第十二話 彼と尾行
翌朝、部屋には朝日が差し込んだ。
顔を照らされたシリウスは自然と目が覚める。
(ん……暑い)
反射的に布団を蹴り、退けた。何故か、紅の声で「ふごっ……」と聞こえたのは、おそらく蹴った布団が顔に当たったのだろう。
シリウスが身を起こし、壁にかかった時計をみる。
まだ七時前だが、シリウスにとっては寝すぎたくらいだ。改めて部屋を見回せば、女性陣二人はまだ深く眠っている。
「さて……」
おもむろに立ち上がり、二人をまたいで部屋を出た。
***
「次はどこへ行くの?」
時間は九時を回ったところ。紅とリリィが目を覚ました後、軽い朝食を取って、さっそく街へ買い物へきていた。
午後にはジンの手術の後、シリウスと紅はバスを使い、ローアン・バザーを出発する予定だ。
それまでの時間は、街でゆっくり散策と行くわけだ。
「そうですね……武器屋が向こうの方にあったはずですよ」
通りは今日も活気にあふれている。昨日まではゆっくり見ている暇が無かったが、良く見れば多種多様な怪しい店まで軒を連ねている。
その中でも、大きい規模を持っているのが、武器屋の一角だ。
「剣を買うぞ。二人は外で待ってるか?」
「いや、ついてく」の返事で、三人は武器屋の戸をくぐった。
店の内部構造は、紅の世界で言う楽器屋のギター感覚で剣が並んでいる。他にも、斧や槍といった武器から、盗賊が使っていたようなマニアックな暗器なんてものもある。
「へぇー、いろいろあるんだね」
ちなみに、紅が眺めているのはグラディウスという短く、太い剣である。
店の中には、人が多く、老若男女関係なく武器を眺めている。
ベテラン剣士のような老人や、盗賊みたいな格好をした女など様々だ。
「この変わった剣は何でしょう?」
リリィが興味深く観察しているのは、フランベルジェという波打つ刃の長剣だ。
「おいおい……あんまり騒ぐなよ」
そういいながら、シリウスはエストックという剣を選び、レジへ持っていく。
価格が比較的安価の剣を選んだのは、旅先でどれくらい費用がかかるか分からないからだ。
武器屋を後にした一行は、次に魔術師用品店へと向かった。
この街にも一応魔術師はいるのだが、そもそも魔術師自体が珍しい存在で、力任せに出稼ぎに来るこの街ではなおさらだ。
つまり、魔術師用品店は、自然と小規模のひっそりとしたところになってしまった。
店内は薄暗く、魔術師用の雑貨がごちゃごちゃ並んでいる。
「ローブぐらいは必要だろ?」
紅は一応魔術師に分類されるが、その中でも特異な存在であり、魔術の詠唱を知らない。
普通は魔術の発動の補助として、呪文を唱えたり、魔法陣を刻んだ装備品に魔力を通すなどの工夫をする。しかし、紅はそんな理屈をすっ飛ばして、魔術を唱えることが出来るのだ。
「まだ炎の剣しか出せないけどな」
「む、だってあれの印象が強いんだもん。出しやすいみたい」
とは言ったものの、ローブなどの装備は、魔力を通すと防御力を向上させる効果がある。
「お前は魔力も結構あるみたいだし、あったほうが良いだろう」
適当に、ハンガーでかかったローブを漁るシリウスを尻目に、紅はリリィと別のコーナーへ行く。そこには杖が並んでいた。
「やっぱり魔法使いといえばこれだよね」
そういいながら適当に一本を引き抜く。
クルクルとバトン見たいに回し、もてあそぶと、ボッっと火の粉が飛び出した。
「わわっ、凄いですねぇ。どうやったら出るんですか?」
尊敬のまなざしをリリィから受けたが、今のも偶然暴発してしまっただけである。
むしろ恥ずかしいぐらいだ。
「どうしてだろ……ほんとに」
魔術を唱えるたびに、いつも痛感する。
異世界に来てしまったという事を。
別に悲観しているわけではない、むしろ楽しいぐらいだ。
ただ、元の世界のことが気にならないかといえば、気になるに決まっている。
気になるというよりも、恋しいのかもしれない。
「でもね、結構簡単だよ?」
リリィに向けて、明るく言う。
「たぶん、リリィも使えるって思えば使えるんじゃないかな。結局は気持ちの持ちようだと思うよ?」
「ふふっ、そんなものですかね」
―――結局は、前を見て進むしかないのだ。
***
「そろそろ休憩するか?」
あれから街を端から端まで歩き回り、散々買い物をした挙句、疲労と暑さで足並みが遅くなってきた。
適当に傍にあったアイスクリーム屋の屋台で出来た日陰に這入った。
「アイス食べたーい」
紅がいかにも気だるそうに催促した。
シリウスが、「俺が買ってきてやる、何が良い?」と聞けば、「バニラ」「私もそれで良いです」と、遠慮することなく即答した。
そしてすぐに、シリウスはアイスを三本持って返って来た。
「ほら……」
バニラアイスを二人に手渡した。
「うん、ありがと……」
「どうした?」
紅がなにやらこらえるような顔をしたので、怪訝そうにシリウスが訪ねると、ふふっ、っと笑った。
