第十八話 悪魔の目覚め、旅の始まり
大陸の南東に位置する小さな孤島。火山活動のおかげで海底から隆起し、出来たこの島は、今でも噴火の影響で瘴気が満ち、人が暮らすには厳しい島だった。
とある、一人の国王が思いついた。重罪を負った犯罪者を島流しにする時、この孤島は適しているのではないか。植物の生えない死の孤島と化していた。島流しにされた者は、やがて発狂し、自然と姿を消したと言う。
それ以来、この島は犯罪者を閉じ込めておく島となり、人々は監獄島と呼ぶようになった。
「本当に……その、いいんですか?」
監守が、後ろについてくる男におずおずと尋ねた。
監獄島には、時代が流れるにつれ、牢屋などの設備が作られていた。その間を縫うように細い通路が出来ている。中では囚人達が、絶望にくれた顔を向けている。
あたり一面が、瘴気で黒くくすみ、陰湿な空気を持つ中、監守の後ろをついてくる男は、場違いなほどに真っ白のローブをまとい、フードを目深に被っていた。
「良いといっているだろう。すべての責任は私が負う」
気品を漂わせる男は、王都から来た使者なのだが、その役目とは、とある重罪人を解放することらしい。どういう経緯があるのか、監守にはわからないが、この男に逆らうことが出来ない。
「しかし……相手はあの悪魔と呼ばれた……」
「黙れ、自らの役目を忘れるな」
短く言うと、それ以降喋ることを許さないような威圧感を放っている。
渋々、男の要求どおり、監獄島の最奥部に辿り着いた。
そこには、明らかに他とは異質な大きな鉄の扉がある。ドアノブの変わりに、大きなハンドルがついていて、金庫のようにも見えた。
監守が、扉の周りを囲む鎖を、一つずつはずし、ようやくハンドルを回し始めた。
その間、白い男は、フードで隠れていたが、笑いをかみ殺しているようにも見えた。
「あ、開けますよ……」
監守は、まるで自分にい聞かせるように呟き、大きな鉄の扉を引っ張った。
壁をそのまま引き剥がすような、べりべりと言う音が、辺りを満たし、一つの通路が中から現れた。と、同時に、二人を温風が吹きつけた。
内部の通路は、洞窟状になっており、岩肌が丸見えで、人一人がやっとな広さしかない。
「いくぞ」
白い男が短く促した。
通路には明かりが無いのに、ぼんやりと光が満ちている。監守が松明で道を照らし、島の奥深くへともぐっていく。途中には幾つもの鉄格子があり、そのたびに監守が鍵を開けていった。
しばらく歩くと、一つの部屋に出た。部屋は円形で、中心部には井戸のような縦穴と、その上に滑車がついていて、縦穴には一本の鎖が垂れている。
「上げろ」
白い男の命令に、息を飲みながら監守が従う。
滑車の近くにはレバーがあり、それを勢い良く引き上げた。
ガゴン、と言う音とともに鎖が巻き上げられ始めた。
「あ、暑いですね……」
監守が、時間を持て余して呟いた。それもそのはず、この縦穴はマグマに直結しているのだ。鎖は特別な魔術刻印がされ、強度を増しているが、その鎖につながれた者はそんなことはされていない。
「もう、死んでしまっているのかも……」
うわごとのように監守が呟く。男は表情を変えない。
鎖の巻き上がる音が大きくなり、やがて、巻取りが終りそうだ。
「うわっ……」
監守が思わず声をあげる。鎖の先には、一人の人間、それも少年がつながれていた。
十年もの間、マグマに炙られ続けられ、投獄時に来ていた囚人服が熔けてドロドロになり、体にこびりついている。そのくせ、身体が熔けている気配が無い。
眠っているかのような表情の少年は、白い男によって鎖からはずされ、床に横たえられた。
「素晴しい……まだ生きている。どれ、」
いいながら男は少年の胸に両手を重ね、衝撃を加える。
ただの心臓マッサージではない。魔力をこめた一撃。少年の身体がビクンと跳ね、また静かになる。それを何度も繰り返すと、少年が目を開けた。
「貴様……ちっ、なんで」
少年が小さく言葉を放つ。その様を、壁にへばりつきながら、あわあわと見つめていた監守と少年の目が合う。
何も言わず、少年が立ち上がり、監守に近づく。
「あ、あの……」
