曲げ、両手を大きく広げる。まるで地面に張り付く蜘蛛のような不気味な構え。

 その手に握られた小ガタナのような刃物を逆手に構え、今にも飛び掛ってきそうだった。


(恐れるな! 今、ここで決着をつける気持ちを持て!)

 自分自身を必死に奮い立たせる。

 そんな気持ちを見透かすような仮面の鉱石で出来た瞳が真っ直ぐに射抜く。

 辻きり犯が跳躍し、アヤノを跳び越した。地面に着地するや否や、大地を這うように滑らかに動く。まったく軌道の読めない動きだった。

 逆手に構えた刃が飛び跳ね、白刃が交錯する。アヤノは確実に防御した。

 十分に戦える。

 素直にアヤノは確信した。まだ辻きり犯の怪しげな素性は知れないが、剣術だけなら互角か、もしくはアヤノが上手だ。

 四肢をしならせ、辻きり犯が連撃を放つ。鍬を振り下ろすような動きで斜めに突きを放つが、アヤノは飛びずさって回避し、反撃の横薙ぎにカタナを振る。だが、辻きり犯はカタナの刃を腕で防御した。

 どうやら内部に鉄か何かを仕込んであるようだ。さすがに胴体全体を覆うと動きが取り難いはずなので、体の一部だけだろうが。

 

 その後も、アヤノは辻きり犯の奇妙な攻撃を防ぎ、着実に反撃を重ねていった。鉄の盾は体の一部にしか仕込まれていないようで、膝や肩に確実に裂傷を与えている。

 辻きり犯は一旦距離を置き、地面を這うように移動した後、一瞬間を溜めて、跳躍した。一直線にアヤノを目掛けて猛進する。アヤノもカタナを構えて、迎え撃つ。

 一瞬の攻防、切っ先と切っ先の読み合い、だが、アヤノの持つカタナのほうがわずかに刀身が長い。そのわずかな好機を逃さず渾身の力を込めてカタナを振るう。

 白刃が激突し、刃が吹き飛んだ。

 辻きり犯の小ガタナが、根元から折れていた。


「いい加減負けを認めたらどうだ。得物が折れてしまっては勝ち目があるまい。今、ここで降伏するなら裁判を行うだけの猶予はくれてやろう」

 勝利を確信したアヤノはカタナを辻きり犯に構え、言い放った。

 だが、仮面は不気味な笑みを崩さない。

 そっと、その背中に手を伸ばした。

 そこから白い光が伸びる。いや、正確には光ではなくカタナだった。アヤノのカタナよりも長い、そして仕込ガタナの割には太い、良く鍛えられたカタナだった。


「成る程、真剣勝負というわけか」

 アヤノは再び、カタナを握りなおす。 

まだ続きます。

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