第二十七話 不思議な気持ち、煌く星空
開けた山道をシリウスと紅、その後ろにマナが続き、しんがりをダルクとイースが歩く。山道は空を覆うように木々の枝が伸び、暗さを一層際立たせていた。ふかふかした腐葉土を踏みしめ、少しずつ山を下る。目指すは山を下った先にあるヘミシアの町だ。
「紅、気をつけろよ、あの二人、何かたくらんでるかもしれない」
シリウスが声を潜めて紅に言った。
「でも、良い人みたいだよ? さっきも助けてくれたし」
あの二人も、わざわざ危険なところに命がけで紅たちを助けてくれた。確かに、よほどの親切な人でなければそんなことはしないかもしれない。
「おいおい、心外だな。俺は女の子が困ってたらどこへでも助けに行くんだぜ?」
距離の開いた後ろから、ダルクのわざと気取った声が聞こえてきた。
「そんな調子で言われて信用できるか」
シリウスがぼそりと呟くと、その様子を一瞥したダルクが付け足した。
「まして、惚れた女なら尚更だな」
「なっ!?」
「ハハッ、俺はどの女性にも惚れてるようなもんだからな」
からかう様に笑うダルクに、牙をむいてシリウスは「あいつは絶対に信用するな」と怒鳴る。
そのやり取りに、笑ってしまう女性陣二人だった。
結局、シリウスも過剰に警戒するのが疲れたのか、それとも呆れたのか、ダルクとイースを黙認するようになり、山も大分なだらかなところまで下ってきた。
マナのランプを高く掲げ、先のほうを照らすと、木々が開けたちょっとした広場のような場所に出た。
「わぁ、すごい……」
急に、それまで屋根のように覆いかぶさっていた木々の枝がなくなり、夜の空が頭上に現れた。それまで落ち着いて見る機会が無かったが、今、こうして眺めると本当に素晴しい景色だった。
文字通り、降り注ぐような星空。
満天の空に、散りばめられた星の一粒一粒が、バラバラに並び、不規則な光を放つ。それが本来真っ暗であるはずの夜の空を、青白く彩っていた。
「そうだな、山に来てもここまでは見れないだろうな」
立ち止まって紅の横に並んだシリウスも、星空を見上げている。
元の世界でも、星空を見る機会はあった。小学生の宿泊研修では、展望台でクラスの皆と空を眺めた。中学の林間学校でも、夜テントを抜け出して友達と見に行った。それでも、ここまでの気持ちにはならなかった。
不思議な気持ちだった。
悲しいのか、感動しているのか、安心しているのか、うれしいのか、それともやっぱり悲しいのかわからない。一つじゃない幾つもの感情が、胸の中で渦巻いて、あふれて、消えてゆく。
「あそこはなんだろ? 星座かなぁ」
ふとした疑問を口にしてみると、シリウスが肩をすくめて、「あー、星座って何だっけ……」と顔を曲げた。どうやらこっちの世界ではあまり普及していないらしい。物知りなシリウスが困るのも珍しかった。
「そっちが星座ですよ」
横から指を挿して、マナが教えてくれた。
マナが指差す先には、確かに、星がまとまっている。だが、星にあまり詳しくない紅は、それが何座か、見当もつかない。
「占いではよく星の位置関係や、動きを利用するものがありますからね。たとえば、ほら、あそこに見えるのがヨルムンガルド座で、季節が違えば向こう側にニーズヘッグ座が見えるはずですよ」
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
戸惑う紅に、「ああ、そうだそうだ」と納得するシリウス。
「星を眺めてると、不思議な気持ちになるよな」
紅の後ろから、ダルクが歩み寄ってきて言った。それに、紅は一瞬心を読まれたのかとびっくりした。
「そうですよね、私もです!」
「そうか、……いや、お節介は俺の性分じゃないな」
そういうと、紅の脇をすり抜けて、先に行ってしまった。
紅は改めて、星空を見上げた。
星空、元の世界でも見た星空。
今は違う世界で見上げる星空。
―――本当に、帰ることができるのだろうか。王都に行けば何かわかるかもしれないとシリウスは言うが、帰れるという保障は無い。今頃、元の世界はどうなっているのだろうか。紅がいなくなって、皆心配していないだろうか。お母さんはもしかしたら、紅が事件に巻き込まれたのかと思って、今も探し回っているかもしれない。あの日、待ち合わせをしていた香織は、どう思っているだろう。学校は、紅がいなくても普通に授業しているだろうか。そしたら、勉強についていけないかもしれないな。そういえば、友達から借りたCDがあったな。返せないや。
「……っ、」
星空を見上げる。まだ、見上げていたい。見上げていないと……
今頃になって、不安が圧し掛かってきた。異世界に迷い込んでしまったことを実感する。もしも、あの日、あの場所にいなければ、こんなことにはならなかったのかもしれない。
――――――帰りたい。
流れ星が、流れた気がした。
「どうかしましたか? 怖い顔になっていますよ?」
不安そうに、マナが顔を覗き込んできた。
「もしかして、先ほどの戦闘で怪我を……?」
マナの瞳があせってクルクル動く。どうやら回復の呪文用のタロットカードを探しているようだ。
「ううん、大丈夫。大丈夫だから」
心配しないで。
そういって、また、星空を見上げようとした。
「そんなに上を見てると危ない」
イースが、珍しく口を開いた。決してこちらを見ないで、なんてこと無いかのように言った。背中に担いだ槍が、大きく見えた。
「ちゃんと前を見て歩くんだ」
そういい残すと、ダルクのいる少し先まで歩いていってしまった。
彼のことはよく知らないが、それでも紅の味方でいてくれるような気がした。
「本当は大丈夫じゃないんだろ?」
シリウスが、言った。
すべて見透かしたような顔で。
「そんなこと無いよ? 怪我だってしてないし……」
慌てて取り繕うように言う紅に、シリウスは少し怒ったように詰め寄った。
「嘘は言うな。顔にかいてあるぞ。だから、つらい時は頼ればいいんだ。大体、違う世界に来たなんて、普通ならすぐに頭がおかしくなりそうになるだろ。お前は十分頑張ってるんだよ。だから、少しくらい疲れて、つらくて、もうダメになりそうだったら、溜め込まないで、頼れば良いんだよ。頼るだけじゃなくて押し付けてくれたって構わない。俺だけじゃ不安なら、俺以外にも受け止めてくれそうな奴は結構居るぜ。だから、そんな顔しないでくれよ」
そういって、頬をつたう涙をぬぐってくれた。
「……うん、ありがとう、……」
今度は、涙がとめどなく流れた。
そして、星空に浮かぶ、一つだけ、他の星よりも煌きの強い星を眺めた。
「シリウス」
「ん?」
「なんでもない」
笑って言う紅に、シリウスは苦笑しながらも、「さあ、行こうぜ。奴らが待ってる」と紅の手を引いた。
もしも、あの日、あの場所にいなければ、シリウスや、他の皆とも出会うことが無かったのかもしれない。
星空を見上げると、不思議な気持ちになる。不思議と心強かった。
この話はラルクアンシエルのTwinkle, Twinkle でも聞きながら読んでくれると……いえ、なんでもないです。




