第二十六話 反撃の一撃、炎の刃
「どうしてこんなところにいる?」
シリウスが立ち上がり、訝しげににらみがなら聞く。
するとダルクは肩をすくめて腕を広げて、オーバーなリアクションをとりながら答えた。
「お互い様だと思うけどな、まぁいいや。あそこのお嬢ちゃんに呼ばれたんだよ、たまたま森で歩いていたところをね」
ダルクが指差す先には、木の陰に隠れたマナの姿があった。少し、得意げに微笑んでいる。
「そうじゃない、どうして森の中を歩いていたかを聞いているんだ、たまたま歩くような場所じゃないだろ」
シリウスは詰問するが、それは大蛇が首を起こす音にかき消された。「詳しい話は後にしようぜ」というダルクの言葉とともに、再び大蛇と対峙する。
「おい、イース、奴の動きを止めてくれ!」
ダルクが叫ぶと、森の木の陰から一つの影が動いた。素早い動きに、目が追いつかないが、その影は大蛇の喉元に飛び込むと、長い槍を首筋に突き立て、大蛇の動きを止める。
ようやくその姿を捉えることが出来た。
褐色の肌に、アッシュブロンドの髪のやや背が低い青年、彼もギルドでダルクといた人物だ。
「さーて、イースが奴の動きを封じてる間に一気に決めるぞ」
「どうするの? あいつの鱗は私の魔法も、シリウスの剣も効かないんだよ!?」
これまでの死闘を思い返し、この大蛇を退ける方法は皆無に思える。
だが、シリウスがおもむろに呟く。
「いや、奴の口内……外に面してない皮膚はやわらかかった。なんとか口を開けたままにできればあるいは……」
「ならそれで決まりだ」
ダルクが、あらかじめ考えていたかのように、あっさりと同意し、構えに入る。
「まず俺の魔導銃で奴の注意を引く、その後は、イースが口を開かすから、止めは任せたぜ?」
ダルクは手に握る銃を振りながら駆け出した。
それに呼応して、イースが大蛇の喉元から飛びのく。間一髪、踏み潰させそうになりながらも、その素早さで距離を取る。
ダルクの持つ、魔導銃が連続して火を噴く。発射されているのはただの鉛玉ではない。それぞれが魔力の付加効果をもつ特殊弾だ。大蛇の皮膚をえぐるように命中し、大蛇の意識はダルクに向けられる。
「……いいか、俺が飛びこむ」
手短にイースがシリウスに言った。
その直後、大蛇の頭がダルク目掛けて射出された。それほどの速さで大蛇の首が動き、彼を丸呑みにしょうとした。そして、ダルクはそこから一歩も動くことが出来なかった。
「ダルクさん!!」
紅が悲鳴を上げるが、軽薄な返事が返って来た。
「へへっ、俺は無事だぜ?」
ダルクの目の前には、大口を開けた大蛇と、その口の、上あごと下あごを突っ張り棒のように支える槍を持ったイースがいた。
「嘘だろ……なんて速さだ」
シリウスが呆れながら、剣を構え、走り出す。
大蛇の上あごに、槍が刺さっているのか、大蛇は口を閉じることも、開けることもできない。動けなくなった大蛇の弱点目掛けて剣を振るう。
だが、大蛇の口に辿り着く直前、シリウス目掛けて、鞭のような尻尾が薙いだ。
「ちっ、……!!」
強烈な体重の乗った一撃を、剣で受け流し、なんとか回避する。後ろからダルクの援護射撃で、尻尾を退ける。再び、剣を振るおうとしたが、あることに気づいた。
「剣が……」
剣が真っ二つに割れていた。
度重なる連戦で、既にボロボロだったようだ。
「おいおいっ!? しっかりしろよ!」
ダルクが呆れたように怒鳴ったが、状況は楽観できるものではない。
ダルクの持つ魔導銃でも、大蛇の口内を攻撃することは出来る。しかし、根本的な武器の違いがある、今必要なのは、奴の皮膚を大きく切り裂く必要があるのだ。
「なら、私の魔法で!」
紅が前に踊りだし、炎剣を身の回りに発生させる。
だが、それをシリウスが制止する。
「ダメだ、奴に魔術は効かない、奴の体内には魔力を持つ血液が流れているんだ、たとえ魔術を放ったとしても吸収されちまう」
「そんな……」
この絶体絶命の状況で、役に立てないことに肩を落とす。