「シリウスってストロベリーが好きなんだね」
「なっ、い、いいだろ。別に」
男は黙ってバニラ。とでも言うのかと思っていた紅だったが、どうやら変な思い込みだったようだ。
「ふふふっ……仲が良いんですね。二人とも」
リリィは、どつきあっている二人を、保護者のような目線で眺めていた。
***
アイスクリーム屋台を後にした三人は病院に向けて歩き始めていた。
昨日、来た時は夕方だったので人通りが少なかったが、今は同じく見舞いにやってきた人々がまばらに見える。
「どうしたの? なんだか浮かない顔して」
病院の門をくぐったところで、リリィが俯き、考え事をしているように見えた。
「いえ、……ただ、私の都合よく行き過ぎてるというか……」
リリィにとっては、友達が出来たこと、彼の手術費が支給されたこと、さらにその翌日には手術がされること。まるで……。
「誰かが仕組んでる、とでも言いたいのか?」
シリウスが言葉を継いだ。
「ええ……」
「そんな、心配しすぎだって」
そんなことを話しながら、病院に入り、病室の扉の前まで来た。真っ白な引き戸の前で、一呼吸置き、やがてドアを開いた。
「ジン……?」
病室には誰もいなかった。
いつも、リリィが訪ねる時はいつでも彼がいたはずの場所は、からっぽだった。
「リリィ? あれ?」
後に続いて病室に入った紅も異変に気がついた。
「……チッ、どうなってんだ?」
「もしかしたら、外に出てるだけかもしれないよ?」
紅はそう言うと、病室を飛び出し、看護婦達の居る受付に向かって走っていった。
リリィは、彼の使っていたはずのベットの脇にある小物棚の上にある花瓶を眺めている。昨日、水を入れたそれは、あいも変わらず、そこにある。
「外に出られるはずが無いんです……彼はひとりで立ち上がることも出来ないんですから」
独り言のように呟く。
「落ち着け。まだ行方不明になったわけじゃない、今あいつが聞きに言ってるから」
シリウスは諭すように言うが、彼自身も落ち着いていない。
(くそっ、話が変な方向に向かってやがる……。確かに、誘拐はあるかもしれないが、何で怪我人なんか……)
その後、受付から返って来た紅いわく、ヴェッセル先生も今朝から行方が知れないという。
しかし、最後に見かけた人の話によれば、二人は車椅子で外に出たらしい。手術前の気分転換だそうだ。
病院の周りには、遊歩道で出来た並木道がある。
そこには、同じように車椅子の患者とそれを押す看護婦などが見られる。
「いないね……遠くのほうまで行ったのかも」
紅も明るく振舞っているが、それよりリリィの動揺が心配だ。
今にも倒れそうなくらい青い顔をしている。
そんな中、シリウスは紅の肩をつつき、傍によって耳打ちした。
(おい、自然な感じで後ろを振り向いてみろ)
(どうしたの……?)
言われて紅が振り向くと、後ろには誰もいない。
(よく見ろ。木の陰、女がこっちをつけてる)
よく見れば、確かに誰か木の陰に立っている。まさに、こちらを尾行しているかのようだ。
その時、木の陰から女が出てきた。
こちらが見ていることには気づいていない様で、その格好は、ラフな服装に、ベルトからナイフを下げ、いたるところにジャラジャラなる金属が仕込まれている。
(盗賊!? まさか……)
その女は初めて見るが、その格好は昨日遺跡の中で遭遇した盗賊と酷似していた。さらに、その女は街の中で度々見かけた気がする。それも、リリィの傍で。
(いいか……俺の合図で飛び掛る。お前は魔術で威嚇しろ)
(うん)
その口ぶりから、ジンの行方不明は、盗賊による誘拐ということで納得しているようだ。
向こうはまだ、気づいてない。
少しずつ、シリウスと紅は歩くペースを落とし、リリィはそんな二人に気づかず、遊歩道の三メートル先を一人歩く。
(三……二……一……今だ!!)
急に二人は振り向き、紅は炎剣を最小限の力で発射する。
盗賊の女はギョッとしてナイフを構え、炎剣を横に飛び回避する。
しかし、着地した隙を突くようにシリウスが飛び掛る。剣でナイフを弾き、女盗賊を押し倒し、馬乗りになる。ジタバタ暴れる女盗賊を何とか押さえつけると、シリウスは叫んだ。
「おい! ジンの野郎をどこへやった!?」
「黙れ! 逆だ! 私が攫ったのではない!! 私はリリィの護衛をしていたんだ!!」
力いっぱい叫んだ女盗賊の声を聞いた途端、シリウスは、はじけるように飛びのいた。
「クソッ、リリィ!?」
振り向いた先、びっくりした顔をこちらに向けて立ち尽くすリリィが居た。
だが、その次の瞬間、遊歩道の植木の中から、黒服の男が飛び出した。
そして、抵抗する暇も無く、リリィは口元に布を押し付けられ、そのまま黒服の男に抱かれ、植木の中に姿を消した。
「リリィ!!」
紅が炎剣を放ったが、はずれ、地面をえぐった。
「追いかけるぞ!!」
三人は黒服の男を追って、植木をくぐり抜けた。




