第三十五話 迫りくる影
日差しが差し込む、広い空間。天井を覆うように、色とりどりのステンドグラスがあしらわれ、どれも聖母の姿がかたどられている。神殿を思わせるような広間の中心に、円形のドーナツ状のテーブルが置かれ、十三のイスが並んでいる。それぞれに、一から十三までの数字が振られている。
コツコツと、足音が綺麗に反響する『大聖堂』。そこに、白を基調とした鎧をまとう戦士が、足を踏み入れた。
(やはり……いつ来ても慣れないな……)
白い鎧の男、ジェイドはローアン・バザーでの任務を終え、騎士団の本拠地である大聖堂に帰還した。大陸の最北端にあり、王都との関わりも深い、大聖堂には既に他の騎士団の面子も揃っていた。
その中でも、とりわけ異彩を放っているのが、円形のテーブルの中心。周りに座るものたちから一斉に視線を浴びることになる中心に、豪勢な玉座とともに座っている老人。
大司教、イザード様。
騎士団の創始者であり、教会でもっとも権力を持つ者。
今はその顔に深い皺を寄せながら、眠るように瞑想をしている。白い髭が床に付きそうなぐらい長く、その白さは日光を反射させ、輝いていた。
その穏やかな容貌の彼に逆らう者は、彼の巨大すぎる魔力で、消し炭にされるらしい。
(逆らう必要も無い。イザード様の導く未来は安泰だ)
ジェイドは心中で呟きながら、自らのイスに座った。一番の番号が振られ、最も出口に近い席だ。
「全員揃ったか?」
目を開けずに、揃ったか確認する。その声に、十二番の席についている総髪のグレーのスーツを纏った男が「揃いました」と一声あげた。
「よろしい、それでは始めよう。わが騎士団の、そしてすべての信者の未来を導く会議を」
いつもの号令とともに、大司教は話を始める。
「まず、一番の戦士、ジェイドよ。任務ご苦労だった」
ジェイドは大司教の言葉に、「ありがとうございます」と立ち上がってお辞儀をした。そして、任務の依頼主である、騎士団長アルタイルが尋ねた。
「ヴェッセルの回収ご苦労。異常はなかったか?」
「はい、特には」
アルタイルはどうして、あんな片田舎にいる隠居した老医者をここまでつれて来いと命じたのか、図りかねたが、任務にそむくことは出来ない。
「次に、十三番の騎士、アルタイル。そなたに命じた、『悪魔』の護送だが……」
大司教がそのことを口にした途端、大聖堂はざわめきに包まれ、アルタイルは顔を伏せた。十二番の男が「静粛に」と一言叫び、再び静寂が戻る。
「そのことについて、なにかあるか?」
大司教の問いに、アルタイルは立ち上がり、頭を下げた。
「申し訳ございません。すべて、私の不注意と力不足です。どんな天罰でも、甘んじて受け入れましょう。しかし、もう一度チャンスを私にください」
あの騎士団長が頭を下げるほど、状況は深刻だった。今だ、捜索隊からは発見の情報が無い。これ以上、あの悪魔を野放しにしていれば、民に被害が出るかもしれない。
「よい。頭を下げるよりも、すべきことがあるだろう。そして、天罰術式の方はどうだ?」
「はい、順調でございます。『天罰神の寄り代』も無事、確保しました」
アルタイルが早口に報告すると、わずかに驚きの声が聞こえた。
「いやいや、意外だね。『天罰神の寄り代』をどこで見つけたんだい?」
九番の席に座っている、黒いローブに不快な笑顔が描かれた仮面を身につけた、まだ声変わり前の少年のような声の男。カースは親しげに、なれなれしく話しかけた。
「……異世界に逃げていた。だが、素早く対処したおかげで、再びこちらに引きずり戻すことが出来た……」
本来格下であるカースに、アルタイルは苦々しげに答えた。どうも、このカースという男はアルタイルを目の敵にしているきらいがある。
「ほうほう、異世界移動に伴う魔力の波を生きて抜けるなんて、さすがは『天罰神の寄り代』だね」
「もうよい、両者とも。次に……」
「よーよー、それよりもさぁー。七番が欠番なのは分かるけど、どうしてラインハルトとターロスとティリオンの野郎がいねぇんだ?」
恐れ多くも、大司教様の言葉を遮るようにして、喋りだした男。八番の席に座る、長身で髪を金髪に染め、グレーのジャケットを身につけている、イズだ。
彼は、二番、三番、四番の席が空席なのを指差す。
その状況に、一同は一瞬凍りつくが、すぐに十二番の男が口を開き、大司教に代わって説明する。
「……ターロスとティリオンには任務を依頼した。中央市街に巣食うドブネズミ共の駆除だ」
「ドブネズミ……ああ、あのドレッドノートとかいう組織のことか。ふぅん、楽しそうだなぁー俺も行きたかったなぁー。それで、ラインハルトは?」
「死んだ。悪魔に殺された」
