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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第四章 力を求めて
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第四十六話 闇を切り裂く花弁の舞

「よろしい。それでは始める。まずは全員、これを持て」

 ガイドウが全員の顔を見回した後、アシスタントと思われる女性から、樽を受け取った。直径一メートルほどで、抱え込むのに丁度な大きさだ。ガイドウが持っているものは中身が空だった。

 各々が樽を持って来ると、ガイドウは細い管のようなものを引きずってきた。

「今から耐久力のテストをする。全員、樽を抱えろ。今から水を入れてやる」

 ガイドウの持つ細い管からは水が流れていた。

 全員が言われたとおりに従い、樽を抱えた所に、ガイドウが自ら一人ずつ水を入れていく。水の入った樽はかなりの重さだが、成人男性ならば、あまり苦ではない程度だ。しかし、それは重さだけに限った話で、円筒状の樽は持ちづらく、抱え込むためには強靭な腕力が必要だった。


 その後も、ガイドウが指示するのは基礎体力を高める訓練ばかりで、実戦の剣術どころか竹刀すら握る事はなかった。

(本当にこんな訓練で気を習得できるのか……)

 シリウスが疑問に思った所で、ガイドウが人数分の竹刀を用意した。

 ついに、剣術を始めるらしい。


「これより、ワシと一対一で一人ずつ訓練を行う。一列に並べ」

 指示されたとおり、訓練兵とシリウスは横一列に並び、一番右端の男が竹刀を持ってガイドウを向き合った。

「構えろ。……今からワシが五百回の弱い剣撃をする。それを全て受け止めろ」

 難易度はさほど高くなさそうだと、訓練兵たちは息をついたが、単純に打ち込み稽古ならば、わざわざガイドウを一対一で訓練するほどでもない。シリウスはガイドウの真意を探るように見つめた。

 そんな様子のシリウスを知ってか知らずか、「ただし、一つ注意点を付け足そう」と言った。

「五百回のうち、一度だけ、本気の一撃を織り交ぜる。それも全て受け止めた者は合格とする」

 途端に道場内がざわめくが、ガイドウが一括すると静まり返った。


「では……始める」

 ガイドウが緩やかに竹刀を振り、男がそれを受け止める。静まり返った道場内には、リズミカルな「タンッ、タンッ」という竹刀の衝突する音だけが響いていた。

(何時本気の一撃が来るのか分からない状況で、単調な打ち込みか……これは剣術の腕前よりも、この状況を乗り切る精神力を鍛えているのか……?)

 あるいはテストしているのか。合格といったからには、不合格があるというこのなのだろうか。

(なにはともあれ、まずはこの男との打ち込みで、本気を一撃を出すタイミングを探れば……)

 本気の一撃の予兆のようなものさえ、見つかれば受け止めるのも不可能ではない。


 そう思った矢先、男は何の変哲もない一撃を受け止められず、無様に脳天に竹刀が振り下ろされた。

「……失格だ」

 失格になった男は、手に汗を滴らせ、蒼白な顔で、列の端に戻った。

(極限状態で精神力が続かなかったのか……? それとも……)

 シリウスは列の右から数えても、中ほどなので、まだ順番ではない。つまり、まだ観察するチャンスはあると思っていた。


「では、次。貴様だ」

 ガイドウが指差したのは、シリウスだった。

「なっ!? はっ、はい!」

 あまりにも予想外だったため、ガイドウから訝しげな目で睨まれたが、おそらくガイドウにも、シリウスが観察している事は気づかれていたのだろう。

 

「では、始める」

 再び、竹刀が緩く動く。シリウスにとってそれを防ぐ事はたやすい。だが、何時来るか分からない本気の一撃。もしかしたら、次の一振りが、本気の一撃かもしれない。

(落ち着け……。本気というからには、必ず予兆がある、もし、気を使った一撃ならば……)

 過去にシリウスは気を使う剣士と戦った事がある。そして、その時の剣士の気は、剣が伸びるように見えた。さらに、発動前には精神集中をしていた。瞬時に出せるわけではない。

 タンッ、タンッ、と竹刀の音は続く。シリウスは精神を一つに集中させ、本気の一撃を見極める。既に何回目の打ち込みなのか分からなくなってしまったが、気を抜く事が出来ない。

 ガイドウがジッと、射抜くようにシリウスを見つめた。


 その時、

(来るッ!?)

