第四十三話 歩みだすそれぞれの道
紅は身を起こし、辺りを見回す。
清潔なベッドに、棚に並ぶ薬品のビン。淡いグリーンのレースのカーテンに遮られて、部屋の奥は見えない。ベッドから這い出ようとして、上手く力が出ず、ベッドの上で転がってしまう。
(えっと……ここはどこだろう。私は確か……)
まだぼんやりする頭をめぐらし、記憶をたどる。中央市街の街、地下基地でのシリウス。腕に刺さる注射針……。
「シリウスはどこなの……?」
「おや、目が覚めたのかい?」
レースのカーテンを腕で押しのけて、気のよさそうな青年が顔を出す。白衣を着ていることから、医者だろうと判断する。
「あの……ここはどこですか?」
「ここはクロスフォード魔術学院の医務室だよ。それで、シリウス君はたぶんもうすぐ帰ってくるんじゃないかな。ここまで君を運んできたのも彼だよ」
マグカップを片手に、何気なくあごを掻きながら言った。
紅は、中央市街で自警団の人たちにだまされた経験があるので、彼の言葉を鵜呑みにはできないが、助けてくれたのは本当のようだ。
「おっと、まだ立とうとしちゃだめだよ。安静にしてなきゃね。もう体に毒はないと思うけど体力が消耗しているからね」
紅の肩をやんわり押しやってベッドに戻す。大人しくそれに従うが、気になった事があった。
「魔術学院なんですか、ここ」
「うん。そうだよ。大陸では珍しいからね」
紅はその言葉に少し心を躍らせた。魔術学校。それはつまり、紅の世界では漫画や映画の中の世界で、少しも憧れなかったといえば、嘘になる。今は紅も魔術が使えるのだが、改めて学校と聞くと、やっぱりドキドキワクワクしてしまう。
目をキラキラさせているのが見えたのか、白衣の男は笑って、「じゃあ元気になったら院内を見て回るといいよ」という提案に、はにかみながら頷いた。
***
(魔術に替わる力か……)
シリウスは思案顔でクロスフォード学院内を歩いていた。どこへ向かうというわけではなく、気の向くままに足を向けていた。院内では、生徒達が難しい顔をしながら本をめくっていたり、楽しそうに談笑している姿があちこちで見られた。
歩き続けると、外に出た。どうやら中庭のようで、整えられた芝生に、円形の噴水があった。それを囲うように並んだベンチに、ゆっくりと腰を下ろす。
(もっと強くならないとダメだ……これ以上、誰かを傷つけてはいけない。俺が守らないと)
拳をじっと見つめ、思いにふける。
今すぐ王都へ行き、妹の無事を確かめたい。
しかし、今、シリウスが王都に飛び込むのは危険だ。それに、仲間を危険にさらすわけには行かない。
修行している時間も無い。すぐに、強くならなくてはいけないんだ。
だが、そう都合よく、強くなれない。
(この旅が始まってから、俺達はいろんな敵と戦ってきた)
中央市街のドレッドノート、山奥の大蛇、その前にもドレッドノートと戦い、ローアン・バザーでは……。
「そうか、それがあったか!」
シリウスは立ち上がり、拳を打ち鳴らす。その音にびっくりした生徒がこちらを見るが、シリウスは気にしない。シリウスの頭の中には一つの名案が浮かんでいた。
そんな彼の元に、マナが小走りで駆けつけた。
「どうかしたか?」
「目覚めたんです、紅さんが目を覚ましたんですっ」
その一言で、シリウスは弾かれたように駆け出した。
「紅っ、大丈夫か!?」
病室まで全速力で駆けたシリウスは息を切らし、ドアのふちにもたれながら部屋を覗きこんだ。
「あははっ、大丈夫だよ。ほら」
ベッドの上で身を起こし、シリウスに軽く手を振っているのは、紛れもない紅だった。一瞬、シリウスはじっと固まったが、その後は力が抜けたようにふらりと紅に近づいた。
そのままかぶさる様に紅に抱きついた。
「よかった……本当に」
「ちょ、ちょっとシリウスっ、重いってば」
顔まで真っ赤にしながら紅はシリウスに抱きつかれたまま、シリウスに囁く。
「ごめんね。私が無用心で、何もできなくって、シリウスに迷惑かけて……」
「バカ、お前のせいじゃない、俺が弱いのがいけなかったんだ」
シリウスは紅を放し、近くのイスに座る。
「さて、熱い抱擁はその辺にしといて。本題に入ろうじゃないか」
病室のカーテンを押しのけて、ニヤニヤ顔のダルクが現れた。
「おまえっ、いたのか、」
シリウスが思わずのけぞるが、ダルクは気にせず話を続ける。
「まず今後の動きに関してだが……」
「待ってくれ」
そのダルクの話を、シリウスは真剣な面持ちで遮った。
「その前に、紅に話しておかなくちゃいけない事がある」
ダルクは静かに話を止め、紅は改めてシリウスと向き合った。
「俺は、俺はシリウスじゃない。本当の名前は……、本当は、俺は、王都の王子だったんだ。王都で罪を犯して、投獄された王子、ヴァーリス・ミッシェル。それが、本当の名前だ。俺と一緒に旅をしていたら、これからどんな危険が待っているか分からない。だから、お前は……」
「知ってたよ。なんとなくだけど。でもね、私にとっては、元々この世界の住人じゃない私にとってはね、そんな事、どうでもいいんだよ。シリウスはシリウス。それ以外の誰でもない」
優しく語り掛けるように紅はシリウスに言った。シリウスの瞳が少し揺れたが、やがて安堵の笑みに変わった。
「そうだな、そうだったな。話を遮って悪い。続けよう」
「というわけで、今後の動きについて説明しよう。王都がどうやらきな臭い連中がいるということで、俺達の部隊が動くかもしれない。俺は先に王都に向かうぜ」
とダルク。
「俺は、橙国へ向かおうと思う。そこでどうにか修行して『気』を身につけようと思う」
シリウスの宣言に、一同は驚いた。
「橙国か……ちょうどここと王都の間にある森林にある国だな。確かにあそこの武術や気は強いが、旅人に教えてくれるもんなのか?」
ダルクが顎をかきながら訝しげにきく。
「もちろん、そう簡単にはいかないだろうな。でも行って見る価値はある。ただ、あんまり時間をかける気もない。三日だ。三日で修行を終える」
一刻も早く王都に行きたい気持ちだが、その気持ちを抑え、修行に三日だけ使う。しかし、その三日でどれだけ強くなる事ができるのかは未だわからない。
「じゃあ旅の再開は三日後?」
「そういうことになる、それまでには紅の体調もよくなるだろうし」
「だったらその間に私も魔術について勉強したい! せっかくの魔法学校なんだもん、勉強しないと損だよ」
紅は楽しそうに目を輝かせていった。
「あっ、私もお勉強してみたいです。もっと皆さんの役に立ちたいんです!」
マナも手を上げ、参加する。
「そういうことだな。イースはここに残って二人にもしものことがないように守っててくれ」
ダルクの指示に、嫌な顔せずコクリと頷く。
「そうと決まれば早速行動開始だな。集合は三日後、王都の正面門の前だ」
ダルクの号令に、全員が頷いた。
しばし、更新が滞っていて、申し訳ありません。
なるべく早めに書きたいですが、次の春ぐらいまでは私情であまり時間がないかもしれません。
もちろん頑張るので、これからも見てもらえると嬉しいです!




