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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第二章 悪魔の幽山
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第二十五話 洞窟の主、撃鉄の響

 カドゥケイオン。それは山岳地帯の極わずかな地域にしか生息しない、巨大な蛇の一種だった。その体内に、魔力を内蔵し、血液には特殊な効果が含まれ、その用途も様々だが、捕らえるのが大変困難で、その生態も謎が多い。


 そして今、大蛇は紅たちを睨みつけていた。

「避けろ!!」

 紅は状況が理解できないのか、呆然としてしまっている。そんなことにも構わず、大蛇は牙をさらけ出し、舌を這わせて、狙いを定める。次の瞬間、大蛇の頭蓋が射出されたのかと思うほどに、暴力的な頭突きが放たれた。

 咄嗟にシリウスの身体が動いた。紅を突き飛ばし、洞窟の壁に押し付ける。

 洞窟の壁を粉砕するほどの威力を持つ頭突きを何とかかわし、再び立ち上がる。


「シリウス……どうしよう……」

 圧倒的な大きさを持つカドゥケイオン。その姿に、既に紅は戦意喪失気味だった。

 シリウスは紅を抱き起こし、走ってマナの元へ駆け寄る。もう結界は破壊されていた。


「逃げるぞ、ほら」

 手を差し出して、マナを連れて走る。だが、カドゥケイオンの巨体が、ドーム状のナイトウォーカーの巣の出口をぴったりと塞いでしまっている。

 もしかしたら、ここまでの通路はすべて、この大蛇が動いたことで出来た道だったのかもしれない。


「どいて、私が壁を開ける」

 紅が前に踊り出て、炎剣を放ち、洞窟の壁に穴を開ける。

 その間にも、大蛇が頭をこちらに向け、再び攻撃の姿勢に入る。


「クソッ、喰らいやがれ!」

 シリウスがその首元に飛び込み、剣を突き立てる。だが、大蛇の鱗は鋼のように堅く、貫くどころか、傷一つ負わすことが出来ない。

 大蛇の頭が横に動いた。かと思えば、鞭のように首をしならせて、シリウスを薙ぎ払う。シリウスの身体は浮き、洞窟の壁に身体を打ち付ける。

「ぐっ、」

 肺から空気が吐き出され、咳き込む。

 見上げれば、大蛇の二つの眼がシリウスを睨む。その巨大な、割れ目のような口からは、人を容易く串刺しに出来るような牙が、二本収まっていた。


「シリウス!!」

 紅は誰かに後押しされるように、反射的に動いた。

 大蛇の口がバックリと開かれ、シリウス目掛けて発射される。走って間に合う距離ではない。このまま、シリウスは大蛇に噛み殺されるかもしれない。


 だが、洞窟の中を轟音が響いた。

 大蛇の口はシリウスを捕らえることは無かった。

「大丈夫!?」

 紅が駆け寄る。

 大蛇は今、紅の魔術によって出現した、巨人の腕によるアッパーを喰らい、天井に打ち付けられていた。


「大丈夫だ、それよりも早く逃げるぞ」

 見たところ怪我をしていないようだ。紅は少し安心して、シリウスの手を引き起こす。

 紅が開けた穴は、どうやら、別の通路に通じたようで、マナが先に行っていた。

 

