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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第三章 中央市街の戦乱
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第二十九話 一時の休息

 意識が再び戻ると、木の茂みの中で横たわっていた。落下の衝撃よりも、ラインハルトに喰らった顔から腹部にかけての火傷のような傷が痛む。

「ッ、聖痕……って訳でもないようだな」

 傷の様子を確かめる。皮膚がただれ、流血している部分もあるが、本来この程度ならば、彼の自然治癒能力が癒してくれるはずだ。だが、傷はむしろ広がっている、より悪化している。早く対処した方がよさそうだ。

「グッ、アアッ、」

 足に力を入れて立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。何度かよろけて転倒しながら、木に寄りかかる形で立ち上がった。

 

 しばらく、森の中を木に寄りかかりながら歩いた。どちらに向かえば良いのかも分からない。だが、立ち止まっていれば、確実に、追手に見つかり、再びつかまってしまう。

 足元で、ガチッっと何かを踏む音がした。見下ろすと、見覚えのある白い鎧があった。だが、もはや無残にズタズタに壊れている。

「へっ、無様だな……」

 鎧の中にはその持ち主もいたが、とても人間と呼べる状態ではなかった。

 その鎧に、大きな文字で『Ⅱ』の文字が刻まれているのが、目に入った。

「……ふん、」

 鎧から目をそらし、再び歩き始めようとしたが、鎧の破片につまずき、転んでしまった。手も満足に動かせないこの状況で、顔から茂みに突っ込んでしまった。


「うわっ、びっくりした……あなた、大丈夫?」

 茂みの奥には、森道が通っているようで、女が一人歩いていた。女は三角帽にローブを纏っていた。背中には大きな、棺のような箱を背負っている。

「触れるなッ、無視しろ」

 手を差し伸べようとした女の手を振り払い、立ち上がろうとするが、失敗してまた転んだ。

「傷だらけじゃん、ほら、手を貸しなさい」

 彼の顔面の怪我を見て、臆するのではなく、むしろ助けようとしてくれた。それが彼にとっては鬱陶しかった。だから、もうこの女に自分と関わらないように言い放った。

「関わらない方が良い、俺は悪人なんだ」

 その一言で、しばし女の顔が固まった。

 だが、不釣合いなほどの笑顔で答えた。

「私はね、悪人を見ると放っておけない性質なんだよ」

 そういうと、ゲヘナを手をとって立ち上がらせた。

 


***



「紅さ~ん。あーさでーすよー」

 マナは扉を開けて部屋を覗き込んだ。質素なつくりの宿屋の一室の中の、ベットには誰も寝ていなかった。

「あれっ? 紅さん?」

 部屋の中に這入り、改めて見回すと、ベットの下に人影が見えた。

「紅さんですか?」

 マナが身を乗り出して覗き込んでみると、床には蓑虫みたいに毛布に包まった紅が、スースー寝息を立てていた。


「よう、ようやくお目覚めか、社長さん」

「んー、おはよう」

 紅は眠い頭をカシカシと掻いて隣の部屋のシリウスを訪ねた。そこには既に、紅を除くみんなが揃っていた。

 結局、昨夜は明け方ごろに、ヘミシアの町に着き、そのまま宿を取って寝たというわけだ。朝とは言ってももう昼に近い。

 ヘミシアの町は、旅の人が立ち寄る小さな町で、宿や雑貨屋は多いが、それ以外には特筆することも無い、田舎町だった。紅は宿の古臭いイスに腰掛け、シリウスはテーブルの上に地図を広げた。

