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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第四章 力を求めて
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第四十七話 まどろみの朝に破壊する修行

 翌朝、シズカは窓の隙間から差し込む日差しで目が覚めた。昨日は驚くほどに良く眠れ、普段は早朝の日が昇る前には起床し朝の鍛錬を始めているが、今日は既に日が高く上っていた。

「おはよう。シズカ。昨日は良く眠れたかい?」

 傍に立っていたキョウシにちょっとびっくりしながら、朝の挨拶を返した。

「ええ、でも御免なさい。わたくしったら話の途中で眠ってしまったみたいで……」

「いや気にしないでいいよ。昨日は闇払いで疲れていたからね」

 昨晩、アヤノ達と別れた後、キョウシから部屋で旅の事を聞いていた。

 外の世界を旅するキョウシの冒険譚は、それは物語のようにドラマチックでシズカにとってそれが一番の娯楽といっても過言ではない。だが、キョウシの落ち着いた声で話を聞いているうちに眠りに落ちてしまったようだ。

 

「じゃあボクは町の見回りの手伝いをするから。後の事はアヤノに頼んでおくよ」

 そういい残すと、ふっと部屋から立ち去った。キョウシの纏う自然体な優しい香りが、シズカから離れていった。

「さあっ、わたくしも何時までも寝ているわけにも行きませんし、着替えないと」

 寝巻きをお行儀悪く脱ぎ捨て、橙国の王家に伝わる姫の着物に着替えながら、ふと物思いにふける。

 こうして自分とアヤノとキョウシの三人で、ともに暮らしていた幼い日々を思い出す。あの頃は、シズカはまだ自分の立場を受け入れられず、またその身分から親しい友人もいなかった。城の中で出会った二人は、すぐに身分の垣根を越えて仲良くなり、それからはずっと三人で何事も協力してきた。

(今回だって大丈夫……)

 辻きりの犯人に関する情報が、まったくつかめていない中、シズカは確信を持つ。また、三人で協力すれば大丈夫。しかし、そんな胸の奥にチクリと何かが刺さる。

 キョウシは兵士長を辞め、旅人となり国を出た。当初は国全体で猛反対していたが、近年は何事もなく平和だったため、兵士達もせいぜい門番ぐらいしか仕事がなかった。結局、キョウシは旅に出た。

 アヤノは今までずっと一緒にいてくれるが、彼女だってこの先なにがあって離ればなれになってしまうか分からない。

 もしも、二人と一緒にいる事が出来なくなった時、自分が今まで通りやっていけるか心配になる。


「……でも、国のみんなもいるし、わたくしは姫なんだから、しっかりしないと」

 そう自分に言い聞かせ、着物の着付けを手伝ってもらうためにアヤノを呼んだ。



***



 シリウスは宿屋を朝早くに出発し、まだ肌寒い橙国内を走りながら、城へ向かっていた。その理由は、ガイドウの特別訓練があるらしい。昨晩の遅くに、宿に匿名でメッセージが届いていた。その内容には『明日の早朝、場内道場にて。ガイドウ』という短い言葉で、中に名前を入れるなら、匿名にする必要はなかったのではとシリウスは思いながら、渋々従ったのである。

 これがまだ特別訓練なのか、また新人兵士全員に当てられたメッセージなのか不明な点は多いが、いち早くガイドウに近づいて気を習得したい身であるシリウスは、むしろこれは好機と捉えた。


(あと二日……それまでに強くならないと)

 自然と走る速度を上げながら、城の正面門を目指す。さすがにこの時間帯は人もいなく、アヤノにも了承を得ているので、正面門からすんなりと城に入ることが出来た。

 広い道場には、一人の人物しか立っておらず、がらんとして寒々しかった。

 ガイドウはシリウスを見るなり、手招きで傍に寄せた。

「よく来たな。……貴様を見込んで話がある」

 ガイドウは昨日見たよりも、さらに皺を深く刻んで、重苦しい口調でシリウスにつげた。

「辻きり犯と、決闘して欲しい」

「……それはどういう?」

 シリウスには話の流れがつかめなかった。それを説明するのもガイドウはもどかしそうにしたが、このままでは埒があかないと考えたのか、言葉を選びながら話し始めた。


「貴様も知っている通り、今この国では辻きりが横行しとる。そのための新兵訓練だったが、どうも目ぼしい兵士が貴様しかおらん。加えて、わしの見解では辻きり犯はかなりの手慣れ。いくら雑魚兵を増やそうとも、犠牲者が増すだけだ」