 シリウスの神経がゾワッっと逆立つほどの力の本流を感じた。それと同時に、ガイドウの中で、気が流れ、集中するのを感じる。

 本気の一撃に備え、シリウスは竹刀を構える。

 ガイドウが不敵に笑う。

 視線が交錯する。



「皆さん、シズカ様の闇払いが始まります!」

 その時、道場の入り口から、大きな声で呼びかけがあった。

 急な出来事に、ガイドウとシリウスの緊張が途切れてしまった。

「ほら、急いでください!」

 何も知らない城の侍女は、男達をせかすが、ガイドウの本気の一撃を間近で目撃する寸前だった彼らは、どうも気が抜けていた。


「…………。この勝負、お預けだ」

「はい、」

 シリウスは内心ほっとしていた。あのまま受け止められたかどうか、自信がなかった。



 道場から廊下を渡ると、バルコニーのように外に張り出した場所があり、そこから、城の正門前で行われる闇払いを見物することが出来る。

 訓練兵は、手すりにつかまって一列に並び、上からその様子を眺めていた。正門前には、おそらく橙国民の大半が詰め掛けているのだろう。人でごった返していた。その中心に、舞台のようなスペースが設けられていた。

「おお、シズカ様がおいでになったぞ」

 群集の中の誰かが叫び、視線が一気に舞台へと注がれる。その中心には、長い黒髪に橙色の鮮やかな着物を纏った可憐な女性が立っていた。あれがシズカ様だろう。シリウスの位置からは顔がよく見えなかったが、真っ白な透き通る肌の美人だという事は分かった。

 その手には長く黒いカタナが鞘に収まっていて、それを勢い良く振りぬいた。

 銀色にまばゆく輝く刃は、夕暮れ時の日差しに照らされて、幽玄な輝きを放っていた。シズカ様はカタナを緩く構え、踊りを舞うかのように演舞を始める。くるくると、あるいはひらひらと、シズカ様は自由自在に舞い落ちる木の葉の様に踊った。その様子に見るものたちは惹きつけられていた。

(これが闇払い……)

 国に不幸な事が起こった時、それを払うための儀式。シズカ様はまるで、見えない闇を切り捨てるかのようにカタナを振るい、市民を鼓舞するかのように踊る。

 シリウスも何時しか、目を奪われていた。

 

 ふと、肩を叩かれて振り向くと、ガイドウが眼前に立っていた。

「貴様、なかなか見所がありそうだ。……だが、この国の者ではないだろう」

 ガイドウの視線から逃れるように身をよじり、シリウスは言葉を濁す。

「心配せずともよい。それを咎める気はない。だが、……。いや、よしておこう。これからも修練を積め」

 そういい残すと、背を向けて去っていった。シリウスはよく意図がつかめなかった。

 闇払いはまだ続いている。夕暮れの日差しに包まれる橙国は、その名の通りの色合いで、美しく満たされていた。シリウスはシズカ様の舞をジッと目に焼き付けた。


 