「じゃあ、今後の方針を決めるぞ」

 シリウスは小さなチェスの駒みたいな置物を地図の上に置いた。そこが現在地である。

「このまま中央平原を北上、中央市街を通り抜けて、しばらくすればもう王都だ」

 シリウスは一口に王都といったが、実際のところ中央平原は大きい。地図の大半を占める平原は、とても二、三日で移動できそうも無い。

「まぁ、それでだ。俺達は中央市街まで行こうと思う」

 ダルクが脇から、別の駒を地図の上に置いた。

 ちょうど中央市街、地図の真ん中である。

「え、王都まで一緒に行かないんですか?」

 マナが驚いたように声をあげた。マナとダルクはほぼ初対面のはずだが、気を使っている様子はあまり見られない。

「ああ、俺達はもともと中央市街に用があったんでね。だから旅路を共にするのもそこまでだ」

 ダルクは残念そうに言い、イースは話しに加わらず、窓から外を眺めていた。

「俺はせいせいするけどな」

 シリウスが犬歯をむき出しにしていった。

「ははっ、お前のハーレムに俺が参加するのがそんなに不服か?」

「バーカ、色ボケ野郎が減るからだよ」

 マナは、二人のケンカをとめるべきか、オロオロしていたが、紅はそんな二人を見て笑ってしまった。


「あ、そういえば、ダルクさんの使ってる武器って銃ですよね?」

 紅はふと疑問を口に出した。紅の世界にも銃はあったが、それとは形状が結構違うようだ。

「うん? こいつのことか。確かに、こいつは魔導銃だな。このカートリッジのところに魔石が入ってて魔力を供給するんだ」 

 ダルクが、腰のホルダーから銃を取り出して、テーブルの上に置いた。それを見たシリウスが驚いたような顔をした。

「馬鹿な、魔導銃なんて、代物は存在しない。魔力を供給させたら、反動が大きくなりすぎて銃身が壊れるはずだ!」

 シリウスが大声を張り上げたが、ダルクは得意げに指先を振って、たしなめるように言った。

「それは世間の一般常識。これは俺が完全自作したんだ。結構特殊な作り方をして、撃ち方にも工夫があるんだぜ?」

 製造法は企業秘密だけどな。と付け加えて、自慢するように銃を振る。銃身は太くて長く、確かに頑丈そうだ。シリウスは今だ釈然としない顔だったが、ダルクはお構い無しに続けた。

「俺はガンスミスっていうか、武器全般なら開発できるんだぜ、なんなら剣先から水を出せる剣でも作ってやろうか?」

「魚を開く時便利そうだな。そんなの誰が欲しがるんだよ」

「でも、お前、剣無いだろ」

 シリウスはちょっと悲しそうにうなだれた。

 

「何を見てるんですか?」

 紅は、テーブルにシリウスを残して、窓際にいるイースに話しかけた。イースは大体紅と同じくらいの年齢で、背も高くない。褐色の肌に、アッシュブロンドの髪、そして、よく見れば、瞳に薄くグリーンがかっている。

 彼は窓から紅に視線を移し、不思議そうな顔をした。

「別に。雲を見てただけ」

 平坦に、感情をなるべくこめないような声だった。

「雲? 何か変わったことでもあった?」

「変わったことが無ければ雲を見ちゃいけない?」

 「そうでもないけど……」と紅はちょっと困ってしまった。シリウスやダルクは結構おしゃべりだから色々教えてくれるが、彼は基本的に戦闘時以外は無口のようだ。これでよくダルクと二人旅をしていたものだ。

「魔術」

「ん?」

「君はどうして魔術をそんなに使える? 下等呪文だけど無詠唱だし威力も高い」

 イースはじっと紅の瞳を見つめ、独り言のように聞いてきた。

 正直、答は当の本人である紅にもわからない。

「ええと、あんまりわからないの、生まれつき……なのかな?」

 適当にお茶を濁すようなことを言ってみたが、イースは「遺伝……もしくは家庭環境で日常的に魔術を……?」と熟考し始めてしまった。適当に言ったというのもなんだか恥ずかしかったので会話を切り替えることにした。

「中央市街には何をしにいくの?」

「……、君達が何しに王都まで行くのかも気になるけど、僕たちはちょっと調べごとだよ、」

 そういって、ふいっとまた視線を窓の外へ移した。もう雲は流れていた。


「おい、二人とも。外に買いものに行くぞ」

 シリウスに呼ばれて、紅たちは部屋を後にした。




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