第三十七話 騎士団の介入
中央市街の地下部分に張り巡らされた迷路のような回廊。その中を、白を基調とした服装を纏った戦士達が駆け抜けている。戦士達は、槍にも似た形の杖を持っていて先端からは閃光のような魔術が迸り、ドレッドノートの兵士達を殲滅していた。
「それにしても、いやに退屈ですねぇ。おまけに、同伴はよりにもよって……」
白い神官服を着た蒼白な顔の、長身の男は横に並んで歩く、小山のような大男を見やった。三メートルはあろうかという巨漢は、上半身は裸で巨大な杭のようなハンマーを肩にかついで、狭そうに腰をかがめて回廊を歩く。
「んぐ? 狭くてあるきづらいぞ」
(この低脳野郎とはね……まぁしかし、大司教様の命令では仕方ありませんか)
神官服の男ティリオンと、巨漢のターロスは、騎士団に所属する騎士でティリオンが四番、ターロスが三番の称号を与えられている。総勢十三人いる騎士団の中では下のほうだ。
しかし、それでも十三人の騎士団に名前を連ねているというだけでも、名誉なことだ。騎士団の直属である戦士も、すべて彼らに忠実な部下だ。今も、二人はただ歩くだけで部下が敵を排除している。
(それにしても、おかしいですねぇ。大陸に名を響かす組織ならば、もっと骨があるかと思ったのですが……)
ティリオンの眼前では、ドレッドノートの兵士が現れてはなぎ払われる。
まるで霧に勝負をするような、肩透かしの感じがする。
***
(ったく、何の騒ぎだぁ?)
ゲヘナは陰に身を隠し、あたりの様子を伺う。ちょうど、ドレッドノートの伏兵を、騎士団の戦士が魔術で一掃したところだった。
(俺を追ってきたわけではなさそうだな……。厄介な状況だ。それにしても、中央市街の真下でこんなドンパチやってて問題ねぇのか?)
騎士団は本来、市民の安全を守る組織のはずだ。彼らがドレッドノートを掃討するのは道理だが、市民を巻き込んでは本末転倒ではないか。
(なんにしても、面倒は避けたほうがよさそうだ。この隙に脱出もできそうだしな)
だが、問題は騎士団の連中に見つからずに出口を見つけることだ。先ほどから湧くように騎士団の戦士をどうやってかわすか。
その時、ゲヘナが身を隠す壁が、一撃で吹き飛んだ。小爆発を思わせる衝撃に、ゲヘナは飛んで回避するが、その攻撃の主と目が合った。三メートルはあろうかという巨人が、そこにいた。肩に担いだ杭のようなハンマーは、常人では持ち上げることすらできそうも無いほど巨大で、それを軽々しく振り回している。
「むふ?」
「おや、? これはこれは、とんだ幸運が舞い降りましたねぇ」
巨人の影に立っていた、神官服の男がニヤニヤ笑いながら現れた。
巨人の肩には三番、神官服には四番の文字が刻まれている。
(こいつら、あのときの羽野郎の上司か!?)
ラインハルトとの死闘を思い出し、思わず戦慄する。それまで、ゲヘナが感じることの無かった感情。恐怖を、この二人から感じた。
「ターロス。ここは任せましょう。どうせ、功績は作戦指揮の担当である私にはいるんですから。低脳は暴力だけを振るっていてください」
神官服の男は背を向けて、別の道を進んだ。
残された巨漢と、ゲヘナは対峙する。
「ふん、ずいぶん舐められてんなぁ。二人まとめてでもかまわないんだぜ?」
「どうせここで殺すことはできないんです。ああ、もちろん、行動不能にするくらいなら造作もありませんよ。ただ、私も忙しいのでね」
振り向いた神官服の男は、それを言い残して、去った。
「フガァッ!」
ターロスが、巨大なハンマーを振り回す。その大きさゆえに、狭い回廊では壁にぶつかること必死なのだが、壁を抉り取るように特に意に介さず攻撃を開始する。しかし、力任せに振られたハンマーは直線軌道で、ゲヘナが身をかがめるだけで、回避することができる。
(低脳は暴力だけね……、こいつ、本当に力しか脳が無いのか?)
