第三十一話 恐れ知らずの組織
中央市街の正門前に来ていた。中央市街は、中央平原の中心部に広がる、大陸上最大の人口都市であり、最も広い面積をもつ。東西南北に、大きな門を持ち、中に入るには門をくぐる必要がある。
「ちょっと君達、住人票を見せてくれ」
シリウスが門を通過しようとしたとき、脇にある詰め所にいた中年の目つきの悪い門番に引き止められた。
「住民票? そんなのがいるのか?」
「当たり前だ」
途端に、門番の顔は険しいものとなる。胡散臭そうに、じろじろと紅達を睨みまわした。
中央市街が最大の人口都市になることができたのは、徹底的な防犯体勢を整えているからだ。街に入れる者は、住民票を持つもの、もしくは、一部の住民の紹介状が無ければ、入ることが出来ない。
(どうしましょう、中に入れないみたいですけど……)
マナが心配そうに、紅に囁いた。正直、ここで街に入れず、中央市街を迂回して平原を歩くのは勘弁して欲しいところだ。
「旅人ならば、こちらの外周道を通っていけ。東側の半島に行きたいならこっちだ」
門番は、もう完全にシリウス達を中に入れる気は無いようだ。ここまで来て、もう為す術がない。万事休すといったところだ。
「いいや、住民票ならここにあるぜ」
ダルクが前に踊りだし、高々と薄い紙を掲げた。それを門番がひったくり、訝しげな目で眺めた。色々な角度から、まるで偽造を見破ろうとしているような感じだった。
「……確かに。ダルク・ハット氏の入街を認める。だが、他の者は住民票を持っていないため……」
「ところがどっこい、紹介状があるんでね」
ダルクはもう一枚、紙を取り出した。今度は羊皮紙のような高級感ある紙だ。さらに門番は顔をしかめる。もう怒っているようにも見える。
「……!? ど、どうぞ」
ところが、羊皮紙を見た途端、門番の顔が一変した。
「はいどうも」
軽い調子でダルクは答え、「さ、みんな行こうぜ」と一行を促した。
門をくぐると、中央市街の中心を十字に走る大通りに出た。道路はすべてタイルなどで舗装され、建物の大きさや色なども統一感がある。それでいて、閉鎖的なイメージは無く、道の端には露店や公園、噴水などの娯楽要素も散りばめられていた。
「すごーい! 今までの街とは全然ちがうね!」
紅の感覚では、この中央市街が一番元の世界と似ている。道行く人々の格好も、ローアン・バザーのような鎧や武具をまとっている人はほとんどいなく、スーツ等のフォーマルな格好がほとんどだ。
「まあな。中央市街は大陸で一番治安がいいといわれてるし、そもそも戦う必要が無いからな」
ここでは、シリウス達の格好が浮いているほどだ。
「それよりも、どうして住民票なんて持ってたんだ?」
シリウスが疑いの目でダルクを見た。
「なあに。これぐらい事前に用意しとくさ。偽造住民票な」
何故偽造住民票を持っているのか、シリウスは尋ねたそうにしたが、どうやら気がそれたらしい。結局詳しく言及せずに、一行は大通りを歩いた。
大通りをしばらく歩けば、中央市街のさらに中心部。十字型の大通りが交差する所に来た。ここは、大きな広場になっていて、人通りも多く、それにあわせて店も多い。広場のど真ん中には、巨大な時計塔のモニュメントが建っていた。
「それじゃあ、ここらでお別れだな」
不意に、ダルクが呟いた。
「えっ!? もうお別れなんですか?」
紅としては、仲間が多い方が旅をしていても楽しかったが、ダルクも探し物があるという話を思い出した。
「まあな。俺もちょっと捜さなきゃいけないものがある。紅ちゃん達と旅が出来て楽しかったぜ」
「また会えると思うから」
イースも言葉少なくお別れを言った。相変わらずの無表情だったが。
「また……会えますよね」
「ああ、必ず」
紅はもともとこの世界の人間ではない。いつかは元の世界に帰りたい、だが、元の世界に帰ってしまえば、もう色々な人と会えなくなってしまう。この不思議な旅が終るころには――――。
「ふん、チャラ男がいなくなってこっちも気が楽だよ」
シリウスが最後まで憎まれ口を叩いたが、ダルクは笑った。
「じゃあな」
