第三十四話 仲間の裏切り
ダルク・ハットは、どうやら誰かと会話してるようだ。扉の隙間から、部屋の中を確認する。飾り気の無い、箱のような空間に、だるくのほかにもう一人、老人が立っている。
「ご苦労。ターゲットは無事、こちらで捕獲した。お前には当分仕事は無い」
老人は、真っ白な長い髭をもてあそびながら、唸るような低いトーンで、ダルクに語りかける。
「そうかい、それじゃあ報酬は弾んでくれよな。バルジさんよぉ」
シリウスはその一言を聞いたとき、疑問が浮かんだ。
(バルジ……? あの老人が?)
部屋の中には、二人のほかに誰もいない。老人も、「考えておこう」と答えているのを見ると、確かに老人の名はバルジなのだろう。
(ダルク……やっぱりお前は……)
話の内容だけでは判断しかねるが、まるでシリウスを中央市街まで誘導しているようにも聞こえる。それに、ダルクがこのドレッドノートの基地の中で、普通に受け入れられている。
「おっと、そうだ。まだ話がある」
ダルクが、話を終えたバルジを呼び止めた。怪訝な顔で老人は振り返る。
「ドブネズミが盗み聞きしてるぜ」
ダルクと目が合った。
扉の隙間をしっかりと見据え、魔導銃を構える。
(まずい……バレた!)
「動くな。一歩でも下がれば容赦なく撃つ」
冷たい、敵意をこめた声を響く。老人バルジはその成り行きに、目を広げて驚いていたが、静かに扉に近寄り、開ける。シリウスは身を守るものも無く、扉の影から大人しく出ることにした。
「両手を挙げて、こっちに来い。ゆっくりだ」
あの、軽口を叩いていたダルクからは、想像もできないような、冷徹な視線。背筋が凍りそうになりながらも、部屋の中に入る。
「いつの間に抜け出したんだ? 『脅し』も効いただろ?」
ダルクの言う『脅し』とは、紅とマナの居場所を掴まれているということだろう。確かに、彼女達を巻き込みたくない。だが、シリウスの頭の中では、一つの自信のようなものもあった。紅なら、紅の魔術なら大丈夫だ。これまでも、それで乗り切ってきたんだから。
「お前こそ、こんなくだらない奴らの手先だったんだな」
「ふん、そのくだらない奴らに捕まってるのは誰だい?」
銃口が、額に押し付けられる。その冷たい感触と、一瞬、ダルクと視線がぶつかる。
それを合図に、シリウスは身を屈め、一気にダルクに飛び掛る。ダルクは引き金を引くが、魔導銃の銃口が反れ、銃弾は虚しく床をえぐった。
シリウスの拳がアッパーカットのように、下から突き上げられる。ダルクは身を捩り、それをかわす。シリウスは攻撃の手をやめず、続けざまに拳を繰り出す。
「隙だらけだぞ? もっと早く動けよ、ウスノロ」
ダルクが身を翻した。その次の瞬間には、シリウスの後頭部に衝撃が走った。視界がぼやけ、上下感覚が分からなくなる。
(何が……)
床に這いつくばるように、叩き伏せられる。腕を締め上げられ、上に乗られる。完全に動きを封じられてしまった。
「回し蹴りなんて見たこと無かったかな?」
シリウスは、完全にダルクのことを見誤っていた。魔導銃など、武器優先で戦うところしか見ていなかったせいだ。
「っつ……クソッ。信じてたのに。仲間だって信じてたのに!」
「あーあ、情けねぇな……もうちょっと頭が切れるかと思ったんだがな」
ダルクはそう言うと、いつの間にかいなくなっていた老人のバルジが、どこからか部下を引き連れて再び部屋に戻ってきた。
「そいつを拘束しろ。しっかりとな」
再び、シリウスに鎖が巻きつけられた。
***
「ったく、いったいどこに出口があんだ?」
ゲヘナはドレッドノートの地下基地の中を歩き回っていた。もともと、道筋を覚えていたわけではないが、この特徴の無い、壁と曲がり角だけの構造は、道に迷うだけではなく、精神的にも悪い。
(天井ブチ破るのが早いが……あんまり騒ぎにはしたくねぇな)
一般市民がこの上にうごめいていることだろう。下手に騒ぎを起こせば、騎士団の連中が駆けつけるかもしれない。
騎士団。ゲヘナにとっては、憎き復讐相手だ。だが、この街に住む市民達は、そういうわけではない。直接、二十年前の大戦に関係していない若い世代も沢山いるだろう。関係ない人を殺すほど、ゲヘナは落ちぶれていない。
(復讐……その後はどうする?)