単調に繰り出される攻撃を、華麗にゲヘナは回避する。ターロスが苛立ち顔をゆがませ、文字通り憤怒の形相になるが、攻撃が当たらなければ怖くない。
「おら! 歯ァ食いしばりやがれ!」
ゲヘナは両腕に真っ黒な魔力を発生させ、その形を剣に定着させる。その漆黒の剣を振りかぶり、ターロスの懐に飛び込む。突然の接近に、ターロスは一瞬ゲヘナを見失い、腹部での爆発を防ぐまもなく食らう。
ターロスの巨体が回廊ごと吹き飛ばしながら、転がる。
「ふん、どうやら図体ばかりだったようだな……ん?」
立ち込める埃の中に、巨大な影が浮かび上がる。目を凝らすまでも無く、ターロスの巨体が立ち上がる。呑気に腹をさすりながら、ハンマーを構えなおす。腹部は、傷一つついていない。
「……フガ?」
「不死身かよ、この野郎」
ゲヘナは思わず嘆息した。
***
「紅っ、しっかりしろ!」
紅は、いまだ床にうつぶせ、苦しみもだえている。時々、「熱い……」と虫が鳴くような声が聞こえるほかは、反応が無い。
「ちっ、おい、誰か! この小娘を連れて行け。傷つけんなよ、人質なんだからな」
バルジが苦々しげに部下を呼びつけた。そして、おもむろにナイフを取り出し、シリウスに近づいてくる。
「何だ? いまさら拷問でもするつもりか?」
「ちげぇよ、ほら、さっさとズラかるぞ」
ガシャン。と、音がした。見れば、今までシリウスを硬く縛り付けていた鎖が解かれ、床に転がっている。
「おい、なにボサっとしてやがる、逃げるぞ。騎士団に見つかれば、てめぇだってやばいだろ」
バルジは苦々しげにシリウスを睨みながら、出口へ向けて走り出した。
紅を担いだ部下は既に、部屋を脱出している。そうしている間にも、地響きのような振動が基地内を包む。戦いの音も近づいてきた。
「娘はこっちの手の中にあるんだ。ついてくるしかねぇだろ」
言われなくても、シリウスはバルジについていくしかなかった。
部屋を出ると、バルジは早足に基地の回廊を走る。道を暗記しているのか、複雑に入り組んだ特色のない回廊をすいすい抜ける。その間、騎士団と遭遇することは無かった。
「おい、本当に逃げるつもりか? この基地を捨てて」
この基地の中にはまだたくさんの部下が残っているはずだ。それに、騎士団と戦っているものもいる。ドレッドノートは敵だが、見捨てられるのはあまりにも報われない。
「いんだよ、どうせもう使い道ねぇんだ。サラマンダーのしっぽだよ」
バルジはドアを蹴破りながら言った。部屋の中に入り、駆け抜けようとした瞬間、一人の男が立ちふさがった。長身のシルエットに、白い神官服。ゆっくりこちらに近づいてくる彼は、バルジとシリウスを一瞥し、口を開いた。
「ドレッドノート首領、バルジ・オーファンは貴様か?」
「ああ、俺がそうだ。それで、騎士団様が何のようだ」
神官服の男、ティリオンはにやりと笑い、さらに近づくいてくる。
「貴様が溝鼠の頭か、くだらない。さっさと抹殺して、地獄のほうに取り掛かりたいものですねぇ」
「ちっ、ナメてんじゃねぇぞ!」
肩をすくめて余裕の嘲笑を浮かべるティリオンに、バルジが飛び掛る。バルジの手にはナイフが握られていて、それがティリオンの首元を狙う。
「甘い。その程度でボスは務まらないでしょう」
冷静に、ティリオンがささやく。彼は一歩もその場を動かない。そして、バルジのナイフが空中で固まっていた。
「なんだ……この魔術は?」
空中で静止したナイフは、腕ごと動かすことができず、バルジもそのまま硬直してしまう。そんなバルジの首筋に、ティリオンが指先を添える。
「騎士団オリジナルの術式です。地下にもぐっている貴方には知ることもできないでしょうねぇ。このまま大人しく死ぬべきです」
ティリオンの指先の爪が、バルジの肌に突き刺さる。じんわり血が流れ始めた。
「黙れ……俺はドレッドノートのボス、バルジだ。てめぇなんぞに殺されたりはしない!」
その瞬間、バルジとティリオンの足元の地面がせり上がった。
『欲望ノママニ、神前ノ天使、罪人ヲ裁ク力、我ニ力ヲ貸セ』
バルジは素早くささやいた。すると、地面からせり上がってきた土が、生き物のように渦巻き、いったいの巨体な蛇の形を作り出す。その蛇が大口を開け、ティリオンを飲み込もうとする。
だが、ティリオンの体に触れる数センチのところで、土の蛇の牙が静止する。
「なるほど、以外にも魔術の嗜みがあるようですねぇ。これは楽しめそうだ」
ティリオンが腕を振るうと、その方向にあわせて蛇の頭が吹き飛ぶ。
「俺だって伊達や酔狂でボスを名乗ってるわけじゃないさ」