 闇払いが終わる頃にはもう日がくれ、辺りは暗くなり始めていた。ガイドウの新兵訓練も、今日は白けてしまい解散となった。

 シリウスは部外者である事をばれないように抜け出そうとしたが、道場の入り口で首根っこをアヤノに捕まえられてしまった。

「あなた、こんな所に紛れ込んでるなんて……」

 アヤノは呆れたように首を振った。

「すまん、だが俺にも目的があるんだ……」

 国に入れてもらった恩を忘れたわけではないが、これだけは譲れなかった。

「まぁいいわ。装備が一着足りないって、大騒ぎになったけど、特別にゆるしてあげるから」

「悪いな。恩に着る」

 そんな会話をしていると、二人の背後から長身の男が歩いてきた。


「あの、アヤノ。ちょっといいかな?」

 長身の優男で、長い髪を後頭部でひとまとめにしている。優しそうな笑みを浮かべているが、肩幅も広く、腰に長いカタナを挿していた。

「あら、キョウシじゃないの! 帰ってきてたの?」

 アヤノの知り合いのようで、和気藹々と話を始める。シリウスはもう抜け出そうかと思ったが、キョウシと呼ばれた男に、急に話かけられた。

「それで、こちらの方は?」

「あっ、俺はシリウス。よろしく」

 思わずシリウスと名乗ってしまったが、アヤノの前で下手に偽名を名乗るよりはよいだろう。元々偽名ではあるが。

「キョウシと同じく旅人よ。修行のために来てるんだっけ?」

「まあそんな感じだ、ところで……」

 キョウシの素性が知れないので、自然と警戒してしまった。

「ボクはキョウシ。昔はこの橙国で兵士長をやっていたけれど、今は君と同じ旅人さ。最近、この国でよくないうわさを聞いてね。飛んで帰ってきたんだ」

 快活に笑う青年で、柔らかな物腰にも強い芯を感じた。

「ところでシズカはどこへ行けば会えるのかな? さっきの闇払いの後から姿が見えないようだけど」

 

「そうね……噂をすればなんとやらってところかしら」

 廊下を小走りに三人のほうへ駆け寄ってくる姿が見えた。

「あっ」

 その姿はシリウスにも見覚えがあった。闇払いの舞台の上ではなく、シリウスが城に侵入する時に手助けした女だった。

「シズカ様……またそんな格好で町に出るつもりでしたか?」

 アヤノが呆れて頭に手をやった。

「御免なさい、アヤノ。それよりも、ああ、キョウシさん。帰ってきていらっしゃったのですね」

「只今、シズカ」

 若干、置いてきぼりのシリウスは気まずそうに視線を泳がせていた。そんな様子に気づいたシズカは、申し送れましたとばかりに頭を下げた。

「わたくしは橙国の姫、シズカでございます。無事に城に入れたみたいですね」

 柔らかく微笑む彼女は、闇払いの時に見たのと同じく、長く艶やかな黒髪に透き通るような白い肌だ。薄く紅がさした頬と、穏やかな瞳が印象的だった。

「あの、アヤノもそうだったんですけど、どうして俺をそんな簡単に招き入れるんですか?」

 国の中で混乱が起こっているご時勢、余計な不安要素は取り除きたいはずだが。

「まぁ、本来ならいけないんでしょうけど、不思議とあなたは怪しくなかったというか……」

「ボクみたいな人間だったからじゃないかな? この国は閉ざされている分、外への関心も強いからね」

 キョウシが苦笑いしながら言葉を継いだ。


「腕を上げたね、シズカ。これならこの国も任せられそうだよ」

「ありがとうございます。キョウシさん」

「でも、シズカ様にはもっと落ち着いてもらわないといけませんねぇ。キョウシが帰ってきたって聞いた途端城を抜け出すんですもの」

 三人の談笑を聞いて、シリウスはまるで兄妹のようだと思った。その事を口に出すと、三人は笑って頷いた。

「確かに、私たち三人はともに育ちました。シズカ様は姫として。私は侍女として。キョウシは剣士として。それぞれが新たな国を担う人材だといわれてきましたね」

「今回の辻きりも、わたくしたちで力を合わせればきっと解決できましょう」

 シズカの言葉に、全員が力強く頷いた。


「それではシズカ様はもうお部屋へお戻りください。シリウスさんはもう宿はお決まりで?」

 シズカとキョウシは廊下を渡り、奥の角を曲がった。残されたシリウスは宿の事を考えていない事に思い至った。

「いいや、全然考えてなかった。どうしようか」

「それなら私の知り合いの店があります、私の名前を出せばきっと泊めてくれるでしょう」

 アヤノから宿の場所を教えてもらい、城を後にした。

 既に日の沈んだ橙国は、山の中ということもあって静寂に包まれていた。

 シリウスは暗い道を一人、歩きながら考える。

(このままいけば気を習得できるのか……? それに辻きりのほうも気になるが)

 ここまでの待遇をしてもらっている身だ。辻きりの解決に出来れば力を貸したい。余計な手間かもしれないが、見過ごすわけにもいかなかった。


 アヤノの言っていた宿に宿泊し、床に就いたシリウスは疲れからか、深い眠りに落ちていった。

お久しぶりです。

ようやく、若干、時間が出来るようになりました。

少しは更新ペースが上がるかと思います。

これからもどうぞよろしくお願いします!

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