「どうしましょう、これから」

 マナが心配そうに尋ねると、シリウスが先頭に出て言った。

「とにかく洞窟を抜けよう、ドレッドノートの奴らもさすがに追ってこれないだろう。山を下れば、ヘミスラの町がある、そこで落ち着こう」

 三人の行く道を照らすランプを、高く掲げて洞窟を出口の方へ走り出す。マナもシリウスも、そろそろ疲れの様子が見えてきている。早く抜けて休むべきだ。



「何か聞こえませんか?」

「……ああ、まぁ、あれだけじゃ退治できないだろうな」

 三人の背後、先ほどまで走ってきた方から、洞窟内部からズルズルとこするような音が響いてくる。

「来るぞ!!」

 シリウスが叫んだ途端、再び大蛇の頭が闇から這い出た。口から舌を小刻みに出し、ぎょろりとした目は確実に獲物を狙う。


「これでも喰らえ!」

 紅は振り向き様に炎剣を、三発飛ばす。一直線に大蛇の顔面に降り注ぐが、まるで火の粉を払うかのように首を振ると、炎剣を打ち消してしまった。

「奴の鱗は尋常じゃない、とにかく洞窟の外まで逃げるぞ!」

 退治するのは、不可能だ。

 今はとにかく逃げることを優先して考えるしかない。

 

 洞窟は依然として暗闇のまま、外の光はまだ見えない。

 大蛇の移動速度は、洞窟の中だからかあまり速くないが、その巨体が動く速度は、人間のそれとは桁が違う。大蛇にとっては遅くても、人間にとっては十分早い。

「お、追いつかれる!」

 紅は背後に迫り来る巨大な息遣いに身震いしながら、足を速める。だが、最近走りすぎたのか、足が痛い。

 そうしている間にも、蛇の頭との距離は縮まっていく。このままでは逃げ切れない。


「くそっ、下がってろ! 俺がやる!」 

 シリウスが足を止め、剣を構えた時、蛇の口が呼応するかのように、バックリ開いた。洞窟の狭い通路の中に、もう一つの穴が開いたように感じた。

 上下から、四本の牙が、一斉にシリウスを目掛けて降りかかる。

「シリウス! ダメェ!!」

 紅は手を伸ばそうとしたが、その背中は遠すぎた。


 シリウスは恐れることなく、大蛇の口の中に飛び込んだ、ようにに見えた。

 その直後には、長い、鋭い大蛇の牙がシリウスの身体を分断するはずだ。

 紅は目の前の惨状に思わず、目を塞ぎたくなったが、それはしなかった。シリウスは大丈夫だ。そう確信して、彼を信じて、すべてを見届ける決意をした。


 シリウスの吼えるような叫びが、洞窟を反響する。

 彼の腕が、牙の間を掻い潜るかのように動き、剣先を大蛇の口の中、口蓋の部分へ突き立てる。だが、それと同じくして、大蛇の牙が降りかかる。

 一瞬の間に、勝負は着いた。

 シリウスの肩には、大蛇の牙が深く突き刺さった。


 大蛇の口蓋には、シリウスの剣が貫通していた。

 大蛇の目元からは、銀色に光る剣先が飛び出し、真っ赤な鮮血を噴出していた。その痛みに、あの大蛇、カドゥケイオンもひるんだのか、大蛇は首を引っ込める。

「もっと鍛錬をつみな。そしたらまた戦ってやるよ」

 大蛇に捨て台詞を吐き、シリウスは紅とマナの元へ戻る。


「大丈夫なの? 肩から血が……」

「ああ、まあな。傷口は浅いみたいだ」

 幸いなことに、口蓋に剣が刺さった衝撃で、大蛇の動きが鈍くなったようだ。後一歩、シリウスの剣が遅かったら、大蛇を攻撃できても、肩から先が無くなっていただろう。

 布で止血をし、洞窟を進むと、外の明かりが見えた。


「良かった、これで外に出られるぞ」

 シリウスも安堵しきっていた、

 その時、

 背後から、不気味な鳴き声、むしろ唸るような、怒りに震えるような、そんな咆哮が響く。

 

「まさか……まだ懲りてないの?」

 紅が呆れたように言うと、その予感は的中した。


 目を真っ赤に染め、狂うほどに首をのた打ち回る大蛇が、三人に襲い掛かる。

「外に出るぞ!!」

 シリウスの声に、二人は走り出す。シリウスも後に続き、洞窟を脱出する。

 まだ月明かりが明るい。雲ひとつ無い山道には、適当に森林を切り開かれた広場のような場所がある。どうやら、キャンプに使う人もいるらしい。幸運なことに、今は誰もいない。

