第三十九話 再結集の時
地面に横たわるバルジの亡骸を踏みつけて、ダルク・ハットはシリウスに手を差し伸べた。
その表情からは何も読み取れない。ただ、ハンサムな薄笑いを浮かべている。
「お前は何者だ。どちらの味方をしている?」
シリウスはこの得体の知れない男の手をとることができなかった。
先ほどはシリウスを裏切り、ドレッドノートに与した。しかし、今はその間逆でドレッドノートのボスであるバルジを躊躇無く殺した。
「俺は、まぁ簡単に言うと二重スパイってところか。本来は王都直属の部隊に所属しているんだが、バルジ暗殺の任務のためにドレッドノートのもぐりこんだわけだ」
シリウスが手をとらないので、差し出した手で頭をぽりぽりかきながら、その正体を明かした。
「じゃあなぜ、俺を助けなかった? 裏切る必要は無かったはずだ」
バルジに近づくことができれば、暗殺は可能だろう。あの局面でシリウスを再び拘束する必要は無かった。
「そう簡単にいけばいいんだけどね。お前も見ただろう? バルジを名乗るものは一人じゃない」
シリウスは、あの時ダルクと話していた老人のバルジを思い出した。さらに、シリウスは見たことが無いが、ゲヘナと接触した者も、バルジを名乗っていた。
「影武者というか、ダミーなんだよ。しかも、基本的にその存在は明かされていない。つまり、下っ端の部下はバルジが複数人いることを知らないのさ。そして、バルジたちの中で、実際に組織のボスは一人だけ」
それがこのバルジ。ド派手な格好と、常軌を逸した言動のこの男だった。
見た目から言えば、あまりボスにはふさわしくないこの男こそが、本当のバルジだった。
「こいつをボスと断定するには、お前との接触が必要だった。つまり、作戦の要になるお前と直談判するのは、ダミーではなく本物がする確立が高い。それから土系の魔術師だったこともあるな。この地下基地の建造に魔術は必須といってもいい」
王都の間近の土地に、大規模な地下基地を作ろうとして多くの人が行きかえば、それだけで存在がばれてしまう。あの魔術はそこでも役に立ったわけだ。
「そうか……じゃあ俺の顔を知っているみたいなことを言ったのも」
「王都であったことがある。まぁお前は覚えていないだろうがな。それにしても、騎士団の連中が殴りこんでくるなんて知らなかったぜ。結局俺が出張る必要も無かった気がするが……」
「でも、よかった。お前が裏切ったのかと思ったけど、そういうわけじゃなかったんだな」
シリウスは安堵してダルクの手をとろうとしたが、ダルクはよけるように手を引っ込めた。
「あんまり俺を信用するなよ? 俺はただドレッドノート側が劣勢になったから王都側に着いただけかもしれない。必要となれば、またお前を裏切るかもしれないぜ?」
含みを持たせて、ダルクは笑いかけた。
「それでもかまわないさ。それまでの仲間ってことだ」
シリウスも口ではそういいつつも、ダルクの手をしっかりと握った。
「さて、そうも言ってられない状況だ。騎士団に見つかるのは厄介だぞ」
ダルクは辺りをうかがいながら言った。
「待て、まだ紅が捕まったままだ、しかも変な薬を打たれて危険な状態だ、早く助けないと」
「まぁまぁ、落ち着け。そっちはもう任せてある」
***
紅の視界は逆さまで揺れていた。ドレッドノートの部下に担がれて運ばれているからなのだが、バルジの毒薬におかされた彼女の感覚は、上下が分からずぐるぐる回っているかのようだった。
(熱い……火がついてるみたい……)
炎系の魔術を扱う紅だが、今は自分自身が燃えているかのような感覚だった。紅を担ぐ男にもその熱は伝わっていた。
基地内では騎士団の部隊とドレッドノートが交戦中で、戦地を避けるように進んでゆく。途中で仲間の死体をまたぎながら、敵をかわして迷路のような基地内を抜ける。
「止まれ」
紅を運ぶ部下の前に、黒いバンダナで顔を隠した男が立ちふさがった。見知らぬ顔で、おそらくドレッドノートの人間ではない。部下は歯噛みし、引き返そうとする。
だが、バンダナの男が動いた。どこに隠していたのか、痩身の槍を取り出し、一閃する。不覚にも、男に背を向けてしまった部下のひざ裏が真っ二つに割れ、その場に倒れこむ。
床に投げ出された紅は、仰向けになり、バンダナの男の顔を見ようとする。スルスルと解けて現れたのは、見知った顔だった。褐色の肌に、アッシュブロンドの髪、少し幼い顔立ちの青年。
「助けに来た。紅さん」
イースは紅の身を起こし、肩で支えながら歩き出した。
***
「大司教、三番と四番が死亡しました」
真っ白な大理石に覆われ、鮮やかなステンドグラスから差し込む日差しに照らされた大聖堂。その中心部にある円状の座席には、現在中心に座る大司教以外には、九番に座る男、カースしかいない。
「御苦労、カース。もうよい」
沈痛そうな面持ちで、大司教は頷き、深い皺をより一層刻み込んだ。肘掛に頬杖をついて、考え込む。
(悪魔の力、想像以上だ。むしろ、二十年前よりも増している……。一刻も早く、奴を捕捉しなくては間に合わないではないか。終戦二十周年式典に)
大司教が目を上げると、カースは既に霧散していた。特に驚く事柄でもないが、独りになるとこの大聖堂もより広く感じる。
その大聖堂に、足音が響いた。
騎士団長、十三番の男、アルタイルが白いマントを旗めかし、大司教に歩み寄る。
「大司教、天罰神が完成いたしました。どうぞ、次の指示を」
アルタイルが頭を下げ、傅きながら報告をする。それに頷きながら大司教は重い腰を上げた。
「……悪魔を、騎士団総力を挙げて捕獲する。騎士団長アルタイル。お前には作戦の指揮を命ずる」
重苦しく告げた言葉に、アルタイルは深く頷いた。