祖国を滅ぼした国。その元凶となる騎士団。しかし、もしも騎士団が現れず、戦争が続いていれば、滅びていたのは王都だっただろう。そして、少しの生き残った王都民は、すべてゲヘナを憎むだろう。
終らない連鎖。復讐という名の連鎖は断ち切られることが無い。
それを続けていくことに、意味なんてあるのだろうか。
(とにかくここを出る。話はその後だ……)
ゲヘナには、二つの選択肢があった。一つは、ドレッドノートと協力して、騎士団を滅ぼすこと。もう一つは、ドレッドノートを崩壊させ、結果的に、王都を忍び寄る影から救うこと。
ゲヘナは後者を選んだことになる。本人に、その気が無くても、ドレッドノートのボスを殺したことはそういうことだ。
***
紅とマナは夜の街を駆けていた。ホテルで警告文を受け取った後、その足で外に飛び出した。
目的は、もちろんシリウスを探すためだ。
「絶対、何かの事件に巻き込まれてる。何かがこの街で起ころうとしてる!」
「でも、一体どこを捜せば良いんでしょうか?」
闇雲に走っているだけでは、絶対にシリウスを見つけることは出来ないだろう。悠長に、自警団の報告を待っている暇も無い。
「何かが起きるとしたら、手がかりがあると思う」
「手がかり?」
「うん、シリウスが私達を放っておいて、かえってこれないような状況なら、どこかで騒ぎが起こってても不思議じゃない」
紅は辺りを見回す。夜も更けてきたこの時間では、通りの人もほとんどいなく、街灯が人のいない道路を寂しく照らしているだけだった。
「もっと街中の方に行ってみよう」
二人は、中央市街の中心部に向かうことにした。駆け足で街の中を行くと、後ろから声を掛けられた。
「あの、そこの二人。もしかして、さっき詰所に来た子?」
振り返ってみると、自警団の気のよさそうなおじさんだった。
「はい、あの、実はこんなのが届けられて……」
紅は手に持った警告文を彼に見せる。おじさんは顔をしかめてじっとそれを見た。
「そうか……たしか、知り合いとはぐれたんだったね?」
「はい、あの、それで、どこかで騒ぎとか起こってませんでしたか?」
紅の問いに、おじさんは黙ってしまった。「あの……」
「ちょっと、こっちにおいで」
おじさんが手招きした。紅は彼に近づこうとした瞬間。
彼は、袖の中に隠し持っていた仕込み型の剣を振り回した。
咄嗟の反応で、紅は身を屈めてかわすことが出来たが、シリウスのように慣れているわけではない。その場に倒れこむように転んでしまった。
「何……!?」
「紅さん、避けて!」
マナの叫びに、ハッと我に帰り、再び縦に剣を振りかぶった男から転がるようにして逃げる。
「なんでこんなことするんですか!?」
体勢を立て直しながら、男に叫ぶ。
自警団、つまり街の治安を守る団体のはずが、危害を加えるなんて、普通はありえない。
「ふん、おい、囲め」
男の声に呼び寄せられるように、路地から複数の人影が現れた。それぞれ様々な武器を持っている。彼らが紅とマナを囲むように迫ってくる。
「とにかくここから逃げましょう」
恐怖からか、身を寄せてくるマナに頷き、紅は魔術で、炎の剣を空中に発生させる。
「こう見えても私だって戦えるんだから!」
炎剣を男目掛けて発射する。赤い閃光が一直線に空を切り、男を吹き飛ばす。
筈だった。
「嘘っ……!?」
しかし、炎剣は空中で、男に直撃する寸前で、何かにかき消されてしまった。炎剣が儚く煙をあげて消滅し、その向こうでは男が得意げに笑っているのが見えた。
