第二十話 手厚い歓迎、夜の帳
鉱山都市・グレイバレーは、鉱山で働く、労働者が集まって出来た集落で、それが時間が経つにつれ、巨大化し街となった場所だ。労働者が多いからなのか、酒場や飲食店が軒を連ねる大通りが街の中心を抜けている。
「どうです? 僕の知り合いの店があるんです。食事でもどうですか?」
アーバスは、街角の一軒の食事店を指差した。
「悪いな、なにから何まで」
シリウスが驚きながら聞くと、アーバスはちょっと困ったように肩をすくめて言った。
「この辺りは旅人も少ないですから。少し珍しいのかもしれませんね、もちろん他意はありませんよ? 歓迎します」
「いいじゃん、お言葉に甘えようよ」
紅がシリウスの背中を押しながら、アーバスに着いて行く。
「お前は腹が減ってるだけだろ」
シリウスがぼそりと言うと、マナがくすくす笑った。
アーバスの導く飲食店は、あまり賑わっていないようにも見えるが、ある程度の固定客がいるようで、一定の席は埋まっていた。導かれるままに、カウンターの前に腰をかけた。
「大将、こちら、ローアン・バザーからの旅人です」
アーバスが紹介すると、店のカウンターの奥から、大柄の男がぬうっと現れた。凶暴な風貌が、一挙にやわらかい笑顔に変わった。
「そうかいそうかい、いやー外のモンなんてめったに来ないからうれしいなぁ、っはっはっは」
乾いた笑い声を上げて、頼んでもいないのに食事とドリンクを出す。
「遠慮しないで食ってくれや。こっちは同じ面子ばっかりで話のネタもそろそろ尽きてきてるんでね」
店主の男は豪快に笑いながら、また別の料理の準備を始めた。シリウスはこの歓迎ムードに戸惑っているが、紅はお構い無しにチキンにかぶりつき、「おいひー!」と叫んでいた。
「ところで、皆さんどこへ向かわれるのですか?」
アーバスがポテトをつまみながら、シリウスに尋ねた。
「ん、王都までだな、長いたびになりそうだよ」
「王都……遠くまでご苦労様です。僕も王都には行ったことがありますよ」
世間話を続けていると、店員やら、常連の客やらも会話に参加してきた。
「おっ、こっちのお嬢ちゃんは占い師かい?」
「え? ああ、はい。そうです、まだ修行中ですけど……」
店員の気のよさそうな青年がマナに声をかけると、恥ずかしそうに顔を俯けた。
「修行の旅かい? 大変だねぇ」
「いえ、王都まで行くのは祖母を訪ねにいくので」
話は続き、三人は手厚く歓迎された。時間が過ぎ、辺りは次第に暗くなり始めた。やがて、人々は食事を終え、ひとしきり騒いだ後、夜の街へと出て行った。
「俺達も宿を探そうか」
シリウスは、まだ食に未練がありそうな紅を引っ張り、店を出た。その後を追ってアーバスも着いて来た。
「宿なら、あちらの角を曲がった辺りにありますよ、そこも気の良い人たちばかりなので心配なく」
そういうと、くるりと背を向けて、「じゃあ、また機会があれば」といって夜の闇に消えていった。
「良い人でしたね」
マナが笑顔で言うと、シリウスは軽く頷いて、「じゃあいくぞ」と足早に角を曲がった。
宿はこんな時間だが、空いていた。どうやら旅人が少ないのは本当らしい。宿だけでは稼ぎが少ないのか、こちらにも飲食店やら、雑貨屋などが、一階のスペースを埋めていた。
シリウスがチェックインを済まし、紅とマナは足早に部屋へ向かった。
「二部屋しか取らなかった。お前ら二人で一部屋で良いだろ?」
シリウスから鍵を受け取り、さっそく部屋に入る。
「ふ~、なんか眠いかも、疲れたのかな」
ベッドに腰かけると、急に睡魔が襲ってきた。炎剣でも撃退できそうに無い。
「もう寝ましょうか。まだ山道を歩かなきゃいけないわけですし」
マナも眠そうに目をこすっている。
結局、二人はすぐにベッドで横になり、あっという間に眠りに落ちた。
…………。
……。
「ん、暑ぅ」
紅は布団の中で寝返りを打った。身体にまとわりつく汗が気持ち悪い。まるで熱でもあるかのように頭がぼぅっとした。
少し、夜風にでも当たろうか、そう思い、だるいからだをベッドから起こした。
***
シリウスは、まだ眠りについていなかった。今日は星がよく見える良い天気だ。窓際に座り、月明かりだけで手元を見ながら、地図を広げる。
(この山を越えれば中央平原に出る……そこから、中央市街を抜けて、北に行けば王都・グランアビィリア。待っていろ。俺はすぐに帰る)
一瞬、帰ってどうする? という疑問が頭をよぎった。だが、首を振り、その思いを振り払う。
行けばわかる、そんな不確かな気持ちを抱いていた。
ふと、物音が聞こえた。
(そろそろか……よし、)
シリウスは剣を握り締め、荷物をまとめ始める。
「いつでもかかってきやがれ」
一人、口の中で呟く。
***
「何の音?」
紅は、宿の二階にあるテラスに出ていた。すると、街の方から物音が聞こえる。ゴソゴソと何かが動く音、次第に街に明かりが灯り始めた。
足音が響く、それも大勢の。そして、足音は徐々に近づいてくるようにも聞こえる。
「……やばっ!?」
足音ではなく、蹄の音だった。馬に乗った山賊のような連中が、紅のいる宿を目掛けて猛進してくる。その手には松明が灯され、その数は十ほど。
「シリウスに知らせないと……」
急いで宿の中に戻る。
すると、階段の傍で、慌てて上ってきたアーバスと鉢合わせになった。
「大変です、紅さん。山賊が攻めてきました、急いで避難してください、奴らは旅人の所持品が目当てでしょう」
「待って、シリウスに伝えないと!」
「大丈夫です、先ほど宿の外にいたのを声を掛けておきました。今頃、夕食をとった店に避難してるでしょう。さあ、マナさんも起こして」
言われるままに、部屋で熟睡していたマナを起こし、まだ寝ぼけているが、状況を察したらしく、飲食店まで一緒に走った。
「こっちだ、ほら、早く」
店の軒先で、店主の大柄な男が手招きしている。街には相変わらず蹄の音が響いているが、見つかった気配は無い。
「ありがとうございます、」
店の中に入ると、先ほど食事をともにした面子がそろっていた。全員神妙な面持ちで、武器を構えている者もいる。
「シリウスは? 先に来てるはずだけど……」
見回すが、どこにも姿が見えない。まさかとは思うが、戦いに向かっているのかもしれない。
「安心しろ、奥の倉庫にいる、ほら、こっちだ」
カウンターの奥に厨房がある。そこの端の方には、食糧倉庫のような分厚い鉄の扉がある。店主に、促されるままに、扉をくぐる。
四畳半ほどある広さの空間には、所狭しと食料が積まれていた。人が三人ほど入るスペースが空いているがシリウスの姿は無い。
「あれ、どういう……」
後に、マナも中に入ると、店主は何も言わずに、ドアを閉めた。
その勢いの強さで、バタン! と大きな音が耳を叩いた。
「出して! ねぇ!」
紅が、ドアを叩くが、びくともしない。外から鍵がかかっているようだ。
「もしかして……騙されたんでしょうか?」
マナが驚愕に顔をゆがめながら呟いた。




