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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第三章 中央市街の戦乱
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第三十八話 交錯する戦線

  ドレッドノートの本拠地である地下基地で、ターロスは周囲にお構いなしにハンマーを振り回していた。そのせいで、柱がはじけとび、あたりには土ぼこりが巻き上がっている。

 その攻撃をかわしながら、ゲヘナは作戦を練っていた。

(こいつ、どてっぱらに一発ぶち込んでもケロッとしてやがる……おまけにこの体力は厄介だな)

 単調な攻撃をリズミカルにかわしながら、ゲヘナはゆっくりと思考する。

(それでも、あの羽野郎と比べてたいしたこと無いな。馬鹿力だけで戦術もあったもんじゃない)

 さっきから縦に振り下ろし、その後に横に振るだけ。おそらくゲヘナでなくとも、ターロスの攻撃をかわすのは容易いのではないかと思うほど、単調な攻撃だった。それでも、ターロスは攻撃をやめない。

(隙を見つけて、もう一発ぶち込んでみるか……?)

 その一瞬、ターロスの横薙ぎがゲヘナの頭上を通過した。もちろん、これまの攻撃をすべて回避していたのだが、この一撃だけはゲヘナが動くまでも無く、あたらなかった。

(なんか狙いが……!?)

 ゲヘナが狙いに気づくと同時に、変化は起きた。

 ゲヘナの体の自由が奪われ、押さえつけられたように動かなくなる。それだけでなく、体が宙に浮き、両足はそろえられ、両腕が横に広げられた。

 まるで、十字架に張り付けられたかのように。

(こいつ、あのハンマーで十字を切ってやがったのか!?)

 騎士団の魔術において、十字は特別な意味を持つ。それは、悪魔祓い、つまりゲヘナにダメージを与える特別な術式である。

 そして、これまでの単調な攻撃は十字を切るという目的を隠すカモフラージュだった。確かにターロスの戦闘能力は高い。

(かっ、体がうごかねぇ……!?)

 見ただけでは、特に以上が無いが、縛られたように動くことができない。もはや、逃げ場が無い。


「ふぐっ、制裁の鉄槌を」

 ターロスが不気味に笑う。

 そして、その杭のようなハンマーをゲヘナの腹部に向けて振り落とした。


「ングッ!?」

 息が詰まり、叫び声さえ上げることができない衝撃がゲヘナを襲う。体ごと弾け飛び、気がつくと壁にめり込んでいた。

(クソが……、痛ぇ……)

 幸い、ゲヘナ自身の魔力によってダメージを軽減したものの、焼けるような痛みが腹部を襲う。さらに、騎士団の術式により、腹部の肌が爛れたように変異している。

(まずい……何とかしねぇと……)

 時々、意識が飛びそうになりながらも、なんとか立ち上がる。

 その眼前には、ターロスが迫ってきている。

(こっちの攻撃はぜんぜん効かねぇのに、あいつのは効くなんて割りにあわねぇぞ)

 再び、ターロスがハンマーを振り回す。今度はもう、狙いを隠す必要が無いため、十字を狙ってきている。もう一度、捕まってしまえば今度はもうゲヘナは立ち上がることができなくなるかもしれない。

(なんとしても、あの十字を阻止する!)

 ハンマー自体の破壊をするため、ゲヘナは再び腕に魔力を集中させ、漆黒の剣を作り出す。ハンマーの柄の部分を切り裂くように剣を振るう。だが、ゲヘナの魔力が杭のようなハンマーに打ち消される。

(あの武器自体が対悪魔用なのか……!?)

