第十六話 剣士と魔術師
クルウはシリウスを追って別の倉庫へ踏み入れていた。
広さは先ほどと変わらないが、こちらは中身がすべて二メートル四方のコンテナで、縦に二つ積み上げられている。
上のコンテナはリフトに載せられ、鎖で固定されていた。コンテナの隙間を縫うように通路が十字路を幾つもつくっている。
(成程……身を隠して不意を突く作戦か)
クルウはつまらなさげにシリウスを追う。
この連続する十字路では、角を曲がるだけですぐに姿が見えなくなる。追いかけて角を曲がっても、更に曲がられていては、追いつくことが出来ない。見失った頃に後ろから攻撃されてしまうだろう。
そもそも、気を使ったカタナはリーチが伸び、普通の剣では届かない。破壊力も桁違いになる。
一見無敵の術に見えるが、使用者の気の制御と体力の消耗が並ではない。長時間の使用は危険だ。
(時間を稼ぐつもりもあるのだろう。だが、気はカタナを強くするだけではない)
クルウは気を耳に集中させた。
一瞬、キーンと耳鳴りがした後、ヘッドホンをしたかのように鮮明に音を捉えるようになった。
「足音に気をつけろ!」
後ろを振り返りもせず、カタナを後ろに向け、突きを放つ。
まさに後ろから奇襲を掛けようとしていたシリウスは慌てて飛びのく。
「ちっ、無駄だったか!」
自分の策略を攻略されたシリウスは、再び角を曲がり、クルウから距離を取る。
しかし、足音で正確に位置を知るクルウはシリウスを捉えて逃さない。
「だが、その聴力が仇になるぞ」
シリウスは、倉庫の床に落ちている金属片を拾った。おそらく何かの部品がコンテナからこぼれたのだろう。それを勢い良く投擲する。
倉庫内の周囲は金属製の壁や、コンテナで覆われている。直撃した金属片とコンテナが轟音を鳴らす。普通の人間でも耳を塞ぎたくなるほどだが、聴力が常人をこえたクルウにとっては、破壊音に匹敵する。
「グヌッ、だが、解除すれば問題ないッ」
シリウスは絶えず、クルウの視界外から金属片を投げ、聴力強化を阻害する。だが、金属片の飛んでくる方向を見極めれば、シリウスがどこにいるのか判断できる。
やがて、クルウはシリウスの退路を塞ぐように動き、追い詰める。
「もう、逃がさん……」
シリウスは角に追い込まれた。背後にはコンテナがあり、正面にはクルウが、気をこめたカタナを構えている。
「ちっ、一か八か……」
「構えろ! 最期ぐらい、剣士として死なせてやるッ!!」
ダン、と床がなる。
直後には、クルウの身体が弾丸のように跳躍してくるのが、シリウスの目には何とか捉えることができる。しかし、シリウスの剣では反撃できず、退路も存在しない。
正面から喰らえば間違いなく死ぬ必殺の一撃。
(かわせまい……)
クルウは勝利を確信していた。
だから、シリウスの本当の策略に気づくことが出来なかった。
シリウスは、積みあがったコンテナを支える鎖を掴み、床とつながった部分を剣で切り裂いた。さび付いた鎖は脆く、容易く切れた。
途端、シリウスの身体が、上昇した。鎖に引かれ、上空に回避する。ちょうど、鎖が断たれたことによって、天井にくっついていた滑車と、反対側についているコンテナの重さでシリウスの身体がエレベータのように登ったのだ。
突然の出来事に、だが遅れずクルウも反応する。切先を急に上に修正する。
だが、鎖が切られたことによってバランスが崩れ、上に積み上げられていたコンテナがクルウ目掛けて降って来る。
「邪魔だッ」
カタナでコンテナを一刀両断する。
だが、裂けたコンテナの中からはおぞましい量の鉄片が噴出した。
その質量の多さと、カタナで蹴散らすことの出来ない圧倒的な物量に、クルウは飲み込まれた。身体を鉄片が殴打し、手からカタナが吹き飛ぶ、気がつくと、地面に打ち付けられ、更に身動きがとれずにいた。
「つまりそういうことだ。俺の勝ちだ」
シリウスが勝ち誇ったように見下ろしていた。
「コンテナを切らせるところまで計算していたのか……偶然、中身が鉄片でよかったな」
「そうでもないさ、ちゃんと中身は確かめてたんだよ」
そこでクルウは、はっと気がついた。
シリウスが金属片をコンテナにぶつけてたのは、クルウの耳を阻害するだけでなく、中身の音を確認していたということだ。
中身が空であったり、質量の少ない物であれば空洞のような軽い音が返ってくる。
シリウスは中身の詰まった重いコンテナを探し出し、クルウを誘導していたのだった。
「なぁ、何であのジジイの部下なんてやってたんだ? そのくせ、ジジイほったらかしだし」
「さっきも言ったはずだ、俺は刃なんだ。誰かに使われることしか、自分で切るものを選べない男だ」
クルウは鉄片に埋もれながら、シリウスに話す。
「大戦に借り出され、そこで悪魔を見た。正真正銘の悪魔をな。俺はそれを直に見て、恐ろしくなって逃げ出したんだよ。それ以来、何のために戦っていたのかわからなくなった。国のための戦いに背を向けた俺に、何を守れるのか、俺の業は何のためのものだったのか。だから俺は誰かに求められた時しか、カタナを握ることが出来なくなった」
