第二十三話 月の明かり、漆黒の洞窟
紅とマナも、北側の門まで辿り着いた。門には見張りの男が四、五人ほどいるが、シリウスの姿は見えない。
辺りは月明かりでぼんやりと照らされ、門には松明が掲げられている。
「どうしましょう……このままだとシリウスさんと合流できないかも知れません」
「いいや、その心配は無いみたい」
紅が指差す先には、建物の影から手を招いているシリウスの姿があった。
「無事だったか?」
シリウスの元へ駆けつける。シリウスは特に傷を負っていないようだ。
「マナが少し体調が悪いみたい、でもそれ以外は大丈夫」
シリウスが、マナの様子を確かめる。額に手を当て、熱を測る。良く見れば、マナの顔は汗で濡れ、息も荒くなっている。
「これから森を抜けることになるが……大丈夫か?」
「大丈夫です、私を気にしないで、」
マナは力強く頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ。まずあの見張り達をどうにかしないといけないわけだが」
改めて、門を見る。見張りは全員武装している。正面から戦っても、勝てるかわからない。更に、タイミングをうかがっているうちに、次々と見張りの人数が増えていく。
「ちっ、街から出させないつもりか……」
シリウスが舌打ちをしながら言った。
「ねぇ、シリウス。一人だけならあの中に飛び込める?」
紅は申し訳なさそうにシリウスに問うた。
その意味を図りかねているシリウスが、不思議そうに紅を見る。
「あの松明、消すことが出来る?」
「出来なくは無いが……。だが、完全に暗く出来ないぞ?」
松明の明かりを消すには根元から切ってしまえばいいが、切ったところで地面に落ちた先の部分の火が消えないかもしれない。
「それなら……これを使ってください」
マナが懐から二枚のカードを取り出した。
「タロットカードです。これを重ねれば、水流の呪文が発動します。それで火を消せるかと」
「こんなものまで持ってたのか……よし、任せろ」
シリウスがマナからカードを受け取り、闇に紛れて門に近づく。
「どうするんですか? 明かりを消して。私たちまで見えなくなりそうですけど……」
「大丈夫。心配ないって」
そういう間にも、シリウスは屋根の上に上り、飛び移り、門に近づいた。そこから、忍者のように飛び降りる。突如現れたシリウスに、門番達は不意をつかれ、シリウスの先制の一撃を喰らう。
その後、シリウスはタロットカードを松明の下の地面に叩きつける。一瞬にして水が、間欠泉のように飛び出し、門を包んでいた明かりが消失した。
「今がチャンス!」
紅とマナは、暗闇になった門に駆け出す。
辺りには明かりが無い。だが、視界はいまだ保たれていた。
「あ……月明かりだ」
マナは夜空を見上げる。そこには、暗い夜をぼんやりと照らす満月があった。
そして、紅たちは、暗闇の中を常に動いていたので、暗い場所には目がなれている。逆に、門番達は常に松明を灯し、明るい方に目が慣れていたため、急に暗くなると、辺りが見えなくなってしまった。
門の前では、完全に混乱した門番達を、シリウスが叩き伏せ、門の鍵を開けていた。紅とマナも合流し、無事に鉱山都市を抜け出した。
「これから森を抜ける! 追手を振り切るぞ!」
三人は月明かりの照らす森へと駆け出した。
森は、人が通る山道があるが、いかんせん暗いため、危険である。更に、後ろからは、新たな明かりを灯した追手が迫りつつある。
特に人が手を加えていない原生林は、様々な生物も多く存在する。
「とにかく、この先にある山越えトンネルまで行くぞ」
シリウスに腕を引かれ、マナが続き、その後ろを紅が走る。
時折、追手の放つ弓矢が三人を掠める。
「シリウス! 追いつかれる!!」
三人の後ろには既に追手が迫っている。
体調が悪いマナをかばって走っているため、やむを得ない。
「クソが……俺が一旦足止めをする、紅がマナをつれてくれ!」
一瞬、紅とシリウスの目が合う。
「絶対に……無事でいてね、絶対帰ってきてね」
「任せとけ」
軽く言うと、シリウスは引き返した。
その背中が闇に紛れる前に、追手の松明が彼の姿を照らす。突如、引き返してきた彼に驚きながらも近接戦闘を開始する。
「さ、行こう。シリウスは大丈夫だから」
