第四十八話 真実を追う三人の意思
ガイドウの特別訓練の後、シリウスは午後からの通常の全員で行う訓練にも参加しなければいけない。今はもう日が高く上った昼である。昼食を城内の兵士用食堂でとれるという事なので、一旦道場から食堂を目指して歩き始めた。
城の内部構造は入り組んでいて、シリウスには慣れなかったが、見知った顔とすれ違った。
「あら、こんな早くから訓練? ご苦労様ね」
そういうアヤノも、両手に溢れんばかりの資料を抱えていた。
「これから会議か何かか?」
「うーん、私はシズカ様の侍女だから政治には関係ないんだけど、シズカ様に辻きりの事件の情報を集められるだけ集めてきてって言われてね」
手に抱えた資料は全て辻きりに関するものらしい。シリウスは先ほどのガイドウの言葉を思い出しながら「俺にも手伝える事があったら言ってくれよ」とだけ言い残し、食堂に向かった。
***
アヤノは両手がふさがっていたので足と腰を器用に使ってシズカの部屋の扉を開いて部屋に入った。室内ではアヤノが来るのをやきもきしながら待っていたシズカが居た。
「集められるだけ集めてきましたよ。あとキョウシにも声をかけたからもうすぐ来ると思いますが」
「そう、ありがとうね、アヤノ。じゃあ早速始めるわよ」
シズカは資料を床にばら撒き、一つ一つに視線を巡らせ始めた。
「でも、今更新たな情報が出てくるとも思えませんが」
辻きり事件の発端は、思い返せば既に半年ほどさかのぼる。
当時、第一被害者が発見された時は、それまで平和だった時代も長く大変な衝撃だった。
国内でも有数の商人の旦那が殺されたのだ。
この商人は国外にも支社を持つと噂されていたが、莫大な利益を得て外出時にも常に四人以上の用心棒をつけていたほどだ。しかも、話によれば、移動元から移動先までの道筋を一度部下達が下調べをしてから外出するほどだった。もちろんそこまでするからには敵も多く、暗殺される理由もいくつも考えられた。
しかし、人々の注目を集めたのはもっと大きな理由があった。それは、移動中に襲われ、しかもターゲット以外の用心棒は全て気絶させられ、被害者は無残にも喉を掻き切られていた事だ。その上、所持金や財産には一切手をつけられていなかった。
この事件の当時、橙国では国を挙げて捜索を行ったが、手がかりと呼べるものがまるで見つからなかったのである。
人々が恐怖を感じ始めたその二週間後、第二の犠牲者が発見された。
今度は身分の低い、運送屋である。
彼は国内を中心に荷物を送り届ける商売を行っていた。しかし、ある日突然、腹部を大きく切り裂かれ、内臓を露出しながら路上で発見された。
人々は連続辻きり事件と恐れ、騒ぎ立てたが、この被害者二人にはまったくの接点がなかったため、同一犯とは断定できなかった。
共通点といえば、真夜中の犯行、残酷な切り口、挙がらない証拠。その程度だった。そしてまたしても、必死の捜査にもかかわらず、何の証拠も得られないのであった。
それから立て続けに、今度は国の行政を担っていた要人も殺された。今度は城内で死体が発見された。これには、さすがの国民も国の警備を疑い始めた。要人を殺せるのなら、姫ですらも殺されてしまうのではないかと。加えて国の捜査、警備に不備があったのではないかと。
国内のマスメディアがこぞって記事を書きたてたが、最後の犠牲者はその記者だった。
これを機に、国民達にも薄暗い空気が漂い始め、国内全体が打ち沈んで行ったのである。
それを打破するための闇払い。そして、犯人の逮捕が望まれていた。
「でも、被害者の共通点がまったくないんですよね。犯人の動機がまったく読めないところが不安を煽る気がします」
アヤノも床に撒かれた資料を見回してつぶやいた。
「犯人はおそらく単独犯ね、これほど捜索しても証拠や手がかりが上がらないなんて異常だわ。絶対複数人じゃこうまで完璧には行かないもの」
お互いの意見を言い合っていたが、そのほとんどは既に捜査会議で挙げられていたことだった。古い資料を見回したところで、新しい発見は望めそうにない。
「犯人の使う武器はカタナではないようですね。これもはっきりとした確証はないですが、カタナではこうも無残に切り殺すのは難しいでしょう」
「まだ外部の人間の可能性もあるんでしょうけど、今はおそらく国内に潜伏しているはずね」
ちょうどそのとき、シズカの部屋の戸が開かれた。頭を低くして入ってきたのは、腰にカタナを挿したキョウシだった。
「おや、もう始めていたんだね。それで、どんな様子だい?」
キョウシは既に国内の見回りを終え、その間に事件のあらましを聞いているはずなので、詳しい説明は省き、新たな意見が出ていない事を伝えた。
「まぁ、急に進展があるわけでもないからね。ただ心配なのは、そろそろ新たな被害者が出るんじゃないかって事だね」
