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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第三章 中央市街の戦乱
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第二十八話 始る闘争

 夜通し山道を歩き、日の出の光をあびながら、ようやく山道を下り終えた。

 それまで、道の周りを覆うように茂っていた木々が無くなり、一気に視界が開けた。見渡す限りに広がる大地と、果てが見えない地平線。目を細めてみると、少し先に町が見える。

「ここが大陸中央に広がる、中央平原。そのまんまだな」

 東西南北に飛び出した半島があるこの大陸の、中心部に広がる平らな平原、それが中央平原だ。平原部の中には樹木が茂っている部分もあったり、大きな湖なども見ることが出来る。

「とりあえず、ヘミシアの町はもうすぐそこだ、早く行こうぜ、もう眠い」

 ダルクがあくびを噛み殺して歩みだした。



***




 時はまだ夜が明ける前、港に停泊していた船舶の中では、皆一様に白を基調とした服を纏った人々が慌てたように走り回っていた。

 一人の護送の犯罪者が逃走した。

 既に見張りは無残な姿になり、人々は奴を探し回っていた。


「アルタイル氏、船の中にはもういません、捜索網を陸の方へ広げましょうッ」

 船室の一番奥、先ほどまで、犯罪者が捕らえられていた一室には、真っ白なローブを纏った背の高い男が、重苦しく悩んだ顔で、イスに腰かけていた。

「うむ……。だが、大勢での行動は避けろ。騒ぎにはしたくない。最低3、4人で行動しろ。発見次第、捕縛術式、もしくは奴の行動力を削ぐように攻撃しろ。安心しろ、奴はまだ当時の実力の百分の一にも満たない」

 一通り指示を出すと、部屋に訪れていた部下は退出し、おそらく船の中を探し回っていた者達にも指示を伝えているだろう。

 部屋にはアルタイル一人になると、彼は大きな溜息をついた。


「おやおや、ずいぶんと楽しそうだねぇ」

 皮肉に満ちた、声変わり前の少年のような、幼い声が部屋に響いた。だが、依然として、部屋にはアルタイルしかいない。

「カースか、相変わらず悪趣味な奴だ。この状況を楽しそうだと?」

 アルタイルが部屋の角、何も無い一帯を睨んだ。すると、まるでフォーカスが修正されていくかのように、少しずつ、ぼんやりと輪郭が現れた。

 大きな黒い仮面が、顔を覆った、中背の人物。アルタイルとは打って変わって黒い衣装を纏っていた。

「あらあら、さすがの騎士団長様も今回はお手上げかい? まあね、かつて世界を震撼させた古都ノーティスの悪魔が再び野に放たれたと聞けば、世界中の人々は君をどう思うかなぁ?」

「黙れ。本来、第九番の貴様が私に気安く口をきくな」

 吐き捨てるように言うと、イスから腰をあげた。

「うんうん、さすが大教皇様のお気に入りはちがうねぇ、コネで手に入れた第十三番はそんなにお気に入りかい?」

「黙れといっているのが聞こえなかったか?」

 勢い良く剣を振りぬいた。黒い仮面の下、喉元に切先が向けられる。だが、そんなことを、まるで気にしないように幼い声は続く。

「落ち着けよ。そして考えろよ。今僕を殺したら、本当に立場が揺らぐぞ、大教皇様もそこまでされたら君を庇えなくなるよ。でもまぁ、史上最年少で騎士団長まで上り詰め、悪魔討滅術式の開発も手がける君はこの程度のことじゃ立場は揺らがないだろうね」

「…………」

 アルタイルは無言で剣を虚空へ仕舞い込み、黒い仮面に背を向けた。

「地獄は必ず見つけ出し、捕らえてやる。余計な心配はするな」

「はいはい、せいぜい見守らせてもらうよ」

 そういうと、黒い仮面は再びぼやけ、夜の闇に溶けていった。




***



 裸足のまま、夜の森林を駆け回る。後ろには、真っ白い騎士が三人いる。

(ちっ、意外と足が早いな……逃走も想定内ってか)

 物理的な足の速さではなく、追手が自分を発見する早さに驚きながら、木を掻き分けて走る。時々、神経が張るような痛みが走るのは、二十年のブランクがあるからだろう。本来の千分の一も力が出ない。

「フライヤは右、ロンドネスは正面を頼む、」

 白い騎士達の会話が聞こえる。本人達は、聞こえないように言っているつもりだが、彼は並みの人間と感覚神経も桁違いに優れている。まる聞こえだった。

「ラインハルト氏はどうなさいますか?」

「私は上から攻める、」

 三人の騎士のうちの一人、おそらく上司と思われる男がスッっと消えた。おそらく音も無く空に飛んだのだろう。上は木の枝が覆っているので、地面からは見えない。


(……来るッ!)