ダルクは軽く手を振り、イースは軽く頭を下げ、やがて大通りの人ごみの中に紛れてしまった。
「行ってしまいましたね」
マナも残念そうに人ごみを眺めていたが、やがて「もう行こうぜ」というシリウスの一声で三人は移動した。幾度と無く、ダルクとイースには助けられた気がする。この中央市街まで来れたのも、彼らのおかげだ。シリウスもどこと無く寂しそうだった。
ホテルのチェックインを終え、時間も昼を過ぎ、日が傾き始めた。本当なら、もっと中央市街を見物したかったが、シリウスは一刻も早く王都へ向かいたいので、翌朝には出発することになった。そのために今日のうちに買い物を済ましておきたい。
「紅とマナは必需品を買ってきてくれ。俺は剣を捜してくる」
そういって、三人は二手に分かれた。紅とマナは食料などを買いに、ホテルのフロントで聞いた、街で一番大きな市場にむかった。
「確かこっちの方だよね」
フロントの気のいいおばさんに作ってもらった地図を頼りに二人は街中を歩いていた。中央市街は道が碁盤の目のように綺麗に並んでいるが、建物に統一感があり、逆に特徴が無いので、道に迷ってしまいやすい。
土地勘の無い二人は右往左往しながらも、ようやく市場に辿り着いた。
「ここかぁ……本当におっきいですね」
「そうだね」
まるでデパートみたいだ、と紅は心の中で思った。
それぐらいに建物は縦にも大きかった。五階建てぐらいの大きさで、この世界の中で見た中では一番大きい。人々が飲み込まれるように中に入っていくのも、デパートのそれと似ている。
「お買い物楽しみですっ!」
マナが無邪気にはしゃぎながら言った。紅はその笑顔を見て自然と笑ってしまった。
「さて……どうしたもんかな」
シリウスは正直、困っていた。というのも、武器の必需品である剣だが、この中央市街では剣を必要としない。つまり武器屋がないのだ。武器屋が無ければ剣が買えない。剣が無ければ、もうダルクもイースもいないこれからの旅路で危険度がかなり変わってきてしまう。
表通りには、武器屋があるように思えない。だが、一本裏の路地に入れば、あながちそうでもないようだ。背の高い建物が規律よく並ぶ町並み、その反面、大きな日陰が出来てしまう。裏通りは人気も少なく、どこか怪しい雰囲気が漂っている。
「……まぁ、さすがは中央市街の警備って所か」
確かに、怪しい雰囲気は漂っているものの、実際的に何かがあるというわけでもないようだ。徹底された警備、治安維持は隅々まで及んでいるのだろう。
途方に暮れ、することも無いのでそのまま裏路地を歩き続けていた。もともとシリウスは人の多いところが好きではないので、この裏路地の雰囲気は気に入った。
シリウスの後ろをついてくる足音がした。
後ろを振り向いて、確認してみるが、誰もいない。だが、警戒を強め、表通りに戻ろうとした時、後ろから声がかかった。
「こっちだ。にいちゃん」
声の主は中年の男性だった。これといって特徴が無い。人ごみに紛れてしまえば、『その他大勢』で数えられそうなほどだ。
「なんか用ですか?」
鋭く睨みつけながら尋ねた。すると男性は少し含み笑いをして、独り言を呟いている。
「いいや。君はたしか……シリウス・グランジ、そう名乗っていたね?」
「ああ、そうだ」
シリウスの背筋に嫌な汗がにじむ。寒くないのに少し震える。
「待っていました。シリウス様。いえ……ヴァーリス王子と、呼んだほうがよろしいですかな?」
シリウスは、男性がしゃべり終える前に、彼に飛び掛った。
剣を持ってない今、彼は拳を振るうしか出来ない。だが、男性は、まるでシリウスが飛び掛ってくることを予想していたかのように、拳を受け止め、捻り、力のベクトルを利用して、シリウスを地面にたたきつけた。
地面に組み伏せられたシリウスはもがき、離れようとするが、喉元に冷たいものが突きつけられた。見るまでもない刃が眼前に迫っていた。
「大人しくしていただきたい。こちらも手荒なマネはしたくないのでね」
「クソがッ……てめぇら、何者だ?」
「ドレッドノート。と、名乗っております」
男は静かに伝えた。