「対抗呪文……単一属性の魔術を打ち消すなど容易いことだ」
魔術が途中で打ち消されてしまう。この感覚を、紅はローアン・バザーで経験していた。白い鎧の剣士。魔術も使いこなす彼との戦いの中で、紅の魔法は打ち消されたことがある。
「……でも、これならどう!?」
紅は再び、炎剣を発生させる。しかし今度は、男に向けて発射せず、地面に叩きつけるように放った。局地的に爆発が起こり、爆風と砂利が飛び散る。
だが、
『力ヲ寄越セ、守護代天使ノ使ヒ、白百合ノ天使、水ノ守護ヲ求ム』
男が早口に何か囁いた。
途端、彼を中心とするように、地面から水が噴出した。爆風と砂利を蹴散らすように噴出す水は、まさしく魔術によるものだった。
「魔術師……!」
目の前に現れた強敵に愕然とし、再び構えなおす。
「無駄だ。炎と水では相性が悪い。お前に勝ち目は無い」
男は言うが、紅は諦める気は無い。再び男に炎剣を放つが、打ち消される。それでも、今度は魔力を大きくこめて、極太の炎剣を放つ。
しかし、それも虚しく、ジュウという音を立てて、火に水をかけたように、鎮火してしまう。
「もういいだろう。囲め、捕まえろ」
男の命令で、周りを囲うものたちが詰め掛ける。必死に抵抗するも、魔術は打ち消され、単純な力では勝てるはずもない。
(せめて……マナだけでも逃がさないと……)
紅の隣では、同じように男に囲まれ、捕らえられそうに成っているマナがいる。
紅は再び、魔術で炎を放った。
「ん? しつこいな、そんなことをしていても、無駄に魔力を消耗するだけだ」
男が再びレジストして、炎を打ち消す。周りにいた男達も、鈍器などで、紅を攻撃し、押さえつけようとする。
「おい、間違っても殺すなよ?」
男はさして心配していなさそうに呼びかける。
それでも、紅は炎を放ち続ける。
ジュウジュウと音が響き、あたりは次第に水蒸気で満たされてゆく。炎を打ち消す際に、必ず少しは水も蒸発する。その水蒸気が、やがて濃くなってゆく。
「……っ、おい、! ちょっと頭殴って気絶でもさせろ!」
男は気がついた。既にあたりには、視界を削るほどの、霧の様に水蒸気が立ち込めていることに。
男の声で、周りの者が紅を攻撃し、黙らせようとする。
「マナッ! 今のうちに逃げて!」
紅は叫ぶが、マナは戸惑ってしまう。
「でも、私だけで逃げるなんて……」
「絶対後から追いつくから!」
今、このチャンスを逃せば、どちらもつかまってしまうだろう。マナがここに残っていても、出来ることが少ない。それに、紅は必ず追いつくといった。
仲間を、信じよう。
「絶対。だよ!」
そう言い返すと、マナは懐から二枚のタロットカードを出し、それを地面にたたきつけた。
ボンッっと爆風がして、一瞬、男達が離れる。その隙を狙って、マナが駆け出す。紅もそれに続きたかったが、腕をがっちりと掴まれていたため、動くことが出来なかった。
「ちっ、フォンレーゼのほうは後から回収しろ。今はこいつだけで十分だ」
男は言った。紅は既に、抵抗できないように、腕を背中に回され、地面に押し付けられていた。
数名がマナの追跡に走り、残りは紅を拘束し始める。
(あはは……追いつけそうにないや……)
紅は一人、寂しく心の中で呟いた。
今回、少し登場した魔術の詠唱ですが、じつはちゃんと法則というかルールを決めてあります。でも、そのうち忘れてしまうかも……(笑




