第十九話 占い少女、新たな街
「私、これから王都にある師匠のところに行こうと思ってるんです。よろしければ、途中まで一緒に行動しませんか?」
マナは申し訳なさそうに尋ねるが、紅が手を合わせて喜びながら答えた。
「私たちも王都に行くんだよ! ね、シリウス、一緒にいてもいいよね?」
「ああ、まぁ……」
シリウスは何か考え事をしているようだ。
「あのさ、もしかして、その師匠ってのは……」
「はい、グラン・マチレアです」
「んのクソババァ……弟子なんて取らないとか抜かしてたくせに……ああ、マナは悪くないよ」
シリウスは思わず悪態をついてしまい、マナに急いで謝罪した。
「いえ、私はマチレアの孫に当たりますから」
「マジかよ!?」
シリウスは椅子から飛び上がるほど驚いた。
「ねぇねぇ、誰なの? その人」
「ん、王都の腕利き占い師さ、俺も縁があるんだが……まぁ、厄介なことこの上ない」
「ふうん」
紅は、占い師と聞くと、水晶やタロットカードを思い浮かべるが、まさかそれにも魔法的な効果があるのかと思うと、ちょっと楽しくなった。
「そうだ! マナちゃんは占い出来るの?」
「はい、一応……」
そういいながら、荷物の中からバスケットボール大の水晶玉を取り出す。
「あ、名前聞いてませんでした」
「私は紅、それで、こっちがシリウス」
紅が言うと、マナは「姓も教えてくれますか?」と問うた。
「俺はいい、お前がやれよ」
シリウスが興味なさげに言うので、紅は渋々、「雛沢紅……」と教えた。
「ヒナサワさんですか。ムムム、これは……?」
マナは水晶とにらみ合っている。なにやら水晶の中が靄みたいなものでモヤモヤしているが、マナは何かを読み取っているようだ。
「過去が見えませんが、まあいいでしょう。あなたには……これから……何か……大変な……出来事が……」
「偉く抽象的だな……」
シリウスがげんなりしながら言った。
「はわわっ、すいません。普段はもっとよく見えるんですけど……」
「ババァなら、名前を言う前に不吉な予言を言うけどな」
「おばあちゃんは熟練だから……私なんてまだまだ見たいですね」
えへへ、と笑うマナに、紅は「大丈夫、気をつけるから」と励ました。
「初めて会ったのに、なんだかすいません」
マナが感謝をこめて言うと、
「当たり前じゃない。困ってる時はお互い様、助け合わないと」
紅は当然のように返した。
突然、ボックスと通路を遮るカーテンが取り払われた。
「見ぃーつけた、お嬢ちゃん」
ぬぅっと顔を突き出してきたのは、厳つい格好の、おそらくトレジャーハンターと見える大男、その後ろに、バーテンダーのような長身の男、用心棒のような鎧の男が立っている。
「何だ? 用か?」
シリウスが立ち上がり、男達の前に仁王立ちになった。
「あん? テメェ誰だよ、俺はそのお嬢ちゃんに用があんだよ」
酒臭い息をシリウスに吹きかけ、手に持っていた金属製のとげのある棍棒をちらつかせる。
「この人たちです……」
マナが小さく紅に囁いた。
「……うわ、すごい三下の台詞ね」
紅もシリウスに倣い、マナをかばうように立ち上がる。すると今度は男達の反応が変わった。
「いいねぇ、こっちの嬢ちゃんもなかなか……しかもこっちは俺らの好きに出来んじゃねえか?」
にやけながら紅を指差すと、後ろの二人もゲラゲラ笑い始めた。
「いい加減……」
「あん?」
「酒くせぇんだよ!!」
シリウスの突然の頭突きが、大男の鼻面に直撃する。思わず仰け反り、後ろの二人に支えられる。
「こんの野郎!」
棍棒を力いっぱい振り回すが、バスの通路は狭く、壁やらに当たって上手く振れない。シリウスが攻撃を避けてしゃがみ、足払いをすると、大男は無様に転んでしまった。
