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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第二章 悪魔の幽山
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第二十二話 逆転のカード、動き出す地獄

「はぁ、はぁ、マナ、大丈夫?」

 紅とマナは鉱山都市を、北に向けて駆けていた。理由は二つ。後ろから追いかけてくる秘密組織、ドレッドノートと思われる男達から逃げること。そして、シリウスと合流することだ。

 シリウスとはぐれてからは連絡が取れていないが、おそらくシリウスも北、つまり、鉱山都市を抜けた山道側を目指しているだろう。という予想があった。

 もはやこの街にいる意味は無い。一刻も早く立去るべきだ。


「す、すみません……少し、意識が……」

 先ほどから、走る足がふらついて来ている。

「どうやら、食事に睡眠薬が混ざっていたみたいです、私を置いていっても構いません、早く逃げて」

 後ろからは、既に追っての姿が見え始めている。このペースでは追いつかれてしまいそうだ。紅の魔法でも戦えないことは無いが、囲まれるとさすがに分が悪い。

「バカ、置いてけるわけ無いでしょ。ほら、手を握って」

「は、はい……」

 同じく食事を食べた紅は、何故か睡眠薬の効果が無いようだ。睡眠薬も、生易しいものではない。今も、マナは意識を保つのでやっとだった。

 

「……ん、こっち」

 急に紅が脇道に入った。裏路地のような場所で、もともと薄暗そうな場所が、夜ということでより一層薄気味悪くなっている。

「ここでやり過ごそう」

 これ以上マナをつれているのは良くない。ここで大人しくやり過ごす作戦に出た。

 ゴミ箱の陰に潜み、表通りを駆け抜ける飲食店の男達を尻目に、別の道を行く。


「紅さん、これからどうしますか?」

「そうね……まずシリウスに会わないと……!?、マナ! 伏せて!!」

 紅の目には、マナの背後に迫る細身の男の姿が、暗闇の中からうっすらと見えた。

 マナが反応する前に、男の腕が、マナの首をロックする。マナの身体を盾にするような体勢になり、その手には真っ黒な刃のナイフが握られていた。


「動くな……魔術師、このナイフには猛毒が仕込まれているぞ……」

 そこには、気さくな笑顔を殴り捨てたアーバスが立っていた。

「マナ!」

 紅の魔術で、アーバスと戦うのは問題ないかもしれない。だが、マナも巻き込めば、彼女は無事では済まされないだろう。

 それに、アーバスには、魔術師であることを伝えていなかった。それなのに、彼はそのことを知っている。今までの男達は、不意をつく形で効果があった。しかし、それも今は上手くいかないだろう。

 

「両手を後ろに回せ……言うことを聞かなければ、……」

 そう言いながら、手に握るナイフを少し動かす。

 アーバスの顔は脂汗でべっとりしていて、息も荒い。衝動を必死に堪えているような、そんな一触即発な雰囲気を持っている。紅は大人しく従うことにした。

「良いんですか? 私を殺せば……」

 首に腕を巻かれているマナが、必死に言葉をつむぐ。

「黙れ!」 

 すぐにアーバスの腕に力が入る。首が締め上げられ、足がわずかに宙に浮く。

「彼女に対抗する反撃のカードを失いますよ……?」

 それでもなお、声を絞り出した。

 紅にはどうすることも出来ない、ただ、マナにも何か策略があるような、そんな気がした。

「うるさい! 貴様ら、よってたかって俺の計画を邪魔しやがって、こ、殺してやる……」

 言葉ではそういいつつも、ナイフを動かすことが出来ない。やはり、彼にはマナを殺せない理由があるようだ。

「ッツ、動くな! 魔術師、」 

 マナを腕で締め上げ、紅に身体を向けて、そのままアーバスは後退を始めた。逃げるつもりだ。

 紅は魔術を使えば、マナに攻撃してしまうかもしれない。素直に相手の要求に従うしかない。

「そのまま、そのままだ……いいぞ、黙っていろ」

 アーバスとの距離が徐々に開く。このまま走り去られたら追いつけるかわからない。


「、紅さん! 今です!」

 首を絞められた状態で、マナがありったけの力を振り絞って叫んだ。

 途端、その声に呼応するかのように、アーバスの足元、マナの背後辺りの地面から、氷柱が突き出した。氷柱はマナとアーバスの間を分断するかのように、アーバスの腕を切り裂き、その衝撃を利用して、マナは彼の元を離れた。

