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紅蓮の天狼  作者: 弥七
第一章 出会いと始まり
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第十三話 裏と裏

 視界は真っ暗だった。

 いや、正しくは目隠しをされていた。


 腕を車椅子の背もたれに回すように縛られ、足は元から感覚が無いが、おそらくこちらも縛られているだろう。


「ここはどこだ? 何をしようとしている?」

 ジンは、車椅子を押す人物に向かって尋ねた。

「…………」

 返事は無い。辺りには、車椅子を押す、カラカラと言った音だけが反響していた。


「答える気は無い、か。まあいいだろう、そっちがその気なら俺も好きなようにするさ。ヴェッセル先生」

 途端、車椅子を押す手が止まった。

「それから、ここは街の北部の倉庫辺りか?」


 そして、ジンの視界を覆っていた目隠しが取り払われた。

 辺りは薄暗く、わずかに隙間から日差しが差し込んでいる。

 ここは、まさしくジンの言った通り、倉庫の中だった。倉庫といっても、今は使われていないようで、埃が舞いむせ返りそうになる。

 その一角に、簡易ベッドと、なにやら手術の道具が用意された小机がある。

 車椅子を再び押し始めたのは、他でもないヴェッセル医師だった。


「何故気がついた?」

 きわめて冷徹に、事務的対応のような口調で彼は聞いた。

 普段の彼とはまるで別人だ。


「簡単さ、ここの空気は乾燥して埃っぽい。間違いなく倉庫だ、俺は知ってる。移動距離的にもジャストだ。そもそも俺は前からお前が怪しいと思っていた。お前が主治医を勤めていた患者は俺以外にも、あの病室に三人はいた。その誰もが、手術を無事終え、退院した」


「それのどこがおかしいのだ?」


「おかしくはなかった。だから俺も最初は気がつかなかった。けどな、一つだけ患者には共通点があったんだ、身内が居ないんだよ。皆地方から来た出稼ぎや、家族には言えないような仕事の奴らばっかりだ。まるで……退院したら、誰も行方を知らないような」


 ジンは、拘束されたまま、朗々と喋る。

 決して相手に主導権を与えないような存在感がある。それをヴェッセルもむっと黙って聞き続ける。


「お前のことも少し調べさせてもらったぜ。元は王都で闇医者だったんだってな。こんなところに居るって事は、なんかヘマでもしでかしたのか?」

「……自分の部をわきまえろ。小僧」

 ヴェッセルはぼそぼそ呟くと、二人を取り囲うように、一様の黒服をまとった集団が集まってきた。その誰もが武器を手にしている。

「貴様は所詮、これから死ぬのだ。その亡骸を我らが効率よく処分してやる。それだけだ」

「へぇ、今までの患者達も内臓を売り飛ばされてきたのか。……怪我人を絞め殺して、卑怯なやり方だよな」

 減らず口を叩き続けるジンを、ヴェッセルは車椅子ごと蹴り飛ばした。破裂音にも似た衝撃が、倉庫の壁に反響し、辺りに緊張が走る。

 それでもジンは顔色を変えなかった。

 地面に顔面を押し付け、身動きが取れないまま、シニカルな笑みを浮かべていた。


「気に食わん」

 続けてヴェッセルは、身動きが取れないジンの顔面を蹴り飛ばす。

 車椅子に縛られているため、首が仰け反るだけだが、悲鳴一つも上げない。

「ほらほら、どうした? 悲鳴でも上げたらどうだ?」

 更に、ヴェッセルはジンの脇腹を蹴る。

 車椅子と体が反転し転がるが、ジンは「フー、フー、」と息を吸い込み、堪える。

「ガキが。死よりも痛い目にあわせてやる」

 見た目、声色も至極冷静なヴェッセルだが、その心中は燃えるように滾っていた。


 今までのターゲットは、この状況になると泣き喚き、まるで、まだヴェッセルの本性が優しい医師なのではないかという勘違いしたまま縋り付いて来る。

 それが彼にとっては快感だった。

(クソッ、何を落ち着いていられるのだッ、所詮、貴様の身内はあの小娘一人、それも後に処分すれば済む様なものだ、何の助けにもならん)