「おいおい、足腰がなってないな。三人で女の子追い掛け回して、恥かしく無いのか?」
「黙れ、クソガキ!」
後ろに立っていたバーテンダーの格好の男が、ポケットからナイフを取り出し、素早くシリウスに振りかざす。だが、その刃がシリウスの肌を切り裂く前に、腕をはたかれ、ナイフが床に落ちる。
すかさず、シリウスが天井についている荷台を掴み、バーテンと、トレジャーハンターの男の顔面に蹴りを入れる。狭い車内で吹き飛ばされたため、壁に激突する。
「さあ、もう終わりか……」
「やめなさい! 全員下ろしますよ!」
男同士のぶつかり合いに、どうやらバスの乗組員らしき、細身の男が制止に割り込んできた。シリウスが憮然とした表情で紅と目配せしたが、紅はむしろ止めてくれてありがたかった。
「チッ、退くぞ」
男のうち、一人が言うと、三人組は去っていった。
「くだらねぇ。中途半端だ」
「こら、シリウス。弱いものいじめは良くないよ」
紅はしかりつけるように言ったが、「それもどうかと思います……」というマナの一言が聞こえた気がした。
「あなた達も気をつけてくださいね? この辺り、なにやら怪しい組織が渦巻いているようですから」
「大丈夫だ、気にするな」
乗組員の親切な忠告にも、素っ気無く答え、席に戻った。
バスはそれからも、素知らぬ顔で荒野を駆け抜けた。
「ふ~、やっと着いたの?」
バスが、それから半時ほど走り、やっと終点の山の麓までやってきた。バスの機動力の問題で、山を駆け上ることが出来ないので、ここからは徒歩での移動になる。
「よし、今からこのジリル山の中腹辺りにある鉱山都市・グレイバレーに行くぞ」
シリウスとマナもバスを下り、山道の方を見上げる。人が通りなれた道は、舗装こそされてないものの、人が通るには申し分ない道だ。
「あの、よろしければ案内しましょうか?」
バスの乗組員の細身の青年が、顔色を伺いながら申し出た。
「いいんですか?」
「はい、僕もちょうどグレイバレーに向かう所です。人が通りなれた道と言えど、野生生物も多いですし。……ああ、僕はアーバスっていいます、そちらは?」
軽く自己紹介を済ませ、歩き始めた。
野生生物といえば、いつかの森で魔力を持つ熊に遭遇し、大波乱があったことを思い出すが、シリウスいわく、あれは稀、との事。
アーバスの後に続き、シリウスと、その後ろに紅とマナが山道を登る。
「わひゃぁい!?」
奇妙な悲鳴とともに、マナが道に突き出た木の根に足を引っ掛け、転んでしまった。そのはずみに、バックから水晶玉が転がり出た。
「あっ、大丈夫?」
紅が手を貸して起こしてあげると、急いで水晶玉の様子を確かめ始めた。
「よかった、割れてませんでした」
心底安心したような表情で、水晶玉を抱きしめる。その様子を苦笑しながらシリウスとアーバスが眺めた。
「大事なもののようですね?」
アーバスが尋ねると、まるで聞いて欲しかったかのようにマナが頷く。
「はい、祖母からもらった大事なものです。修行の最後にこれをもらったときはうれしかったなぁ……」
まるで遠い日の思い出にふけるようなマナに、アーバスは「そうですか」と一言。
「ねぇ、それよりもまだ街に着かないの? 疲れちゃった」
紅は、足が確実に重くなるのを感じながら前を行く男二人に尋ねた。
「もうすぐですよ……ほら、見えてきました」
アーバスが指差すその先には、山肌を強引に切り崩したかのように平たい面が続き、その中に多くの家やら建物がひしめき合っていた。所々に坑道のような穴も見える。
「ここが鉱山都市・グレイバレーだ」