被害者の発見される間隔は法則性があるわけでない。しかし、それでも一定の期間が空くと、事件は起こる。
「警備は今までよりも厳重にしているわ。特に夜間に備えてね。国民にも夜間の外出は控えるようにいってあるわ」
いうまでも無く、国民は外出をしたがらなくなったが。
「犯人の目的をつかむ事を第一に考えたほうがいいかもしれないね」
「目的……? ええ、それはもう言ったけどわかりそうもないわね」
その後も、キョウシとアヤノを交えてシズカは意見をめぐらせたが、決定的な発見は無かった。次第に口数も減り、やはり行き着く先は証拠不足ということになった。
「それにしても、またこうして三人で何か考えるのは懐かしいわね」
アヤノがぼんやりと窓の外を眺めながら言った。姫と侍女という関係の時は、堅苦しい言葉遣いだったが、今は昔を思い出しているのか自然体だった。
「そうね。思い出すわ……城の大人たちにどんなイタズラをするか計画書まで書いたっけ」
「ははっ、最後にはシズカが『かわいそうだからやめよう』って泣きそうになりながら言うんだ。言い出したのは自分の癖にね」
三人は共通の思い出に浸りながら、じっと思案する。
「キョウシに『将来、どっちをお嫁さんにする?』って迫った事もあったっけ」
アヤノの言った事にびっくりしながらシズカは首を振る。
「そんなこといってないよ! キョウシさんは覚えてる?」
「いいや、記憶には無いけど、確かにそんな話をしたような……。それで、結論はどうだったんだい?」
「キョウシは笑って答えなかったわ。まぁ、子供の時の他愛の無い冗談みたいなものね」
今はもうお互いの身分とか立場が固まってしまって、到底あの頃のような無邪気になれるような事は無い。でも、時々ふっと思い出す。まるであの頃に立ち返ったようなそんな、目覚めたら忘れてしまうような夢のような感覚。
「ボクが子供の頃によく言ってた将来の夢を覚えてるかい?」
キョウシが懐かしむように目を細めながら言った。
「さぁ、色々思い当たる事がありすぎて分からないわ」
「キョウシさんは本当にたくさんの夢を持ってましたからね」
その反応に、キョウシは若干さびしそうに笑いながら、その答えを告げた。
「いつか城を出て、国を出て、世界を見渡す。それがボクの夢だった」
「なんだ、もう叶ってるじゃない」
キョウシは既に旅人となり、世界を歩き回り、色々な景色を見ている。それをシズカや国の人に話しているのだ。
「でもさ、ボクがその夢を持ったのには理由があった。それはね、この国のためだったんだよ」
「どういうことですか?」
国を守る兵士長という役柄を捨ててまで、何の利益も無い旅人を選んだ。そこに国を守る理由があったのだろうか。
「この国はね。位置的には最悪の場所だ。いくら森に囲まれているといっても、その森の外には、王都やワイルクレセント王国、さらには魔法学院まで存在する。そのどれもから厄介視されていてもおかしくは無い」
「……でも、今は比較的平和よ。戦争だって二十年前の大戦以来、起こる気配が無いわ」
キョウシが兵士団を脱退できたのは、平和だからだ。そもそも兵士の需要が減少してきているのだ。それも辻きりの横行と関連があるように思えるが、そのために今回の新兵訓練が行われた。
そして、いくら閉鎖的で外部との関係を絶っているといっても、最低限の条約や規則は周辺部と締結してある。いきなり戦争に発展する事もない。そもそも二十年前の大戦では、王都と連合軍を組み、ノーティスの戦線に多くの橙国兵が投入された。その兵士の多くは未だ帰らないものが多い。生きている者も含めて。
「でもね、シズカ。君は知らないと思うけど、実はこんな噂がある。『王都は極秘に魔術兵器の開発に着手している。その実験がこの橙国の森の程近い所で行われた』という」
「それは……」
シズカとアヤノは同時に言葉を失った。平和な時代。既に事実上王都がこの大陸を支配しているといっても過言ではないほど、その規模は大きい。それが何故、兵器を生み出す必要があるのか。
「ボクは見定める必要がある。そのために、外へ出る必要がある。そして、この国を絶対に守るんだ。その時には、二人の力も貸してほしいな」
「……もちろんよ。絶対に辻きり犯を捕まえましょう。キョウシさん」
三人の心が一つに繋がった気がした。
あっ、と思い出したように声を上げたのはアヤノだった。「すみません、これから用事があるんです」と、とても申し訳なさそうに言った。顔を見合わせた二人だったが、アヤノがこういう時に私情で抜け出すような人間ではないと分かっていたので、何か仕事があるのだろうと思い、この会談はお開きになった。
アヤノが集めてきた資料をキョウシが拾い集め、アヤノが部屋を出て行く時に思い出したように振り向いていった。
「行ってきます。シズカ様」
「行ってらっしゃい。アヤノ」
アヤノの後に続き、キョウシもシズカの元を後にした。