もはや打開策は無い。
イースが大蛇を押さえていられるのも、あと数秒程度。その後は、更に凶暴に暴走した大蛇が、彼らを喰らい尽くすだろう。
「……、おい、ダルク。その革の手袋を貸せ!」
シリウスが急に、ダルクに叫んだ。
ダルクの銃を握る手には、革の手袋がはめられている。この状況でそんな物を催促する意味がわからなかったが、その意味を図りかねている間にも、大蛇は暴れる。
「もう、限界だ……」
イースの槍を握る手が震える。大蛇は強引に顎を開き始めているのだ。
「早く!!」
「ちっ、ほらよ!」
革の手袋をはめると、折れた剣を握りなおし、今度は紅に向かって言う。
「炎剣を俺に飛ばせ!」
「えっ!?」
紅の周りには、先ほど発生させた炎剣が漂っている。もちろん、威力はそのままだ。
人間であり、魔術師でもないシリウスが喰らえば、当然、ただではすまない。
「いいから! 早くしろ、俺を信じろ!!」
切羽詰ったこの状況で、適当なことを言っているわけではない。必ず意図があるのだ。
シリウスを信じる。その言葉に、紅は後押しされ、すべてを預ける思いで炎剣をシリウスにはなった。
炎剣は一直線に、オレンジ色の軌道を残しながらシリウスへ猛進する。
シリウスは守ろうとも、避けようともしない。
既に真ん中から折れてしまった剣を構え、
炎剣を切り裂いた。
「行くぞ!! カドゥケイオンッ!!」
シリウスの持つ、折れた剣。その刃と、紅の放った炎剣の刃が合成された。折れてしまった剣先を補う形で、一本の炎剣がシリウスの手に握られる。
しかし、この炎剣は、その名の通り、炎で出来ている。柄から下は鉄で出来ているため、熱をそのまま伝えてしまう。ダルクから借りた手袋があるが、それもジリジリと音を立てて、完全に熱をシャットアウトできるわけではない。今でもシリウスの手には焼けるような熱さが伝わっているはずだ。
その炎剣をしっかりと握りしめ、大蛇の大口目掛けて疾走する。
口に飛び込むような形で、横薙ぎに炎剣を振るう。
それまで、どんな攻撃も弾いてきた頑丈な鱗でさえも、バターのように、熱したナイフで切り裂かれていく。金属の剣と、魔法の剣が合わさって、大蛇の口を真横から裂くように切断する。
大蛇が悲鳴を上げた。
その時には既に、身体が二枚にスライスされていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、やったか?」
シリウスの手は焼け焦げ、剣を放り投げた。
大蛇は完全に動きが止まっている。
「シリウス、大丈夫!?」
急いで紅が駆けつけるが、シリウスは得意げに笑って、「心配すんな」とだけ言った。
「ハハッ、まさか本当にやっつけちまうとはね、伝説級の化物だったはずだが……まだ子供だったのかな?」
ダルクが一人、呟いていた。
「ダルク、どうする?」
そこに、イースが尋ねたが、「俺に任せとけ」と一言返した。
「ところで、俺の手袋の落とし前はどうするんだい?」
ダルクがシリウスの手を指差すと、完全に黒く焼け落ちてボロボロになった手袋があった。
シリウスは申し訳なさそうな顔もしないで、「そうだな……出世払いで」と流した。
「そんなことより聞かせろ。どうしてこんなところに居たんだ? 偶然なんてありえないだろ?」
神妙な顔つきで、鋭く睨む。
ダルクは気にも留めないで、軽口を有用な調子で返した。
「あまり人のことに口出しするのは良くないぜ? ……まぁ、一つ、言っておく。お前は覚えてないだろうが、昔、俺は王都でお前と会ったことがある」
「なんだと!?」
シリウスは驚愕に目を見開いた。
「ただ……名前までは知らなかったぜ。シリウス」
そう付け足した。
シリウスは飛び掛らんほどの勢いでダルクに詳しく聞こうとしたが、
「あの……ケンカはやめてください!」
というマナの可愛らしい叫びで遮られた。
「ハハッ、ケンカじゃないさ。それよりも早く行こうぜ、ヘミシアの村で休もう」
ダルクが先陣を切って歩き始めた。