 三人を追って、大蛇も洞窟からすべり出てきた。

 その全長は、二十メートルを裕に越す。今までは頭しか見えなかった。だが、今、その全体像を見たときに、比べ物にならないほどの威圧感を持つ。

 大蛇、カドゥケイオン。

 

「ここを下れば村がある、そこまで逃げよう!」

「待って!」

 シリウスの提案に、マナが鋭く遮る。

「このまま私たちが逃げていったら、この大蛇も村まで着いてきちまいますよ!?」

 村には、もちろんのこと、この大蛇を退治する術など無い。むしろ、この真夜中に、起きている人間も少ないかもしれない。

「じゃあどうするの!? あれを倒せって言うの!?」

 紅は愕然として叫んだ。シリウスが決死の思いで、放った一撃。しかし、それを受けてもなお、この大蛇は三人を追ってきた。


「一旦、逃げ切るしかない、姿を隠そう」

 シリウスが森へ向けて走ろうとするが、それを遮るかのように、大蛇の巨体が這い出る。

「ちっ、鬱陶しい、」

 シリウスが背を向けようとした瞬間、彼の背中を強打した。大蛇の大木のような胴体が、鞭のようにしなり、辺りを薙ぐ。

「ぐっ、くそ、」

 受身を取るが、紅に助け起こされた。

「これでも、喰らえ!」

 紅は両手を天に掲げる。

 そのはるか上空三十メートルほどに、炎の玉を作り出す。腕を振り下ろすと同時に、炎の玉は、大蛇の顔面に直撃した。

 

「逃げよう、」

 シリウスの腕を引き、大蛇から距離を取ろうとした時、

「ダメだ、紅!」

 シリウスが急に紅をかばうように抱きしめた。直後、大蛇の首がへし折った樹木が降り注いでくる。うめき声をもらすシリウスだが、何とか耐え切った。


「シリウス、ゴメン……」

 紅の炎の玉を回避した拍子に、辺りの樹木を薙倒したようだ。

 シリウスは背中に木々が降り注いだが、大怪我は無いようだ。


「気にすんな……それよりも、これをどうするんだ?」

 ふと、月明かりが遮られた。大きな影にすっぽりと覆われたように、暗くなる。

 見上げれば、大蛇がもうすぐそこまで迫っていた。

 もう逃げようにも、立ち上がることが出来ない。シリウスは紅をかばったまま、大蛇を見上げ、睨みつける。

(もう体力が限界だ……せいぜい、後一回剣を触れる程度だな……)

 冷静に分析した上で、この状況は絶望的だった。


「俺は、お前を絶対守ってみせる」

 シリウスは紅に宣言した。

「うん。大丈夫、信じてる」

 紅は答えた。


 刹那、大蛇の大口が二人を飲み込もうと迫った。

 もう避けられない。

 だが、二人は死を恐れてはいなかった。二人でいるからなのか、不思議と恐怖はない。だからといって、この状況を打開する術もない。

 大蛇の牙が二人を引き裂こうとした瞬間――――――。


 

 連続する銃声が森に響き渡った。

 かと思えば、大蛇の頭は、何かに撃たれたかのように、弾かれた。

 大蛇が二人を喰らうことはなかった。


「なに? 誰なの?」


「よう、お二人さん。お邪魔だったかな?」

 紅が見上げると、一人の男が視界に入った。

 金髪の短い髪で、まるでハリウッド俳優と言われても不思議に思わないような風貌。少しキザに構えた細長い銃からは薄く煙がのぼっている。

「ダルク……ハットさん?」

「おや、まさか忘れてたとでもいうのかい? 悲しいなぁ、ハハッ」

 ローアン・バザーのギルドで知り合った謎の男、ダルク・ハットは銃を構え、大蛇から二人を間一髪、助けてくれた。


「さぁ、立ち上がれよ。反撃開始だ、まだダンスは終らないぜ?」


 

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