 攻撃に失敗し、隙だらけのゲヘナにターロスの蹴りが直撃する。しかし、蹴り自体は対悪魔の術式がないので、ゲヘナにダメージは無い。

 

 しかし、武器を破壊することもできず、十字に捉えられてしまえば、その時点で負ける。その上、ターロス自身も強靭な肉体を持つ。

(もう……こうなったら賭けるしかない)

 

 ターロスが再び十字を切る。まず横薙ぎ。もはやゲヘナを狙ってすらいない。だが、その攻撃をゲヘナに止める手立ては無い。

 次に縦に振り下ろす。これで十字が完成した。

 ゲヘナの体が拘束される。宙に浮かび、十字に張り付けにされる。

「フガァ!」

 ターロスが最後の一撃を繰り出す。

 最後の横薙ぎが周りの壁を破壊しながらゲヘナに激突する。

 ターロスによるとどめの一撃が決まった。


「ふが?」

 だが、ターロスの眼前からゲヘナの姿が消えた。

 探そうと首を回したとき、急に顔を追いつくすようにゲヘナが張り付いた。どうやらハンマーの先端にくっついていたらしい。

「ガアアッ!」

 振りほどこうとターロスはもがくが、ゲヘナは離れない。

「お返しだぜウスノロ野郎!」

 ターロスの口にゲヘナの腕が突き刺さる。のどの奥まで突っ込まれた腕の先で、魔力が渦巻く。

「ーーッ! ーーッ!?」

 息が詰まり、じたばた暴れるターロスに振り払われないように、ゲヘナは最後の一撃を放つ。

 ターロスの体が風船のように膨れ上がり、そして、爆発した。



「ちっ、きったねぇなァ……」

 自分の体を見て、ゲヘナはうなだれる。ターロスの亡骸はもう目も当てられない状況だった。

(それにしても、やばかった……まぁ、賭けは俺の価値だがな)

 最後の一瞬、ゲヘナの読みはあたっていた。

 ターロスは十字を切るに限らず、縦横順番にしか攻撃しない。つまり、あの最後の場面では、必ず横薙ぎが来ると予想した。そして、この狭い回廊では、ターロスの横薙ぎは大振りになるほど周りの壁を破壊し、逆に衝撃が和らいでしまう。そして、攻撃を受けた瞬間に十字の拘束は解ける、これもゲヘナの予想だったが、結果的に当たり、一瞬を耐え切れば、ハンマーにしがみつき、至近距離に近づいてやわらかい内臓部分を破壊すれば勝ちだ。

 

「だが……もう、ダメだ……」

 最後の一瞬で力を使い果たしてしまった。ターロスの横薙ぎを耐え、爆発させるのに全魔力を消費してしまった。本来ならすぐ時間がたてば、無尽蔵に回復するが、腹部の傷がそれを阻んでいるようだ。治療に魔力がさかれてしまっている。