 二人になった騎士のひとりが、右から飛び出した。並の人間の速度ではない。手に握る大きな剣を真っ直ぐに振りぬく。

「脆いんだよ」

 剣は彼の素手に受け止められた。いや、正確には、剣先を握りつぶされていた。生身の腕で、鋼鉄よりも堅い大きな剣をいとも容易く粉砕した。

「なにッ!?」

 常識を超越した存在を目の前にして、身体が硬直してしまった。

 更に、脱獄者の追撃が迫る。

 一瞬のうちに、懐に迫るほど近づき、拳が白い服の男の腹部に突き刺さる。ベキリ、という鈍い音とともに、じんわりと痛みが広がる。だが、これで終らず、前方に仰け反った男の首を、背中側、つまり、本来とは逆の方向に曲がるように、手のひらが額に打ち付けられる。視界がぐるりと回り、意識はそこで途切れた。

「フライヤァァァ!!」

 同僚が無様に殺される様を見せ付けられて、正面から迫る白い鎧の男、ロンドネスが憤り、手に持つハンマーを強く握り締める。

 その時、脱獄者と目が合った。

 その瞳の中で、炎が燃え滾っているような、そんな恐怖が、ロンドネスの胸の中に広がった。だが、ハンマーを握る手は緩めない。むしろ、より一層力をこめて、上段から振り下ろした。

 岩石をも粉々に砕くその一撃を、奴はかわそうともせず、正面から喰らった。頭蓋に直撃したハンマーの、その衝撃波だけでも周囲の木々が嵐が過ぎたようにゆれた。

「……なんだ、それは……」

 ロンドネスは、その光景を直視できなかった。

 奴は傷一つ負わず、頭上にあるハンマーはひび割れていた。

「ったく、こんな程度のおもちゃで遊んでる暇ねぇんだ」

 奴の右腕の先、広げた手のひら辺りに、黒い魔力の塊が渦巻いていた。無理やり引きずり出しているようなそれを、奴は握りつぶす。バチバチと耳に突き刺さる音が響く。ロンドネスは一歩も動けない。

「格の違いってのを見せてやろうか?」

 右手の中で渦巻いていた黒い魔力の塊が、一つの姿を形作った。長い剣。それは、いわゆるカタナにも似た、刀身が異常に長い剣。

 一閃された。

 また一つ、首が飛んだ。


「そろそろかかって来いよ」

 ゲヘナは天を仰いで叫んだ。すると、木々のゆれが、ふと止まった気がした。

 天を遮る木々の枝が割れた。上空から極太の閃光が降り注いだ。それが地面をえぐる前に、ゲヘナは地を蹴り、はるか上空へ跳躍していた。

「見つけたぜぇ……」

 ゲヘナは、上空に浮かぶ一人の騎士と対峙した。全身を真っ白い鎧で包み、背中からは巨大な光り輝く羽が生えている。その腕には、先端の細い、円錐形の槍のようなものが握られていた。長さは二メートルを超えるのではないかというほどの破格なものだ。

「下賎な悪魔め。私の同僚を二人も……」

 重苦しく、鎧の中から声が響く。

「ハッ、あんな雑魚兵を戦場に借り出すからだろ。死んだのは俺が殺したからじゃない。あいつらが弱いからだ」

 言葉を吐き捨て、ゲヘナは空を蹴り、鎧の男、ラインハルトへと猛進する。右手に握る黒い魔力で出来たカタナを大きく横薙ぎに振る。だが、ラインハルトの翼が大きく羽ばたき、さらに上空へ逃げる。

「逃がさねぇぞ」

 ゲヘナの右手のカタナは収縮し、再び黒い塊に戻る。それを上空へ逃げるラインハルトへ振りかぶる。大砲のように打ち出された魔力の塊は、空中で数倍異常に膨れ、辺りに火花を散らす。