十二番の男ではなく、大司教が答えた。
「なんだって……?」
「口を慎め、イズ」という声が聞こえたが、大聖堂は再び、ざわめきに包まれる。今度は、大司教が玉座の肘掛を叩くことによって、水を打ったように、静寂が広がった。
「そういうことだ。皆、黙祷を捧げよう」
大司教が言うと、全員立ち上がり、黙祷を捧げた。
「我らの戦友に、すべての民に。先に神の下へと向かったものを弔おう」
***
マナは中央市街の街を一人、走っていた。背後を確認すると、追っ手が三人。だが、おそらく他にも、追っ手が、マナを囲むように街中に潜んでいるだろう。
(どうしよう……。このままじゃ追いつかれちゃう)
追っ手の中には、自警団の格好をした者までいる。つまり、それが変装であれ、実際に自警団の人であれ、不用意に人に頼るのはよくない。おまけに、マナの体力では、純粋に走り回ったところで、大の男から逃げ切れるはずが無い。
(タロットカードの呪文があるけど……。それでも足止め程度にしか役に立たない)
先ほど、紅の魔術をレジストする者までいた。つまり、呪文程度では、簡単にかき消されるかもしれない。
必死に考えをめぐらせながら、街中を逃げる。小刻みに角を曲がって、少しでも追っ手を撒こうとするが、その度に、別の追っ手が角から現れる。まともに逃げていても、逃げ切れそうに無い。
(それなら……)
マナは角を曲がり、狭い一本道に入る。後ろからは追っ手が三人、縦に並んで走ってくる。
(今だっ!)
追っ手が並んだ瞬間、マナはタロットカードを二枚、中に舞い上げる。二枚のカードは空中でこすれあい、小爆発を起こし、煙幕を巻き上げる。追っ手の視界はふさがれてしまう。
この隙にマナは逃げ切ろうとするが、
「こっちだッ!」
反対側から、別の追っ手が押し寄せる。振り返れば、煙幕はすでに振り払われてしまっている。
「さあ……おとなしくするんだ」
マナを取り囲む男達は、中には自警団の格好をした人も多い。じりじり近づいてくる男に、思わず恐怖から身がすくみあがる。
「いや……こないで……」
マナは必死に体をよじり、伸びる手をかわす。
もはや逃げ道もない。完全に囲まれてしまった。打開策も、タロットカード程度ではどうしようもない。絶望にうなだれたとき、バコンという、箱のようなものが落ちる音が聞こえた。
「痛っ、なんだ!?」
頭に直撃した男が上を見上げる。
するとそこには、マントの様にローブをはためかせた一人の女性が立っていた。
「……おねぇちゃん!?」
マナはその姿に見覚えがある。
悪い人を見つけると放っておけない正義感にあふれる性格の、とっても頼れる人。
「お前ら、人の妹に何してんだ!」
住宅アパートの建物の屋上の角、彼女は佇むそこから空に飛び出し、マナの隣にストッっと着地した。
「アイリーン・フォンレーゼ……組織をちょろちょろかぎまわってると報告を受けたが、ここでまとめて始末してもかまわないだろう。おい! やっちまうぞ」
リーダー格の男の号令で、マナたちを囲む男が押し寄せる。
そんな状況でも、アイリーンは肩をすくめて髪をいじりながら、「無粋な男は嫌いよ」と冗談めかして言っていた。
「開櫃」
アイリーンの号令で、一緒に落ちてきた箱のような棺の蓋が、まるで中に誰かが入っていて、中から蹴り上げたかのように弾けとんだ。
「覚醒」
箱の中から、一人の影が起き上がった。顔はすっぽりと三角帽子に収まっていて見えない。体にはよろいと、その上にスカーフのようなマントをまとっている。だらりと垂れた両腕と頭は、糸で吊るされた操り人形をおもわせた。
「戦って」
アイリーンのその一言によって、人形に、命が吹き込まれたかのようにビクンと振るえ、両腕がちょうど迫ってきていた男の首根を捕まえる。それを、間接の動きをまるで無視して振り回す。のど元をつかまれた男は息が絶え絶えになりながら、その体で仲間達をなぎ払ってゆく。
そのさまをアイリーンは退屈げに眺めていた。
(すごい……すごいよおねぇちゃん。また強くなってる)
いつでも頼れる、最強の味方。マナは安心しきっていた。
やがて、人形の暴君が男達をすべて叩きのめし、男達はつぶれた蛙のようなうめき声を上げて動かなくなった。
「ありがとう、おねぇちゃん!」
マナは目を輝かせて姉に抱きついた。
「さて、一段落ついたことだし。なんでマナがここにいるのかとかも聞きたいけど、今はそれどころじゃないのよ。早く逃げないと、この街で大きな戦闘が起こるわよ!」
今回、PCが壊れてしばらく執筆が進みませんでした。申し訳ありません。また、いろいろメモしてたデータも吹っ飛びました。月まで吹っ飛びたい気分です(笑