 その隙を見逃さず、すかさず紅が炎剣を飛ばす。

 何の盾もなくなったアーバスは、炎剣が直撃し、そのまま吹き飛んだ。


「死んでないと思うけど、まぁ立ち上がれないでしょ」

 紅は一応、手加減をしたつもりだ。もちろん手を抜いたというわけではないが。

「さぁ、行きましょう。今の騒ぎで追手に見つかるかもしれません、」

 依然として息が苦しそうだが、マナが力強く言った。

「ところで、さっきの氷柱はなんなの? 魔術みたいだったけど」

「ああ、あれはタロットカードを利用した呪文の一種です、本来、戦闘用ではないんですけど。先ほどのは、魔術師のカードの正位置の効果で創造、それとカップの7の小アルカナで、幻想、そしてカップは水の四大元素をつかさどりますから、氷柱が創造されたわけです。でも、先ほどのは幻術の一種で、一瞬の効果しかありませんが、それでも効果は確実にあり、――――」

「も、もういいよ。わかったから」

 これっぽっちも紅にはわからなかった。だが、良く見れば、氷柱が発生した地面のところには、二枚のカードが重なって落ちていた。


「これが仕掛けって訳ね。よし、じゃあ早く行こう」

 再び、マナの手を掴んで、二人は走り出した。



***


 

「ちっ、やっぱり来ないか……」

 シリウスは、鉱山都市の北側、山道へ抜ける道の門の付近に身を潜めていた。門は閉ざされ、見張りの男が四、五人居る。戦っても援軍を呼ばれたら厄介だ。

 紅達が、シリウスの意図を読んでここに来るかと思いきや、なかなか手間取っているようだ。

「捜しにいくべきか……いや、入れ違いになるのは避けたいな」

 シリウスは一人、夜の街に身を潜める。


***



いかりを下ろせ、船を止めろ」

 真っ白な集団を乗せた船は、一時港に止まっていた。

 監獄島を出発し、早くも本島までやってきた。東西南北に突き出た半島を持つ、十字型のような島の、今はちょうど南の半島と、東側の半島の付け根部分に間、入り江のような場所に着ている。

 目指す王都は北の半島に位置するため、海路を使えば、東の半島を回っていかなければならない。それにはさすがに時間がかかるため、一時の食料供給のために寄った。


「まだ、着かないのか……?」

 船室の一番奥、窓も無い閉ざされた部屋の柱に、鎖でつながれている男が居た。

 身体には囚人服が溶けてべったりと固まり、すすけた顔や、伸び放題の髪。

「まだだ。もうしばし、待つが良い」

 その男を見下ろすように、真っ白なローブを纏う男が言った。


「アルタイル氏、着岸が完了しました。これより積み込み作業を開始します」

 鎧の男が部屋に入り、呼びかけた。

 アルタイルと呼ばれた、白いローブの男は、「見張っていろ」と言い残し、部屋を後にした。

「おい、」

 囚人服の男、ゲヘナが、鎧の男に呼びかける。

「何だ? こっちは忙しいんだ。なんで貴様の見張りなんて……そもそもどうして今更貴様を監獄島から連れ出すというんだ……」

 独り言のように、まるでゲヘナを人間としてみていないかのように、呟く。

「こっちに来い……話したいことがあるんだ……」

「ハァ? ちっ、何だ?」

 鎧の男は渋々、ゲヘナに顔を寄せる。


「醜いその顔をどうにかしろ。クズ」

 瞬間、鎧の男は何が起きたのかわからなかった。

 そして、終に、何が起こったのか知らぬまま、鎧の男は床に崩れ落ちた。

「ふん、やっぱり、あいつ以外は雑魚みたいだな」

 ゲヘナは、手に握る、鎧の男の頭部を適当に投げ捨て、部屋を出る。

 つながれていた鎖はとうに千切れていた。


「奴は居ない……な。ふん」

 自嘲気味に笑い、船の甲板に出る。

 夜の月に照らされた辺りを見回し、道を塞ぐものはすべて殺戮する。

 一瞬にして、船の上は地獄と化した。

「出てこないのか? アルタイル。それならば、俺はまだ生きるぞ」

 ゲヘナは船を飛び降り、再び、本島の大地を踏みしめた。

 

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