紅は、自分に促すように言うと、息を切らしているマナが頷いた。
未知の森に、加えて足元を照らすのは月明かりのみという状況で、苦戦しながらも進み続けた。すると、突然高い崖のような場所に突き当たった。良く見れば、道は崖の中に掘られたトンネルに続いていた。
「行くよ……」
ポツリと呟き、入り口に近づく。
木で出来た柵がかかっているが、鍵は掛かっていない。トンネルの中には明かりが無く、真っ暗で先が見えなかった。紅は手近な木の枝を集め、魔術で火をつけようとしたが、マナにとめられた。
「私の荷物の中にランプがあります、つかってください」
そういうと、ロープでリュックみたいに背負っていたトランクの中から、水晶玉をどけて、ランプを取り出した。
「ありがと、これは魔力で光る奴ね」
前に、シリウスと遺跡に行った時、使ったものと同じタイプだ。
柵を乗り越え、洞窟の中に這入ると、途端に空気がジメジメと纏わりつくような不快なものに変わった。依然として、道はあるのだが、夜ということもあるのか、全体的に怪しい雰囲気が包んでいた。
「追手は来ないみたい……シリウスが頑張ってる、私たちも頑張らないと」
ランプがあるとはいえ、洞窟の奥までは光が行かない。一歩踏み出すごとに、足音が反響し、感覚を狂わせる。
「そういえば、夜の洞窟にはナイトウォーカーが出るそうですが……」
マナが不安げにポツリと呟いた。
「ナイトウォーカーって何!?」
紅が聞いた途端、洞窟の闇の奥から、ガサリという何かが動く音が聞こえた。
「バットとラットが合わさったような……」
マナが上手い言葉を考えている間に、闇の中からそれが姿を現す。
マナの言葉はあながち間違ってはいない。何故なら、四足で歩く鼠顔の生物の、背中からコウモリの羽が生えていたからだ。しかし、明確な間違い点もある。それは、鼠や蝙蝠と比べ物にならないくらいの大きさだったからだ。一メートルはありそうだ。
「どうするの!?」
「安心してください、獲物以外には大人しく、やり過ごすそうです」
「そう、ところで獲物ってどんなのなの?」
「すいません……あまり詳しくありませんが、獲物と面した時は牙をむき出しにして鳴くんだそうです―――」
その言葉を遮るように、二人の目の前にいるナイトウォーカーが、牙をむき出しにして鳴き叫んだ。
「……。逃げるよ!」
紅がマナの腕を掴み、飛び跳ねるように道を引き返そうとするが、それも遮られた。
後ろからも、それも群れになったナイトウォーカーが迫ってきていた。
「た、戦うしかないのね?」
正直、その強さよりも、グロテスクな見た目の方が恐ろしい紅であったが、意を決して戦う構えに入った。
急に飛び掛ってきた一匹のナイトウォーカーに、躊躇なく炎剣を飛ばす。しかし、ナイトウォーカーはその骨ばった羽を羽ばたかせ、宙を滑空する。炎剣の狙いははずれ、洞窟の天井をえぐるだけだった。
その間にも、地上を這うように別のナイトウォーカーが迫る。上から飛び掛ってきたのは囮だったようで、紅は完全にしたに注意が回らなかった。
「わっ、まずい!」
紅はてっきり、足をかじられるかと思った。
だが、ナイトウォーカーは、まるで紅を恐れるかのように避けて通り、その後ろにいるマナを捉える。
「えっ!?」
不意を突かれたマナは、ナイトウォーカーに足をすくわれ、バランスを崩す。そこに畳み掛けるように、別のナイトウォーカーが飛び掛る。
「マナ!!」
紅は急いで助けに回ろうとしたが、急に目の前をナイトウォーカーの羽が覆った。咄嗟のことで、むしろ驚いて身をたじろいでいる間に、マナは何体ものナイトウォーカーの背中に乗せられるような形となっていた。
(炎剣を放ったらマナに当たる……!)
他の紅の魔術を使っても、この洞窟自体を落盤させてしまうかもしれない。
ためらっている間に、マナの姿は闇の中へ引きずり込まれていく。
「紅さん、こいつらは魔力を食べるんです! ただ、大きすぎる魔力には―-----」
紅がその先を聞く前に、マナの姿が完全に闇に消えた。
ランプを構えて急いで追いかけても、既にその姿はもう無かった。
「……マナ、待ってて。絶対に助けるから」
紅はシリウス無しでは一人の女の子も守れなかった。
だからといって、助けることが出来ないというわけではない、絶対に助けるために、紅は洞窟を進んだ。




