第四十二話 隠された王都の真実
「そこで、君たちには調査の依頼とともに、こちらからも協力をしたいと思っている」
学院長は指を組み合わせ、その上に顎を乗せ、鋭い眼差しで二人を見た。
「待ってくれ。俺達二人に関係している話だってのはわかった。だが、そこで俺達が動き、あんた達が協力するってのはどうしてだ?」
王都で魔術兵器の開発が秘密裏に行われている。ダルクもその事を知らなかったが、かまわず続けた。
「戦争でもするつもりなら、この学院だって危ないんだぜ?」
王都の近くに位置し、中立を保ってきたクロスフォード学院だが、王都がもし、武力で勢力を伸ばそうとするならば、一番邪魔なのはこの学院だ。
(でもまぁ……今王都が戦争をするメリットがあるようには思えない。古都ノーティスを打ち破った時点で敵対勢力は消滅、ドレッドノートも潰した。東部の半島にはワイルクレセント王国があるが、今は王都と友好的だ。だだっ広いだけで、特に兵力があるわけでもない穏やかな国。それでも国土を広げるために侵略するのか……?)
ダルクは心中で考えを巡らせる。
「もちろん、学院の安全と存続を何よりも考えておる。じゃが、事態はあまり容易ではないようじゃ。王都で魔術兵器の開発が行われていると言っても、その中心で活動しているのは騎士団じゃ」
「つまり、王都の人間は何も知らずに、裏で騎士団だけがコソコソ動き回っているってことか」
ダルクもその事は既に知っていた。事実、王都諜報機関も、騎士団の動向を探る目的もある王都独自の機関で、騎士団側は存在を知らされていない。
「そうじゃ。そこが厄介なのじゃ。もし騎士団を探ろうと諜報員を派遣したとして、王都の人間に見つかれば、王都と敵対していると思われかねん」
王都を隠れ蓑に、騎士団が動いている事になる。そして、王都は何も知らないため、学院側が不穏な動きをしていると誤解されてしまう。
「それで、フリーに動ける俺達と協力して、事態を探ろうってか。確かに、ここに居る全員の目的と一致してるな」
王都の平和を守る。学院の安全を守る。そして。
「お前はどうなんだ? シリウス」
先ほどから一言も発しなくたったシリウスは、じっと拳の辺りを睨んでいた。
「俺は……」
シリウスは呆然としたように、言葉を詰まらせた。
自身の妹が兵器の開発に利用されている可能性がある、しかし、彼女を助けるためには、今度の敵は騎士団という事になる。しかも、王都だって絡んでる可能性もまだ十分にある。そんな不確かな状況で、どう動けばいいのか。彼にはわからなかった。
「まあいい。シリウスが動かなくても、俺一人でも動く。そこは約束できるぜ。学院長さん」
ダルクはそう言い残すと、一人席を立ち、学院長室から出て行った。取り残されたシリウスはゆっくりと顔を上げた。
「すいません、まだ、よくわかりません。時間をください」
「かまわんよ。急な申し出だ、焦る事はない。ただ、冷静に考えてくれ。君の一番大事なものを」
学院長はそれきり、背を向けて話をやめた。シリウスもダルクに続き、部屋を出た。
本当は、シリウスにもどうすればいいのかは分かっていた。少なくとも、妹であるエリオーネを助けるためには、王都へ行き真相を確かめるしかない。しかし、それには故郷である王都を敵に回すことになる。既に殺人者として王都から追放された身であるが、今度は敵対である。
シリウスは無意識的に、紅の居る病室へと向かっていた。病室に入ると、マグカップを片手にマーティンがカルテを見ていた。
「何か分かったのか?」
マーティンはカルテから顔を上げて、カップを傾けた。
「ああ、安心していいよ。この子は回復しつつある」
バルジの原因不明の毒薬を飲まされ、その解毒薬も効かなかったが、どうやら無事みたいだ。シリウスはそっと胸を撫で下ろした。
「それにしても不思議だねぇ。この子の中には特殊な魔術抗体があるみたいだ」
「魔術抗体?」
「うん、なんていえばいいのかまだ分からないけど。害のある毒物なんかを片っ端から跳ね除けるみたいな感じだね。妙に熱っぽいのはその副作用かな。たぶん解毒薬も抗体に跳ね返されたんだね」
紅は異世界から来た人間だ。少なくとも本人はそう言っている。もしかしたらシリウス達の知らないところで、体の構造が違っているのかもしれない。
(魔術が使えるのも、そこらへんと関係があるのか……?)