監守が言葉をつむごうとした瞬間、少年の手が動いた。
胸部に軽い衝撃を感じた監守が見下ろすと、少年の手には、鼓動する心臓が握られていた。
「死ね」
少年が、心臓を井戸に落す。それと同時に、監守は崩れ落ちる。
「お遊びは終ったか? では、さっそく本題に入ろうか」
「貴様は誰だ? 何故、俺を起こした?」
「……すべては神のために」
「はぁ?」
白い男は、不敵に笑う。
――-----悪魔は目覚めた。すべては神のために。すべての人のために。
***
バスは荒野を走っていた。内装はむしろ汽車のようで、向かい合った椅子が一つのブロックを形成し、それが幾つも並んでいる。あまり混雑していなく、紅とシリウスで一ブロック占領しても余裕があった。
紅は、初めはバスから見える景色を眺めていたが、やがて疲れが出たのか、今は窓に額をあて、眠っている。シリウスもそれを眺めて、一眠りしようかと考えていた。
これから向かっているのは、ローアン・バザーを北上し、荒野の果てにある小さな集落、ヘミスラという町である。ここから、更に北に北に行くと、大陸の中央平原になるのだが、その間を山脈が遮っている。バスでは荒野しか走ることが出来ないので、山脈は自力で越えるしかないのだ。
(それまでの休息だな……)
「あの、相席よろしいですか?」
シリウスが見上げると、黒いローブに三角帽を被った、紅より少し年下ぐらいの女の子が顔色を伺っている。その手には、重そうな黒いトランクを持っていた。
「ああ、どうぞ」
相席に座った少女は、トランクを椅子におき、帽子を取った。
そのままローブを取り、ブロックと通路を遮るカーテンを閉め、おもむろにカーディガンを脱いだ。そして、躊躇無く、中にきていたシャツを脱ぐ。
「おいおいおい!! ちょっと待て!」
「はわわっ、すみません! 少し目を瞑ってください!」
どうやら天然でシリウスの視線を忘れていたらしい。急いで目を瞑るシリウスだが、状況がまったく飲めない。
「も、もういいですよ……」
おずおずと少女が言う。
困惑しながらシリウスが目を開くと、
紅が驚愕の眼差しでシリウスを見ていた。
「いや、違う! コレは違うぞ! 勘違いだ!」
必死に弁解するが、紅の表情が非常に冷ややかになる。
「いや、うん。大丈夫、シリウスがどんな趣味嗜好でも、王都まで一緒にいてあげるよ……」
「いやいやいや! 違うから!」
シリウスはぶんぶん手を振って否定する。
そこで、自分もまだこの少女のことを何も知らないのを思い出した。
「あの……お願いがあるんですけど……」
すっかり着替え終え、パーカーのような上着にプリーツスカートをきていた。
「な、何?」
とりあえず、紅を放っておき、シリウスは少女と向き合う。
「私、悪い人たちに追われてるんです、あの……しばらく一緒にいてくれますか?」
「なるほど、つまり、悪い人をぶっ飛ばして欲しいって事?」
紅は笑いながらいった。
「いえ、そこまでしなくてもいいんです。むしろ、見失って欲しいので」
少女は困ったように言った。
「追われてるってのはどうしてだ?」
「あの……私は占い師をやっているんですけど、ローアン・バザーにいる姉を訪ねにきてたんです。姉は人形師をやっているんですけど、悪い人といざこざが合ったみたいで」
「そうか、確かにあの街は治安が悪いしな」
「それに、お姉ちゃんは、悪い人を見つけると放っておけない性格なんです」
「それ、困ってる人とかじゃない? 普通……」
紅は呟きながら、少女に尋ねる。
「つまり何、あなたのお姉ちゃんといざこざがあったけど、狙われているのはあなたなの?」
「ええ、おねぇちゃんとは年が結構離れているんですけど、顔立ちが似ていて、それにお姉ちゃんは人形師だから、悪い人たちは、私が変装したお姉ちゃんだと勘違いしてるみたいなんです」
それでいきなり着替え始めたのか、とシリウスは納得する。
「あ、そうだ、まだ名前聞いてなかったね?」
「はい、私は、マナと言います。マナ・フォンレーゼです」
マナは可愛らしい笑顔で答えた。
ただ自分が楽しければいいなと思います。




