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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第四章 力を求めて
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第四十五話 百戦錬磨の剣士

 城の正面門前は人垣が出来ていた。老若男女問わず、市民が何かを見物しているようで、シリウスは元々背も低く、なにをやっているかさっぱり見る事ができなかった。

「すいません、何か始まるんですか?」

「知らないのか? シズカ様の闇払いだよ」

「闇払い……?」

 手前に居た男性に尋ねたが、部外者のシリウスにはよくわからなかった。

 何はともあれ、城に正面から入ることは出来そうにない。だが、ここで素直に引き返すわけにも行かなかった。なんとしても、少なくとも修行をしなければ。

 何とか城に入り込み、新兵育成の訓練に紛れ込めればいいのだが。


「仕方ない……」

 シリウスは一旦来た道を引き返し、城の門を迂回するように道路を歩く。正面門から離れれば人混みもなくなり、一変して寂れた街並みになった。ちょうどここは、橙国の奥にある城の真横の道路だ。当然門はない。

「夜まで待ったほうがいいのだが……そんな時間も無いか」

 城を囲う塀は、とても乗り越えられそうもない。だが、路地の端には、煩雑に置かれた樽があった。足場にするにはちょうどよい。シリウスはそれを二、三集めて黒塗りの木で出来た塀の下に並べた。

 後は助走をつけて駆け上がれば、勢いで超えられそうだ。

 人の気配はない。辺りをうかがってから、助走を十分に取った。

「……よし」

「なにが『よし』なんですか?」

「う、うわ!」

 シリウスは思わず飛び上がりかけた。背後から女の声が聞こえて、振り向くと、頭巾のようなもので頭をすっぽり覆い隠した和服の女がにこやかに見つめ返していた。

「い、いや、これは……」

 何度も確認したはずだが、どこから来たのだろうか。それはともかく、たった今、城に侵入しようとしていた所を見られてしまった。下手に人を呼ばれると厄介な事になる。

「その格好……もしかして旅の方ですか?」

「まあ、そうだ」

 どうやらこの女はシリウスのしようとしていたことに関心がないらしい。むしろ好都合だった。このまま話を上手くつないでやり過ごそう。

「そうなんですか。もしかして誰かに用ですか?」

「いや、そういうわけじゃないが、」

「ふーん、あっ、城に入るならこちらから入れますよ」

 女が指差す先は、何の変哲もない塀の壁だった。だが、女がおもむろに近づき、強く押すと、壁板がずれて、人が通れそうな隙間が生じた。

「いったい何者なんだ……?」

 シリウスの目論見がばれていた事よりも、城の裏口をこの女が知っていることに驚いていた。

「ふふふ……早く入らないと閉めてしまいますよ?」

 不敵に笑う女は、確かに得体の知れない存在だったが、城に入り込みたい気持ちのほうが強かった。どうやら、お互いの素性には干渉しないほうがいいのだろう。

 シリウスが城の敷地を不法に侵入したところで、「それでは、私はこれで」と、女は走り去ってしまった。ここは裏庭のようで、小さな池や植木があり、人気はないようだ。女は縁側から城の内部へ入っていった。


「さて、これから慎重に動かないとな」

 城のどこで新兵訓練が行われているのか分からない以上、しらみつぶしに見て回るしかない。しかし、その間に人に見られてはいけない。

 慎重に、廊下に人がいないことを確認してから歩き始めた。

 城の内部は木造の質素なつくりで、王都の城のような豪奢な装飾や調度品がない。だが、廊下は複雑に入り組んでいる、というより、自分がどこを歩いているのかよくわからなかった。街のように碁盤の目ではなく、一本の通路が枝分かれしていて、外部からの侵入者にはどこがどこだか分からない。