「ともかく、このまま安静にしていれば、問題ないよ」
マーティンに礼を言って、シリウスは病室を後にした。
「もうちょっと右です~。あ、行き過ぎです。もうちょっと左です~」
クロスフォード学院の魔道図書館は、大陸内で最も多くの魔道書が保管されており、図書館は巨大なドーム上の大部屋だった。本棚も一つ一つが壁のように高くそびえ、それが迷路のように並んでいる。
マナとイースは二人とも小柄なため、肩車しても上のほうの魔道書に手が届かないようだ。もはや肩車ではなく、イースの肩の上にマナが足を乗せ、梯子のようになっても、ようやく届くか届かないかぐらいである。
「あっ、シリウスさん。紅さんは目覚めましたか? ……きゃあっ」
マナがシリウスが入ってきたのに気がつき、振り向いた途端、バランスを崩し、落下してしまった。背中から床に落ちる瞬間、ふわりと風が吹き、クッションのように衝撃を和らげた。
「あれ……痛くないです」
「ごめん、大丈夫?」
イースが手を差し伸べてマナを助け起こした。
「あなた達は確か……来客の方達でしたね」
見れば、杖を構えたセシアが歩み寄ってきた。どうやら風の魔術を使ったのは彼女のようだ。
「はい、ここの魔道書はどれも内容が凄くて楽しいです!」
「あなたも魔術を学んでいるのかしら?」
ダルクには絶対に見せないであろう微笑を浮かべながら、マナに話しかける。
「いえ、私は魔術は使えないんですけど、呪文とか占いとかなら……」
「へぇ、占いは珍しいわね。タロットカード?」
「ハイ! それもあるんですけど、水晶玉もあって……」
二人の魔術トークについていけないシリウスとイースは、本棚の壁から離れ、読書スペースのテーブルに移動した。そこで、シリウスはイースに学院長室での会話を伝えた。
「……。俺はダルクと行動を共にする。もちろん、シリウスとも協力したいと思う」
イースはいつもの仏頂面で言った。
そんなイースを見てると、シリウスは彼の目的が気になってきた。
「お前も、ダルクと同じ組織の人間なのか?」
「正式には違う。協力者としての立場だ。とはいっても、多くの制約があって半分以上は組織に入ってるようなものだ」
王都直属の諜報部隊。ダルクは王都を守るためだといっていたが、状況によってはドレッドノートに寝返っていたかもしれないような事も匂わせていた。
「お前は何のために戦っているんだ?」
「俺は……」
一瞬、そこで言葉を切り、何かを考えた。
だがその逡巡も終え、顔を上げてシリウスと向き合った。
「俺は、古都ノーティスの生き残りだ。俺は、あの大戦の真実を探している」
古都ノーティスは二十年前の大戦時、終戦と同時に立ち入り禁止にされ、今も手付かずの荒野が広がっている。ノーティス人はすべて、王都の領土に入ることを拒み、今も僻地でひっそりと暮らしていると伝わっている。
「お前、ノーティス人だったのか。まぁ、だからどうこう言うわけじゃないが、それにしても生き残りって……確かに今ノーティスはひどい状況だが」
「違う。酷いどころじゃない。滅亡したんだ。一人残らず、ノーティス人は虐殺された」
「嘘だ、王都は終戦後に相互不干渉規定を結んで、永久に関わらない事を決めた。それはノーティス側も望んだ事だ。虐殺なんて……」
大戦はもはや歴史的にも重大な事件で、それは今を生きる人なら誰でも知っている事実だ。まして王都で次期国王が見えていたシリウスには、痛いぐらいに理解している事だ。
「情報操作、王都の得意技じゃないか」
かつて、シリウスの投獄も情報操作された。
そして、大戦も。
「それじゃあ……」
「王都の裏には影が潜んでいる。そして、その影を暴く事が、王都の平和につながると思っている。もちろん、シリウスを責めているわけじゃない」
この二十年、ノーティスの人々の事を知らずに生きていた王都民。その中でイースは何を思っていたのだろう。
魔道図書館の中では、まだマナとセシアが魔術雑談に花を咲かせていた。そこに割り込むようにしてシリウスがセシアに話を切り出す。
「あの、すいません。ちょっといいですか?」
若干、顔を引きつらせたが、コクと頷き、「ちょっと失礼しますね」とマナに断って場所を移した。シリウスは改まってセシアにお願いする。
「俺に、魔術を教えてください」
「それは、この学園の生徒になりたいってことかしら?」
「いいや、そんな時間は無いんです。一刻も早く、強くなりたいんです」
シリウスが熱意をこめて訴えるが、その反面セシアは冷めた態度をとった。
「通常、魔術の基礎を理解するのにニ年かかります。そこから実技を身につけるのに四年。実践まで習得するのはさらに三年の月日がかかります。魔術の新規開発にいたってはもう当人の才能によります。とても、旅人のあなたが直ぐに習得できるものではありません」
シリウスは歯噛みしながら唸った。この人に紅は魔術のイロハも知らないまま炎剣を飛ばしていると教えたらどんな反応をするだろうか。
「それに、魔力の生成の適齢期も過ぎてるみたいですし。あなたに魔術は向いていません」
きっぱり断言され、シリウスは言い返すこともできなくなってしまった。
これからの戦い、今の戦力では守る事ができないかもしれない。シリウスはそのために魔術が必要だと考えた。紅の魔術もしかり、バルジの魔術は強力だった。魔術は大きな戦力になる。
セシアはシリウスに背を向け、廊下のほうへ行ってしまった。
「魔術以外にも、力はあります」
「えっ?」
シリウスが顔を上げたときには、既にセシアは廊下の角を曲がってしまった。
「ん……うう、……。あれっ、ここは?」
薬品のにおいが漂う清潔感のあるベッドの中で、紅は目を覚ました。