 なのに、いまだに余裕を見せるジンが、たまらなく憎い。


 今度は、患部である足を踏みつけた。

 感覚はないが、衝撃的な痛みがその神経に訴える。足が炎で炙られているかのようにジリジリと痛い。痛くて痛くて痛い。


「くっ、……そんなもんかよ」

 明らかに虚勢を張るジン。

 それをヴェッセルはじめっとした目で見下ろして、ジンから足を退けた。

「ふん、その威勢がどこまで続くのかね……おい、メスをよこせ」

 ヴェッセルが命ずると、黒服の一人が前に歩み寄り、白銀に反射するメスを手渡した。

 それを手にしたヴェッセルは、にんまりとする。

「いつまで耐えられるのか……見ものだ」


「おいおい、マジで俺がやられっぱなしだと思ってんのか?」


 ジンは鋭く口笛を鳴らした。

 途端、バタバタと音が響く。と同時に、倉庫の扉、窓、換気扇など、侵入できる限りの穴という穴を突き破り、人が流れ込んでくる。

 それは盗賊達だった。多種多様の格好と武装をした、何十人もの盗賊が、奇襲攻撃を仕掛けてきた。黒服の男達は反応が一歩遅れ、攻撃を正面から喰らう。


「何者だ!?」

 突如の奇襲にヴェッセルも慌て、その隙に、ジンの車椅子を小柄な少女が立て直し、距離を取って退避させた。

 その間にも、ジンの腕を縛る縄を切り落とし、腕を解放する。


「ふふふっ、つまりこういうことさ。ありがとう、イネス」

 付け加えるように言って、ジンは高らかに笑う。


「俺の本当の名前はジンではない……。俺が、黒蠍盗賊団首領、ジーク・アンドレアだ。残念だったな。お前はもうお終いだ」


「ッ!!?」

 まるで挨拶代わりとでも言うように、ジン、もとい、ジークは投げナイフを放った。直線軌道を描き、ヴェッセルの腕に直撃する。


「さぁ、反撃開始と行こうか!」

 高らかに宣言するジークに、ヴェッセルは背を向けて後ろに逃げ出した。

 ちょうど、盗賊が倉庫に侵入したときに蹴破って解放された扉がある。

「逃がすな!」

 ジークの指示に、イネスが反応する。

 素早く、ぶかぶかの袖から鎖鎌を取り出し、分銅がついた方を射出する。風を切る速度で、分銅がヴェッセルの頭部を捉えた。

 ヴェッセルは辛くも体を捩り、背後からの攻撃を回避したが、頭の皮膚を数ミリ剥ぎ取られた。数ミリの皮膚でも、強引に剥ぎ取られれば、血が噴出す。


「ひ、ひぃ……」

 その場で足をもつれさせ、ヴェッセルは床に這いつくばった。その隙をイネスは逃さない。

 分銅を回転させ、勢いを得て、今度は鎌の方を振り下ろす。処刑のギロチンのように、息を飲む暇もないほど、素早く降りてくる刃を、ヴェッセルはただ見ていることしか出来なかった。


 一閃、横薙ぎの剣筋が奔った。

 次の瞬間には、イネスの放った鎖鎌の鎖が分断され、鎌はあさっての方向へ吹き飛んだ。


「何だ?」

 その様を観察していたジークにも、一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、その答は至極簡単なものだった。

「ご無事ですか? 主」

 盗賊二人組みと、床に這いつくばるヴェッセルの間には、一人の黒服の男が立っていた。その手に握るのは、白銀に輝く、細身の剣。


「カタナ、か。面白い、お前は他の奴らとは違うようだ」

 その姿をとらえて、ジークは強気に笑う。

 倉庫では依然として、盗賊団と、ヴェッセルの部下の黒服達が交戦中である。しかし、徐々に盗賊団が優勢になりつつある。


「馬鹿者、もっと早く来い! まったく使えん……」

 生命を救った者に対してとは信じられないような言い草だが、黒服は顔色一つ変えない。

「承知しました。では……参ります」

 改めて、イネスにむきなおし、男はカタナを構える。


「橙国出身、剣士クルウ。いざ、参るッ!」

 一飛びで、イネスの眼前まで距離を詰めていた。

「!?」

 反応が追いつかない、素早く、無駄のない動作で繰り出される剣さばきは、様々な武器に対応し、その弱点の武器をチョイスして戦うことが出来るイネスの思考が追いつかないほど変幻自在だ。

 加えて、クルウの戦いには体術が含まれている。小柄のイネスには相性が悪い。

「イネスッ、下がれ!!」

 斬撃がイネスを捉える寸前に、横から、ジークが投げナイフで牽制し、一旦の隙を作る。

 その間に、他の場所で交戦していた盗賊団の仲間が二人の下に集まった。


「成程、数で勝負か。気に入らんが有効な策だ」

 クルウのほうも、攻めあぐねているようだ。

 暫しの逡巡。

 その静寂は、まったく別のもので破られることになった。


「ハハッ、もっと早くから出せばよかったなァ」

 ねっとりと、粘りつくような不快な声の主はヴェッセルだった。いつの間にか、倉庫の側部にある階段を登り、二階部分の内側に突き出したバルコニーのような部分に立っている。

「ジ、ジン……」

 その腕には、首元にメスを突きつけられ、それでも怯えるのではなく、驚愕に目を見開いた、

 リリィがジークを見下ろしていた。

 

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