 こうしているうちにも、騎士団の連中に見つかれば、また捕まってしまう。

「これで……仕舞いなのか?」

 ゲヘナはたっていることができず、その場に倒れこんだ。視界がぐるぐる回り、闇がじわりと侵食してくる。まぶたが重い。目を瞑れば、意識がなくなってしまいそうだ。

 そんな状態のゲヘナに、近づいてくる足音が聞こえた。

 もしも、騎士団なら、その場で捕らえられる。ドレッドノートでも、似たようなものだろう。


「まったく、貴方。無茶しすぎよ」

 ゲヘナの視界に入ってきたのは、巨大な人形兵を連れたアイリーンの姿だった。

「てめぇ……」

「前にも言ったと思うけど、私は悪い人を見つけると放っておけないのよ。さぁ、こんなところで寝てると捕まるわよ」

 何事も無かったかのように手を差し伸べてくるアイリーンに、不信感を抱かずに入られなかった。

「何が目的なんだ? 俺を助けてもろくなことにならないぞ」

「そんなことないわ。私はこの国を救うために、貴方を助けるのよ」

 初めて会ったときも、こんな状況だったと思いながら、ゲヘナはアイリーンの手をとった。



***



「これは……なかなか面白いですねぇ。魔術師だったんですか」

 ティリオンはバルジの土の蛇を相殺し、悠然と立ち続ける。

 バルジの魔術によって、地下にある基地の部屋が歪み、壁の割れ目から土が覗いている。土系統の魔術を得意とするバルジには有利なフィールドだ。

「ホームグラウンドぐらい有利にさせてもらわねぇとな。さて、大人しくズラかろうと思っていたんだが、そんなに殺されてぇなら、いいぜ。やってやるよ」

 バルジが指先をクイッっとまげ、ティリオンを挑発する。そんな様子を無視するかのように、ティリオンはゆっくり歩みよる。

「たかだか、土系統の変化が使える程度で調子に乗られても困りますねぇ。私の術式の前には、どんな攻撃も触れることができないんですから」

 それを証明するかのように、バルジが放つ、土の柱もティリオンの眼前、一定の距離まで近づくと急停止し、ティリオンの指先で軽くあしらわれる。

 完全防御の術式が常に、彼の周りに発生していた。

「そして、これは人にも効き目がある。接近戦も無意味ですよ」

 完全に主導権を握っているかのように、ティリオンは身構えもせず、バルジに近づく。対するバルジは、絶えず地属性の魔術で攻撃しながらも、距離をとって逃げるしかなかった。 

 

「さて、そろそろ飽きてきましたし。終わりにしましょうか」

 ティリオンが急進し、バルジとの距離を一気につめた。一定の距離に近づくと、動きを止められてしまう。バルジは飛びずさりながら逃げるが、ティリオンのほうが早い。

「クソッ、喰らえ!」

 ティリオンの頭上、天井が巨人の拳が振り下ろされるように落下した。その真下にいるティリオンは当然押しつぶされるが、この巨大な一撃も受け止められる。


「でも、手ごたえはあるみてぇだな」

 ティリオンの動きが止まった。ここで初めて、ティリオンは受け止めるように腕を上に突き出す格好になった。

「……っ、しかし、防御術式が破られたわけではありませんよ」

「それはどうかな、おい、ヴァーリス! 後ろだ!」

 バルジの掛け声とともに、シリウスが影から飛び出す。ティリオンの背後から飛び掛るシリウスに、ティリオンはこの時、初めて意識した。

「!?」

「遅せぇよ」

 シリウスの拳がティリオンの後頭部を殴りつける。長身の体は、あまり鍛えられていないのか、軽く吹き飛び、転がりながら床に倒れた。

 しかし、ティリオンにはまだ意識がある。再び防御術式が発動すれば、もう不意打ちの一撃もできなくなる。

「じゃあな、地の底でもよろしくやれよ」

 バルジは素早く小言でささやいた。

 次の瞬間、ティリオンの倒れていた地面が割れた。大きさにして、人間が数人は飲み込まれるような地割れに、シリウスは飲み込まれないように飛びずさりながら、落ちてゆくティリオンを見た。哀れにも、先ほどまでの余裕が失せ、恐怖に震えていた。

 ティリオンの姿が闇に消え、扉を閉めるように、大地が押し寄せる。地割れは元に戻り、一人の人間が飲み込まれた。地面の下では、彼の完全防御術式も意味を成さないだろう。


「ハッ、その程度で調子に乗りやがって」

 ティリオンの言葉をそのまま返し、シリウスと目が合う。

「フン、不本意とはいえ、共闘することになるとはな」

 シリウスにとっても、騎士団はなるべく避けて通りたい相手だ。

「これを機に、もっと協力的になってもらいたいね」

 バルジが悪戯っぽく笑う。

 確かに、気に入らない相手だ。紅にした事も忘れることができないし、王都に対する意見も違う。しかし、今だけはともに行動をするしかなかった。

 

 その時、バルジの後頭部に銃口が当てられた。

「see you, my BOSS」

 銃口から悲鳴が鳴り響き、バルジの頭が不自然に前方に傾いた。

 次の瞬間には、彼の頭からは鮮血が噴出し、あたりに血だまりを作り、ピクリとも動かなくなった。

「……おい、……」

 シリウスはあまりの展開に、言葉を失った。

 本来は敵同士だ。喜ぶとも違うが、シリウスが気に病む必要も無い。

 しかし、あまりにも、‘あんまり’だった。

「ダルク・ハット、お前は何者なんだ……?」

 銃口を上げ、魔導銃を肩にかけて、不敵に微笑む男。

 ダルク・ハットはシリウスに言った。

「助けに来たぜ。王子様」



執筆中、「血だまり」と変換しようとして、「千田マリ」と出ました。

誰ェ……

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