「知らねぇよ。腑抜けた理由を、戦えない理由を他人に押し付けてんじゃねぇ。ただな、お前の剣術は俺よりも強い。それなら、俺よりも多くの敵を倒せるだろうさ」
適当に吐き捨てるように、言い残してシリウスは走り去った。おそらく、ヴェッセルを追いかけた二人のところへいくのだろう。
クルウはそのまま動かなかった。
***
白い鎧の魔術師と、紅はにらみ合ったまま、対峙していた。鎧の魔術師の後ろでは、ヴェッセルを掴んだフードの魔術師がいる。紅の後ろには、鎖鎌を構えたイネスがいた。
「面白い小娘だ」
鎧の男は焦りも見せず、剣を構える。今度は無詠唱、炎弾を剣先から放つ。
だが、狙いは紅ではなく、周囲を囲う建物の壁。破壊され、瓦礫がつぶてのように二人を襲う。
(これも……炎を応用すれば、)
紅は腕を天に向けて扇ぐ。その軌道をなぞるように、炎の膜が紅の上空を覆う。瓦礫のつぶてを弾き飛ばす。
「周りが見えてないぞ、炎の魔術師」
眼前には、剣を振りかざす、鎧の男が。
咄嗟に、炎剣を発生させ、斬撃を受け止める。鍔迫り合いになり、お互い互角かと思ったが
「対抗呪文」
一言、男が呟くと、紅の炎剣が消滅してしまった。
「わっ、まずい!」
イネスが思わず叫び、鎖鎌で男を攻撃しようとするが、目に見えない壁のようなものがあり妨害されてしまう。
みれば、フードの男が杖を操っている。
彼の操る魔術の影響だろう、イネスは歯噛みする。
「ぬんッ」
身を守るものの無くなった紅に、鎧の男の剣が襲い掛かる。なすすべも無く、紅の身体が斜めに切り裂かれる。
「魔術師!!」
イネスが驚愕に叫ぶが、切り裂かれた紅の身体はくるくる回り、萎んだ。
「……陽炎」
ポツリと、鎧の男が呟く。よく見れば、軽い"もや"のようなものの先に、紅が傷一つ無く立っている。満面の笑みに、得意げに言った。
「まさか出来るとは思ってなかったけど、こんなことも出来るんだね」
自身の能力に感嘆しながら、再び距離を取る。
紅の操る炎の魔術の応用で、陽炎を作り出したのだった。炎で局地的に空気の密度を変え、そこに光が当たると、靄のように光が屈折する。男は距離感を見誤り、紅はその隙に距離を取ったのだった。
「ますます面白い、それほどの術、無詠唱で行うにはかなりの鍛錬が必要なはずだ。しかもその歳でとは」
男は素直に賞賛し、顔をゆがめる。
剣をしっかりと握りなおし、再び構えなおす。
その時、路地に足音が鳴り響いた。
「おい、二人とも大丈夫か?」
「シリウス!」
一足遅れて、シリウスが追いついた。その姿を見つけるなり、紅は安堵の表情をもらす。
「援軍か……面倒な」
男はつまらなそうに呟いた。
紅は、シリウスが駆けつけてくれたことで、一瞬の油断が出来てしまった。
何かが鎧の男の肩越しを駆け抜けた。
それは、あまりにも早すぎて目では捉えることができず、誰もが反応する事が出来なかった。だから、それが紅の額を貫通するまで、何が起きたのか誰にもわからなかった。
「え……?」
紅は声を漏らしながら、崩れ落ちた。糸が切れた人形のように、ピクリとも動かない。
「え、あ、おい……」
状況が飲めないシリウスが紅の下へ駆け寄り、辺りを見回す。鎧の男の後ろに立つフードの男が、魔術を放ったばかりの杖をおろすのが見えた。
「遊びすぎだ。ジェイド」
初めて、不吉な重低音で喋ったフードの男は、固まる皆に背を向け、ヴェッセルの襟を引っ張る。
「あ、ああ。ちっ、帰るか。……安心しろ、ただのショックだ。命に別状は無い」
ジェイドと呼ばれた鎧の男は、フードの男に続き、背を向けた。
「なんだよ……おい、逃げんのかよ! 俺が八つ裂きにしてやるッ」
シリウスが剣を握り、背を向けた魔術師達に切りかかった。だが、その剣先が触れる直前、シリウスの足元の床が巻き上がった。後方にシリウスの身体が吹き飛ばされ、魔術師達は姿を消す。
「待ちやがれぇぇぇぇぇ!!」
遠吠えのように叫び、魔術師達が消えた方を一瞬睨むと、背を向けて紅のほうへ戻る。イネスに抱きかかえられている紅は、目を開けない。
「おい、大丈夫か!? おい、紅! 目を覚ませ、」
シリウスは必死に紅の身体を揺するが、反応が無い。
「一応、あいつら、大丈夫だっていったけど……」
「信じれるのかよ……」
確かに、何かに貫かれた額には、傷が無い。他にも目立った外傷は見られず、呼吸も安定している。
ふと、紅の唇が動いた。
「シリウス……」
「紅! 大丈夫か?」
「やっと、名前で呼んでくれたね……」
うっすらと、瞳を開け、呟いた。
「馬鹿、そんなこと……」
「私は大丈夫、それよりも……リリィとジンのところへ行ってあげて」
「……ああ」
シリウスはイネスから紅を受け取り、背中に負ぶって歩き始めた。やがて、紅はシリウスの背中で眠り始めた。
紅は、とても暖かかった。




