第十七話 別れと旅立ち
「ん……あれ?」
紅は目が覚めると、リリィの部屋のベッドに横たわっていた。記憶をたどってみると、倉庫を飛び出し、魔術師達と戦って……。
「そうだ、シリウスは?」
ベッドから跳ね起き、ドアを開く。「わあっ、」と言う声がして、ちょうどドアの前にいたリリィとぶつかりそうになった。
「あ、紅さん。もう大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込むリリィに「大丈夫!」と返し、シリウスはどこにいるのか尋ねると、少し顔をうつ向かせた。
「あの、彼の病室に皆集まってます。大事な話、というか、事のすべてを話してくれるそうです」
その顔に不安がよぎり、腕に巻かれた包帯をきゅっと押さえる。
ヴェッセルに付けられた傷。紅はリリィを助ける事で頭がいっぱいだったため、その時の状況が上手く理解できてなかった。
***
ジンが入院していた病院に着いた。
リリィにとって通いなれたその病室。
いつもは精一杯の笑顔で扉を開けていたが、今日はそれも出来そうに無い。
彼から一体何を言われるのだろうか。
彼の本当の姿、彼の本当の仲間達を見て、自分の今までの行為の意味はなんだったのだろうか。
自分は彼に何を出来たのだろうかと、そんなことばかりが頭の中を占める。
「大丈夫、ほら、あけるよ」
紅が、いつまでもドアの前で佇むリリィの手に、その手を添えてドアを開いた。
そこにはいつものようにベッドに横たわるジンと、その隣にシリウスが立ち、更に周りには盗賊団のイネスを代表に数名が、ドアを開けた二人を見つめていた。
「あ……」
リリィは思わず、言葉を失ってしまった。
それまで、自分しか傍にいないと思っていた場所に、沢山の人が立っている。
それが……とてもうれしかった。
「リリィ、聞いてくれないか。俺の、本当の話を」
ただ、頷くだけで返事をして、それを見たジンも、満足そうに頷き返す。
「俺が初めてリリィと会ったとき、俺はまだ、盗賊団の首領に成りたてだった。前の首領、俺の親父は、それはよく出来た人格者で、何で盗賊なんかやってんだってくらい良い人だった。昔から、人から物を奪うことしか脳のない盗賊たちに、わざわざ遺跡に出向いてお宝探しをさせるなんて、俺の親父しかいなかった。この街でトレジャーハンターが始まったのは親父がきっかけだったんだ。
だが、その親父もあっけなく死んじまったのさ、何てこと無い新入りをかばってな。その新入りも盗賊団を抜けやがったが、まあいい。とにかく、俺が親父の息子だからって理由で、繰り上がりで首領になっちまった。年端もいかない餓鬼に従うことになった仲間達はどう思っただろうな。ただ、もしもの時は首領の座を息子に譲るって言う親父の一言があったから、渋々従ったんだろう。
俺はどうしたらいいかわからなかった。とにかく親父の意思を継いで、遺跡のお宝を発掘していたが、遺跡には罠がある。皆で力を合わせねぇとどうしようもない、でも俺は、皆に命令できるような奴じゃないと思ってた。武術だって、妹のイネスの方が強いし、親父みたいに仲間に信頼されてない。どうしようもなくて、どうしたらいいかわからなかった。
そんな時、俺は一人、喫茶店に入った。なんとなく、アイスコーヒーを頼んだら……頭からぶっ掛けられた。怒りそうになったけど、そいつの必死に謝る様に、なんだか怒る気も失せると、そいつはぱっと笑って、ありがとう、って言った。
正直意味がわからなかった。他人に迷惑賭けてんのに、どうしてここまで笑って、しかもそれを許してんだろうって。
その日以来、俺は毎日、喫茶店に通ってた。仲間とのすれ違いを感じながらも、彼らに命令をできないでいる俺は、自然と癒しを求めてたのかもしれない。日を重ね、会話を交わすたびに、俺は彼女に惹かれていた。それと同時に、彼女の胸の奥にある苦悩も垣間見た気がした。
それから俺は彼女の真似をして、失敗して仲間に迷惑かけるのを恐れずに、最後には笑い合えるようにすることにした」
その結果がこれだ、とでも言うかのように、盗賊団の仲間を見回す。
「うん、」
心なしか、安心したように、リリィは頷く。
「盗賊団のみんなも、リリィさんには感謝してるんっすよ?」
イネスがぎこちなく声をかける。その様に、ジンがきつく言う。
「それはいいが、どうして黒蠍盗賊団が、トレジャーハンターを襲うようになったんだ! 俺の不在の間はお前に任せてただろ!」
「あ、ゴメン兄貴……じゃない、首領。でも手術には莫大な金がかかるって……」
「だからって親父の意思を曲げんな。……ったく、もうやっちまったことはどうしようもない。これから信用を取り戻せばいいさ」
簡単にジンは言うが、信用なんて簡単に取り戻せるようなものではない。しかし、ここにいる誰もが、そんな不安は感じていないようだ。
「それで、……リリィ。俺は、もうジンじゃないんだ、黒蠍盗賊団首領、ジークとして話がある」
「な、なに……?」
改まって真剣な面持ちで話しを切り出す。
「……俺が、お前の心を盗んだ。返して欲しかったら、結婚してくれ」
「……え?」
「……だめ?」
不安そうにジークが伺うと、リリィがふき出してしまった。「え? お、おい……」狼狽するジークをよそに、病室にいるみんなに、笑いが伝染していく。
「はい。ありがとう、ジーク」
リリィは、この上ない笑顔で答えた。
***
ジークのプロポーズ大作戦からしばらく経ち、時間は昼下がり。
そろそろローアン・バザーを出発するバスの時間だ。
見送りに、ジークとリリィがバス乗り場まで着いてきた。
「そうだ、ジーク。君に聞きたい事があるんだが、ヴェッセルはどうして連れていかれたんだ?」
少し早めに着いてしまい、時間を持て余している中、シリウスが尋ねた。
「ああ、奴はもともと王都周辺の暗部グループの医者だったらしい。まぁ闇医者と変わらんさ。その奴がヘマをしてこの辺りまで逃げてきたらしい。だが、元グループの奴に見つかり、金を要求されたそうだ。それで、この街の旅人を分解して金を稼ぎ出したらしい。たぶん、連れて行ったのは昔の奴の仲間かなんかじゃないのか?」
その答に、釈然としない様子のシリウスはじっと考える。
(奴ら……いや、まさかな。こんな辺境の地まで闇医者を追いかけてくるはずが……)
その思考を遮るように、バスの汽笛の音が響いた。
バス、と言うよりは汽車に近い形状のその乗り物は、いかにも燃費が悪そうな音を立て、四人の前に止まった。
「じゃあね。リリィ、ジークさん。私たち、もう行きます」
お別れの言葉を述べ、紅はバスの開かれた扉に乗る。
「きっと、また会えますよね。……いや、会いにきてくださいね! いつでも歓迎するから!」
リリィはとびきりの笑顔で、手を振った。
紅に続いてシリウスもバスに飛び乗る。
「絶対に……また会おうね!」
紅もリリィとジークに手を振り替えし、バスの扉が閉まる。
ゴトゴトと大きな音を立て、バスは発車した。扉についている窓から、いつまでも、手を振り続けた。
「おい、紅。早く座ろう」
シリウスが紅に声をかけると、「もう……少しだけ」と返した。
バスはローアン・バザーを抜け、荒野に入った。
それでも紅は、いつまでの窓の外を眺めていた。その景色を目に焼き付けるために。




