第二十四話 魔物の巣、這い出す巨影
「ふう……こんなもんか」
シリウスは、森林の中に身を潜め、敵の様子をうかがっていた。敵はシリウスの攻撃によって半壊していたが、それでも続々と街から援軍が来る。
(正直、女の子一人に対する追手の数じゃないな……それほどにヤバイ奴なのか?)
シリウスも、実際の所マナのことを良く知らない。まして、彼女の姉と、この巨大な組織『ドレットノート』の関係も不明瞭だった。
(ともかく、早く合流しないとまずいな……)
敵をかく乱することには成功したが、いつまでも身を隠していれば、奴らは道を進み、山越えトンネルへ向かってしまう。適度に森の影に身を隠しながら遠距離攻撃をしつつ、自分も進まなくてはいけない。
「まってろよ……二人とも」
シリウスは闇に紛れ、二人の元へ急ぐ。
***
「困りましたね……」
マナは洞窟の、おそらく最奥部にいた。『おそらく』というのも、辺りは真っ暗で、ナイトウォーカーに連れてかれるままにされていたからである。
ここはナイトウォーカーの巣のような場所であるだろう。むしろ、食事場という方がふさわしいかもしれない。辺りに転がる白骨は、果たしてどの生物のものだろうか。
その中心部に座っているマナだが、ナイトウォーカーは彼女に指一本触れることが出来なかった。彼女の座っている点を中心に、星型の結界が張られていた。星型の各頂点には、タロットカードが置かれている。結界とは、突き詰めればただの魔力を垂れ流しているだけのようなものだ。しかし、高密度の魔力が放つ膜は、とても強固な壁を作り出すことが出来る。
(でも、この結界はニセモノ、張りぼてみたいな物)
マナの使う呪文では、形式は結界でも、中身はスカスカのニセモノしか作り出せない。タロットカードを触媒として、水晶玉の持つ魔力を借りて、ようやくナイトウォーカーを退けるものを作り出せている。
そして、それも長くは持たない。既に、各頂点に置かれたタロットカードは、焦げ始めてきている。本来、タロットカードはこういうものに使わないのだ。
(私が連れてこられたのは、たぶん水晶玉の放つ魔力につられたからだと思う……だったら、この水晶玉をおとりに使えば……)
ナイトウォーカーは魔力を食う生き物である。しかし、大きすぎる魔力には恐れを抱き、逃げ出すという。先ほど、襲われたときに思い出したが、そもそもマナは魔術師ではないので、魔力をほとんど使えない。そして、紅は魔術師だが、先ほどの戦闘では、彼女を避けているようにも見えた。他に魔力を持つものは、やはり水晶玉しかない。
(でも、これは御祖母ちゃんからもらった大切な……)
立派な占い師として、水晶玉を大切にしなさい、と。
(やっぱり、手放せない。お願いします、紅さん。助けに来て……)
マナは、ナイトウォーカーの大群に囲まれながら、助けを待つ。
***
「あれ……? 迷った?」
紅は一人、洞窟を駆け回っていた。
マナを助けるために、洞窟の奥深くまで来たのは良いが、明らかに道をはずれ、更には幾つも枝分かれがあり、しばらくすると一度通ったような場所に戻ってきていた。
早くしなければ、マナが食べられてしまうかもしれないという焦燥感から、冷静に考えていなかったが、一回りしてようやく落ち着いた。
最後にマナが言った言葉を思い出す。
(奴らは魔力を食べる、でも、大きすぎる魔力には……)
そういえば、先ほどからナイトウォーカーと遭遇していない。あれほどの大群がいたのだ、洞窟を駆け回っていれば、一匹ぐらいは見かけるだろう。
(……つまり、私の魔力をおそれているのかな?)
すると、洞窟の奥から、何者かの足音が響いてきた。
(追手!? まさか、こんなに早く?)
紅は息を潜め、ランプの明かりを掲げた。足音は徐々に近づいてくる。
紅は魔術を使う構えになり、いつでも敵が来て良いようにする。
足音が迫り、角の向こうにはもう来ていた。紅は意を決して、角を間がった。
「!? って紅か」
「シリウス!? はぁ、よかった」
そこには、驚いた顔のシリウスがいた。
安堵で腰が抜けるかと思ったが、何とか踏みとどまった。それどころではない。マナのことをシリウスに伝えた。
「……そうか、ナイトウォーカーか。急ごう、早くしないと喰われちまうぞ!」
シリウスに急かされ、再び洞窟を駆け出す。
「でもどこにいるかわからないんだよ!?」
しかし、シリウスは首を振り、洞窟の奥を指差した。
「良く見ろ、ナイトウォーカーが逃げてるだろ?」
シリウスの指の先には、確かに慌てて、洞窟の奥に逃げてくナイトウォーカーがいた。怯えているようである。
「紅の魔力の大きさで、奴らはびびってるのさ。そして、逃げる場所は……」
「巣?」
「そういうことだ。やばい時には家に篭ろうとする。そして、捕らえた獲物を食う場所も……」
シリウスの言わんとしている事を察し、二人は足を速める。
逃げるナイトウォーカーを必死に追いかけると、徐々に洞窟の幅が狭くなってきた。だが、まるで誰かが整えたかのように、綺麗な筒状になっている。
「それほど行き来が多いんだろ。気をつけろ、巣にはかなり居るぞ」
シリウスの忠告を受け、思わず背筋がぞわっとする紅だった。
洞窟は、枝分かれが幾つもあり、そのどれもがうねっていて足をくじかないように気をつけなければいけない。しかし、確実にナイトウォーカーの数が増してきている。
すると、一つの大きなドーム状の空間に出た。
そして、そこには数多のナイトウォーカーに囲まれ、今にも消えそうな結界に包まれたマナの姿があった。
「マナ! 待ってて、今助けるから!」
紅が近づくと、ナイトウォーカーの輪が一斉に退いた。そして、出来た道を走り抜ける。
だが、マナは慌てて手を振り、逃げるように言う。
「ダメです、今来ちゃいけません!」
マナの慌てぶりを見て、不信に思い、改めて周りを見回せば、確かにこれまでとは桁違いにナイトウォーカーが、飛ぶように逃げている。すぐに、ドーム状の巣には、一匹も残らなかった。
「どういうこと……?」
戸惑う紅の耳に、奇妙な音が聞こえてきた。低く口笛を吹くような、沸騰したヤカンのような、トンネルを内側から削るような、重苦しく鳴くような。
「カドゥケイオン……くそっ、災難続きだな!」
シリウスが罵ると、洞窟の奥から、巨影がぬぅっと現れた。
巨大な蛇の眼が、紅を睨んでいた。