 床板をギシギシ鳴らしながら歩いていると、人の話し声が聞こえた。

 内容は聞こえないが、男が二人ほど。もしかしたら、新兵訓練に行くのかもしれない。気づかれないように後をつけることにした。


「それでよ、シズカ様がまだ来てないんだと」

「それで闇払いの儀式が遅れてるのかよ。そういえば、キョウシさんが街に帰ってきてるってうわさがあったな」

「シズカ様はそれで街に出かけたのか。シズカ様も大変だよなぁ」

 談笑する男二人は、やがて廊下の端にある階段を上り始めた。シリウスも気づかれないように距離を取って階段を上る。

 二階に上がり、部屋に入るとたくさんの男がいた。しかも、ほとんどが半裸だった。

 どうやら、更衣室だったようだ。ここで男達は壁の棚から籠を取り出し、兵士用の鎧に着替えている。

 シリウスは怪しまれないように自然に更衣室の端に行き、籠から鎧を取り出し、勝手に着替えを始めた。

(鎧になってしまえば、顔を見られても怪しまれないはずだ……)

 おそらく、シリウスが紛れ込んだ事により、一人分鎧が足りなくなるだろうが、この際気にしないことにした。

 鎧は薄くて軽かった。胸部と間接部を中心的に守る形で、動きやすさを重視しているようだ。最後に三度笠のような三角の帽子をかぶって、着替えを終えた男達に続いた。

 更衣室を出ると、板張りの広い道場のような場所に出た。

 一フロア丸々使っているのではないかというほど広く、そこには数十人の新人兵士が規律正しく整列していた。シリウスもそ知らぬ顔でそれに倣う。


 しばらく待つと、新人兵士は全員そろったようで、(一人、鎧が足りないと騒いでいたが)あとは教官だけだ。シリウスの前に並んだ男達の会話が聞こえる。

「おい、聞いたかよ、今回の師範はあのガイドウらしいぜ」

 もう一人の男があからさまに肩を落として嘆息した。

「マジか……あの鉄心道のガイドウなのか」

 はーあ、とわざとらしく声に出して息を吐いた。

 そのガイドウという人物を知らないシリウスにとっては未知の恐怖だった。肩を強張らせて待っていると、やがて道場に一人の男が入ってきた。

 着物に身を包み、腕を胸の前で組んで、背を反らしている白髪の老人で、威厳を持つ皺が顔に刻まれていた。だが、それ以上に、顔面を縦に走る創傷のほうが目を引いた。


「なぁ、あの人って凄い人なのか?」

 耐え切れなくなったシリウスは、前の男達に尋ねた。うわさ好きな男は怪訝な顔もせず、囁くように教えてくれた。

「橙国最強の剣士とも呼ばれた伝説の男だよ。なんでも、現役時代は一度も負けた事がないらしい。大戦にも召集されたらしいぜ」

「あの顔の傷はなんなんだ?」

「ああ、あれな。あれは現役時代、ガイドウは橙国に居つかずに、世界を旅して雇われ傭兵をやってたらしいんだ。その時、たまたま依頼を受けたんだが、その依頼主が怪しいことに手を染めた商人でな。依頼内容がその商人の娘の護衛だったんだが、商人達を追ってる組織がヤバイ連中だったらしくて、誰もが逃げ切るのは無理だって思ったらしい。だがあの男はやり遂げたんだよ。襲い掛かる連中を全員返り討ちさ。無事娘の命は守ったんだが、その娘の顔に戦闘中に傷が出来ちまってな。一生の不覚だって自分で顔を切り裂いたんだとさ」

 その話を聞いて、シリウスはガイドウが本物の戦士だという事を確信した。


「無駄口を叩くな。……始めるぞ」

 ガイドウが新人兵士の前に立ち、全員の顔を見回した。

「今回、街で横行しとる辻切の対策として、貴様らを使える兵士まで伸し上げる事を命じられた、ガイドウだ。戦う意思の無い者、守るべき物が無い者はここで立ち去ってよい」

 それまで騒がしかった道場が、水を打ったように静まった。重くのしかかるような威圧感。それがガイドウの放つ気配だった。

(間違いない……奴は気の使い手だ)

 シリウスは思わず拳を握った。最強の戦士と呼ばれた男に指導を受けられる喜びもあるが、一筋縄ではいきそうにないという不安もあった。だが、もう細かい事は気にしていられない。

 後は強くなるだけだった。

更新が遅くて大変申し訳ありません。

春先まであまりかけそうにありませんが、よろしくお願いします。

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