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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第三章 中央市街の戦乱
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第三十九話 再結集の時

 地面に横たわるバルジの亡骸を踏みつけて、ダルク・ハットはシリウスに手を差し伸べた。

 その表情からは何も読み取れない。ただ、ハンサムな薄笑いを浮かべている。

「お前は何者だ。どちらの味方をしている?」

 シリウスはこの得体の知れない男の手をとることができなかった。

 先ほどはシリウスを裏切り、ドレッドノートに与した。しかし、今はその間逆でドレッドノートのボスであるバルジを躊躇無く殺した。

「俺は、まぁ簡単に言うと二重スパイってところか。本来は王都直属の部隊に所属しているんだが、バルジ暗殺の任務のためにドレッドノートのもぐりこんだわけだ」 

 シリウスが手をとらないので、差し出した手で頭をぽりぽりかきながら、その正体を明かした。

「じゃあなぜ、俺を助けなかった? 裏切る必要は無かったはずだ」

 バルジに近づくことができれば、暗殺は可能だろう。あの局面でシリウスを再び拘束する必要は無かった。

「そう簡単にいけばいいんだけどね。お前も見ただろう? バルジを名乗るものは一人じゃない」

 シリウスは、あの時ダルクと話していた老人のバルジを思い出した。さらに、シリウスは見たことが無いが、ゲヘナと接触した者も、バルジを名乗っていた。

「影武者というか、ダミーなんだよ。しかも、基本的にその存在は明かされていない。つまり、下っ端の部下はバルジが複数人いることを知らないのさ。そして、バルジたちの中で、実際に組織のボスは一人だけ」

 それがこのバルジ。ド派手な格好と、常軌を逸した言動のこの男だった。

 見た目から言えば、あまりボスにはふさわしくないこの男こそが、本当のバルジだった。

「こいつをボスと断定するには、お前との接触が必要だった。つまり、作戦の要になるお前と直談判するのは、ダミーではなく本物がする確立が高い。それから土系の魔術師だったこともあるな。この地下基地の建造に魔術は必須といってもいい」

 王都の間近の土地に、大規模な地下基地を作ろうとして多くの人が行きかえば、それだけで存在がばれてしまう。あの魔術はそこでも役に立ったわけだ。


「そうか……じゃあ俺の顔を知っているみたいなことを言ったのも」

「王都であったことがある。まぁお前は覚えていないだろうがな。それにしても、騎士団の連中が殴りこんでくるなんて知らなかったぜ。結局俺が出張る必要も無かった気がするが……」

「でも、よかった。お前が裏切ったのかと思ったけど、そういうわけじゃなかったんだな」

 シリウスは安堵してダルクの手をとろうとしたが、ダルクはよけるように手を引っ込めた。

「あんまり俺を信用するなよ? 俺はただドレッドノート側が劣勢になったから王都側に着いただけかもしれない。必要となれば、またお前を裏切るかもしれないぜ?」

 含みを持たせて、ダルクは笑いかけた。

「それでもかまわないさ。それまでの仲間ってことだ」

 シリウスも口ではそういいつつも、ダルクの手をしっかりと握った。


「さて、そうも言ってられない状況だ。騎士団に見つかるのは厄介だぞ」

 ダルクは辺りをうかがいながら言った。

「待て、まだ紅が捕まったままだ、しかも変な薬を打たれて危険な状態だ、早く助けないと」

「まぁまぁ、落ち着け。そっちはもう任せてある」



***


 紅の視界は逆さまで揺れていた。ドレッドノートの部下に担がれて運ばれているからなのだが、バルジの毒薬におかされた彼女の感覚は、上下が分からずぐるぐる回っているかのようだった。

(熱い……火がついてるみたい……)

 炎系の魔術を扱う紅だが、今は自分自身が燃えているかのような感覚だった。紅を担ぐ男にもその熱は伝わっていた。

 基地内では騎士団の部隊とドレッドノートが交戦中で、戦地を避けるように進んでゆく。途中で仲間の死体をまたぎながら、敵をかわして迷路のような基地内を抜ける。

 

「止まれ」

 紅を運ぶ部下の前に、黒いバンダナで顔を隠した男が立ちふさがった。見知らぬ顔で、おそらくドレッドノートの人間ではない。部下は歯噛みし、引き返そうとする。

 だが、バンダナの男が動いた。どこに隠していたのか、痩身の槍を取り出し、一閃する。不覚にも、男に背を向けてしまった部下のひざ裏が真っ二つに割れ、その場に倒れこむ。

 床に投げ出された紅は、仰向けになり、バンダナの男の顔を見ようとする。スルスルと解けて現れたのは、見知った顔だった。褐色の肌に、アッシュブロンドの髪、少し幼い顔立ちの青年。

「助けに来た。紅さん」

 イースは紅の身を起こし、肩で支えながら歩き出した。



***


 

「大司教、三番と四番が死亡しました」

 真っ白な大理石に覆われ、鮮やかなステンドグラスから差し込む日差しに照らされた大聖堂。その中心部にある円状の座席には、現在中心に座る大司教以外には、九番に座る男、カースしかいない。

「御苦労、カース。もうよい」

 沈痛そうな面持ちで、大司教は頷き、深い皺をより一層刻み込んだ。肘掛に頬杖をついて、考え込む。

(悪魔の力、想像以上だ。むしろ、二十年前よりも増している……。一刻も早く、奴を捕捉しなくては間に合わないではないか。終戦二十周年式典に)

 大司教が目を上げると、カースは既に霧散していた。特に驚く事柄でもないが、独りになるとこの大聖堂もより広く感じる。

 その大聖堂に、足音が響いた。

 騎士団長、十三番の男、アルタイルが白いマントを旗めかし、大司教に歩み寄る。


「大司教、天罰神が完成いたしました。どうぞ、次の指示を」

 アルタイルが頭を下げ、傅きながら報告をする。それに頷きながら大司教は重い腰を上げた。

「……悪魔を、騎士団総力を挙げて捕獲する。騎士団長アルタイル。お前には作戦の指揮を命ずる」

 重苦しく告げた言葉に、アルタイルは深く頷いた。

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