「術式展開、天使魔導装填、“天罰術式”」

 ラインハルトは巨大な槍に魔力をこめる。槍を囲うように、空中に円形の魔法陣が発生した。青白く光を放ち、槍の先端に、白い光の魔法が装填される。

「射出!」

 白い魔力と、黒い魔力が空で激突した。お互いの力が混ざり合い、押し合い、鬩ぎ合い、周囲に魔力があふれ出す。衝撃波が二人を煽るが、二者とも動じない。

「う、打ち消した?」

 ここで初めて驚いた声を出したのはゲヘナだった。

 大規模の黒い魔力塊が相殺された。二十年前前までは無双の威力を誇り、誰にも止めることが出来ず、町ひとつでも吹き飛ばすことが出来た力が。

「覚悟しろ!」

 驚愕に動くことが出来なかったゲヘナに、ラインハルトは追撃を迫る。破格のサイズを持つ槍を上段から振り下ろす。

 しかし、ゲヘナは正面からの攻撃を、無意識のうちに、腕を掲げて、まぶしい日の光を遮るような体勢で受け止めた。

 その時、彼の腕、ちょうど槍を受け止めた部分から、ジュッという焦げるような音がした。

「痛ッ、!? 何だ?」

 慌てて振り払い、距離を取って腕を確かめる。

 腕は火傷にも近い、ただれた状態になっていた。そして、遅れて来る痛覚。それも、二十年前から忘れていた感覚だった。

「……やはり、天罰術式を用いれば、貴様の肌を傷つけることも可能か」

 しめたように、嘲笑うラインハルト。

 ゲヘナは忘れていた感覚に戸惑い、恐怖を覚えていた。いや、思い出していた。

「く、クソがッ!」

 ゲヘナは再び、黒い魔力の塊を発生させる。今度は両手に握り締め、二刀の巨大な剣を握る。大きく振り回すように連続斬りを放つ。

 だが、ラインハルトは空中を自由に羽ばたき、掠めることすら出来ない。再び天罰術式とやらが装填され始める。

(くっ、またアレを放つつもりか?)

 徐々に焦り始めたゲヘナを尻目に、空を逃げ回るラインハルトは、槍の先端に白い魔力を装填させる。

 ラインハルトが大きく上空へ舞い上がった。

 ゲヘナが追いかけようと、空を蹴る直前に、ラインハルトが白い魔力を放った。

 今度は、空中で拡散した。一粒一粒は、雨粒ほどの小ささだが、この術はゲヘナには効果が大きいらしく、一粒でも当たれば、肌が焼け焦げる。

 だが、この白い魔力はゲヘナの持つ黒い魔力で相殺できる。両手に持つ剣を球状に収縮させ、盾のように掲げて、白い魔力の五月雨の中へ飛び込んだ。

 時折、相殺し切れなかった。魔力の粒が肌を焼く。それでも、上空でこの魔力の雨を降らすラインハルト目掛けて猛進する。

「畜生ッ、この糞野郎がァァァ!!」

 怒号とともに、ゲヘナが魔力の雨を突き抜ける。ラインハルトも魔力の放射を強め、ゲヘナの接近を阻止する。

(ちっ、魔力が……)

 魔力の雨を相殺する黒い魔力の盾が薄くなってきた。だが、ラインハルトまであと少し。

「これで最後だ」

 ラインハルトが魔力の雨を一点に集中させた、突如、ゲヘナの盾に穴が開き、顔面から這うように白い閃光が肌を焦がす。それでもゲヘナは止まらない。

 正面から魔力を受けても、強引に突破し、ラインハルトの槍の先を殴る。槍が空を飛び、閃光の向きが反れ、ゲヘナはようやく解放された。


「だが、これで仕舞いだ」

 ラインハルトが腰にささっていた剣を振りぬき、瀕死のゲヘナの額に剣先を向ける。

「お前に地獄を見せてやる」

 ゲヘナの目が、狂喜に笑った。その表情に、思わず身構えるラインハルト。

 その刹那、ゲヘナの左手がすっとラインハルトの腹部に当てられた。ラインハルトが反応を起こす直前、彼の腹部が暴発した。

 黒い魔力が溢れ、ラインハルトを飲み込む。

「馬鹿なっ、魔力を使い切ったのではッ!?」

 ミシミシと鎧がひゃしゃげ、視界がぶれる。

「ああ、使い切ったぜ。右手の分だけはな」

 音が消えた。

 黒い魔力の塊は、人間一人を飲み込んで、爆発した。

 

「……ックソ、こんな雑魚相手に、へばるなんてな……」

 顔面から腹部にかけて、肌が焼け焦げたゲヘナは、空中で力を失い、そのまま深き森へと自由落下していった。


 

長ぇ

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