 そう言い切ると、シリウスを道場のど真ん中まで連れて行き、そこで正座させた。

「今後、もしもの話だが、貴様が辻きり犯と遭遇した時は……刺し違える程度には鍛えてやる」

「……せめて生き延びるさ。待ってる人もいるんでな」

 

 再びガイドウとシリウスは向き合い、特別訓練を開始する。

「貴様は既に知っているかもしれないが、気を今から伝授する」

「気!? そんな簡単に教えてもらえるのか?」

 シリウスの第一目標である気の会得がこれほどまでに簡単に達成されようとしていた。だが、ガイドウは苦々しい顔のままシリウスを鼻で笑った。

「伝授するのは簡単だが、それを実戦レベルまでに会得できるかどうかは本人次第だ。では始めるぞ」

 

 ガイドウは、特別道具を用意することもなく、シリウスのように床に正座した。「よく見ておけ」と囁き、瞳を瞑って精神を集中させる。

 道場内の空気が張り詰め、シリウスは息苦しさを覚える。ガイドウは身動き一つとらない。シリウスがガイドウの様子を凝視していると、その輪郭がほのかにぼやけ始めた。そのまま波打つような力の本流を感じる。

 シリウスが過去に見た気の使い方よりも遥かに静かで安定していた。己の力を存分に引き出したガイドウはおもむろに立ち上がった。

「このまま指先の一点に力を集中させる」

 ガイドウの体を包んでいた気は流れに乗り、体を沿って指先に集まり始める。シリウスの目には指先から光を放っているようにも見えた。

「そして、一撃で放射する」

 ガイドウの指先が床に突き刺さった。その瞬間、爆発にも似た衝撃が道場を包み、床板を木っ端微塵にして吹き飛んだ。シリウスの体は衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

「ぐっ、なんて威力だ……」

 練習とはいえ、部屋を半壊する威力。それも指先一つで。本当にこんな力を手に入れる事ができれば、大きな戦力になる。

 しかし……

「床、壊す必要なかったんじゃ……」

「ふむ、修理が必要だな……」

 若干ガイドウもバツが悪そうだった。


 壊れていない部分の床に改めて正座し、シリウスは目を閉じて集中する。

「よいか。実戦では目を瞑り、神経を集中させる暇がない。今は気を発動させる感覚を体に染みこませろ」

 ガイドウが口を塞ぐと、道場はシンと静まった。目を閉じたシリウスには真っ暗な静寂の世界だけが広がっていた。

(……。神経を集中させる……)

「何も考えるな。気が乱れとる」

 見透かされたようにガイドウに指摘された。しかし、何も考えないようにと意識すればするほど、逆に意識してしまう。

「……むう。それならば逆に、自分自身の体をイメージとして捉えろ。気を発動している自分を空想し創造しろ」

 シリウスはガイドウのお手本、それからローアン・バザーで体感した気の威力を思い出す。そして自分自身がそれを駆使する姿を夢想する。

 体から波のように漂う力を自分の意思で統制し、制御する。それを己の武器として支配下に置く。すべて、シリウスの頭の中だけで気の使い方が完成されてゆく。正しいやり方、またはガイドウのやり方など知らない。だが、最終的に結果が同じであれば、その過程はもはや気にしない。

 シリウスの感覚に変化が訪れた。それは湧き上がる熱湯のように体を内側から上り、力が湧いてくる。

(……来る!)

 目を開け、立ち上がる。力を掌へ集中する。

 熱い塊が体の中を移動し、神経が昂ぶる。

 気を拳の中に込め、振り下ろす。


「ダメだな」

 シリウスの拳が床に激突したが、ガイドウのような爆発を起こすことなく、バシンという音を虚しく響かせただけだった。その様子を見て、ガイドウが諦めたように言った。


「何故だ……確かに俺は気を使いこなせていたのでは」

「いいや、若輩者の不完全な発動だ。確かに、力の本流を捉えてはいた。しかし、それを放つ寸前で貴様は恐れたのだ。何を? 破壊をだ。何かを壊す事に怯えている貴様では、気を使うどころか守るものも守れんよ」

 早口でつぶやくようにガイドウは言い残すと、シリウスに背を向けた。

「鍛錬を怠るな。たとえ歩きながらでも神経を集中させろ。もう一度言うが、あと最後の一撃だ。実戦で力を振るうのはまだ先のようだがな」

 ガイドウが道場を出ていった後、一人残されたシリウスは、悔しさからもう一度床に拳をたたきつけた。

 しかし、確かな力も感じていた。


「何かを壊す事を……誰かを守ることを……恐れない。ちゃんと向き合っていかないといけないのか」

 一人つぶやいたあと、ガイドウの背を追いかけた。


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